窓 7.いつかの車
ただ一日中、窓の外の空を眺めている。空が明るくなって暗くなるのを眺めるだけ。
身近な人の死を見た日から、そうしている事が多くなった。浮かんでくる景色が思い出なのか、ただの夢なのか。
窓を眺めながら浮かぶ景色を、言葉を、書いた日記みたいな物語。第7話。
7.いつかの車
あの日の朝、誰かが階段を上がって来る気配で目が覚めた。
昨日のつづきみたいな恰好をした父が私を見て、行こうと言った。
それだけで何かが終わろうとしているのが分かった。
顔を洗っている間、父はテレビを見て笑っていた。
付ける必要の無いコンタクトレンズを付けたのを覚えている。
車の窓に落ちる水滴を見つめていた。
雫が流れて、流れた先にある雫と合わさっていくのをこのままずっと眺めていたいと思った。
父は車に備え付けたテレビを見て笑っていた。
父は車をよく買い替える。私が一番好きだったのは大きな黒いバンの車だった。座席を倒すとベッドになるところが好きだった。遠出した帰りに車の中のベッドで眠りながら父に運ばれるのが心地よかった。
中でも一番短かった車が、ドンキーを乗せると言って買ってきた車だ。後ろだけ軽トラみたいなその車に、父はドンキーを乗せ、得意げに笑った。
私は助手席で荷台に乗ったドンキーをガラス越しに見張っていた。嫌な予感しかしなかった。
車が走り出した途端、ドンキーは何のためらいも無く飛び下り、駆けて行った。
他にも何台か家族を運んだ車はあったはずだけど、あんまり覚えていない。
「サービスエリアに連れて行ってあげよう」
車から降りてきた彼は珍しく意味の分かる言葉を発した。
彼の乗ってきた車は一昔前のような白い車だった。この車を知っていると思った。
いつか写真で見た車に似ていた。父が撮ったであろうその写真には母と弟と兄が乗った車が写っていた。横から撮られた写真には助手席に幼い弟を抱っこして微笑む母と、車の天井から顔を出して笑っている兄の姿があった。
「この車、天井開く?」私は彼に聞いた。
「ふはは」と彼が笑う。
助手席に座った星くんが窓から顔を出して笑っていた。
この世で一番必要なものは、車の窓から顔を出す犬かもしれないと思った。
窓 7.いつかの車