ロベリア・シンドローム

紫田夏来

私を殴って下さい。
私は最低な人間です。
馬鹿、無表情、悪臭、悪いところなら私にはいくらでもあります。しかし私には長所がない。何もないのです。
ダメージジーンズにヘソ出しファッションの女と、いかにもなヤンキー風な、刺青だらけの男たちがコンビニ前でつるんでいます。あの人たちに頼めばやってくれるでしょうか。
まずは頬をひっぱたかれた。目を閉じた瞬間にお腹に一発蹴りを入れられた。痛む部分を腕で守ろうと前屈みの体勢になると、今度はお尻を殴られた。地面にひれ伏す。あとはされるがままだった。セーラー服はあちこちが破れ、スカートのプリーツは取れて裾は解れ、白い運動靴は瞬く間に茶色くなった。口の中が、血の味がする。
というのは事実ではありません。全て私の妄想です。でも私はこうなることを望んでいます。
誰か、私の妄想を現実のものにして下さい。


「姫野、連立方程式の解き方二パターン言ってみろ。」
加減法と代入法だったはず。教科書の三ページ前に載ってたのを見た。前回の授業の時ノートにも書いたし、今朝には問題集で特訓した。でも、間違っていたらどうしよう。
「えっと、あの」
クラス中が失笑した。やっぱり姫野は答えられない。あいつは馬鹿だって、みんなに思われてる。
「替わるか。じゃあそこのお前、言ってみろ。」
小嶋さんだ。
「加減法と代入法」
「正解。」
「綾、ナイス」
「このくらいなら誰でも分かるって。姫野が馬鹿なんだよ。」
中年太りも甚だしい男性教諭は、小嶋さんと瑠璃ちゃんのお喋りを注意しなかった。
瑠璃ちゃんはいつも机の上に出しているポーチからメモ帳を取り出し、何かを書き付ける。それは私の足元を滑っていき、蘭ちゃんに受け取られた。
姫野ちゃん、また答えられなかったじゃん。授業止まるから迷惑なんだよ。ちゃんと勉強しなきゃだめでしょ。次の休み時間には、瑠璃ちゃんたちは小言を言ってくるに違いない。こうやって、手紙を使って打ち合わせをして。毎日勉強してるのに、なんで私はこんなに頭が悪いんだろう。私は出来損ないだから、ちょっとでもマシになるために友達からの言い付けを守らなければならない。

制服の赤いスカーフの結び目は、ぴったり左右対象になるように。上手く出来なかったら何回でもやり直し。スカート丈は膝上五センチ。長めにしなくちゃいけないと言われてる。もっとも、校則では膝下十センチなんだけど。お風呂ではシャンプーを三回、コンディショナーを二回、ボディソープはタオルを使って二回、手で二回。朝は顔を五回洗う。それより少ないと、臭いから。体重は必ず四〇キロでなければならない。デブは不摂生の証拠だから。ちなみに、私の身長は一五三センチ。痩せすぎだと、私は思う。でも食べすぎたらまた指摘される。
これだけの掟を守るために、毎朝五時に起きる。自主的にシャワーを浴び、髪も服装もきちんとチェック。勉強も朝から二時間みっちりやる。
たぶんお母さんは気付いてる。よくびしょびしょに濡れて帰るから。臨海公園で遊んでたからって嘘をついてるけど、お母さんの目はそれを信じている風じゃない。どうせ明日も、また今日と同じ。

