Aの1

 今日は俺にとって特別な日だった。

【サービス終了のお知らせ】
 いつも『大海賊時代オンライン』をご利用いただきありがとうございます。このたび、大変残念ではありますが、『大海賊時代オンライン』は、5月11日・水曜日、午後8時をもってサービスの提供を終了させていただくこととなりました。今まで、多くのお客様にご支持いただきましたことに、開発運営チーム一同、深く御礼申し上げます。

 仕事から帰宅してすぐに風呂に入り、早めに夕食を済ませた。そしてパソコンの電源を入れた。

( なんとなく予想はしてた……。いつかはこの日が訪れる )

 すでに発売開始から10年以上も経過していた。

 VRゲーム機が主流となっているこの時代に、俺はパソコンの前に座っていつも『大海賊時代オンライン』をプレイしてきた。よく考えてみたら、こんなに長く続いたオンラインゲームは他に無いような気もする。サービス終了のお知らせを見たときはショックだったが、むしろ「今までお疲れ様」とゲームに言ってやりたい気持ちもある。

 俺は午後6時半まえにログインする事ができた。

 現在地はポルトガル王国の首都・リスボンになっている。俺は銀色の鎧を身に着けたまま、街の中を歩き回った。

 リスボンは便利な場所だった。ヨーロッパ大陸のいちばん西に存在し、アフリカ方面に進むにしても新大陸に進むにしてもこの場所から出発するのがいちばん近い。このゲームがもっと人気だった頃、リスボンの街はものすごい数のプレイヤーであふれていた。世界各地からこの街の港に続々と船が入港してくる。新大陸やインドで特産品を購入し、この街の港に戻ってきて高値で売りさばく商人プレイヤーも多い。

 俺は2年くらい前、このリスボンの街に商人ギルド『黒ネコ商会』を作った。そして半年後にはギルドメンバーは50人に増えてリスボンを代表する巨大ギルドに成長した。その巨大ギルドのマスターとして俺は栄光の日々を送っていたが、それも長くは続かなかった。俺の栄光の時期と、このゲームの人気低迷の始まりはうまく重なっていた。ギルド設立して1年後にはゲーム自体の人気が急激に下がりプレイヤーも減った。そして黒ネコ商会のギルドメンバーも10人以下になった。

 ゲームの人気低迷の原因は俺もはっきりとは分からない。VRゲーム機が普及するようになってからはパソコンでオンラインゲームをする人は徐々に減っていった。このゲームは長く続いたけれど、他のPCオンラインゲームは早い段階でいくつもサービス終了に追い込まれている。

( ずいぶんプレイヤーが少ないな……最後の日なのに )

 最近はずっとプレイヤーが減少していたが、この最後の日だけは増えるかもしれないと思っていた。でもそんな事は無かった。2、3年前までは数えきれない程のプレイヤーで埋め尽くされていたこの街も、今では広場でさえ10人ほどのプレイヤーしか見当たらない。

 とつぜんメール画面に連絡が入った。

《 八郎さん。お久しぶりです。今どこですか? 》

 連絡してきたのは古くからの友人の一人、ルーデンドルフ2号さんだった。俺はすぐに返信した。

《 ルーさん。お久しぶりです。今はリスボンにいますよ 》

《 おー。そうなんですね。良かったです。私はいまチュニスにいるんで、そっちすぐなんで向かいますよ。せっかくなんで仲間で集まってスクショ撮りましょうよ。記念撮影って事で 》

《 えっ、他にも誰かログインしてるんですか? 》

《 はい。私とあと2人ログインしてますよ 》

 俺はすぐにフレンドリスト画面を開いた。

 小さいマツコさんと松平次郎三郎さんもログイン表示されている。

 俺は嬉しくなった。

 ここ最近はずっとこの3人はログインしてなくて、俺は新しく集めた仲間とゲームすることが多くなっていた。

 このゲームは陸を歩いて移動するわけじゃなくて、船に乗って世界中の港を回るゲームだった。たとえば冒険が得意なら船で遠い土地まで行って、遺跡や未発見生物を見つけてクエスト収入を得る。商業が得意なら、船で物を運んで貿易をしたり自分で商品を生産して収入を得る。戦闘が得意なら、海軍に入って自分の国の戦いに参加したり、海賊を討伐して賞金をもらう。そしてもう一つは自分が海賊になって他のプレイヤーの船を襲い、金や物を奪う。

