窓 9.水のかたまり
ただ一日中、窓の外の空を眺めている。空が明るくなって暗くなるのを眺めるだけ。
身近な人の死を見た日から、そうしている事が多くなった。浮かんでくる景色が思い出なのか、ただの夢なのか。
窓を眺めながら浮かぶ景色を、言葉を、書いた日記みたいな物語。第9話。
9.水のかたまり
雨の音に目を覚ますと、車は止まっていた。いつの間にか後部座席に横になって眠っていた私の体には毛布が掛けられていた。
「あ、星くんありがとう」と言うと、
「今日のは俺。ふはは」と運転席に座ってまた計算式を書いている彼が言った。
星くんは助手席で眠っていた。
パーキングエリアのだだっ広い駐車場には私たちを乗せた車だけが停まっている。
雫の落ちる曇ったフロントガラスには白っぽい建物がぽつんと浮かんでいた。
横長のその建物の入り口には「おみやげ」と書かれた看板が立てかけてあった。
「なんかさ、パーキングエリアって世界の果てみたいよな」
計算式を書きながら彼が言った。
「トイレ行ってくる」私は尿意を感じて言った。
「傘後ろにあるよ」
トランクから傘を取り、私は雨の中を歩いた。
ずらっと並ぶパーキングエリアのトイレのちょうど真ん中辺りを選んで座る。
いつからかトイレに入ると同じ事を思うようになっていた。
人はおしっこもうんちも出なくなったら死んでしまう。
いつか見た光景から導き出したその言葉を反芻しながら私はいつも体に溜まった要らないものを排泄する。
死のイメージは痩せ細った体から、膨らんで黄色くなった体へ変わっていた。
パーキングエリアからは海が見えた。
傘を差して雨の中の海を眺めていた。
この水はどこかから流れて出てきた水なのか、それとも流れられずに溜まっていっている水なのか、どっちだろうと考えた。
「人ってほぼ水でできてるって聞いたけどさ、こんな雨の中海見てたらそのうち同化して消えそうじゃない?俺たち」
誰に聞いたんだと言いそうになった。
まぬけとロマンチックの間のようなその言葉をずぶ濡れの彼は私の隣に来て言った。
色褪せた彼の青いTシャツは雨に濡れて濃い青になっていた。皮膚に張り付いた布によって浮き彫りになった彼の肩甲骨を見て、その痩せ具合に安心した。
死の気配がないなと思った。
傘の中に入れてあげると濡れた皮膚の匂いがした。
いつか家族で行った海で嗅いだ匂いだ。クラゲに刺されて泣いている私を抱っこした父の首元からその匂いがした事を思い出した。
窓 9.水のかたまり