同棲生活
蛍光灯が切れかかっていてチカチカするのが鬱陶しく私は玲央に、取り替えてと頼んだのだけど、同棲中の彼はテレビを見ないのか見てるのかわからないくらいの眠気眼でソファーにぐったり横になり、こっちを向こうともしない。
ああ、と生返事だけ返してきてひたすらに動く気配がない。
しょうがないから自分で、脚立をだしてきて私の身長で届くかとどかないか微妙なラインの蛍光灯を恐々背伸びして外そうといじくる。外れない。丸まった支えの部分がどうしてもとれない。
玲央は知らんぷりをきめこんでいて、仕事で、疲れているのはわかるんだけどちょっとくらい彼女である私に気遣いを示してくれたっていいはずだと腹立たしい。付き合った当初はこうじゃなかった。
玲央の猛烈なアプローチに負けたはずなのに。
私は電球の取り替えをあきらめ、イライラしながら小説を書く。ライターといえば聞こえはいいが、いかがわしい雑誌のほんのスペースに、これまたいかがわしい内容をちりばめた小説を連載するのが私の生業。本当に書きたいことはこうじゃない、というジレンマと、食べていくためにはお金になる、需要のあるストーリーを考えなければならないという現実のはざまで葛藤していたのは若かりし頃の話で今はもう習慣になってしまっている。
純文学、が書きたかった。玲央に最初にそれを見せたとき、綾には才能があると、目を見て言ってくれた。そのあと、俺が養うからと、同棲を決め私はそれこそ手当たり次第作品を新人賞に応募した。結果は連敗の嵐。向いてないんだと気づき始め、しかし書くことをあきらめるには往生際が悪すぎた。
玲央は、そんな私の肩をだき、次があるさと笑ってくれていた。はずなのに。
月日は残酷で私たちは正式に結婚もしないままずるずる一緒にすんでいる。まるで半分沈んだどろぶねに片足を突っ込みその泥の生暖かさが心地良くなってしまってきている状態だ。
コーヒーをいれ、タバコをふかし、執筆に専念しはじめた私を見たのか、玲央はふああとあくびをかました。寝てなかったんじゃん。パソコンをわざとカタカタ言わせキーボードを強めにたたく。30分くらいしてやっと玲央が起き上がった。
「俺にもタバコ。」
昔のお父さんかよ、主語と述語をのべなさい。
「はいよ」
タバコを手渡すとおもいっきり肺まで吸い込んでふぅーとわっかをつくる。器用だ。コーヒーも欲しい、とのたまうから飲みかけのやつを憎しみをこめて渡してやった。
「あれ、なんかチカチカするじゃん。」
玲央がいう。
「だーかーらー。」
さっき言ったじゃん。聞いてないんだな、こいつは。
玲央は、チカチカ蛍光灯を変えるでもなくまたソファーに横たわり今度は本格的にいびきをかきはじめた。だめだこりゃ。
それでも、玲央は養うからという約束を果たしてくれてはいる。細やかな気遣いや察してほしいことや、靴下を片方必ず失くすことをやめてほしいことなど求めだしたらきりがないが。私のわずかな稼ぎを自由に使わせてくれているのには感謝している。
いかがわしい小説のネタにするのも玲央との夜の生活だった。もちろんオーバーすぎる脚色はしていたが。
チカチカのしたで一本書き上げた。やたらあんあん言っている女主人公に感情移入はしない。編集者にファイルを添付して送信し今日の仕事はおしまいだ。買い物にいき、夕食の支度をしなくては。建設現場で働く玲央は下請けのさらに下請けで、たいした稼ぎがないから節約しなくてはならない。夕食は白菜の鍋にしようかな。玲央の出勤は明日も早い。
玲央は、私の下ネタ満載な小説を一切読まない。純文学を目指していたころの作品は全部読んでいる。そこらへん、すこしの情を感じている。
愛とか恋とか使い古された此の時代に求められているのは刺激。生ぬるい表現なんか見向きもされない。だけど玲央は読んでくれた。私の最初の読者であり最後の読者でもあった。冬の、雪が白くて寒いことをながったらしい表現と比喩を交えて描いていた純朴な少女はもはやこの世に存在しないが、作品はタンスの奥に眠っている。過激で、殺人がバンバン起こってお色気シーンばかりの本が受けるのは確かだが、それだけじゃない価値観て、あると思うんだ。
スーパーについてちょうどタイムセールでラッキーとお肉を安くゲットした。玲央の体力がもつように、栄養ある食事を工夫しようと思った。
家に帰ると、玲央はソファーにいなかった。
「玲央?」
呼んでみたが返事がない。どこかいったのかな。
あれ?ちょっとした違和感を感じた。イライラしない。あ、蛍光灯が、はずしてある。外しただけで交換されていないからなんだかほの暗いけれど、なんだかんだでちゃんとやってくれるんじゃん、と気持ちが温かくなるのを感じた。
「ただいま」
玲央が帰ってきたのはもう遅くなってから。白菜は鍋のなかでくたくただし、入れるつもりだったお肉はサランラップのしたでかぴかぴだ。
「何処いってたの?」
「蛍光灯探してた。けどサイズがわかんなくてあるだけ買ってきた。」
まじか。節約とは無縁の男である。
玲央は、4つもある蛍光灯をそれぞれつけてみて、だめだ、と言った。どれもメーカーが違い合わないものだったらしい。最悪である。
ばかだなー。こういう人だった。そうだった。無頓着無計画無防備無駄づかい。結婚するには不向きである。だけど。
「返品するかー?」
玲央がいうのを、無理、一度開封したら無理、となだめ、とりあえずご飯にしよ、と薄暗い部屋に二人座る。玲央はたいして無駄遣いのことを気にもせず、
「ま、とーぶんこの薄明かりでいいだろ」
と、むちゃくちゃをいう。日常生活にとことん向かない人だ。常識人でもない。だけど。
私は、玲央が嫌いじゃなかった。純朴だった私を見初めてくれた人。明るい光よりも薄明かりのしたが似合う人。
それは、私も同じなのかもしれなかった。
同棲生活