赤い匣

無、あるいは、穏やかさ、清貧さ
そういった感覚が、覚醒する前のわずかな残滓として訪れる。
途切れ、
暗い瞼がゆっくりと切り開かれて、世界が映る。
そこには、靄のかかった暗さがあった。

客観と主観がない交ぜになって。
頭が、ひどくすっきりしていることを知る。
直ぐに、意識は脳から身体へ。
壁を背に、屈みこんで左足だけが伸びている。
動きそうもない体は、
めいいっぱい働き、疲れが爽快さに変った後の
心地良さを感じた。

ふと、
視界がハッキリと、
"今"を捉えた。
何故か、昼夜に意識は向かず、
目の前に広がる赤黒さだけが
"僕"を支配した。

穏やかだった。
意識感覚も、胸の中も
青く穏やかな波が、白く爽やかな雲が、静かに流れていた。

きっと気付かないように
脳が気を遣っていたんだろう。
僕は、意識が追いつきかけている身体を、体育座りの形から
立ち上がらせようと、
右手を右に、少し、ずらした。

空白。


そして、触れる。
ひどく、酷く、冷たいものに。

それは僕の愛する人だった。

赤い匣

赤い匣

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • サスペンス
  • 青年向け
更新日
登録日
2021-09-03

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