Aの18

 俺はシャワーを浴びた後、スマホを取って公式サイトを確認してみた。

 時刻はすでに午前10時を過ぎている。

《 ベータ版終了のお知らせ 》
 弊社のゲームをご愛顧いただきありがとうございます。『大海賊時代オンラインVR』ベータ版のテストプレイが無事終了したことをお知らせいたします。なお、製品版の発売時期については公式サイトより発表いたします。今後とも宜しくお願い致します。

 俺はその後しばらくスマホでニュース記事を読んだり、アニメを見たりしていた。しかし注意が散漫していて内容が頭に入ってこない。

( やっぱり違う…… )

 VRはどうでもいいような気がする。自分はただ『大海賊時代オンライン』が好きなわけで、そのゲーム世界でもう一度遊べるならという気持ちで高価なVR機材を購入し、『大海賊時代オンラインVR』という代用品に手を出した。

 はじめは壮大で美しいヨーロッパの街並みやキャラクターとのリアルな会話を新鮮に感じていた。しかし、1日プレイすればそんな感動も薄れてくる。

 現実から逃げても、その先にあるのは現実のようなリアルすぎる世界。

( 12万8000円も無駄にした…… )

 養父がとつぜん殺されたり、海に出ることができなかったり、鏡の前で全裸になって腰を動かす事が出来たりするゲームだった。それにスキル無しのキャラクターを奴隷と呼称している点も気になる。

 『大海賊時代オンライン』は健全、知的、プレイヤーのマナーが良い、という点で評価が高かった。しかしVRのほうはだいぶ怪しいと感じる。もしかすると、開発スタッフや運営スタッフが根こそぎ変わっている可能性もある。

( 俺にとってはあのゲームが全てだったのかもしれない )

 小さいマツコさんや松平次郎三郎さん。そしてルーデンドルフ2号さんにまた会いたい気持ちが心の奥から湧いてくる。

 大海賊時代はもうどこにも無い。ようやくその事実に気が付いた。

 俺は今まで続けていたバイトに加え、もう1つ新しいバイトを始めた。なかなか募集が見つからず、今の時期になってようやく見つけたカメラマンの仕事だった。

( ようやく映像関係の仕事ができる )

 たとえバイトでも俺にとっては有り難い。

 新宿の撮影所で俺は必死に技術を覚えようと努力した。先輩のカメラマンは物静かな人で、俺は先輩の仕事を見て覚えるしかない。

 カメラ越しから見える男たちの見事な肉体と情熱的な動き。そして飛び散る汗。

 しばらくのあいだゲームとは無縁の日々が続いた。

 ◇

 ベータ版のテストプレイ最終日から2か月が経過した。

 俺はすでにゲーム自体に興味が無くなっていたので、ゲームが発売されているのかも分からない。

 バイトを終えて自宅に戻るバスの中でスマホを見たとき、意外な事実を知った。

( 人気出てるのか )

 俺はてっきり人気は出ないだろうと思っていた。しかし現実は俺の予測に反して大ヒットしている状況だった。〈#大海賊時代オンラインVRで山賊プレイ〉というのが話題のトレンドになっている。

 芸能人がSNSで山賊プレイの面白さをツイートしたことが人気に火をつけるきっかけになったらしい。

 海賊はどこへ行った。

 SNSでの評判を見る限り相当な人気になっているようだが、不満や批判的な書き込みも存在している。

「いつまでも海に出られない」
「山賊プレイヤーに殺された」
「山賊プレイヤーに金を奪われた」
「大山賊時代つまらん」
「あの面白いゲームはどこ行った?」
「貿易をさせてくれ」

 俺は何となく理解した。

 大海賊時代オンラインを長く愛好していたプレイヤーがゲームから離れて行くいっぽう、旧作を知らない新規プレイヤーが続々とゲームに参入し、山賊行為を繰り返していると考えられる。ゲーム批評記事の内容によると、人気芸能人による紹介に加え、トレーディング・システムの導入によってプレイヤー人口が爆発的に増加したらしい。

 トレーディング・システムは、ゲーム内の仮想通貨を現金に換金できる制度で、この制度を導入しているVRゲームはプレイヤー人口が増加する傾向にある。ただしギャンブル要素が強くなるという批判もあるし、トレーディング・システムの導入に反対するプレイヤーも多く存在する。

 トレーディング・システムを導入したゲームは、マナーの悪いプレイヤーが増えやすいと言われる。

( 世界の終わりだな )

 自宅に戻った俺は、机の下の箱に目を向けた。

 『ドラゴンブースト』最新作や『大海賊時代オンラインVR』の人気に伴ってハンガリー製のVR機器・ロブマイヤーGT3の需要も飛躍的に上昇した。

 他社のVR機器を圧倒する人気を持つロブマイヤーGT3は、通販サイトでも家電量販店でも品薄状態の予約待ちが常態化しているらしい。ゆえにリサイクルショップで売り払えば最低でも8万以上は手元に戻すことができる。

 俺はGT3が入った箱を机の上に置いた。

( さらば…… )

 そう思いつつ箱を持ち上げたとき、尊敬する人の顔が浮かんできた。今日のニュース記事で見かけたトーエイ・ゲームス社長の笑顔。

『多くの皆さんにご愛顧いただいて非常に嬉しく思っております―』

 社長はそうコメントしている。尊敬がやがて失望に変わった。

 裏切り者。

 尊敬する全能の神は、ゲームを長く愛してきた既存のファンを顧みず、新規ユーザー集めに執念を燃やし、結果としてゲームバランスを崩壊させた。まさに大山賊時代を引き起こした張本人だと言える。

 GT3の箱をもう一度机の上に置いたとき、俺の中に子供じみた復讐心が芽生えた。

( 俺が世界を変えよう )

 楽しかったあの頃に戻りたいという気持ちがメラメラと心の中で燃え上がっていく。海に出て冒険をしたり、仲間と一緒に船をならべて洋上戦をしたり、各地の港を回って貿易をしたり。そんな楽しかった世界。その本来の正しい世界に戻すべきだと思った。

 しかし、かつての仲間はもういない。

 アテネの酒場前で出会った時のことは今でも忘れられない。3人でフレンド登録をしあって、桃園の誓い的な恥ずかしいセリフを吐いたことも覚えている。

( マツコさんも、ルーさんも、松平さんも既にいない……。でも、俺一人でも良い。あの頃の楽しかった世界に戻りたい…… )

 旧作に対する思いは日を追うごとに強くなるばかりで、もはや狂気と言えるような状態になっている。

 虚しい動機かもしれない。

 俺は再び箱を開封してGT3を取り出した。そして自分に言い聞かせた。

( 山賊どもを駆逐してやる )

 俺はそのとき、全能の神に抗う事を決めた。


【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-02

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