歌手

陽奈子

友達ッてなんだ?

何をゴミとみなして捨てるのか、それは人によりけりだ。実を食べ終わったスイカの皮はゴミ?それとも肥料?一度使ったティーバッグはもう一度使う?それとも捨てる?傘が役に立たなくなるのはどれくらい骨が折れてから?夫婦生活はささいな行き違いでこじれる。それは恋人も同じ。そして友人関係にも言える。何をゴミとみなして捨てるのか?そして何を大切なものとみなすのか。成功には代償がつきもので。幸せとは一筋縄ではいかないのは世の常で。
孤独は美しいという人は、本当の孤独を分かっちゃいない。辛く、険しく、寂しいウサギが死んでしまうように、しんどいものなのだ。
ミミは、孤独な大学生活を送っていた。壮絶だった。最初から誰も話しかけてくれない。無視だ、無視。しかしミミには孤立してしまう原因があった。ADHDという障害だ。人の気持ちを察しできない、落ち着きがない、勉強についていけないだけでなく、人間関係がうまくいかないのだ。
銀杏が舞いちる秋。フランスの、賢いとは言いがたい大学で、ミミは家族と離れ一人暮らしていた。家族もミミを、厄介者としてうっとおしがっていた。ミミが、好きなことを延々と話し続けるので、最後には返事すらしてくれなくなった。ミミは人に言われた注意を守れなかった。しかも、ソワソワして落ち着きがなく、好きなことには夢中になり、延々と、それだけをやり続ける。
厄介者のミミは学校でも嫌われ者で、しかしミミ自身はその問題に気づいておらず自分を貫くからよけいに拗れた。友人たちは去っていき残されたのは一人きりの孤独な生活。孤独は辛かった。グループ分けはいつも一人余り、和気あいあいとしている皆を、遠目に眺めて沈黙していた。
ところが、ミラクルは起こった。どういう訳か、学校一人気者のラナが、ミミに興味を持って話しかけてきたのだ。訳が分からなかった。
「あなたって変わり者よね?どうしてここにいるの?」言葉は辛辣であったが、ミミは、無視よりもましだと思った。ミミは答えた。
「あたしは、音楽がすき。吹奏楽がさかんなこの大学は楽しいと思ったの」ラナは、見たものを魅了する笑顔で言った。
「奇遇ね、私も吹奏楽部に入りたいの。良かったら、一緒に入らない?」ミミは、何を誘われたのか一瞬わからず、きょとんとした。ラナは、いいからいこうよと、ミミを吹奏楽部へと引っ張っていった。ラナはその後もずっと親切だった。雨の日に、傘を忘れたミミをいれてくれたり、授業の席でとなりに座ったり、会えばいつも楽しい雑談を聞かせてくれた。ミミが音楽に夢中になって、好きな歌手のことを話し続けたときも、三時間ずっと相づちを打ってくれた。秋。世界で一番ミミに優しい秋だった。
ミミに起きた奇跡はその後も思いもよらず続いた。ラナのそばにずっといることで、ミミの株は上がり、多くの友人たちがよってくるようになった。何も努力はしていない。タイタンという男の子、リリーという綺麗な女の子、ストラスというイケメンに囲まれて、ミミの薔薇色の大学生活が始まった。ミミは、自分の奏でるエレクトーンにあわせてしばし、自由に歌えるようになった。ラナはサックス、タイタンはオーボエ、リリーはパーカッション、ストラスはボイスパーカッションだ。
ラナは言った。「ミミ、もっと歌って!」ミミは声援に答え、トーンをあげる。皆のハーモニーが美しい輪になって秋の空に響き渡る。銀杏が揺れる。そんな中、ミミは、ストラスに少し恋心を寄せるようになっていった。見た目に、惹かれていたのだ。ただ、その事はラナにだけつげて、ミミは大人しくしていようと決意した。初めての恋だった。
楽しかった。人に囲まれていることをこんなに楽しめたことはこれまで一度もなかった。ミミの歌は少しオペラちっくで、透き通る高音と、バレリーナのような表現力があり、リリーは、時々、ミミってすごいよねと呟くようになった。これまでの抑圧された自分を解放し、ミミは歌った。その歌には魂がこもっていた。タイタンは、その歌に合わせてステップを踏み、時には踊り出した。優しい一時だった。
灰色の大学の校舎に、ハラハラと舞い落ちる落ち葉。人々は目もくれず踏みつけてきたる冬の寒さを嘆く。銀杏の木が排気ガスにさらされ大木の幹が腐ってきていることなど知りもしないで。
そんな頃、新聞に、超有名オペラ歌手ミランダの離婚と、不倫の報道があった。ゴシップに、週刊誌が飛び付いた。お昼のワイドショーではミランダのことをここぞとばかりに悪者として持ち上げた。
ミミはミランダを、歌手として敬っていたから、この報道には心を痛めた。
ラナは言った。「それみたことか」