「姫野ちゃん、ほんとに数学苦手なんだね。だったら、もっと勉強しなくちゃいけないよね。二年生になったら授業のレベル上がったし、頑張って。」
「ごめんなさい。私のせいでみんなに迷惑がかかってる。」
「別に、姫野ちゃんのせいだけじゃないよ。頭の良し悪しって、遺伝するじゃん。」
「ごめんなさい。勉強もっとするから。」
「分かってんじゃん、姫野」
小嶋さん、まただ。
「はい。」
「じゃあなんでやらないの。迷惑だって分かってんだろ。」
「すみません、すみません、すみ……」
「何でも謝って許されるなら、警察はいらないよ。鳳蝶、朱音。」
「はーい。姫野ちゃん、こっち来て。」
トイレだ。鳳蝶ちゃんは美化委員だから、あの場所なら、先生が校内の見回りをしている時間帯でも好き勝手できる。
「一回目。」
誰も助けてくれない。今日もまた。
「二回目。」
お弁当、これじゃあ食べる時間なくなっちゃうだろうな。
「三回目。」
今日は体育の授業がない。運動着を持ってないから、五時間目からは濡れたまま。
扉の向こうからケラケラと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「四回目。」
教室に戻ったら、私の机の中、どうなってるかな。
「五回目。」
もう、いい。考えるの、やめよう。
無になるのが一番いい。
自業自得なんだから。みんなそう言ってるもん。
小嶋さん、瑠璃ちゃん、鳳蝶ちゃん、朱音ちゃん、蘭ちゃん。自分を叱ってくれる人がいるというのは、幸せなことなんです。
いつからこうなったんだろう。小学校の頃は、いつもみんな一緒だったのに。小嶋さんのポジションが、かつては私の場所だった。
林間学校だって、運動会だって、学芸会だって、私たちは何でも共にした。私は覚えてる。六年生の卒業間近の遠足で約束したこと。中学生になって、他の小学校出身の子と出会っても、私たち五人は繋がってるんだって。あの時のクラスメイトの半分近くは受験して他所の学校に進んだけど、私たちはみんな地元だから、それは他のグループよりも簡単なことのはずだった。卒業式の日に撮った、涙のせいで写りが最悪な写真は、卒業アルバムに挟んで大事に大事にとってある。
私の場所は小嶋さんに乗っ取られ、そして四人は歪んでしまった。

筆箱に常備している青いカッターを握りしめる。河原にある公園のベンチで過ごす一時。堤防を降りたところにあって、遊具はゲートボールに使うらしいものしかない。最近ではそんなことをするお年寄りもおらず、周りには誰もいない。
ごめんなさい。私が悪いから。私のせいでこうなったから。
私を殴って下さい。
もう立ち上がれなくなるまで、身体中を痛めつけて下さい。
その場に落ちていた小さな石を手に取り、地面に叩きつけた。コンクリートで舗装されていない剥き出しの地球は、それを割るには柔らかすぎて、もちろん小石は壊れない。なんで壊れないんだよ。くたばれ、この石ころめ。何度も何度も、拾い上げては叩きつける。一向に割れそうもない石を見ていたら、なんだか胃がムカムカしてきた。
制服の袖を捲り、カッターの刃を当てる。冷たくて気持ちいい。手前に引くと、すうっと何の抵抗もなく私の皮膚は裂けた。
みんな同じ服を着て、みんな同じ時間に同じことをして、みんなみんなみんなみんなみんな。みんなって何?こんなところで、私は何がしたいの。同じことの繰り返しはもう飽きた。
ここにあるのは水の働きで細かく砕かれて、もはや砂となったものばかりなのに、これひとつだけは石ころのままだ。河口近くに小石があるなんて、理科で習ったことと違ってる。そう、これは悪目立ちだ。他のみんなと違うから。こいつも、きっとこの辺りの砂たちに叱られる。
「みんな」なんてなくなればいいのに。そうすれば私は、こんな目に遭わずにすんだのに。
今度は何も持っていない左手で砂を掴み、ゲートボール場の芝生の上に撒き散らした。ああ、清々する。橋を渡る輸送トラックの運転手も犬を連れて散歩するおじいちゃんもみんな幸せそうで、それに対して私は一人、ここで砂と戦っている。西に傾きかけた太陽に照らされて、砂が力を帯びているように見えた。
「おい!姫野、そこで何やってんの。」
背後から声がした。誰よ、私の場所までつけてくる奴は。
「姫野だよな、おい。そこで何やってるんだ。」
「ごめんなさい。すみません。」
「謝んなよ。何度も聞いてるだろ、何やってんだ。」
もしかして、見られていたかもしれない。もし自分で自分を傷つけたらただじゃ済まさないって言われてる。
「リスカしたんだろ。さっきそれが見えて驚いた。近づいたらヤバそうなオーラ出てたからここで気配消してたんだよ。お前は気付いてなかったろ。振り返ってこっち見ろ。俺は小嶋たちの差し金じゃねえぞ。」
「なんでここにいるの。」
「部活サボってこの辺ウロウロしてただけだ。暇潰しだよ。とりあえず腕見せろ。」
声の主が土手を降りて駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「しっかり切れてるじゃねえかよ。痛くないのか?」
「全然。」
「嘘つけ。」
傷口を指で思い切り押さえつけられた。近付いてきた男子は同じクラスの園田くんだったと、やっと判った。私とは生きる世界が違う人。だから私は自分からは関わらないし、向こうも今日まで話しかけてきたことはない。
「いった」
「ほら見ろ、痛いに決まってんだろ。こっち来い。手当てするから。」
右手を掴まれ強引に連れて行かれた先は、土手の下にある細い道路を百メートルほど上流の方へ行ったところにある、ごく普通のアパートだった。

