「風死す。」

haruha

「風死す。」

これは、自分にとって、初めての作品です。なので、まだ成長できる所があると思います。
なので、皆さんにはレビューをするなどの事でお手伝いして頂けると幸いです。
                                                                    
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第一章『山に行こう』

第一章『山に行こう』

 最近、何もしていないのに、胸が痛くなる。
二十歳から吸っている、煙草のせいか、ストレスか、それとも、認めたくはないが、加齢か、
 すべて、気のせいかも知れないが、もしかすると、一か月前に担当した、殺人事件が原因なのかもしれない。


美篶村は、小さな村だ。
長野県の南部に位置する美篶村は、市街地から離れていて、城下町が近い。
 美篶村から、北東に行けば、桜で有名な高遠があるが、美篶村には、大して有名なものはなく、ほとんどが田畑である。
だが、治安が良く、村人の人当たりが良い、それでも、利点より、欠点が目立ってしまう。
 そんな、寂しい村だ。

   —なあ—

 「なあ、弘樹、何かあったか」
と訊いたのは、井上茂彦、三十九歳、東京で警察の事件課で働いていた時代、妻子が居たが、娘を未だにわからない誰かに殺され、その四年後、妻が癌で死んだ。孤独な男だ。
「いいえ。何も」
答えたのは、常田弘樹、二十七歳、独身、ここ最近、重彦の車内や、警察署内での喫煙に悩まされている。
六年前、茂彦の相棒になった。
 相棒になる前、弘樹は、警察学校を卒業した好青年だったが、卒業して、交番勤務から、人数不足だった刑事課に配属され、嫌々配属することになった。そして、茂彦の相棒にると、相棒というより、助手の立場に近い関係になった。
 「何でこんなにも事件がないんだ」
東京では、かなり事件があったが、ここ美篶は、平和すぎるあまり、茂彦は、かなり退屈をしていた。
「そりゃこんな田舎で事件が起きるわけないじゃないですか。それに事件がないくらい、平和だからいいことじゃないですか」
呆れたような口調で言った。

 僕は、昨日、六月十日に、この長野県伊那市美篶村に引っ越してきた。
かなり辺鄙な田舎だが、祖父母の家が近く、自然が多く、僕に最適だと思い、引っ越した。
 僕は大学を卒業した後、元々、経歴が良かったこともあり、神奈川県の有名企業に就職することができた。
 最初は、それなりに給料が高く、職員もいい人ばかりで、仕事にやりがいを感じていたが、岐阜県の田舎で育った僕は、都会が肌に合わなかった。入社してすぐ辞めるのは少しまずいと思ったので、三年間働いた末に退社した。
 そして、この田舎に来たというわけだ。友人と呼べる人間はいないが、僕は一人のほうが好きなので、特に困ることもない。
 引っ越しが落ち着くと、
「そういえば今日、休みか、買い物でも行こうかな」
独り言を言い、梅雨の雨の中、外に出た。

 良介は、音楽や、本、孤独を愛していた。
面倒くさがりで少しひねくれている良介には、友達が少なく、いつも孤独だった。
だが、その孤独を良介は、心から愛していた。

 美篶村は、自然が多いことはいいのだが、多すぎて困ることが数多くあった。
 その一つが、コンビニが近くにないことだった。一番近いコンビニである、セブンイレブンに行こうにも、車で十五分程掛かってしまう。
 良介は、会社員時代、時間がなく、自炊を諦めていた。なのでいつも、外食か、コンビニ弁当で腹を満たしていた。
行こうと思えば行けるはずだが 、空腹だった良介は仕方なく、弁当は少ないが、徒歩五分程のスーパーへ行くことにした。

