Aの12

 俺は契約書を折り畳んでズボンのポケットにしまい、建物の外に出た。

( ハイネマン家を見つけないと…… )

 俺はこれまでと同じように通行人に声をかけた。

「すいません。クローネン16番地はご存知ですか?」

「ああ、知ってるよ」

 クローネン16番地までは歩くとかなり遠かった。

 道の途中で何度も場所が分からなくなり、そのたびに道を歩く通行人に声をかけていった。けっきょく目的地にたどり着くまでに計6人の通行人に声をかけた。

「すいません。クローネン16番地はどこにありますか?」

「ここだよ」

 若者にそう言われ、俺はようやく安堵した。

「ハイネマン家はご存知ですか?」

「知ってるよ。ほら、向こうの大きな建物だよ」

 若者に言われたほうに歩いて行くと正面入口に《ハイネマン》と書かれた建物が見えた。

( ……よし )

 俺は気を引き締めて入り口のベルを鳴らした。

 しばらくしてドアが開き、執事の格好をした男性が出てきた。

「どのようなご用件ですか?」

「労働契約書をハイネマン家の当主にお渡ししたいのですが……」

 俺はそう言って、執事に契約書を手渡した。

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 執事はそう言ってドアを閉めてしまった。

 ◇

 5分くらい経過してもドアは開かない。

( 大丈夫かな )

 俺は不安になったが、しばらくして背後から声が聞こえた。

「君がハチローかい?」

 俺が振り向くと、痩せた老人が立っていた。

「はい。そうです」

「……そうか」

 老人は疑るような目で俺を見ている。

「私はハイネマン家の正料理人をしている。クラウゼンだ。よろしく……。悪いがハイネマンさんは私にすべて任せると言っている。だから君を雇うかどうかは私が決める。いいかな?」

「分かりました」

 俺がそう言うと老人の表情がすこし緩んだ。

「まぁ、うちは実力主義だからね。おまえさんの出身地とか家柄に興味は無いよ。それより料理の腕だ。それが全てだよ。特にハイネマン家の夫人は味にうるさい人だからね。こっちはその辺のレストランとは違うよ。クレームがついたら私の首もすぐに飛ぶ……」

 老人は早口でそう言いながらため息をつく。

 俺は返す言葉が見つからない。

「あぁ、すまない。それじゃあスキルカードを見せてもらおうか。君の腕を確かめさせてもらう」

 俺はクラウゼンさんに調理スキルのカードを手渡した。

 老人はカードには目もくれず、俺の手もとをじっと見ている。

「……ほう。すごいな。若い割にはずいぶん多くの料理を作れるじゃないか。これは期待できる」

 老人はそう言って俺にカードを返した。

「君が副料理人ならこっちも助かるよ。今までは私とスイス人の副料理人1人で回してたんだが、その副料理人が過労で体調を崩してしまってね。仕事をやめて入院してるんだよ……」

 俺は不安になってきた。

 でも今さら逃げる気にもなれない。

「それじゃあ、今日からさっそく働いてもらうよ。私についてきてくれ……」

 俺は覚悟を決めてクラウゼンさんについて行った。


【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身 

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-24

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