「有名だからって、ちょっとぐらい歌がうまいからって調子に乗っていたのよ」その言葉は、妙にミミに引っ掛かった。銀杏は紅葉して満開の時期だった。美しい秋の終わりと厳しい冬の始まりが予感された。内部で、幹の腐っている銀杏は、最後の力を振り絞って見た目だけは美しい木の実を実らせる。ミランダの報道のあと、不思議と段々、ミミの生活にも歪みがでてきた。ラナは、前と態度は同じだが、ただなんとなくミミを避けるようになっていた。ミミが登校すると、それまで盛り上がっていたお喋りがぴたりとやみ、不穏な空気が流れるのだ。ラナは、「おはよ!ミミ」と、いつものように言ったが、周りの空気は釈然としなかった。それでもラナは今まで通りを装っていたから、ミミはラナを信じていた。
「今夜、とびっきりのメンバーで、コンパがあるの。ミミ、くるよね?」ラナがいうには、時の人、かのミランダの母校で、しかも特待生クラスの男の子たちと、リリー、そしてタイタンがくるという。ストラスは、何故だか断っていたが、ミミはもちろんyesといった。その日はあいにくの雨だった。冷たい雫石が、校舎を濡らす。剥げかかったペンキのしたには無愛想な鉄骨が見える。
男子トイレの洗面所で、ストラスは他の友人と話していた。「最近、ミミが面倒くさいよ。あいつとは、ラナの仲間だから付き合っているけど、話しても楽しくない。てか空気読めないよな。そりゃ歌はうまいさ、だけどそれだけの奴なんだよ。合コン?何故行かないって?俺よりいけてるやつが、沢山くるんだぜ?いきたいわけねーだろ」ミミは、ストラスがそんな風に言い回っていることなど露知らず、ただ期待に胸を膨らませていた。
夜のキラキラしたネオンや街頭。フランスの夜は、華やかだ。
合コンは、ミランダの悪口で始まり、ミランダの悪口で終わった。ミミは人のプライベートの悪口は好まない。だが、何か反論しようとすると、ラナに静止されるのだ。「ミミはわかってないんだから、黙ってて」財布の中身に似合わない高級なバーで、ダンサーがステージで踊るのを眺めつつ、高いフランス料理を食べた。
その夜はまさにずっと不穏だった。いけてる男の子たちは、外見の爽やかさに似合わないほど腹黒く、ミミには好きになれない要素ばかりだった。たまらず、トイレにたった。ミミが抜けると場は大いに盛り上がり、笑い声がトイレまで聞こえた。用もないのに、たっぷり時間をかけてミミが席に戻ると、ピタリと会話がやんだ。ミミは何度もこういう空気を経験してきたから、分かった。自分の悪口を言っていたのだろうと。ミランダの話題がまたぶり返し、ミランダがマネージャーとホテルに入る写真を撮られていたこと、離婚発表が書面だったこと、息子たちの親権は夫がもつことなどがあがった。
しかし、どんなに人道的に反することをしていようとも、ミランダには才能がある、とリリーが言い始めた。
「天性の才能ってあるよね?」リリーが言った。「孤高を貫くような才能は、しばし埋もれてしまうけど、磨けば輝くダイヤモンドの原石のような。私はね、そういう才能は孤独のうちに宿ると思うの。この人に抱きしめられたい、って思う輝きってあるのよね。」
リリーはそう言いながらミミの肩をポンポンしたが、なぜかミミは嫌な感触を覚えた。今までだってあったはずの軽いスキンシップだったが、なぜか今夜のは違っていた。タイタンは言った。「俺は、かわいそうな人を知っているよ。才能があるけれど、それを生かす方法を知らない人だ。空気を読めないのが致命的。誰だって認めたくないよそんな変人にたぐいまれな才能があるなんて。でも、心揺さぶられる歌を歌う人なんだ」ミランダのことを言ったのだとミミは思った。
ワインがまわり、みな頬を赤くして歓談に興じた。ただ、今日のラナはいつもの親切なラナではなかった。酔いがまわるにつれ毒舌が酷くなって、しかもそれはさらに場の雰囲気を盛り上げた。「私、気にくわない奴がいるの。そいつは私に、べったりでさー。可愛くもないし賢くもない。なんかむかつくウジ虫って感じの奴よ」リリーが止めた。「ラナ、酔いすぎよ。あんまり悪酔いするならあたしがお持ち帰りしちゃうよ」「リリーあんたうざい、きもいのよ」リリーのスマホの検索履歴が、びっしりとエロ、しかも女性同士のもので埋まっているのを、ラナは知っていたのだ。
タイタンに対しても突っかかっていた。「あんたは本音が言えない臆病者だ。本心じゃわかってる事実を認めない卑怯者だ」
その日は、ミミが何を言ってもラナは無視した。ミミは場に馴染もうとできる限りの努力をしたが、徒労に終わった。ミミを男の子たちも無視した。リリーはワインをやたらミミに、勧め、タイタンは口数少なく、居心地悪げにしていた。「嫌いな人を発表しまーす!そいつはこの中にいまーす!ミミ、お前だ!……なーんてね。驚いた?嘘ぴょーん。さあ、お開きにしよっかあ」ラナはもうノリノリで、酔いどれになっていた。男の子たちが、ラナを送っていくと申し出た。リリーはミミを送るといったが、気味の悪さを覚えたミミは断った。
夜のネオンは外見だけ綺麗なのだ。中身は無い。ワインは口当たりがいいけれど、所詮酒、頭をくらくらさせ、理性と人間味を見失わせる毒にもなる。酒に溺れ、よれよれの使い古したスーツのように、役目を終えたゴミになって捨てられるのは、誰だ?