 雨の中、傘を差し、サンダルを履き、周りに、田畑しかない道を歩いた。
美篶村は、梅雨で雨が降っていても、気温が高く、じめじめとした暑さだった。
 少し歩いていると、道の奥に黄色のレインコートを着た少年がいた。
 良くは見えないが、少年の髪には、少し茶色が混じっていて、瞳はガラスのように繊細だった。
 少年は、良介を不思議そうな目で見ると、
 踵を返して母親らしき人影のもとへ走り去った。
 子供とは不思議なものだ、と彼は思い、道を歩いた。
 今日も、外食か、コンビニ弁当にしようと思った。だが、近くには、飲食店はない。
 だったら久しぶりに料理をしよう、と思い、ちょうど、カルボナーラスパゲティを食べたい気分だったので、スパゲティの麺、生クリーム、野菜、牛乳、卵をかごに入れて、レジへ向かい、千円を出し、店を出た。
 店を出ると、やはり、田畑が広がっていた。半分脱げたサンダルを履き直し、傘置き場から、傘を取り出し、家まで歩いた。
 着くとすぐにビニール袋から材料を取り出し、レシピを検索した。レシピのウェブサイトを開いた時、玄関のチャイムが鳴らされた。
このアパートは、かなり古いが、住人の扱いが良く、外見は綺麗だが、物は古い、なのでチャイムも、マイクや画面が付いていないタイプなので、少し怖い部分があった。
 何か通販などを頼んだ覚えはないので、一つ山を越えた先の岐阜県の高山市に住んでいる祖父母が引っ越し祝いに来てくれたと思いドアを開けた。
 目の前に立っていたのは見知らぬ男だった。最初より警戒心が強まった。だが、怪しい雰囲気はなく、迎え入れようと思ったが、男の全身を見るとおかしかった。
 オレンジ色の薄いビニールで出来たベストのようなものを着ていて、同じような色の帽子も被っていた。
だが、一番おかしい所は、右手に、硬く金属バットを握りしめていることだった。そんなことを考えていると、
 頭に強い衝撃を感じた、脳が揺れるのを感じた。
 頭に付いた血を見て、死を感じた。するといきなり
 「ごめんなさい」
と僕は、謝った。
何も自分は悪いことはしていないのに、謝らなければいけないと感じた。
 僕が謝ると、奴は、
「何故謝るんだい、君が僕に何かしたわけじゃあないだろ。僕が君に決めたのは、ただの気分さ」
頭に溜まった血がどんどん抜けた。
立とうとしたが力が入らなかった。
奴は、悲しそうな顔をしていた。
こんな時、普通なら、「お前が悲しんでんじゃあねぇ」と思うはずだが、僕には、後悔しか無かった。
「あの本読みたかった」「初恋相手に告白していれば良かった」「親にもっと愛を示せばよかった」
と大量の後悔が溢れてきた。
赤黒くなった手を伸ばし、ドアを開けようと、ドアノブを握った。だが、血が抜けて力が入らず、奴に対してではなく、死に対しての恐怖だった。
 死んだらどうなるのか、無神論者だが、今は、ただ、神に助けを求めることしか出来なかった。
泣きながら、ドアノブを必死につかもうとしていると、無表情で奴がドアを開けた。
 這って、やっとリビングに着き、奴の方を向くと、
 一発、一発だけだが、確実な殺意を持って殺された。

 時計の短針が二時を回ろうとしている時、捜査一課のドアがノックされた。
 ドアの隙間から顔を出したのは、受付の山内だった。かなり焦っている様子で、手が震えていた。
「あ、失礼します」
「おい、顔色が悪いぞ、何かあったのか?」
「あの、それが、美篶村に死体があると、通報が来ました」
初めての殺人事件だからなのか、震えたような声をしていた。
「殺人か?」
殺人事件を担当するのは久しぶりな上に、「こんな田舎では大きな事件は起きないだろう」と思い、妻の実家も近かったこともあり越してきたので、茂彦もかなり焦っていた。
「まだ分かりませんが、恐らく殺人だと思われます」
「現場には誰か送ったのか?」
汗でぬれ、胸元が見えるほど開けたシャツのボタンを掛けながら、弘樹に手招きをした。弘樹は察したらしく、頷きながら茂彦のもとへ駆け寄った。
「現場には、十人ほど、鑑識を呼んでおきました。場所はJAの十字路を右に曲がった先に見える「メゾンド美篶」というアパートの「203号室」です。ここから、十五分ぐらいです」
「わかった、すぐに弘樹と向かう」
「分かりました。僕もついていきましょうか?」
山内は、美篶村に実家があるので、慣れているらしいが、必要になることはなさそうなので断り、現場へ向かう準備をした。
すぐ、弘樹に状況を説明すると、茂彦の車に乗り込み、美篶村に向かった。
 「まさかこんな田舎で殺人とは、ビックリだ」
「ほんとですよ。そういえば、茂彦さんって東京で刑事をしていた時、殺人ってあったんですか?」
汗まみれのシャツを扇ぎながら、言った。
「ああ、かなりあったよ」
過去を思い出しながらため息をついた。
「やっぱり慣れが必要なんですかね?」
「必要かもしれないが、殺人に慣れるなんて、嫌だよ」
と冗談を言うと二人は笑った。
「確かに、そうですね」

