シェーン
ある海水浴場である。セクシーなビキニ姿の女や、日焼けしたビーチボーイ達が、サンサンと照りつける太陽のもと、青春を謳歌している。
一人の男が、入るとでもなく、入らないとでもなく、ウロウロと海水浴場の入り口に立っている。男は時々、チラッ、チラッ、と羨ましげな目つきで海水浴客達の方を見ていた。
何人ものセクシーなビキニ姿の女性達が通る度に、男は顔を真っ赤にした。男が入りたがっている事は明らかだった。ついに男は勇気を奮い起こしたと見え、ヒョロヒョロと歩き出した。足がガクガク震えている。ビキニ姿の女達が胸を揺らしながら、キャッ、キャッ、と歓声を上げながら男の側を通り過ぎていった。
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男は砂浜の上に腰を降ろして、そっと周りを見回した。
「ヘーイ。彼女―。ちょっと、遊ばない」
「うん。いいよー」
小麦茶色に日焼けした二人のビーチボーイが、さっそく、二人の女を捕獲した。
男は、しばし、ビーチを見ていたが、このようにして、次々とカップルが浜辺で出来上がっていく。
「けっこう、簡単なものなんだな」
男は、その言葉を、自分に言い聞かせるように腹の中に飲み込んだ。
「そうだ。女は男を求めて、ここへ来ているんだ」
男は、自分に言い聞かせるように言った。だんだん、男は腹から自信が沸いてきて、肘を上げて、グイと力瘤をつくった。
男は、スックと立ち上がると、少し砂浜を歩いた後、ピンクのビキニ姿で一人で、うつ伏せになっている茶髪の女に、声をかけた。さすがに、その行為は勇気が必要で、彼はゴクリと緊張の唾を飲んだ。
「あ、あの。お、お姉さん。・・・お、お茶しませんか」
女はムクッと顔を向けて、男を一瞥すると、すぐに顔を戻して拒否の手を振った。
「顔パス」
男はガーンと、頭を鉄の棒で叩かれたようなショックを受けた。だが、彼は、すぐに気を取り直した。
「ふっ。ま、まあ、はじめてだからな。こういう事も、あるものだ」
オレは、消極的すぎるんだ。もっと、自己アピールしなくては、いけないんだ。
そう思って男は気を取り直して、歩き出した。考えてみれば、彼は大変、有利な条件を持っていた。彼は医者で、個人スポーツは、ほとんど万能だった。こんな有利な条件を彼は謙譲の美徳のために使った事がなかったのである。
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ある水玉模様のビキニの女がうつ伏せになって、体を焼いていた。男は、そっと女の傍に腰掛けた。
「あ、あの。お、お姉さん」
男が声をかけると女はムクッと顔を上げた。男は勇気を出して、声をかけた。
「あ、あの。よかったら、お茶しませんか」
女はしばし、訝しそうな、目で男を見ていたが、拒否の手を振って、パタリと顔を戻した。
男は、執拗に食いついた。
「あ、あの。ぼ、僕。医者なんです」
だが、女は全く相手にしない。男はさらに、熱を込めて言った。
「あ、あの。ぼ、僕。色々、スポーツも出来るんです」
女は、振り返って、罵るように言った。
「あなた。最低の男ね。見えすいたウソついて、ナンパしようなんて。男として最低よ。私に、まとわりつかないで。あっち行って」
「ほ、本当なんです」
男は必死に何度も訴えたが、女は全く相手にしようとしない。
男は、ガックリして立ち上がった。
「よし。今度は、医師免許証の原本を持ってこよう」
そう思いながら、ビーチを歩いていった。すると、黄色いビキニの女性が座って膝組みしていた。美しい長い黒髪。じっと海を見つめている。つつましそうである。男はドキンとした。
(今度こそ。この女性なら、きっと、受け入れてくれる)
男は、そう思って、女性に近づいた。そして、声をかけた。
「あ、あの。お姉さん」
女性は、男に顔を向けた。拒否している感じは、見られない。男は、やった、と思った。
「あ、あの。よろしかったら、お茶しませんか」
男は、微笑して、話しかけた。と、その時。男は、後ろからポンと肩を叩かれた。
男が振り返ると、そこには、肩にサソリの刺青をした、いかつい体格のオールバックの男が、ガムをクチャクチャ噛みながら男をにらみつけている。
「おい。手前。オレの女に手を出すとは、いい度胸してるじゃねえか」
そう言うや、刺青の男は、男を突き飛ばした。男は、ビーチに倒れた。
「うせろ。二度と来るんじゃねえ」
男は、ペッと男に唾を吐きかけた。
「譲二。かっこいい」
膝組みしていた女は、ピョンと立ち上がって、欣喜雀躍とした様子で男の腕にしがみついた。刺青男は、女に誉められて気をよくしたのだろう。倒れている男を、めった蹴りし、顔を思いきり踏みつけた。そして、グリグリと顔を踏みにじった後、男の体に馬乗りになり、何度も、力の限り男の顔を殴りつけた。20発くらい殴った後、おもむろに余裕の表情で立ち上がり、女と共にビーチシートに戻った。
「すてき。譲二。たのもしいわ」
女は、うっとりした表情で、男の頬っぺたにチュッとキスした。