「昨日はごめん」次の朝ラナが、しおらしく、ミミを呼び出した。「え?何が?私は誘われて嬉しかったよ」ミミは本心から答えた。

「どうしてそんなに純粋で素直でいられるの?」ラナが言った。「偽善者ぶって、イラつく」まくし立てた。「私はミミを利用したんだよ?」「利用するってどういう意味?あなたはあたしに優しかった、友達の輪にいれてくれた初めての人。利用されてるなんて思いもしなかった。無視されるのは慣れているから。昨日はまた同じことが起こっただけで、それはラナのせいじゃない」「私は、わかってた。ミミがこの合コンで孤立すること。それで、自分の引き立て役として呼んだの。私より美人でも賢くもないあなたを影で笑って、悪口で盛り上がり、男の子たちと仲良くなろうとした。でも、心の曇ってないタイタンには逆効果だった。かえってミミのことを庇うみたいになっちゃった。」
「それから、リリーがレズだって分かっちゃった。リリーは、ミミ、あなたに興味を持ってるみたいよ?」
ラナは、ちょっと悪質なタイプの友人だったのだと判明した。だが、ミミは、そこにすがり付くしかなかった。何をゴミとみなして捨てるのか?ラナはゴミ友か?いや、ミミはそうは思わなかった。綺麗な薔薇には、必ず刺がある。美味しいフグには毒がある。だから、その刺も含めてミミは受け入れようと思った。
ただ、痛みが走るということを、知った。それは胸の奥を突き刺すような、鋭い痛みで、ミミは前のように気兼ねせず歌えなくなっていった。
数年がたった。ミミは一本のデモテープをラナが、音楽事務所へ送ったと聞いた。それは、世界をミミが心の底から楽しめていた頃の、懐かしい品だった。
音楽事務所からすぐに返信がきた。この歌を歌った人に会わせてください、と。
事はトントン拍子に決まり、ミミの歌手デビューが大学4年の冬決まった。ラナはなにかと世話を焼きだした。ミミのマネージャーを引き受けると言った。しかし、暫くしたころ
「ラナを、切り捨てなさい」事務所が言った。
「あのこには才能がない、それどころかミミを利用している。有害ですよ」ついてきたステージでラナは、男あさりをしていた。有名な歌手やそのファンに目をつけ、手当たり次第寝ているという噂もあった。ミミの稼いだチップを、うまいこといって横取りもした。ミミは、ラナには逆らえなかった。「ラナと付き合うと、週刊誌の格好のまとですよ。有名になったらスキャンダルは必然。その危険をわざわざおかすのですか?」
友人だと思っていた人を切り捨てる痛みをミミは知った。ラナ。ミミをこの舞台まで持ち上げてくれた人。いろんな裏事情があったにせよ、ミミが一度は信じていた人。だが、今ミミは、友人を切り捨てて、自分の成功への道を選んだ。ラナは、邪魔だった。それまでのぬるま湯に居続けるよう誘う彼女を切り捨て、もはや捨てるべきゴミだとみなし、ミミは進む。それが最善の決定なのかはわからない。だが、今度はミミが裏切る側に回った。昔、ラナにされたように。ミミは静かに受話器をとり、事務所へかけると、行きます、一人で。と、答えた。事務所からは歓迎の言葉を受けた。よく決定しましたね、と。しかし心は、晴れなかった。これから待ち受けるのは、成功だが、そこには友人が一人もいない。
リリーの言葉が思い出された。才能は、孤独に宿る、と。ミミの才能は、孤独に耐えきれるだろうか。またどこかで友人に巡り合えるだろうか。わからない。ただ、白銀に染まった冬のフランスの空をミミは見上げて、静かに息を吐いた。

歌手

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  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-30

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