 殺人現場である被害者のアパートの駐車場に着くと、重彦は、捜査に必要なものを入れているバッグを肩に掛け、『203号室』へ向かった 。
アパートの駐車場には黄色い『立ち入り禁止』と書かれたテープがひりめぐらされていた。
 そして、この時、茂彦は、娘の事件現場を思い出した。

 東京にいた時代も茂彦は刑事をしていた。特に事件がない場合、ただの街の巡回をするだけだった。
巡回なんて嫌いだ。と思ってはいたが、いざ、事件の調査だとなると、やる気がなくなっていた。
 彼の娘は、いつも満ち足りていた。
そんな娘を茂彦は、心から愛していた。
彼は永遠に幸せが続くとは思っていなかったが、長く続くとは、思っていた。
何もなければ、思っていたように、かなり長く続くはずだった。
だが、突然、未来は変わった。
 「ねえ、お父さん。今日は何かあった?」
娘の紗季は、事件を愛していた。
不謹慎だが、殺人事件や、人の命がかかわるようなことには、いつも、興味を示していた。
シャーロック・ホームズシリーズや、金田一耕助シリーズを全て読破し、高校生になってからは、時間があれば、執筆活動をしているらしい。茂彦はその小説の完成を心待ちにしていた。
 「今日は、酔っ払いが、銀座で「財布を落とした~」と暴れていただけだよ」
ため息をつきながら、先ほど脱いだコートを畳みながら言った。 「他に何かなかったの?」
「他にって言われてもなあ」
と首を触りながら言った。
茂彦には、困ったことがあると首を触る癖があり、事件の捜査中には、いつも首を触っていた。
「警察官とか刑事って、お前が思うより大変なんだぞ」
と言うと、冷蔵庫から出してきた金麦を開け、溢れ出てくる泡を吸った。

