アルカンシエル(4)

アルカンシエル(4)

 ひとりの男の子がいました。
 男の子はひとりでした。
 男の子はさびしくて、まいにちまいにち泣いていました。
 朝おきて、のぼった太陽に
「おはよう」
 といっても答えてくれません。
 夜ねるときに
「おやすみ」
 といっても、月はぽっかりとうかんでいるだけです。
 ある雨の日、男の子は川へ水をくみにいきました。
 しかし、とちゅうで雨がひどくなったので、男の子は木にあいた穴で雨やどりをしていくことにしました。
「おじゃまします」
 そういっても木は男の子をみおろしたままでした。
 男の子はさびしくなって、木の穴の中で泣きました。
 そして、男の子のなみだがかれたころ、雨も泣きやみました。
 男の子はかえろうと、木の穴から出ました。
 するとどうでしょう。
 空には今まで見たこともないきれいなリボンがかかっていました。
 そのリボンにはたくさんの色がありました。
 あか、だいだい、き、みどり、あお、あい、むらさき。
 とてもきれいなので、男の子はそのリボンをみながらかえりました。
 あまりにずっと上をみたままだったので、男の子はかえり道をまちがえてしまいました。
 しかし男の子はリボンにむちゅうで、きがつきません。
 男の子はずっとずっと歩きました。
 時間がたつにつれて、リボンの色はどんどんうすくなっていきます。
 男の子はいそいで歩きました。
 そしてリボンの色がよくわからなくなるまでうすくなってしまったころ、男の子はリボンのはしっこにつきました。
 リボンのはしっこにはひとりのおじさんがいました。
 おじさんは男の子のかおをみると、ふうと、ため息をつきました。
「なにを願うんだい」
 おじさんは男の子にききました。
「それをいったら、かなえてくれるの」
 男の子はききました。おじさんはうなずきます。
「いつだってそうだ。ここにくるやつは、みんな何か願いごとをもってやってくる。そしておれは、それをかなえてやらなきゃいけないんだ」
 おじさんはふかくため息をつきます。リボンはもう、ようやく見えるくらいにうすくなってしまっていました。
「なんでもいいの」
 男の子はききました。
「なんでもだ」
 おじさんは答えます。
 男の子の願いごとは、いつだって一つきりです。
「それじゃあね、ぼくは友達がほしいんだ」
 男の子がそういうと、おじさんは首をかしげました。
「友達ってなにをするんだ」
 リボンはとうとう消えてしまいました。男の子は少し残念そうに空を見上げてからいいます。
「友達っていうのはね、朝おきておはようっていったり、夜ねるときにおやすみっていうんだ。たのしいことがあったらいっしょに笑ってくれるし、悲しいことがあったらなぐさめてくれるんだよ」
「いいだろう」
 おじさんがうなずくと、男の子はとびあがってよろこびました。
「友達をつくってくれるんだね」
 はしゃぐ男の子に、おじさんはさとすようにいいます。
「それがおまえの願いごとならかなえてやれる。でも願いごとをかなえるには、おまえにはたらいてもらわなきゃいけない」
「なにをするの」
「いいか、何かをかなえるには、同じように何かをがんばらなきゃいけないんだ。そうだな、しばらくおれの仕事を手伝ってもらうことにするよ」
 男の子は今にもはちきれそうな笑顔でした。
 ずっと、ずっとほしかったものが手に入るのだから、それはもううれしくて仕方がありません。
 それから男の子はまいにちまいにち、おじさんのところへ通い、おじさんの仕事を手伝いました。
 あのきれいなリボンは、雨がふった後にだすのが、決まりごとのようです。
 雨がふると、おじさんはどこからか、大きな大きなふえを持ってきます。
 そして雨がやむとそのふえを空にむかって、思いきりふくのです。
 ふえはどんなにふいても、音はでませんが、そのかわり、ふえの先からあのきれいなリボンが出てきて、空にかかるのです。
 しかし、リボンをきれいに空にうかばせるには、ふえをずっとふき続けていなければなりません。おじさんはずっとふき続けて、苦しくなってしまい、いつも顔を真っ赤にしていました。
 そこで男の子のでばんでした。
 おじさんの息が続かなくなると、かわりに男の子がふえをふくのです。
 男の子も顔が赤くなるまで、いっしょうけんめいふきました。
 二人できょうりょくして、うかばせたリボンはそれはそれはきれいなものでした。
 それから、男の子はおじさんとたくさんおはなしをしました
 朝のおはようから始まって、好きな食べ物のはなし、好きな色のはなし、おじさんが昔したいたずらのはなしで笑いあったり、男の子がおじさんのねぐせをからかうと、おじさんは怒って、二人はけんかをしたりもしました。
 かえるときに男の子が寂しくなると、おじさんはやさしく頭をなでて、おやすみといってくれました。
 いつのまにか、二人は友達になっていたのです。
 ある日、おじさんはいいました。
「おまえの願いごとはかなったろう。もうおれの仕事を手伝わなくていいんだよ」
 男の子は寂しい顔をしました。
「でも、それじゃあ僕はここにこなくてもよくなっちゃう。そうしたら、また友達がいなくなっちゃうよ」
 おじさんはそれを聞いてこまりました。
「それもそうだ。どうしたらいいんだ」
 おじさんはいっぱいいっぱい考えました。男の子もいっしょになって、いっぱいいっぱい考えました。
 二人でいっぱい考えていたので、リボンを浮かばせるのを一回だけ忘れてしまったのは、ひみつです。
 とても長いあいだ、うんうんうなった後に、男の子が聞きました。
「じゃあおじさんの願いごとはなんなの」
 おじさんは答えます。
「おじさんの願いごとは、みんなの願いごとをかなえることなんだ。だからおじさんの願いごとはずっとかなえつづけなきゃいけないから、終わらないんだよ」
 おじさんは寂しい顔をしていいました。おじさんはもうずっと長いあいだ、そこでみんなの願いごとをかなえつづけているのです。おじさんの願いごとはかないつづけてはいるけれど、次から次へと新しい願いごとをもった人たちがやってくるので、決してかなえられることはないのです。
「ぼく、わかったよ」
 男の子はすくりと立ち上がりました。
「ぼくもいっしょに、みんなの願いごとをかなえて、おじさんの願いごとをかなえつづけるんだ」
 おじさんはきょとんとして男の子をみました。男の子はつづけます。
「願いごとがかないつづければ、おじさんはうれしいでしょ。友達がうれしいと、僕もうれしいもの。それに、そうすればいっしょにいられる」
 笑顔になって、おじさんも立ち上がりました。
 そしてふえをふきます。とちゅうで苦しくなったので、男の子がかわってふきました。
 雨がふったわけではないけれど、なんだかうれしくて、二人はリボンをうかばせたかったのです。
 リボンはきれいに空にかかりました。
 あか、だいだい、き、みどり、あお、あい、むらさき。
 きっとそのリボンをたどって、まただれかが願いごとをもってやってくるでしょう。
 もしかしたら、とてもむずかしい願いごとをもってやってくるかもしれません。
 それでも何回だって、リボンは空にかかるのです。おわり。

アルカンシエル(4)

アルカンシエル(4)

虹をたどって歩いた、ひとりの男の話。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-05

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