Aの6

 気がついたとき、俺は貧相な部屋の中にいた。

( 今回は道路じゃなくて老人の家でスタートか…… )

 部屋の外に出て食卓のある部屋に行ってみた。しかし老人はいなかった。そのあとキッチンも確かめたが、そこにもいない。

( 自分の部屋にいるのか。それとも外出しているのか…… )

 テーブルの上に鍵が置かれている。

 俺は家の外に出てみた。

 前回は夜だったのでこの街の雰囲気がよく分からなかったが、今は外も明るくて街の様子がよく見える。店が多く建ち並んでいて、通行人も多い賑やかな街だった。

 俺が街中を歩いていると、若者に声をかけられた。

「おっ、ハチローじゃん。何してんの?」

 若者は俺のところにやって来て俺の肩に手を乗せた。ずいぶん馴れ馴れしかった。

 俺はとりあえず返事した。

「あ、買い物だよ」

「へぇ……」

 俺は歩き続けたが、若者は俺から離れようとしない。彼の口元からアルコールのにおいがする。

( なんか嫌な奴だな )

 そう思ったが、追い払う方法も思いつかない。もしかしたら友人の可能性もある。

「ねぇ、ねぇ。今日も女の子のお店行こうよ」

「え?」

 何の話かさっぱり分からない。

「とぼけんなよ。昨日はお前が誘ったくせに……。あー、おまえは良いよなぁ。東洋系の顔立ちは女の子に人気でさぁ。俺なんかもう飽きられてるし……」

 若者は俺の不機嫌な様子にも気づかず話し続ける。

「ねぇ。昨日のおまえの相手、めっちゃ可愛かったじゃん。胸もでけーし。ねぇ、昨日はどうだった? どうだった?」

 俺はイライラを抑えきなくなって、若者を突き飛ばしてしまった。周囲の通行人が驚いていっせいに目を向ける。

「痛ってぇー」

 突き飛ばされた若者はゆっくりと立ち上がり、俺を睨んだ。もしかしたら殴りかかってくるかもしれない。

 俺は身構えたが、若者は笑い出した。

「ごめん、悪かったよ。怒るなって」

 どうやら、俺に突き飛ばされたのは今日が初めてじゃないらしい。

 若者はお洒落なレストランの前で立ち止まった。

「ねぇ、何か食べていかねぇ? 俺、お腹空いてさぁ」

 俺は戸惑った。

「今日は俺がおごってやるよ。前回はおまえに払ってもらったし」

 若者がそう言ったので俺は安心した。

 店内は広くはなかったが、落ち着いた雰囲気だった。椅子に座った俺はさっそくメニューを見た。飲み物はたくさん用意されているけど、食事のメニューは少ない。

( 料理の名前を見ても想像がつかないな…… )

「おい、早く決めろよ。俺は白ワインとマウルタッシェにするよ」

 若者が急かすので、俺も同じものにした。

「じゃあ、俺はコーヒーとマウルタッシェで……」

「かしこまりました」

 料理人はそう言って厨房に戻った。

 飲み物はすぐに用意してくれたけど、マウルタッシェという料理はまだ来なかった。

( そういえば…… )

 俺は大事なことを思い出して、ポケットからスマホを取り出した。

 若者がじっと見ている。

「何それ」

「スマホだよ」

 俺はそう言ったが、若者は「ふーん」と反応しただけであまり興味を示さない。

 スマホには『これまでに会った人物』という名のアプリが入っていて、俺はそれを起動した。そこには何人もの顔写真が並んでいて、それぞれに名前と年齢と性別が表示されている。しかし情報はその3つだけで詳しい事は何も書かれていない。

 俺は目の前にいる若者のプロフィール写真を見つけた。

 名前はマリウス。年齢は17歳。性別は男性と書いてある。

 俺はあの老人のプロフィールも確認した。

 名前はオーブリー。年齢は69歳。性別は男性。

 やはり情報はその3つしか表示されていない。あの老人について知りたいことは山ほどあるけど、それをスマホで確かめることは無理だと分かった。

( 知っている人に話を聞くしかないかな…… )

 俺にはもう一つ気になる事があった。前回、老人の家のキッチンで料理をした時の感覚は普通じゃないと思った。あれはスキルの能力ではないかと俺は推測した。

 もう余計な遠慮はせず、ダイレクトに聞いてみる事にした。今さら変に思われても気にしない。

「マリウス。俺って何かスキル持ってるの?」

 マリウスはスプーンを皿に置いて笑い出した。

「はぁ? 持ってるに決まってんじゃん」

 どうやら俺のボケだと思っているらしい。むしろ都合が良かった。俺は遠慮せず、さらに聞いた。

「俺が持ってるスキルって何なの?」

「調理スキルだよ。調理スキル!」

 ようやく重要な情報を1つ入手する事が出来た。

( そういう事か……。それでスムーズに料理が作れたわけか )