   —対面—

『メゾンド美篶』は、『よくある田舎のアパート』と言えるようなアパートだが、思いの外、部屋が多く、広い駐車場があった。
 雨の中、車から弘樹と共に出ると、小走りでアパートの階段の近くで見回りをしている警官に茂彦は自分の名刺を出し見せた。
 警官が、確認すると、弘樹と共に、雨と血の匂いがする被害者宅に向かった。
ドアの右側に、綺麗に並べられた、鑑識のものと思われる靴があり、二人も一番右に靴を並べ、被害者宅の中に入った。
 ドアを開けると、すぐに、 遺体の腐敗と排せつ物の臭いで、弘樹が、
「ゔえぇ
と、嘔吐しかけた様子だった。
それに茂彦が、
「覚悟しとけって言ったろ、体の筋肉が使えなくなるから、色々出ちまうんだよ」
「重彦さんは大丈夫なんですか?」
「俺はなんか慣れちまってんだよ。口呼吸しろ。そうすれば少しはマシだ」
「分かりました」
 家にすぐ入ると、すぐ、『本』と書かれた段ボール箱が二つあり、
右側に置いてある箱の中には、夏目漱石の『こころ』やコナンドイルの『シャーロック・ホームズシリーズ』などの有名な小説が詰め込まれていた。
もう一方には、松岡千佳の小説が十冊程あり、その他は、CDやDVDで埋まっていた。
  廊下の壁や床には、不気味な血の手形があった。
左右に一つずつ部屋のある廊下を進み、正面のリビングへ繋がっているドアを開け、死体のもとへ歩いた。
 入るとすぐに、被害者の血痕と遺体があり、茂彦の昔からの知り合いである、杉本を含め、十人程の鑑識が、調査をしていた。
 中に入ると、何かに吸い込まれる気がした。
 いつもそうだ。事件の捜査を始めようとすると、何かに狙われているような危険を感じる。
これが嫌いだ。
「やはり、殺人現場の空気は、重いな」
ハンカチで、雨と汗が付いた前髪を拭きながら言った。
「そうですね」
「よし、この手袋をつけろ」
と言い、ゴムの手袋を弘樹に渡した。
「何が分かったんだ?」
と鑑識班長の杉本に声を掛けた。
細い腕に悪い顔色、埃だらけの眼鏡を掛けた、この男は、 茂彦の妻である、香苗の高校時代のクラスメートで、茂彦と香苗の結婚式の際、杉本に挨拶をし、世間話をしていると、お互い、警察関係の仕事であることが分かり、馬が合っていた。
 二人は結婚式後も、同じ美篶に住んでいて、距離が近いので、結婚式後も頻繁に二人で飲みに行っていた。
「完全ではないけど、被害者の身元や死因は大体分かってるよ。これは面白い」
と二人のほうに振り返りながら言った。
「じゃあ、説明してくれ」
「分かった、被害者の名前は、吉田良介。年齢は、二十六歳。丸い石のような何かでの撲殺、だと思う。
死亡推定時刻が、えっと…約十二時間前で。
第一発見者が、被害者の祖父母のご夫婦。
引っ越し祝いで、来た際、電話しても出ず、不審に思ったので、持っていた、合鍵を使って、入ったらしい。
今、伊那警察署の方で、取り調べを受けてる。後で、話を聞きに行って。
で、被害者が石で殴られた後の行動を大体こっちで推測したんだけど、えっと、まずバットで殴られると、頭を手で押さえて、血の付いた手で触ったから、廊下の壁や床が、血だらけになった。
そして、這うようにして、廊下を進み、リビングにたどり着くと、また、一回ほど頭を殴られて、即死っていう流れだ玄関に犯人のものと思われる、それと、足跡が残っているけど、これが、雨でサイズもわからない状態だから、分析が難しいんだ」
「そうか。他に何かないか」
と首を触りながら言った。
「あ。ごめん、これ忘れてた。これ、被害者の詳細とか、顔写真とか襲われた後の行動とかが詳しく書いてあるから。一通り目を通しておいて」
と言い。黄土色のファイルを茂彦に渡した。
中には、荒っぽい字で、被害者や事件の詳細が事細かに書かれていた。
「おお。相変わらず、仕事が早いな」
「ありがとう。じゃあ。他に何かあったら連絡するよ」
「ああ。頼んだ、ありがとう。よし。まずは、ご夫婦に話を聞いて来よう」
「その前に、もう少し見ていかないと駄目ですよ」
弘樹に注意されると、
「ああ。そうだな」
と言うと、踵を返し、遺体の方を向くと、しゃがみ込み、頭の傷の様子を観察した。
 かなり酷い傷だ。
 脳天の傷は、完全に血で真っ赤に染まり、頭皮は抉れ、肉が露出していた。
それを見た重彦は、ここまで出来るのは男性だけだ。という推測を重彦は立てた。
だが、ただの男性でも、たった二発で殺すのは容易なことではない、それも、殴られて、三十分ほどしか経っていないとファイルに書いてある。
 茂彦は、バットで殴られたことだけが、死因じゃあない。と考えた。
 遺体の観察を終わらせると、ろくに見ていなかった玄関を見に行くことにした。
 泥の沢山ついた、玄関にしゃがみ込み、上から下へ、
手掛かりを探していると、靴の形をした、泥の中に何かの毛がこびり付いている事が分かり、手袋をつけた指で、泥の中から毛を取り出した。
 泥が付いているので、人差し指と親指で挟み、根元から、先端に持っていった、泥が取れると、色と硬さが分かるようになった。
 色は、根元は、白く、中心から、先端まで茶色だった。
明らかに、人間の毛ではなかった。
 茂彦は、野生動物の毛だということに気付き、バッグからジップロックの袋を取り出し、毛を入れ、十年ほど前、趣味で狩りをしていたという杉本に話を聞くことにした。
その推測を弘樹と杉本に話す為、弘樹と話している杉本に声を掛けた。
「ほかに何か分かったのか」
話している二人の間に割って入るように、杉本の肩に軽く手を置いた。
弘樹がいきなり声を掛けられたことに驚き、少し肩をビクつかせた。
「何すか。いきなり」
かなり驚いた口調で言った。
「手がかりを見つけたんだよ」
話し始めると、推理と玄関で見つけた何かの毛が入った袋を二人に見せながら説明をし始めた。
 「玄関の足跡の泥からこれを見つけたんだ」
バッグから、先ほど入れたジップロックを取り出し、二人に見せた。杉本が興味深そうに、袋に入った毛を見ていると、突然口を開き、
「こりゃ、鹿の毛だ。簡単に付くものじゃあない、それも調べよう」
と少し間の抜けた驚いた声で言った。
「よろしく」
「それにしても、本が多いですね」
と弘樹が口を開けた。
「確かになあ」
廊下に本が入った段ボールを二つ見たが、このリビングには、三十個以上、本が入った箱がある。かなりの読書家だ。
「すげえ量だな」
あたりを見回した杉本が感心した様子で言った。
「こんな話をしている場合ではないと思い、茂彦が自分の推理について意見を求めた。
「凄いですね。さすがです」
言い慣れたように言った。
「杉本はどう思う」
と訊くと、
「それは、鑑識側でもさっき話し合いで出たよ。そりゃあ、こっちも捜査はしたよ」
「さすがだな。もし死因が、撲殺以外にあったらなんだと思う?」
「探しても手掛かりが掴めないだから、外傷的なことじゃあなさそうだな。でも、犯人が家に入ったのは、短時間のはずだ。首を絞めれば跡が残るし、薬でも、五分で死ぬようなのはないだろうし、不思議だな。まあ、目立った傷がないだけだし、俺は服の下までは見てないから検死の結果を聞きに行けば何か分かるかもしれない、後で行っとけ。五時頃に始まるよ」
それを聞いて、茂彦は、銀色の一万円もいかない時計をみじめに思いながら見ると、四時四十分を過ぎていた。思ったより、捜査開始から時間がたっていることに気付き、内心驚いていた。

