窓 10.最終話

ただ一日中、窓の外の空を眺めている。空が明るくなって暗くなるのを眺めるだけ。
身近な人の死を見た日から、そうしている事が多くなった。浮かんでくる景色が思い出なのか、ただの夢なのか。
窓を眺めながら浮かぶ景色を、言葉を、書いた日記みたいな物語。最終話。

10.最終話

月が窓の枠にちょうど収まっている。
彼がくれた窓だ。
「満月かな」そうつぶやくと、
「あ、明るさ調べんと」
と言い、彼は勉強机から立ち上がり、部屋の電気を消した。
真っ暗になるかと思った部屋の中はすべてがうっすらと見えるくらい明るかった。フローリングには窓と私と彼の影が伸びていた。
「まあまあ明るいな。あ、そや」
思いついたように立ち上がり、紙と鉛筆を持ってきて隣に座った彼はすごいロボットの計算式を書き始めた。
「月の灯りで計算できる。ふはは」
「ロボット作るの大変やな」
「これ見て」
計算式を書いた紙を彼が渡してくる。
「この式は犬の首を優しく掴む為の力の入れ具合を計算した式」
たまには意味の分かったフリをしてみようかと思い、私は月の灯りに照らされた数字たちを指でなぞってみることにした。
耳に掛けていた髪の毛がぱさっと紙の上に落ち、数字を隠した。
彼がその髪を私の耳に掛け直した。
そのしぐさを、私はよく知っていた。
いつも分からない事を教えてくれた。隣に座って教えてくれた。
分からないと泣いた時には大丈夫だと笑って私の髪の毛を耳に掛けた。問題が解けた時はすごいと笑って私の髪の毛を耳に掛けた。
あの手の感触をもう一度だけ感じたいという感情だけで他のすべてを失くしてしまいたい。

    ☆

「ロボットができた」
そう言った彼の電話越しの声が鬱陶しかった。
窓の外を眺めている。寝転がって、その枠に収まった空を眺めている。
彼のくれた窓ではない。
「いいね、少年は」自分から出たその言葉の正直さに嫌になった。
「少年って俺の事?」
少年。自分にないすべてのものを総称した言葉だと思った。
もう、窓の外を眺めることしか思いつかなかった。そこに欠片くらいはあるかと思って私は窓の外を眺めていたような気がする。
物語を生きている。物語を学び、物語に励まされ、物語に戻る。
そこから逃れる方法なんて窓の外を眺めることしか思いつかなかった。
いつも窓の外を眺めていたような気がする。

窓の外の空に、星くんがいた。
ロボットにぶら下がっている。
首の、おそらく柔らかくて痛くないのであろう部分をつままれて、ぶら下がっている。
舌を出す星くんを見てハッハッという息遣いが聞こえたような気がした。

窓 10.最終話

窓 10.最終話

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-01

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