 俺のゲーム内での職業は武器商人だった。同じ商人系職業の1つで、香料商人をしているルーデンドルフ2号さんと一緒に行動することも多く、俺は武器を船に積みルーさんは香辛料を船に積んで各地の港を一緒に回った。もちろん船1隻で行動するより2隻の方が安全だった。さらに、新大陸や東南アジアまで貿易するときは海軍士官の松平次郎三郎さんに声をかけて護衛してもらう事もあった。俺とルーさんの船2隻を松平さんの重武装した船で守れば、たいていの海賊プレイヤーは襲うのも諦めて遠くに離れていった。松平さんは「海賊狩り」としても有名だった。

 俺とルーデンドルフ2号さんはリスボンの酒場で再開を果たした。約3か月ぶりだった。それから少し遅れて松平次郎三郎さんも酒場にやってきた。

「ハチロー。久しぶり。俺、ログインするの半年ぶりくらいだなぁ」

 海軍服に日本刀を装着した松平次郎三郎の姿。あまりにも懐かしくて涙が出そうだった。

「松平さん。元気でしたか?」

「うん。元気だよ。ごめん。勉強が忙しくてさ」

 松平さんはたまにリアルの話を入れてくる人だから、何となく年齢は全員にバレている。この世界の住人はみんな年齢不詳だが、松平さんは例外だった。しかし、初めて会った時から俺と松平さんの関係は変わらない。俺が敬語で、松平さんはタメ口を使うというのが安定のスタイルだった。

「マツコさんは江戸にいるらしいからこっち戻るまでには時間がかかるって言ってたよ」

 ルーデンドルフ2号さんがそう言った。

 ルーさんは貴族服を身に着けた大柄の男性で、見た目は怖いけれど話してみるとすごく優しい人だと分かる。経済の話がとても詳しくて、もしかしたらリアルではそういう関係の仕事をしているのかもしれない。

「マツコ師匠はとりあえずほっといて3人で話しましょうよ」

 俺はそう言って酒場の椅子に腰かけた。

 二人も納得して椅子に座った。最初に松平さんが話を始めた。

「もう4年くらい経つよな。たしか3人とも同じ時期にゲームを始めたっけ……。お互いが初心者のときに知り合って、アテネの酒場の前で意気投合して仲間になった」

 それを聞いて俺も懐かしくなった。

「俺もいま話聞いて思い出しましたよ。なんかあの頃はすごく盛り上がってましたよね……」

 ルーさんも何か思い出したらしい。

「あー、その時はあと4人くらいの仲間がいて合計7人の集団で行動してた記憶がありますねー。……いつの間にかログインする仲間はどんどん減って、古い仲間はうちら3人だけになりましたけどねー」

「もう4年も経つんですね……俺たちがゲームを始めて」

 俺がそう言うと松平さんに突っ込まれた。

「いや、4年って言ってもマツコさんには敵わないでしょ。あの人10年以上やってんだから」

 小さいマツコさんは伝説的な人で、なんとサービス開始からずっとゲームを続けている大ベテランだった。つまり10年以上このゲームをプレイしている事になる。俺がこのゲームを始めたのは17の高校2年くらいの時だった。そして今は21の大学生で、4年近くプレイしている。

 俺たちも長い方だけど、小さいマツコさんは俺たちの倍以上のキャリアを持っている事になる。まさに伝説だった。そして俺の師匠でもある。このゲームを始めて右も左も分からない頃から助けてくれて、いろいろアドバイスしてもらった。

( 懐かしいな…… )

 小さいマツコさんは冒険が得意で、職業は生物学者をしている。すごくマイペースで自由な人だけど俺は何度もこの人に助けてもらった。俺が冒険クエストの課題で苦戦していた時にアドバイスしてくれたし、東地中海でNPC海賊に襲われたときは猛スピードで救助に来てくれた。

 ルーデンドルフ2号さんはとにかくお金が大好きで、俺にこの世界での稼ぎ方をいろいろ伝授してくれた。俺もルーさんも最初は戦いが苦手で、一緒に海に出ても海賊に襲われて逃げ回るばかりだった。俺とルーさんが強くなれたのは松平次郎三郎さんの影響だった。松平さんはとにかく戦いが大好きで、海上戦闘のコツをいろいろ教えてくれた。そして3人で海に出て地中海のNPC海賊を退治して回ることもあった。しかし、松平さんはたまに『ごめん。オカンが呼んでる』と言って洋上でログアウトしてしまう事があり、取り残された俺とルーさんがNPC海賊の反撃でボコボコにされてしまう悲劇もあった。

 とにかく松平さんは戦いのセンスが抜群だった。俺とルーさんの船が守りを固めて防御スキルや回復スキルを発動している間に、松平さんの船が次々に海賊船を沈めていく作戦はいつも大成功していた。