—記憶—

「刑事って楽しいの?」
「まったく楽しくないよ」
とラップに包まれた焼きそばの麺とキャベツを重ねて口に入れようとした瞬間いきなり訊かれ、むせかけると、食器洗いをしている妻と娘に心配の目を向けられながら、会話を続けた。
「じゃあ、なんで刑事をしているの?」
「他の仕事は刺激がなくてな」
小さな咳をして、答えた。
「お父さん怖い~」
と娘は鼻で笑った。
「まあ、私は私立探偵か小説家をしたいから」
「私立探偵って言っても、軽犯罪の犯人調査とかぐらいしか仕事来ないぞ。シャーロック・ホームズは小説の世界の話だからな。 それに小説家だって、難しいぞ」
とふざけた口調で指摘をすると。紗季が「え~」と、残念そうな声を出し、
「ちょっとー。子供の夢を壊さないでよ」
と料理中の妻の声が家に響いた。
「夢はでっかくだな。そうだ、何かテレビ見るか?」
 「じゃあ。『トムとジェリー』久しぶりに観ない?」
「ああ。いいね」
父からの返事が来ると、DVDボックスから、『トムとジェリー』のDVDを探した。
トムとジェリーのDVDはすぐに見つかったが、懐かしい『紗季の誕生日会』と書かれたDVD や『結婚式』と書かれたDVDがあった。
『紗季の誕生日会』と書いてあるDVDを懐かしそうに見ると。
「ねえ。これ観ない?」
DVDを二人に見えるように、掲げながら言った。
「お、懐かしいね」
と先にソファーに座っていた父が答えた。