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殴られた男は、ヨロヨロと立ち上がり、鼻血をダラダラ流しながら、フラフラとおぼつかない足取りで、近くの海の家に向かった。
男は、海の家に飛びこんだ。そこは西部劇の酒場のような、つくりになっていた。「海の家ライカー」と書いてある。ちょうど、映画、「シェーン」の酒場のような感じだった。
男が入るや、そこにいた客達が一斉に男を見た。みな、垢抜けたエレガントな感じである。
みな、ブランデーやウイスキーを飲んでいた。
男は、場違いな感じを持ったが、一度、入った以上、黙って出て行くのも決まりが悪い。
ので、カウンターに、恐る恐るついた。
「あ、あの。ソーダ水ください」
男が、そう言うと、客は一斉に笑い出した。
バーテンダーは、ニヤリと笑って、軽蔑の口調を込めて言った。
「おい。何がいい。イチゴ味か。レモンか。メロンか」
「メ、メロン味を下さい」
男がそう言うとバーテンダーは、嫌そうに、レモン味のソーダ水を男に向かって放り投げた。
客はニヤニヤ笑っている。
「そら。これを持って、とっとと店を出ろ。二度と来るな。ここは、お前の来るような所じゃねえんだよ」
男が、ソーダ水を持って店を出ると、バーテンダーは、塩のビンを持って、店の前に塩をふりまいた。
「て、てめえら・・・」
男は、腹から怒りがこみあげてきて、ブルブルと体を震わせながら、拳をギュッと握りしめた。
男は、もう帰ろう、と思って、俯いて、ビーチの出入り口に向かった。
男が、ビーチを出ようとすると、小麦色に焼けた体格のいいピアスに茶髪の男が、男の肩に手をかけて、引き止めた。男は顎をしゃくって、ビーチの入り口に男の目を向けさせた。
男が顔を上げると、ビーチの出入り口に大きな立て札があった。それには、こう書いてあった。
「NO DOGS AND SOMBER ADMIT」
(犬とネクラは、おことわり)
男は、すぐに振り返って、ピアスの男を見た。ピアスの男はニヤニヤ笑っている。
その時、犬を連れた、きれいなビキニ姿の女が入ってきた。ピアス男は、ニコッと笑った。
「へーい。順子。ひさしー」
「やあ。ジョ二ー。来てたのー。ひさしー」
仲むつまじい挨拶がかわされた。
女は、犬を連れてビーチに入って行った。
「あれは何だ」
男は、ピアス男を、睨みつけて女の連れている犬を指差して聞いた。
「お前は例外だ」
ピアス男は、男の胸を見下すように、人差し指でつついた。そして、こう言った。
「おい。お前。どうしても、このビーチに入りたいのか。だったら犬のように四つん這いになれ。そうしたら、オレが連れて入れてやるぜ」
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男の心に、煮えたぎるような、怒りがこみ上げてきた。
「あちゃー」
男は、ニヤニヤ笑っている、ふやけた男を力いっぱい殴りつけた。
ピアスの男は、吹っ飛ばされて、失神した。
男は、煮えたぎるような、怒りで、拳を握りしめ、全身をブルブル震わせて、その立て札をしばし、にらみつけていたが、ちょうどブルース・リーの「怒りの鉄拳」のように、「あちゃー」と、叫んで、ジャンプし、その立て札を飛び蹴りで、叩き割った。
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数日後、米軍基地が何者かによって、おそわれ、武器が盗まれた、という事件が起こった。
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その数日後の事である。
一人の男が、海水浴場に現れた。
夏だというのに、黒い革のジャンパーを着ている。ゴルフバックを持っている。
目立つため、ビーチの客は、一斉に男に視線を向けた。その男は、数日前に来たネクラ男である。「海の家ライカー」のバーテンが、すぐに男を見つけて、男の所にやって来た。
「おい。お前、耳が悪いのか」
男は黙っている。
「二度と来るな、と言っただろうが」
バーテンダーは居丈高に言った。
「ああ。もう、今日が最後で二度と来ないぜ」
男は、そう言うや、ゴルフバックを、おもむろに開いた。
中身は、なんと、機関銃だった。重量9キロの重機関銃である。
男は革のジャンパーを脱いだ。体に給弾ベルトが、巻きつけられている。
男は給弾ベルトを、体から外して、機関銃に装着した。
バーテンダーは、一瞬、たじろいで後ずさりした。
男は、足を開いて、機関銃をガッシリと構えると、銃口の先をピタリとビーチの客に向けた。
「死ねやー。ウジ虫どもー」
ズガガガガガー。
ビーチの客達は、一瞬、たじろいだ。が、発射速度550発/分のマシンガンである。ビキニの美しい女達や、ナンパ男達が、マシンガンのマグナム弾によって、被弾し、バタバタと倒れていった。真夏の海水浴場は地獄絵図と化した。
きゃー。
海水浴客達は、逃げまどったが、男は、容赦せず、撃ちつづける。
「やめろー。やめないと撃つぞー」
ビーチに設置されたバラックの海水浴場の特設警察所から、警察官が出てきた。ニューナンブ38口径を、男に向けて構えた。
