窓 4.毛布を掛けにやってくる

ただ一日中、窓の外の空を眺めている。空が明るくなって暗くなるのを眺めるだけ。
身近な人の死を見た日から、そうしている事が多くなった。浮かんでくる景色が思い出なのか、ただの夢なのか。
窓を眺めながら浮かぶ景色を、言葉を、書いた日記みたいな物語。第4話。

4.毛布を掛けにやってくる

星くんに会わせてあげよう。と聞き慣れた口調で彼が言った。
王様がお気に入りの家来に話してるみたいだなと私はいつも思う。
晴れているのに傘を持った彼は、私が付いて来ていることを知っているように前を歩いている。
大きめの色褪せた青いTシャツから浮き出る彼の肩甲骨を眺めていた。
星くんと同じ色の髪の毛はその青とよく合っているなとぼんやりと思った。
田んぼに囲まれた道を抜け、国道に出る。車社会のその町の歩道を歩いているのは彼と私だけだった。通り過ぎるすべての車がこちらを見ているような気がした。
彼は楽しそうに傘で地面をつつきながら歩いていた。
再び田んぼに囲まれた道を歩き始めて少しすると、ここ。と言って彼は目の前の民家を指さした。
広い庭の先に玄関が見えた。
「ここ、誰の家?」
「ばあちゃん」
そう言うと彼は玄関ではなく隣の納屋に歩いて行った。
納屋の中は土と肥料と藁の混じった独特な匂いがした。畑仕事に使う鍬やスコップ、長靴や麦わら帽子。
その空間に不自然にあるガラスの大きなテーブルと茶色くて長い大きなソファ。ガラスはほこりが染み込んだように透明度を失い、ソファには使い古されてぺたんこになった花柄の座布団が3つ並べてある。その濁った空間は現実感がまるで無かった。
「座ったら」とソファに座った彼が笑いながら隣を勧めてくる。彼はその空間によく似合っていた。
うん、と私は隣に座る。
「星くんは?」私はここに来た理由を思い出して言った。
「そのうち来るよ」そう言って彼はソファの背もたれにだらんと身を預け、ノートに何か書き始めた。
いつの間にか彼は裸足になっていた。他人の裸足を見るのは久しぶりな気がした。足にも手と同じように一本一本爪がきちんと付けられているのを見て、なんか律義だなあとぼんやり思った。
時々その足の指をくねくねと動かしながら彼はノートに計算式を書いていた。
「何の計算?」
「ロボットを作るための計算。ふはは」
嬉しそうに言う彼の言葉が本当かどうか全く分からなかった。
「そんなすごい人だったとは知らなかった」
興味が無いような口調で言ってみた。
「すごいよ俺のロボットは」
「ふーん。どの辺がすごいん?」
「目的がすごい。このロボットの目的は俺の気持ちのすべてを表すことにあるんだ」
話が意味の分からないところに辿り着いたと思った私は、いつの間にか眠っていた。
彼のすごいロボットの計算式を書く鉛筆の音が心地良かった。
頭の中で彼の作るロボットを想像した。いつかテレビで見た一生無縁だろうと思える前衛的なロボットではなく、このほこりっぽい納屋によく似合う子供が作った四角を組み合わせただけのロボットを思った。
目を開けると、一瞬どこに居るのか分からなかった。鉛筆の音が聞こえてきた。
ここは彼のばあちゃん家の納屋だ。
眠っている間に夕方になっていた。曇った窓ガラスからはオレンジ色の西日が差していた。オレンジに染まった納屋の中に、よく似た色の生き物を見つけた。
星くんだ。ガラスのテーブルの下に伏せをしてボールを弄んでいる。
背中に重みを感じ、確認すると毛布が掛けられていた。
「あ、ありがと」
私が言うと、
「俺じゃないよ。星くん」
「え、星くんすごいね」
「ジャーキーが貰えるからな」
「なるほど」
「横になってる人見つけたら、ここぞとばかりに毛布咥えて嬉しそうに掛けるんやで」
「えー。ほんまに?」
「ほんま」
そう言うと彼は計算式を書きながらごろんと横になった。
ガラスの下でボール遊びをしていた星くんはさっと立ち上がり、納屋を出て行く。
暫くするとハッハッという息遣いと共に毛布を咥えた星くんがやってきた。
口を使って上手に毛布を彼に掛けた。
彼はしょうがないなというようにポッケからジャーキーを一つ取り出し、星くんにあげた。
彼のポケットにはいつも星くんのジャーキーが入っているのだろうかと不思議に思った。
世界滅亡の日、道端でバタバタと人が倒れていく中、嬉しそうに毛布を掛けにやってくる星くんを想像した。

窓 4.毛布を掛けにやってくる

窓 4.毛布を掛けにやってくる

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-25

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