   —小さな入り口—

 「この曲なんですか?」
 車のラジオから流れている。クイーンの「キラークイーン」の曲名を助手席に座った弘樹が訊いた。
「『キラークイーン』だよ。ほら、クイーンって聞いたことあるだろ。そのバンドの曲さ」
茂彦はかなりのロック好きでよく聞いていた。
「へえそうなんですか。面白い曲ですね」
「まあ、面白くないと曲はだめだからなあ」

 約二十分後、茂彦が忙しなく動かしていたハンドルを止めた。
「よし、ここだ」
エンジンが付いたままの車から降りながら言った。
時計を見ると、コンビニエンスストアに寄り道していた為、すでに六時を過ぎており、内心少し焦っていた。
「思ったより大きいですね」
荷物を持ち、ドアを勢いよく閉めて言った。
「そうだよな」
病院は少し小さいショッピングモールほどの大きさがある。
茂彦は、五年前まで百回以上ここに来ていた。
娘が死に、遺体を確認したとき、闘病していた妻の看病していた時だ。

 妻の容体がひどく悪化した時、茂彦は花屋にいた。医師に、妻がもう半年も生きられないと知らされ、死にゆく妻に花束をあげようと思い。優しい花屋の主人におすすめの花束を聞いていた。
主人はこう答えた。
「だったらカトレアだな。魅力的な女性に贈る花だ。俺もばあちゃんが死ぬ前に渡したよ」
「それを見せてくれ」
そうを聞くと、カウンターから小走りでカトレアがある場所まで行った。
 そこには、吸い込まれるような、鮮やかな黄色や紫の花があった。花でここまで感動したのは初めてだ。
「確かにいい花だ。買う」
「何本にする?」
「じゃあ五本頼む」
「他にいらないのか?」
 どうせだったら、豪華な花束にしたいが、一本二百円となれば茂彦にとって、生活圏外だ。



 「よし、じゃあ行こうか」
沢山来たからと言って、この緊張が消えるはずが無い、この緊張は、なかなか俺を動かしてはくれない。
これは、妻が死んだ場所に行くからかもしれない。
 弘樹が何も言わず、車が頻繁に横切る入り口前の道路を抜け、フロントへ入った。
茂彦も、後を追いかけるように走った。
 入ると、カウンターに居る看護師に検死を行っている病室の場所を訊いた。
 小さな売店やレストランを抜け、病室にたどり着いた。
 第二手術室、もしかすると、娘の検死をした部屋と同じかもしれない。
 「ここだよな」
この小さな移動で息が切れて、自分の呼吸音が大きく響く。
「もう年だ」
「自分もです」
「お前はまだ二十六だろ」
「七です」
体力より記憶力の方が酷い。

