窓 1.窓をくれた人
ただ一日中、窓の外の空を眺めている。空が明るくなって暗くなるのを眺めるだけ。
身近な人の死を見た日から、そうしている事が多くなった。浮かんでくる景色が思い出なのか、ただの夢なのか。
窓を眺めながら浮かぶ景色を、言葉を、書いた日記みたいな物語。第1話。
1.窓をくれた人
いつも窓の外を眺めていたような気がする。
6畳間のこの部屋で一人窓辺で仰向けに寝転がって空を眺める自分を、見た事があると思った。
本を読むのもテレビを見るのも音楽を聴くのも、きれいごとを集めているみたいで、うんざりしていた。
自分の本当がどんどん見えなくなっていく。
窓から見える空だけが、壁に囲まれたこの安全すぎる場所から、固いガラス越しに見える空だけが、安心をくれた。
雲が流れて、明るくなって、暗くなる。
誰の思惑でもないその空を、ただ見つめていた。
浮かんで来る景色がいくつかあった。
「この窓を君にあげよう」
初めて行った彼の部屋での彼の第一声がその言葉だった。
カーテンを開け、嬉しそうに窓の前に立っている彼が何を考えているのか分からなかった。でも、分からな過ぎて考える気にもならない彼のその言葉に救われたような気がした。
私は、彼が時々発する意味の分からない言葉が、とても好きだった。
彼と出会ったのは葬儀会場だった。
私はその葬儀に可哀想な遺族を演じて最前列の席に悲しそうに座っていた。
遺影の中の兄は、合成で着せられた服を着て、私の知らない笑顔で笑っていた。
どんどん集まってくる黒い服の人達。葬儀屋と話し込む父と母。
みんなで兄の死を明確にしようとしているみたいだと思った。数人しか知らなかった兄の死が広がっていっている。ぼんやりしたものをくっきりとふちどって、黒く塗っていく作業が淡々と行われていった。
私もその作業員の一人なのだと気づくとディズニーランドにでも行った方が良かったと思った。
兄が入った棺桶が無機質な四角い穴に入っていくのを、誰かの黒い肩ごしに見つめていた。
その黒い肩が震え始めた時、もういい。と思った。そう思ったと同時に私の体は誰かに後ろに引っ張られた。
後ろを振り返ると誰も居ない。下半身に違和感を感じ、足元を見ると、私のスカートを咥えて引っ張っているゴールデンレトリバーがいた。
場違いな派手な服を着せられたそのゴールデンレトリバーに引きずられるまま、私はその場から立ち去った。
誰一人私の様子に気づくことはなく、その光景に解放感を感じた。
さっさと行けと誰かの声が聞こえたような気がしたけれど、多分誰もそんな事は言ってない。
ゴールデンレトリバーは私を外まで運ぶと、興味を失ったように地面に伏せをした。
大事そうに自分の前足を舐め始める。ああ、疲れたわと言っているようなその顔がおかしくて笑いそうになった。
遠くから声がしているのが聞こえた。
ゴールデンレトリバーは耳をぴくっと動かし、凛々しい顔を声のする方に向けた。
「星くーん」
やっと聞き取れたその言葉がゴールデンレトリバーの名前だと言う事を理解するのに時間がかかった。
ああ、星くんっていうのか、この犬。
と思った時には目の前にその姿は無くなっていた。
声のしていた方に視線を移すと、星くんという名の犬と同じ色をした髪の男の人が、星くんを撫でていた。
彼は私に気づくと、照れくさそうにお辞儀をした。
星くんはお座りをして舌を出しながら私ではない何かを嬉しそうに見つめていた。
星くんの首には星が大きくプリントされたバンダナが付けられていた。
黒からオレンジに変わっていく景色を見た。
窓 1.窓をくれた人