窓 6.オオカミだったかもしれない犬

ただ一日中、窓の外の空を眺めている。空が明るくなって暗くなるのを眺めるだけ。
身近な人の死を見た日から、そうしている事が多くなった。浮かんでくる景色が思い出なのか、ただの夢なのか。
窓を眺めながら浮かぶ景色を、言葉を、書いた日記みたいな物語。第6話。

6.オオカミだったかもしれない犬

小さい頃、「ドンキー」という名前のメス犬を飼っていた。
はっきりとは覚えていないが、確か隣の家の男の子が公園で拾ってきて、自分の家では飼えないからと無理にうちに連れてきたのだったと思う。
まだ小さくて可愛い汚れたその犬を私は何としても飼いたいと思った。母に懇願して飼う事を許された私は名前を何にしようかとわくわくしながら考えた。
すると兄が「ドンキーや」と言い放った。
当時兄と弟が毎日やっていたゲームに出てくるゴリラの名前だった。
私は唖然として言葉を失った。ドンキーではない。絶対に。と思ったが、声になる前に「ドンキー!きゃは!」と弟が笑った。
兄と弟は「ドンキー!」と連呼しながら謎の舞いを始めた。子犬はその舞いに魅せられ、二人を追いかけながらジャンプした。
名前はドンキーになった。
ドンキーは大きくなるにつれてその可愛さを失っていった。今思うとやっぱり名前が良くなかった。
近所でも有名な気性の荒い野犬となったドンキーは、よく逃亡した。月に一度は逃亡したのではないだろうか。
散歩中の逃亡が一番多かった。ドンキーの引っ張る力は、それはそれは強く、歩く事を知らないのかなといつも思っていた。歩いているドンキーを思い出す事ができない。いつもドンキーは家族の皆を全力で引っ張っていた。一瞬の気の緩みがドンキーの逃亡に繋がった。逃亡したら大体近所の犬に喧嘩を売りに行く。血だらけで見つかる事もあった。
一度、何を思ったか父がドンキーをこっちから離してやろうと言い出した。父の考えでは繋がれているから逃げるんだ。繋いでなければ逃げないのではないかと。
私たち3人の兄弟は、意味は分からないけど父の言葉を信じて見守った。父がドンキーの首輪に付けた鎖を外す。
ドンキーは一瞬で逃亡した。ダッシュだった。
弟が「きゃはは!」と笑った。
ある日、私はドンキーの前足に違和感を覚えた。珍しくお腹を出して甘えるドンキーを撫でている時だった。前足の手首のところに長い爪が生えているのを見つけた。何でこんなところに爪が生えているのだろうと不思議に思った。
その夜兄に報告すると「オオカミかもな」と神妙な声で兄は言った。
オオカミという響きに胸の高鳴りが抑えられなかった。
「まあ、ある意味納得やな。でも秘密にしとこ。ドンキーがオオカミなことは秘密」
更に胸が高まる兄のセリフに「うん」とかっこよく決めた私はドンキーの元に行ったが、そこにドンキーの姿はなかった。
ドンキーは何度目かの逃亡を図っていた。
やっぱりオオカミや、と確信した。

窓 6.オオカミだったかもしれない犬

窓 6.オオカミだったかもしれない犬

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-27

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