 手術室の重々しい両開きの鉄のドアをノックし、
「失礼します。警察の者です」
と声を掛けながら、ノックした痛みを感じた。
「入ってください」
少し低く、透き通った声だ。
 二人が言われた通り中に入ると、二人の青い手術服を着た男性がいた。
 遺体は、心臓部が開かれ、機械で広げられ、心臓が丸出しになっている。
 かなりショッキングな光景だ。
 部屋は、左右に大きく広がり、様々な道具が台に置いてある。
二人とも二十代のようだ、恐らく、最初に声を聴いたのは、メモを取っている男だ。
首にかかった名札には、尾野亨と書いてある。
メスを持ち、死体に向き合っている男の名は恐らく、前田尊だ。
「貴方方が刑事さんですか。これは、興味深いですよ」
「何がですか?」
医師たちが死体に向き合っている反対にいる茂彦が言った。
「ほら見てくださいよ。この傷」
茂彦が、メスを持った医師が指をさした方にズボンのポケットに手を突っ込みながら遺体の方によりかかった。
弘樹は、遺体をじっくり見すぎたのか、反対を向き、口を押えていた。
 遺体には、左胸にペンほどのそこまで深くない傷があっただが、これで致命傷にはならないはずだ。
「実は、これが致命傷になったんですよ。正確には、これが直接的な致命傷ではないんです」
子供のような無邪気な笑顔だ。
そして彼はこう続けた。
「この方の死因は、心不全なんです。まあ、このバットの傷も致命傷ではありますけどね。では、どうやって心不全になったか、それは電気です。この小さな傷跡から、電気を流したっていうことまでは分かってるんですけど、何を使ったか、と訊かれると、答えられないんです」
と大きく手振りをして説明した。
 説明を聞き、考えが沈黙に代わっていた。
コードでは出来ないのか?
傷のサイズも中度いいはずだ。
「何かのコードじゃあないんですか?」
「多分違います。そんな電圧はないだろうし、もしあっても、すれば、停電したり、傷口が焼けるだけです」
そういった瞬間。茂彦の携帯電話がポケットの中で暴れるように着信音とバイブレーションが起きた。
 着信は杉本からだった。
「ちょっと、すみません」
と言い残し、手術室を出た。
 「なんだ。今、検死の結果を聞いてたんだ」
少し迷惑そうな口調で言った。
「あの足跡あったろ。泥のぐちゃぐちゃな奴。あの泥がどこの者が分かったんだよ。芦沢山だ。
ちょうど美篶と高遠の真ん中ぐらいのとこだ。
何度も移動させて悪いが、検死が終わったら芦沢山に来てくれ。
俺も今向かう」
興奮した様子で、少し早口になりながら、一気に言った。
茂彦がそれに驚きながら。
「分かった」
と雑な返事をして電話を切り、再び嫌なあの部屋に入った。

 「杉本からだったよ。これが終わったら、芦沢山ってとこに行く」
 雑に電話で伝えられたことを話すと、遺体の方に駆け寄り、三人に目を向けた。
弘樹に目を向けると、目が合った。
「それって急ぎの用ですか?」
一瞬なぜか放心状態のようになっていた三人の中で弘樹だけが口を開いた。
 一瞬沈黙が流れる。弘樹を除く、三人は、一秒程遺体を一秒ほどぼーっと眺めている。
何かから覚めたように、茂彦が弘樹を見た。
目が合うとすぐ
「できるだけ早くいった方がいいだろう」
といった。
ほかの二人も、目が覚め、少し驚いたような顔で、反対にいる茂彦を見た。
「そうですね。もう。伝えるべきことは伝えたので、向かってください」
「ありがとうございました。じゃあ行くか」
 遺体から離れ、ドアの前で、解釈をしてドアを開けた。


   —山—

 芦沢山は、ちょうど、無鈴と高遠の間にできている山だ。
山には鹿や猪などが住んでいる。
 夏に行けば、疑義の隙間から流れる筋が強く照らし、宮沢賢治の物語の世界にいるような、儚さを感じる。
 着いたころには雨も上がり、虹が出ていた。
 車から出ると、足が何かに埋まった。
 泥だった。
 分かってはいたが、思ったよりも酷かった。泥が靴下に着く直前に挙げたのは良かったが、妻からプレゼントで貰った靴を汚してしまったことに、罪悪感を覚えた。
 反対にいる弘樹も、泥は、付いてはいたが、靴底の二センチほどまでだった。
 茂彦は、どうしていいのか分からず、車に飛び乗ったが、社内に泥を残すだけだった。
 弘樹も同様に、車に乗ったが、茂彦ほど泥は付いていなかった為、足を振るほどで取ることが出来た。
 憂鬱になりながらも、泥を振り払った。

第二章『雨上がりの土』

第二章『雨上がりの土』

  ━宮沢さん━
 煩しい泥を、歩ける程度まで取ると、彼は、重いため息をついた。
隣に座る弘樹は、暇そうに外を眺めている。
 彼は茂彦とは違い、まだ、純粋そうな瞳が少なからず残っていた。
 彼も、外を眺め始める。
 やはり、山は良い。
ここは、空気が澄んでいる。
 妻が生きていた時は、よくこんな感じの山で時間を過ごしていた。が、子供が生まれてからは、二人の時間がなくなってしまった。
 だが、あの頃もなかなか楽しかった。

