Aの11
そこは役所のように窓口がいくつも並んでいて、それぞれの窓口に番号が付いている。その後ろには椅子が置かれていて順番を待つ人たちが待機している。
入り口のすぐ近くに数人の係員が立っていて、そのうちの1人が俺に声をかけた。
「こんにちは。お仕事をお探しですか?」
「はい。そうです」
「スキルカードはお持ちですか?」
俺はポケットから調理スキルのカードを取り出し、係員に手渡した。
外科医術スキルのカードは見せなかった。
「確認いたしました。それでは3番の窓口へどうぞー」
係員にそう言われたので3番窓口の方に歩いて行く。すでに3番窓口は対応中だったので、俺は近くの椅子に座って待つことにした。
( どれくらい待つのかな )
5分くらい経過して3番窓口が空いたので、俺は窓口の前に歩いて行った。
相手は大柄の髭面男性だった。
「はい、こんにちは。スキルカードは持ってるかい?」
俺は少し怯みながらスキルカードを渡した。
男性は俺のスキルカードをじっと見ている。
「よし。いいだろう……」
男性は箱の中から4枚の紙を取り出した。
「悪いけど、今のところ〈調理〉を使う募集はこの4件しかない。この中から選んでもらうけど、いいかな?」
「分かりました」
俺はそう答えて4枚の紙に目を向けた。
4つとも報酬の額がずいぶん違う。その他に仕事場所の地名も書かれているけど、俺にはよく分からない。
俺は聞いてみた。
「ここから一番近いのはどこですか?」
「うーん。それならクローネン16番地だね」
俺はその求人票に目を向けた。
《 ベルリン、クローネン16番地、ハイネマン家、業種・副料理人、報酬・1日8000コルク 》などと書かれている。
1日8000コルクなら宿泊費を差し引いても十分に余裕がある。
俺はこの求人に決めようと思った。
「この求人に応募します」
そう伝えたが、男性は自分の髭を撫でながら神妙な顔をしている。
「本当にそこで良いの? そこは副料理人の募集だよ?」
男性がそう言うので俺は戸惑った。
「えっ、副料理人はダメなんですか?」
「いやぁ。君の腕なら正料理人になれるのに……。副料理人なんて奴隷みたいなもんだよ。正料理人にこき使われるからねぇ……」
男性はそう言って別の求人票を俺に見せた。
「ほら、ここはどうかな? 場所は南のライプチヒだから少し遠いけど、この家なら正料理人として働けるよ」
「ライプチヒまでは馬車でいくら位かかりますか?」
「うーん、たぶん2万5000コルクは必要かなぁ」
もはや迷う必要も無い。
俺はすぐに決めた。
「クローネン16番地のハイネマン家で働きたいです」
「……分かった。それじゃあ手続きを始めよう」
男性も納得したらしい。
「この労働契約書に名前を書いてくれるかな」
俺がサインをすると、男性はその上にハンコのようなものを押し付けて印をつけた。
「よし。それじゃあこの契約書をハイネマン家の当主に渡してくれ」
俺は聞いてみた。
「いつから働くんですか?」
「契約書に今日の日付が書いてあるだろ。今日からだよ」
「面接もしないんですか?」
「そんなものは無い。俺が契約書を承認した時点でおまえは採用されたんだ。あとは雇用主がおまえの実力を見て判断する。もし役立たずだと判断されたら契約書を破棄される事もある。つまりクビってことだ」
「そうなんですね……」
男性は俺に片手を差し出した。
「がんばれよ」
「ありがとうございます」
俺は男性と握手を交わしたあと、窓口から離れていった。
【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身
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