窓 3.ジャージ
ただ一日中、窓の外の空を眺めている。空が明るくなって暗くなるのを眺めるだけ。
身近な人の死を見た日から、そうしている事が多くなった。浮かんでくる景色が思い出なのか、ただの夢なのか。
窓を眺めながら浮かぶ景色を、言葉を、書いた日記みたいな物語。第3話。
3.ジャージ
兄には恋人がいた。
通夜の日に初めて会った彼女はフリフリの服を着て、それに合わない大きな黒いリュックを背負っていた。
想像してた感じと違い過ぎて一瞬だけ気持ちが軽くなったのを覚えている。
真面目な兄が好きになったのが中身は分からないけどフリフリが好きな女の子。笑いたかった。弟と二人、意外過ぎるとニヤニヤしたかった。そんな場面はもう来ないのだということに気づき、あったかもしれない未来の光景をいくつか浮かべて、すぐに消した。
その夜私のジャージのズボンを履いて弟のTシャツを着た彼女と兄の部屋で棺桶の中に入れるものを選んでいた。
私よりも背の高い彼女は、明らかに丈の足りてないジャージを何故か胸の下辺りまで引っ張り上げ、Tシャツをその中にしまい込んでいた。それを気にしているのが私だけだという事実に自分の中の底知れない冷たさを感じた。
「やっぱ漫画かな。一番好きだったん何やっけ」
本棚にずらりと並んだ少年漫画を眺めながら私は言った。スラムダンク、ハンターハンター、ドラゴンボール。
「そういえば少女漫画も面白いって言って読んでたな」
彼女が懐かしそうに言った。
それを聞いて思い出した。私が読んだ少女漫画を兄が読んでいた。NANAの続編はもう出ないのかなといつか話した気がする。実写映画化された時、あの人じゃないよなとか言い合った。忘れていた思い出が蘇ってきている事が怖かった。演じるのだと自分に言い聞かす。
「漫画喫茶よく行ったな」
彼女と二人、無言で漫画を読む兄を想像した。とても幸福そうに見えた。兄は幸せだったなんて思いそうになる。
どこかで聞いたことがあるような言葉ばかりを聞いていた数日間だった。ドラマの、映画の中の言葉を聞き過ぎて、これは物語なんだと思った。だから演じていればいいのだ。ずっと。私はずっと演じ続けている。悲劇のヒロインに憧れていたのだ。不幸が羨ましかったんだ。兄を亡くした可哀想な妹をやっと演じられる。
あの時感じていたのは悲しみじゃない。主役を貰った高揚感だ。
窓 3.ジャージ