「お帰り、早かったね。」
「姉ちゃん、うちに包帯ある?」
「あるけど、怪我でもしたの?」
「ちげえよ。」
私の姿を一目見た園田くんのお姉さんは、一瞬目を大きく見開いたあと、何も気付かなかったかのように言った。
「りくちゃんが女の子連れてきた。」
「いいから包帯用意しろよ。こいつが怪我してんだよ。」
「女の子に向かって『こいつ』は駄目よ。ごめんね、こんな弟で。」
「いえ、お気になさらず。」
「姫野、そこ座れ。」
「ヒメノちゃんていうの?まあかわいい。」
「姫野結です。初めまして。」
「結ちゃん。消毒して、ガーゼを当てた上から包帯巻くからね。ちょっと沁みると思うけど、我慢してね。」
言い終わる前に、お姉さんは豪快に消毒液をかけてきた。てきぱきとこなす姿は、まさに大人のそれだ。あっという間に、私の左腕はお姉さんの手で処置されてゆく。
初めてやった。気持ちいいって聞いていたけど、それほどでもない。確かにその瞬間は何かが解放されたような思いがしたけど、今はただ痛いだけだ。自分でやるより、人に傷付けてもらった方が絶対いい。
園田くんがお茶を淹れてくれた。処置を続けるお姉さんと園田くんに向かって私はお礼を言う。
「あの、すみません。こんなことしてもらって。」
「このくらい気にしないで、甘えとけばいいのよ。結ちゃん、何があったか知らないけど、こんな傷作ったら痕が残るよ。女の子なんだし、気を付けてね。」
二人が気を遣っているのが伝わってきて、少し居づらい。私は長居はせず、早く帰ることにした。遠慮したのに、園田くんは家まで送って行くと言い張って引き下がらなかった。
「お前さ、二度とリスカなんかするなよ。」
「はい。分かりました。」
「なんかノリが変だよな、お前。なんつーか、遠慮しすぎなんじゃね?そんなんで疲れねえのかよ。」
「その辺は、気にしないでください。」
「しっかしさあ、小嶋たち、ひでえ奴らだよな。女子たちが噂してるの聞いちまったんだけどさ、元々は小嶋以外の四人と姫野が仲良かったらしいじゃん。なんで今はこんなことになってるわけ。見てて気分悪いんだよね。」
何もしてくれないくせに、偉そうな。
「私が悪いだけだから。」
「なんで姫野が悪いってことになるんだよ。どう考えても小嶋たちが悪いだろ。」
「違うって言ってるじゃない。私が悪いの。」
「じゃあなんでお前はハブられてんだよ!」
私が口を挟む間もなく、園田くんは喋り続ける。
「さっき家でさ、お前、殴られたいとかなんとか言ってただろ。ずっとボソボソ喋ってるから何言ってんのかと思って耳を澄ましてたら聞こえた。たぶん姉ちゃんも気付いてるぞ。」
「だったら何。私の自由でしょ。」
「何言ってんのかわかんねえ、もっとデカい声で喋れよ。」
「私は私が悪いから殴られたい。これでわかった?別に、何の問題もないでしょ。」
パンッ
平手打ちが左の頬に飛んできた。「お前は本当に馬鹿だな。殴られたら痛いに決まってんじゃん。今ので分かっただろ。どうして殴られたいんだよ。何とか言えよ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい。」
「謝るだけじゃわかんねえよ!」
「ごめんなさい、私が約束を破ったから。私が最低だから。」
「約束って何のことだよ。破ったからってハブられるような大事なことなのかよ。」
もう一発、今度はもっと強く叩かれた。さらに何発も。何回も、何回も。
「絶対守るって言ったのに。ずっと守るって言ったのに。」
「守るってことは、お前だけじゃなくて相手も守らなきゃいけないだろ。そいつは何もしないのかよ。そんな大事な約束するような奴にくらい、なんか言えるだろ。一言くらい、言えるだろ。人に殴られたいなんか言う前に、やめてって一言がどうして言えないんだよ!」
分かってない!園田くんは私たちのことなんか何も知らないくせに。
「瑠璃ちゃんや鳳蝶ちゃんに文句言えるわけないじゃん!」
語尾が震えた。その場にうずくまる。
「え、約束って、福原たちとしてたのかよ。てっきり小嶋だと思ってた。女子ってムズい。」
園田くんの勢いが急に弱くなった。
