Aの8
俺は急ぎ足で街の中を歩き、オーブリーの家から徐々に離れて行った。
マリウスに声をかけるべきか迷った。
数分のあいだ考えてみて、俺は声をかけないことに決めた。
( 本当は力を貸してほしいけど……巻き込みたくもない )
オーブリーを襲ったやつが何者かは分からない。いずれにしろ俺も命を狙われている可能性が高い。
相手の狙いは外科医術スキルなのか。
そう思っても、詳しい事までは分からない。俺はその事をあまり考えないようにした。今はそれよりもこの街を離れてどこに逃げるべきか考える必要がある。
( 陸を進んで他の街を目指すか。それとも港から船に乗って外国を目指すか…… )
俺はすぐに決断した。
( ハンブルクの港からロンドンに向かう客船があるに違いない。それに乗ってイギリスに入国し、亡命すればいい )
俺は道端に待機している御者に金を払い、馬車に乗って港に向かった。
港の周辺には何隻も船が停泊していて、近くの待合所にも多くの人が集まっている。
( ずいぶん人が多いな…… )
俺は御者にお礼を言って馬車から下りた。
やけに騒がしいと思いながら待合所に近づいていくと、何か様子がおかしい事に気づいた。待合所にいる係員を多くの人が取り囲んでいるのが見える。
「出港できない? ふざけるな。こっちにも予定があんだよ」
「そう言われましても……」
裕福そうな格好の男性が若い係員に文句を言っている。
俺も群衆の中に入っていった。
最初は状況がよく分からなかったが、係員の話を聞いているうちに事の重大さを理解した。
「すでに戦争が始まっています。ロンドンへの航路はネーデルラント海軍に封鎖されています……」
ネーデルラントとイングランドが戦争状態に突入したと係員は言う。
( 戦争…… )
スマホに表示されている俺の国籍は《自由都市ハンブルク・ドイツ系》となっている。
ネーデルラント人でもイングランド人でもない俺にこの戦争は関係ないはずだが、この時代の国際情勢は複雑らしい。
俺は地面に落ちている新聞の号外を拾って、その内容を確認した。そこには戦争の事が書いてある。
新聞には自由都市ハンブルク、イングランド王国側に味方する。と書かれている。その他に、ネーデルラント海軍が他国の船を無差別に襲撃しているという記事も書かれている。
( もしこれが本当なら海に出て船が沈み、ゲームオーバーという可能性も )
俺はそう思った。
いずれにしても、乗船する事自体が不可能な現状だった。
( 船はあきらめよう )
俺はさっさと考え直して次の行動に移ることにした。しかし、選択肢はもう陸路しか残っていない。問題なのは陸路でどこを目指すのか、という事と交通手段どうするか、という2つだった。
( 金を無駄にした…… )
もしかしたら、御者の人は出航できない事をすでに知ったうえで俺を港に連れてきたのではないか。そう思うと腹立たしい気持ちにもなる。
俺はもういちど馬車を探すことにした。
さっきの御者は無愛想な感じの中年男だった。今度はあえて違う雰囲気の御者を探すことにした。
港周辺の道を歩いていたとき、止まっている馬車を見つけた。
俺は御者に声をかけた。
「乗せてもらえますか?」
御者が俺に目を向けた。優しそうな雰囲気の若者だった。
「こんにちは。どこに行きますか?」
「ベルリンに行きたいんですけど」
「え? ベルリンですか……」
若者の顔がとつぜん暗くなった。明らかに迷惑そうな表情をしている。
さすがにベルリンは遠すぎるのか。
俺は断られると予感した。
「少しお高いですが、3万コルクでどうですか? ベルリンに着くまでに途中休憩も挟むことになりますが。よろしいですか?」
そう言われて俺は考え込んだ。
今の所持金は5万5千コルクなので、半分以上も支払う事になる。
まずはハンブルクを離れる必要がある。ロンドンが無理なら大陸を進んで、内陸の大都市ベルリンを目指すべきだと思った。
俺は決断した。
「分かりました。お願いします」
俺はそう言って御者の若者に紙幣の束を手渡した。
馬車が発車して街の中を移動していく。
ハンブルクの中心部を離れて、徐々に建物が少なくなり農村の風景が見えてきた。俺は馬車の窓から見える光景に目を向けた。
畑仕事をしている男性が見える。
( この時代の農業か……。リアルだな )
俺は夢中になって外を見ていたが、30分が経つ頃にはすでに見飽きていた。
いつまでも同じような農村が果てしなく続いている。
( 綺麗な絶景も1度見れば十分だな…… )
俺は眠くなってきて、いつの間にか眠ってしまった。
◇
気がついたとき馬車は街中を走っていた。
( どこだろう…… )
俺はスマホを取り出して現在位置を確認した。
【現在位置 プロイセン王国=ベルリン】と書かれている。
( もう着いたのか )
俺はだいぶ長く寝ていたらしい。
ゆっくりと馬車が止まり、御者の若者がドアを開けた。
「さあどうぞ。ベルリンに着きましたよ」
「ありがとうございます」
俺は馬車を降りた。
街の建物はハンブルクによく似ているのに、なぜか雰囲気が違うように感じる。その原因は、人の数だった。ハンブルクの明るくて陽気な雰囲気がこの街には感じられない。
ものすごい大都市ではないかと想像していたが、ハンブルクよりも人通りが少なくて寂しいような感じがした。
【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身
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