 俺はもっと何か重要な情報を引き出せないかと思い、さらにボケを続けてみた。

「いやぁ。俺はてっきり何もスキル持ってないって思ってたんだよねー」

「なわけねーだろ。スキル1つも持ってない奴をオーブリーさんが養子にするわけない。スキルを持ってないって事は奴隷じゃねーか」

 マリウスはまた重要な事を話してくれた。俺はその事を詳しく知りたいと思った。

「奴隷はスキルを持ってないの?」

「あたりまえだろ。持ってないから奴隷なんだよ。ほら、窓の外を見てみろ。牛を引っ張っている男の人がいるだろ。そいつは奴隷だよ」

 俺は窓の外をよく見た。

「奴隷は牛の世話をするの?」

「そうじゃない。奴隷のする仕事はいくつもある。畑仕事だったり、煙突の掃除だったり、工場の作業員だったり、とにかくいくつもある。どれもキツい仕事ばかりだよ……」

 この世界の構造が少し見えたような気がした。

 マリウスはワインを口に含みながら得意げに話を続けた。

「まぁ。簡単に言うなら、スキル無しが奴隷。スキル1つが平民。スキル3つ以上持ってるやつは軍の将校になれる。そして5つ以上は貴族や王族だな」

「どうやってスキルを手に入れるの?」

「スキルは持ってるやつに教えてもらうしかない。でも教える事が出来るのは1人だけで、その1人に教えたらもう他のやつには教えられない」

 俺は何となく理解した。

「って事は自分の子供に教えるのが普通だよね?」

「そうだよ。じゃないと自分の子供が奴隷になっちまう……。まぁ、自分の子供を奴隷にして売り飛ばす最低な奴もいるらしいけどな……」

 マリウスは上着のポケットからカードを取り出して俺に見せた。カードにはハンマーのような絵が描かれている。マリウスは誇らしげだった。

「俺は親父に工芸スキルを教わった。そして親父も爺さんに工芸スキルを教わった。俺の家は先祖代々から続くピアノ職人だからな。おまえも自分のスキルカードを出してみろよ」

 マリウスにそう言われたので、俺はシャツとズボンのポケットをすべて確かめた。するとズボンの左ポケットに1枚のカードが入っている事に気づいた。

 俺は自分のカードをよく見た。

 カードには銀色の鍋が描かれている。

「このカードは身分証と同じだよ。これを持っているから俺たちは平民でいられる……」

 マリウスはそう言った。

 奴隷の子供は奴隷。平民の子供は平民。貴族の子供は貴族。たとえゲームの中でも、その世界観はシビアだと分かった。

 俺はもう1つ聞いてみた。

「マリウスは料理できないの?」

「うん。できないよ。作った事もない」

「ほんとに?」

「本当だよ。昔さぁ、食材を買ってきて料理を作ろうとした事あるんだけど。駄目だったよ……」

「なんで?」

「料理を作ろうとすると体が動かないんだ。料理の本も読んだし、レシピもちゃんと見たけどさ。キッチンの前に立つと体が動かなかったよ」

「そうなんだ……」

 料理の食材を買い集めたりレシピを見ることは出来ても、料理という作業そのものは出来ないらしい。

 となると、工芸スキルを持ってない俺がピアノを作る事も不可能だと分かる。

 俺は大事なことを思い出した。

「オーブリーさんは何のスキルを持ってるの?」

「そんなの知らねーよ。おまえだって知らないって言ってただろ。なのに俺が知ってるわけねーじゃん。そもそも俺、あの人苦手だし。あんまり話したこともないし……」

「あ、ごめん」

 注文して30分ほど経ち、ようやく料理が来た。

「マウルタッシェでございます」

 初めて見た料理だった。

 スープの中に四角い水餃子みたいなものが3つ入っている。

( 美味い…… )

 老人の家で作ったフリカデレという豪快な肉料理と比べたら、あっさりしていて食べやすかった。

 マリウスは先に食べ終わると、椅子から立ち上がった。

「やべー。そろそろ工房に戻らないと。親父に蹴飛ばされる。悪いけど先に戻るよ。会計はもう済ませてある。またな今度な!」

 マリウスは店の外に出て行った。

 最初は下品でだらしない奴だと思ったけど、話してみると印象が変わった。思っていたより頭が良さそうだし、常識もあると分かる。

( とりあえず老人の家に戻ろうかな )

 俺はそう思って店の外に出た。



【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身 

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  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-16

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