Aの7
老人の家に戻って来たとき、俺は恐怖を感じた。
家のドアが開けっ放しになっている。
( 泥棒かな…… )
それならまだ良かった。この世界なら盗賊の可能性だってある。もし盗賊なら1人を相手にするだけじゃ済まない。
俺はゆっくりと家の中に入っていった。
床に目を向けたとき、俺の恐怖は倍増した。
( 血がついている )
玄関を抜けて廊下に進んでみた。部屋のドアが開けっ放しになっている。俺が部屋の中をのぞいてみると、老人が床の上に倒れていた。
「オーブリーさん!!」
ものすごい量の血が床に流れている。
老人が俺に気付いた。
「ハチローか。びっくりしたろう? わしにもようやく天罰が下りたよ……」
「いま医者を呼びます! 待っていてください!」
俺はそう言って離れようとした。しかし老人の手が俺の足を掴んだ。その力は弱々しかった。
「待て。話を聞け。わしは犯罪者だ。医者を呼んでも無駄だ。わしは助からん……」
俺はパニックになった。
じゃあ、どうすればいい?
「このわしを助けたいのか? わしは大悪人だぞ」
「……助けたいです」
俺はなぜか迷わなかった。
あれだけ怖そうだった老人が今は床に這いつくばって血を流している。俺は純粋にこの人を助けたいと思った。
「あんなクズどもにくれてやる位ならいっそ……」
老人はそう言って片手を上げた。
「ハチロー。顔を近づけろ……」
老人は俺の額に手を当てた。
俺は特に何も感じないが、何か重要な事が行われていると分かる。
やがて老人は俺の額から手を離した。
「何か感じるか?」
「……いいえ」
俺は正直に答えた。何か変化が起きた感じはしない。
「指先に意識を集中してみろ」
老人にそう言われ、自分の指先に意識を集中してみると不思議な事が起こった。指先から白い糸のようなものが出ている。
「よし。スキルは伝授できている……」
老人はそれだけ言うと何も言わなくなった。
俺は焦った。
「オーブリーさん! どうすればいいんですか?」
「……もういい。おまえに教える時間はもう無い」
老人の呼吸がどんどん荒くなっていく。
「机の3番目の引き出しにメモがある。それを見ておけ……」
老人はそう言った。
身体からは今も血が流れ続けている。
「ハ、ハチロー。1つだけ約束してくれ……」
「はい。約束します」
老人は呼吸が荒くなって辛そうだった。
「わしのような人間にはならんでくれ」
絞り出すような声だった。
俺はすぐに返事をした。
「約束します!」
この老人の事は何も知らないし、老人と「俺」との間にどんな過去があったのかも知らない。俺は自分が無責任な約束をしている事に気づいた。しかしもう約束は取り消せない。
目の前の老人はすでに息絶えている。
今は微笑んでいるような、満足しているような、とても安らかな顔で眠っている。
《 机の3番目の引き出しにメモがある。それを見ておけ…… 》
老人の言葉を思い出して、机の引き出しを開けた。
中には本が数冊入っている。その本の間に小さなメモ用紙が挟まっていた。
( これか…… )
メモ用紙は箇条書きになっている。
〈 ハチローへ。わしが死んだ場合の対処法 〉
・机の下の箱に金が入っている。持って行け
・わしが死んだ場合は隣に住むカールが葬儀を行う
・おまえは葬儀に出席せず、すぐに街を離れろ
・できるだけ遠くに行け。国外が一番良い
・外科医術スキルの使い方は自分で覚えろ
何かが天井をすり抜けて床の上に落ちてきた。
それは1枚のカードだった。
女神のような女性が描かれたそのカードは綺麗だったが、妙な不気味さも感じる。
( 外科医術スキル )
俺はカードを拾い、ズボンのポケットに入れた。
老人は自分が死ぬことを予感していたらしい。
俺は老人のほうに目を向け、思わず笑みを浮かべた。
「……面白いじゃん。このゲーム」
老人の遺体に背を向けて俺は歩きだした。
【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身
Aの7