「絶対秘密にしてよ。あんたが何とか言えって言うから、仕方なく教えるんだからね。」
情けない。自分の間違いを自分で喋る、それだけなのに泣くなんて、みっともない。顔を見られないように、膝を抱えて小さく丸くなった格好のまま話し出した。
「小学校卒業する時に、中学校入ってもずっとうちらは一緒だって、五人で約束したの。でも私は他の四人の誰とも同じクラスにならなかった。それで、別の友達を作ろうと思ってたとき、綾ちゃんと気が合ったの。ずっと一緒だって言ってたこと、私はまさか他の友達を作らずにうちらだけで仲良くしようって意味だとは思わなかった。だから仲間外れにされたの。綾ちゃんと友達になったから。綾ちゃんも、私がそんな大切な友達を捨てた奴なんだと思って、私から逃げて瑠璃ちゃんのところに行った。それがいつしか、綾ちゃんがみんなの中心になってた。瑠璃ちゃんも鳳蝶ちゃんも朱音ちゃんも蘭ちゃんも、私のこと約束破りの悪い奴扱いするくせに、自分は昔のことなんか忘れちゃったんだよ。でも、どれも私が誤解してたのが原因。馬鹿でしょ、私。」
「そんな友達なんて、下らねえ。いらねえよ。さっさと捨てちまえ。」
「私だって、こんなのおかしいって思ってる。でもみんなを捨てたら、ずっとぼっちになる。あんたはいいよ、お気楽に生きていられて。」
「ぼっちだって悪くないぜ。俺の姉ちゃんだって、昔はずっと、」
「りくちゃん、何やってんの。結ちゃんを泣かせて。」
「え、お姉さん」
「泣かせてなんかねえよ。」
「なかなか戻って来ないから、気になって見にきちゃった。なんか、よく見たら結ちゃんが泣かされてるというよりあんたと一緒に泣いてる感じだね。ごめん、姉ちゃん邪魔だね。」
「あ、いや、その、これは違くて。」
「どこからどう見てもりくちゃんと結ちゃん泣いてるわよ。これは一体何があったのよ。」
「ちょっと言い合いになっちまっただけだぜ。」
「我が弟ながら、情けない男だな。で、何があったの?」
優しい声でお姉さんは尋ねた。
「姫野、言ってもいい?」
「絶対秘密にするって約束してくださるなら。私と園田くんとお姉さんだけの秘密。」
「大丈夫。秘密は守るわ。」
「姫野さ、学校でハブられてんだよ。それで辛くて、今日こいつが一人で河原にいるところを俺が見つけて、その後家に連れて行った。
それで、ハブられてる理由が約束を破ったからなんだってよ。」
「小学校を卒業してもずっと一緒だよって言ってたのに、私がその言葉を誤解して他の子と仲良くなった。福原さんや新藤さんっていう約束してた子たちは、他の誰とも仲良くならずに中学でもずっとうちらだけで仲良くするつもりだったんです。」
「姫野は他の子とも友達になって、福原や新藤とも仲良くするっていうつもりだったらしいぜ。ひでえよ、女子たち。ちっせえよ。」
「そういうことか。思ったより単純だった。結ちゃんは腕に怪我してるし二人で泣いてたし、どんなシリアスな話聞かされるかと思ってたよ。要するに、友達関係のゴタゴタで悩んでるってことでしょ。」
「ノリが変だったし。」
「今は普通に喋ってるじゃない。あんたたち、結構相性いいんじゃないの。」
お姉さんは茶化しているのか本気なのか、私には分からなかった。
「な、何だよ姉ちゃん。そんなことあるわけないだろ。」
「むきになるなって、りくちゃん。結ちゃんなら大丈夫っしょ。」
「そんな簡単におっしゃらないでください。」
「そんな重い約束するくらいなんだし、今はこじれちゃってるけど、お互い大好きだったってことでしょ。それなら大丈夫。ちゃんと話せばいつか分かってもらえるよ。誤解をとけばいいの。」
「でも、どうやって」
「結ちゃんにとっての本当のことをそのまま話せばいいんじゃない。明日、早速やってみれば。早い方がいいっしょ。」
「無理ですよ。」
「なんで?」
「私は文句なんて言える立場じゃないんです。」
「そんなこと誰が決めたの。無視しちゃえ。いいから言えばいいの、明日。お姉さんと約束。」
小指を差し出され、もうどうにもならないと観念した私は仕方なく指切りをした。
「がんばれ、結ちゃん。でもね、どうしても苦しかったら、諦めたっていいんだよ。」