 突然、茂彦の座っている運転席の車窓がノックされた。
 そこには、男が居た。
 猟師だ。
やはり、こういうところは野生動物が多い。
 男は、猟友会のベストを着ている。
短髪で、所々に白髪が見える。
「大丈夫ですか」
ぼーっとしていた重彦は話しかけられたことに気が付くのに少しかかった。
「あ。すみません。どうしました」
「いや。タイヤ、埋まっちゃたんじゃないかなって思って」
そんな事は頭の片隅にも無かった。
ここに止めるつもりだったが、埋まっていたら別の場所に停めることにしよう。
「ちょっと試してみます」
と言うと、男は車から離れ、長靴の半分を泥に埋めた。
 車が不規則に揺れる。たまに、老人が咳をしたかのように、大きく揺れる。
車は、泥を跳ね飛ばすだけで、進みはしなかった。
「駄目そうですね。手伝いましょうか」
男は、二人は、車に乗っていて良い
と言って、後ろから、車体を押し出した。
「よいしょ」
 それと同時に、アクセルを踏み、車体が前に進んだ。
男は、重くなった足を上げ、こちらに向かって来た。
「早く行かないと。また、埋まりますよ」
「いやあ。本当にありがとうございます。そうですね。あ。そういえば、ここら辺って、あなた以外にも猟師さんっています?」
男は一瞬、上を向く。
「ああ。熊谷さん達が居たなあ。よく集団で来るんです」
「そうなんですか。ありがとうございます。ちなみに、お名前は」
「宮沢です」
「実は、私達、警察なんですけど、何か情報があれば、また教えてもらえませんかね」
「もちろんです。では」
宮沢は、後ろを向いた。
「はい。ありがとうございました」
 またアクセルを踏む、進むまで少し掛かった。

  ━カプチーノ━
 最終的に車を停めたのは、山から一番近い(と言っても、一キロは離れている。)コンビニだった。
 思ったより運転することになった。
一つ、大きい溜息が車内に溜まる。
 喉が乾いている。
彼は今日、朝に飲んだ一杯の水しか飲んでいないことに気付いた。
「何か飲み物買って来るか?」
「じゃあコーヒーお願いします。冷たい奴」
「分かった」
言い終えると、茂彦は車を降りた。

 田舎のコンビニと言っても、中はほとんどの都会のコンビニより綺麗だ。
此処もその中に入る。
自動ドアが開くと、面倒臭そうな声で「いらっしゃいませ」
と言う声が聞こえた。
 彼以外に客は居ない。静かだ。
 彼は、飲物棚からカプチーノを取った。
次に、アイス棚の手前にあるカップに入った氷を取った。
 それらを店員に出す。
気怠そうに商品のバーコードリーダーを読み込む。
「この中から選んでください」
と、コヒーのメニュー表を出して来た。
弘樹に言われた通り、アイスコーヒーを選ぶ。
 支払いを終えると、入り口付近のコーヒーメーカーの前に立ち、カップをセットし、ボタンを押す。
 妻はカプチーノが好きだった。
それが、私にも移り、カプチーノを好きになったのだと思う。
 コーヒーとカプチーノが出来ると、カップに蓋を付けた。
コーヒーとカプチーノを両手に、店を出た。
 「コーヒー、買って来たぞ」
「ありがとうございます」
コーヒーを渡すと、彼は笑顔で受け取った。
砂糖を持ってくれば良かった。
私は苦いのが好きではない。
なので、普段は、カプチーノを飲まない、飲むのだったら、砂糖を入れて飲む。
今回は我慢しよう。

「風死す。」

「風死す。」

妻子を亡くした不幸な男。茂彦と相棒の弘樹が、田舎で起きた殺人事件を解決する。サスペンスミステリーです。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-28

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  1. 第一章『山に行こう』
  2. 第二章『雨上がりの土』