終演の幕が下りるまで [第1話]
初めまして、白蜘蛛と申します。
本作は、2010年10月に自分が初めて書いた小説をもとに改変を加えたものです。
一話辺りの文量は少なめなので、ちょっとした空き時間などにどうぞ。
未完のままで作成中断しておりましたので、既成話の文章校正をしながら続きを作っていくつもりです。
まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。
第一章 夏
第1話『不思議な出会いは唐突に』
西日は徐々に、地平線へと近付いていた。
街行く人々の影も伸びだした夕暮れ時。昼間と比べると確実に気温は下がっているはずだが、この日の気温は尋常ではなかった。
大通りを歩く人々は皆半袖シャツ姿で、汗の伝う顔を手で扇いでいる。
コンクリート造りの建物が建ち並ぶこの大通りでも、あちこちで蝉がせわしなく鳴いている。
その少年もまた、半袖姿だった。
白の半袖カッターシャツに黒のネクタイ、薄めの灰の長ズボン。誰が見ても一目で学生とわかる格好である。
周りの人との大きな違いを挙げるとしたら、汗を全くかいていないことであろう。
彼の名前は黒谷陽也。
身長は同世代の男子高校生と比べるとほんの少し標準を下回るくらい。襟にぎりぎり掛かっていない黒髪は少しぼさぼさして、だらしない感じ。整った年相応の顔立ちだが、見る者を引き込む漆黒の瞳は重たげな瞼で半分ほど隠れている。
ごく平凡な高等学校に通う16歳である。
『平凡』と言っても一応は進学校なので、授業内容はそれなりに難しい。
(あぁ~……参ったなぁ……)
彼は今、入学後最初の期末試験について悩んでいた。
中学までは平均以上には勉強ができていたのだが、高校入学以降の成績は下降気味。
一月程前の中間試験で、それが顕著に現れていた。
(しばらくゲーム類は封印するべきかなぁ……)
封印したところで、授業の大半を聞き流しているので大差無いと思われるが。
実は彼には、『特殊能力』とでも言うべき不思議な力を持っていた。
ただし特殊能力と言っても、身体がゴムのように伸びたり、『スーパーなんとか人』になったり、あらゆる異能の力を打ち消せたりするような類いとは全くの別物である。
その能力とは……
(今日はいつに無くうるさいなぁ……)
お分かりいただけたであろうか。これである。
彼の能力とは『地の文を聞き取る』能力である。
蛇足だが、地の文とは読者の皆様が今読んでいるこの文章のことである。
(誰だよ、読者って)
彼がこの能力を開眼したのは、この年の春頃。
五月病で惚けていた時に急に聞き取ることができるようになった。
(オイ、その言い方じゃ俺がダメ人間みたいに聞こえるじゃないか)
たいして得することの無いこの能力だが、発動するための条件がある。
それは、『精神的に極度の平静状態にあること』。
ここで言う『極度の平静状態』とは、普通の人間でのうたた寝直前くらいの状態である。
それをこの黒谷陽也は、登下校時や授業中などに平然とやってのける。
すごいと言えばすごいのかもしれない。
(誉めてんのか、けなしてんのか、分からない言い方だな……)
彼はこの世界が著者こと私によって構築されていることを理解している。
彼がそう悟った理由は、さして大きくはない街ながら至る所に不可侵な場所があったり、陽也自身の記憶に曖昧な部分が数多くあったり……
要は著者が創造していないであろう部分が欠落しているためである。
(格好良く言っているようだけど、簡単に言えばお前の手抜きだろ)
ちなみに本日の昼間、彼は私に期末試験のテスト内容を教えて欲しいと懇願してきたが、私がテスト内容を考えるわけがないので知るはずがない。
(な! お前「内容を考えたのは私だが、教えるわけがない」とか言ってたのは嘘かよ! ……ん?)
ふと陽也が顔を上げると、その前方、夕日を浴びる建物の一つに背を付けて立つ人物がいる。
背丈は陽也より頭一つ小さいくらいだが、真夏の服装とは思えない全身をすっぽり包む黒いローブを着ているため、妙な威圧感がある。
フードを目深に被っていて顔は見えない。
見ている方が暑くなるような姿である。
(……オイ、コイツはお前の差し金か?)
そうこう説明している間に、陽也はその黒い布の塊の前を、なるべく『それ』を見ないようにしながら通り過ぎた。
(お~い! 無視すんなよ!)
無視するつもりはなかったが、説明に追われて返事をすることができなかっただけである。
(ちゃんと聞いてたのかよ! てか、さっきから誰に説明してんだ?)
君が知る必要は無い。
(こ、この野郎……ってアイツ、ついてきてやがる……!)
黒ローブは、陽也から数十歩の距離を保ちつつ背後から歩いて来ている。
(な、なんかヤバい宗教の奴とかじゃないだろうな……)
陽也は己に迫る危険な存在に意識を払ったために、能力の維持ができなくなっていた。
自然と陽也の歩調が早まっていく。
それに合わせて、後方のローブの歩幅も広くなっていく。
陽也は普段かかない汗を額に滲ませていた。
もしかしたら勝手に追われていると勘違いしているだけで、俺が脇道に入れば別れるんじゃないか? と陽也は考えたが、大通りから伸びる枝道は全て住宅街に繋がっており、いずれも袋小路である。もし本当に追われているのならば、自分から捕まりに行くようなものである。
この街の全景を網羅している彼は、思い浮かんだ可能性を捨てて止むを得ず広い一本道を進み続ける。
陽也が歩道から横断歩道に足を踏み出そうとする寸前、正面の信号が赤であることに気付き、咄嗟に足を止める。
その制止する勢いが止まぬ間に、あの不審者との距離を確認しようとして陽也は後ろを振り向いた。
陽也の眼前に、フードを被った顔があった。
あまりの近さに驚き余って思わず後退りしそうになった陽也であったが、なんとか踏み止まった。
気が動転したせいか、今見たはずの顔がどうであったか思い出せない。
フードはもう下を向いていて、口元すら見えない。
ただ、振り返った直後にそのローブが、
(わっ)
と言ったように感じたことは覚えている。
ローブが肩で息をしながら、陽也より先に口を開いた。
「あなたは、能力者……ですね?」
陽也は突然訊かれた質問の意味が分からず、呆然とする。
ローブはそんな彼に構わず、息を整えてから続けた。
透き通るような少女の声で。
「お願いです、この世界を救ってください!」
日は沈み、取り残された夕焼けだけが街を照らしていた。
終演の幕が下りるまで [第1話]
第2話はこちら↓
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