「姫野ちゃん、何言ってるの。」
「だから、私は誤解してたんです。まさかあの時の約束が他の子と仲良くしないってことだとは思っていなくて。だから、去年のクラスで綾ちゃんと友達になった。」
朝、普段は誰ともすれ違わない通学路で、少し遠くにある高校のブレザーをおしゃれに着こなしたお姉さんに出くわした。応援されちゃったし、目の前に五人がいるし、もう後戻りはできない。放課後、私は彼女たちを空き教室に呼び出した。
園田くんには教卓の下に隠れていてもらってる。一人はどうしても嫌だから、と無理を聞いてもらった。高鳴る自分の心臓の音を出来るだけ聞かないようにしながら、私は五人と対峙している。こんな関係、やっぱり変だ。
「約束を破ったことに変わりはない。」
「それは悪かったと思ってる。綾ちゃんだって、気分は絶対良くなかっただろうって反省してます。」
「反省するだけで許されるわけがない。朱音、どう思う。」
小嶋さんに当てられた朱音ちゃんは、昨日までは最低な奴に見えたのに、今日は彼女に取り入ろうと必死になっているように思えた。
「今さら何言ってんのって感じ。まるでうちらが悪いみたいじゃん。」
「そうそう、朱音に賛成。」
三人が口々に言った。
「あとさ、瑠璃。あたしにはあの教卓の下に誰かいるように見えてるんだけど。あんたもそうでしょ。」
まずい。
「姫野逃げるぞ!」
園田くんはさすがは男子の俊敏さで駆け出した。私はあっという間に置いてけぼりになる。でも、彼は少し進んだところで私を待っていてくれた。
痛くない右腕を園田くんに引っ張られながら全速力で走る。教科書やノートは、鞄ごと教室に置いたままにしてしまった。
「もうちょっとで撒ける。がんばれ、姫野。」
「う、うん。」
上履きのまま校舎を飛び出し、見張りの先生がいない裏門から出てぐるりと遠回りをし、そして住宅が立ち並ぶ海沿いの街を駆け抜けた。宇宙に繋がる青い大空が清々しい。川の方に向かっていると気付いたとき、さすがに私にもわかった。昨日、私が園田くんに見つかった河原まで、彼は私を引っ張っていくつもりだ。私と園田くんが初めて話した場所。
「もういいだろ、さすがに。」
「たぶん、ここまでは追ってこないね。」
「なんか事件の犯人みたいだな。コンビニ強盗やって逃げる最中みたいな。俺ら何も悪いことしてねえのに!」
「ああー、きつかった。」
「姫野、こうすると気持ちいいぜ。」
園田くんは地面に寝転がって大の字になった。すかさず私も真似をする。
「お前はやめとけよ。これは男子の特権。」
「別にいいじゃん。すでに制服ボロボロなんだから。汚したって困らない。」
「それ自虐ネタにするなよな。俺は姉ちゃんに洗濯してもらえば全然オーケーだけどさ、お前女子なんだから、制服どうこうの前に女っぽくしろっての。」
「園田くんってさ、かなりのシスコンだよね。」
「なんか言ったな?」
「へへっ」
「あ、」
「何?」
「姫野が笑った。」

ロベリア・シンドローム

ロベリア・シンドローム

いじめられている中学2年生の女の子・姫野結は、ついにリスカしてしまった。それを、同クラの園田くんに見つかって……。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-25

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