しかし、ニューナンブ38口径と、マシンガンでは、話にならない。
男は、警官にマシンガンを向けた。
ズガガガガガー。
一瞬にして、警官の体は蜂の巣になり、倒れた。
男はすぐに、再びビーチの客にマシンガンを向けた。
男はマシンガンの引き金をひいた。
ズガガガガガー。
きゃー。
ビーチの客は、逃げまどったが、男は容赦せず、マシンガンを連射しつづけた。
ついに全弾、撃ち尽くして弾がきれた。
男は、パイナップル(手榴弾)を取り出すと、思いきり投げた。
ボガーン。
ビーチの海水浴客が、一瞬にして、吹っ飛ばされた。
男は、ふー、と、ため息をついて、あたりを見回した。
もう生存者は一人もいなかった。真夏のビーチは、しんと静まりかえってる。無数の美しいビキニ姿の女や、ナンパ男たちが、倒れ、口を開き、白目をむいている。
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男はマシンガンを捨てると、踵を返し、ビーチの出口に向かって歩き出した。
一人の華奢な体格の子供が、男の所にやって来た。その少年も内気な性格で、以前、ビーチに入る勇気が持てず、さびしそうにしていた、のを男がなぐさめて、やったのである。
その少年は、日本人だが名前をジョーイと言って、ちょうど、映画、「シェーン」の少年のような顔立ちだった。少年は男を、シェーンという、あだ名で呼んでいた。
「シェーン、すごいね。やっぱり勝つと思っていたよ」
男は笑顔で、ジョーイの頭を撫でた。
「ジョーイ、ネクラと言われても負けちゃダメだぞ」
「うん。ぼく、負けない」
「ジョーイ。今日でおわかれだ」
「どうして。シェーン」
男は黙って熱い砂の上を歩きつづけた。
少年もトコトコついて来る。
「シェーン、どこへ行くの」
「警察所に行くのさ」
「どうして」
「人を殺した人間は、もうこの社会には、いられないんだ」
「じゃあ、どうして殺したの」
そうだな、と言って、男は、困惑した顔つきをした。
「人は自分の殻から抜けられない。抜けようと努力してみたがダメだった」
「いてほしいの。シェーン」
少年は涙ぐんだ。
男は手を振った。
「ジョーイ。パパとママを大切にするんだぞ」
「うん」
「ジョーイ。男は強くなれ。そして、真っ直ぐに生きるんだ。Strong & Straight」
「うん」
男と少年の距離が、だんだん離れていった。
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「パパが仕事を手伝ってほしいって、言ってたよ」
少年が大声で言った。
男は、以前、少年の家に行った事があるのである。少年の家は、貧乏で、今時、こんな家があるのか、信じられないが、材木座の丸太で組んで作った家だった。少年の家庭は牛を飼い、野菜をつくって細々と暮らしている農家だった。家の前に大きな切り株があって、それがジャマになっていて、困っていたので、男は斧で、その切り株を切ってやったのである。
男の姿は、さらに離れていった。
「ママがいてほしいって、言ってたよ」
男が、切り株を切ったので、お礼に少年の母親は、手作りのアップルパイを男につくって、手をかけた料理もつくって、あたたかくもてなしたのである。母親はジーン・アーサーに似ていた。
男の姿が遠くなっていった時、少年は、突然、大声で叫んだ。
「シェーン。カムバック」
その声は海水浴場の大自然の荒野にこだました。
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ビーチの出口では、男が真っ青な顔をして、ブルブル震え、立ち竦んでいた。その男は、前回、立て札を顎でしゃくって、ニヤニヤ笑って立ち入り禁止の警告を促したピアスのナンパ男である。
男は、ピアスのナンパ男をギロリとにらみつけた。
「おい。ナンパ野郎」
男は、大声で怒鳴りつけた。
「は、はい」
ナンパ男は直立して、その声は震えていた。
「俺は、逃げも隠れもせんぞ。自首するぞ。ただしネクラ人間だけには手出しをするな」
「は、はい」
ナンパ男は弱々しい声で答えた。
男は肩をいからせてビーチの出口に向かった。
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ビーチを出ると、そこには遠くに警察官がズラリと並び、緊張の面持ちで、男に銃を向けて構えていた。
男の心に怒りが込み上げてきた。
男は我慢の限界に達したような面持ちになり、ピストルを構えている警官達に向かって全速力で駆け出した。
「あちゃー」
男は思い切りジャンプした。
「撃てー」
警官署長が叫んだ。
ズガガガガー。
警察官達は、男めがけ、一斉に発砲した。
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その事件が、広まり、香港で、その話をモデルにした「ドラゴン怒りの鉄拳」という映画が、つくられた。それは、「サウンド・オブ・ミュージック」を越す、今までの香港映画の記録をことごとく破った大ヒット作となった、ということである。
シェーン