 酒場での思い出話は最高の時間だった。この最後の日に盟友3人で集まって久しぶりに話せて本当に良かったと思う。でも、こんな時間は長くは続かない。

「二人ともありがとうな。俺はこのゲーム嫌いになっちゃったけど、二人は最高の仲間だったなって思うよ。できれば変なルールとか良くない所を無くしてさ、リメイクして新しくこのゲーム作り直してくれたら俺もまたゲームしたいって思うよ。……まぁ、もうVRの時代だからパソコンゲームは無理だと思うけどね」

 松平さんはそう言った。俺も納得した。

「たしかに。面白い要素は多かったけど、不満点もいくつかありましたね……」

「私はもうオンラインゲームはしないつもりですね。家庭の事情もあるし、最近仕事も忙しんですよねー」

 ルーデンドルフ2号さんがそう言うと、みんな黙ってしまった。

 しばらくして松平次郎三郎さんが口を開いた。

「じゃあ、俺もうそろそろログアウトするね。まじ楽しかったです。本当に今までありがとうございました」

 それは初めて聞いた松平さんの敬語だった。

「はい。こちらこそ楽しかったですよ。おつでーす」

 ルーデンドルフ2号さんがそう言ったので、俺もそれにならって最後の声かけをした。

「お疲れ様です。お元気で。楽しかったです」

「はーい」

 その言葉を最後に松平次郎三郎さんはログアウトして姿を消した。

 俺は涙が出そうになった。

 しばらく俺は何も言わず、ルーデンドルフ2号さんも何も言わなかった。やがてルーさんの方が口を開いた。

「八郎さん。もしよければ最後に地下ダンジョン行きませんか?」

 その言葉は懐かしい響きだった。もうリスボンの地下ダンジョンなんて何年も行っていない。俺はすぐに返事した。

「いいですね。行きましょう!」

 お互いに武器を装着して、酒場の外に出て行く。そして教会の建物の中に入って神父に話しかけた。

「地下へ案内いたします。どうぞこちらへ……」

 あまりにも懐かしい神父さんのセリフだった。

 俺とルーさんは地下ダンジョンの中で宝物を発見したり、盗賊と戦ったりした。

「じゃあ、戻りますかー」

 ルーさんがそう言ったので俺たち二人は地上に戻った。

 教会前の広場のところでルーさんが立ち止まった。

「八郎さん。実は私は人付き合いが苦手なんです。このゲームは興味本位で始めたのですが、最初は仲間も作れずゲームの事もよく分からず苦労してましたよ。今でもはっきり覚えてますが、最初に私に声をかけてくれたのは八郎さんですよ。本当に助かりましたよ」

 俺はすぐに言葉が返せなかった。

「俺も会えて良かったって思ってます。ルーさんはいちばん貿易するの上手かったので、俺もいろんなこと勉強になりましたよ。俺にとっては3人の先生がいるって感じでした。冒険はマツコさんで、戦闘は松平さんで、商業はルーさん」

「マツコさんまだ船で移動してるかもですねー。最後に会っておきたかったですが、そろそろログアウトしないといけないですね。仕事の準備があるので」

「そうなんですね」

「私もこれからリアルのほう頑張るし、楽しみますよ。じつは去年、フランス旅行に行ってきましたよ。パリの美術館にずっと行きたかったんですよ。他にもいろんな街を見てきましたよ」

「もしかして、マルセイユも行ったんですか?」

「はい。行きました。ゲームで二人で何度も行ってる街ですよね。本物はけっこう都会でしたよ。やっぱり実際に足を運ぶと感動しますよ。旅行はお勧めですよ。人生が豊かになります」

「俺もいつか行きたいですね。頑張ってお金貯めます!」

「頑張って下さい。目標を持つのは大事ですよ。それじゃあまたね。今までありがとう。これからの人生を楽しんで」

「はい」

「では失礼ー」

 ルーデンドルフ2号さんがログアウトして姿を消した。俺は教会前の広場に一人だけ取り残された。

( ゲームでいちばん多く話した人だったな…… )

 これからどうしようかと思っていた時にメール画面に連絡が入ってきた。小さいマツコさんからのメールだった。

《 八郎くん。まだログインしてる? 》

 俺はすぐに返信した。

《 はい。まだリスボンにいますよ。でも松平さんも、ルーさんもすでに旅立ちました(笑) 》

 小さいマツコさんと話す時だけはいつも緊張する。ルーさんも松平さんも互いに初心者の頃から知ってるけど、小さいマツコさんは最初に会った時からすでにレベル50は越えている大ベテランだった。

《 いまリスボンの港に着いたよー。港に来てー 》

《 はい。了解です 》

 まさに師匠と弟子の関係だった。

 リスボンの港前といえばこのゲームでいちばんプレイヤーが集まる場所だった。港前の大通りに商人プレイヤーが店を並べてあらゆる物を販売し、それを買い求めるプレイヤーも多く集まってくる。しかし今ではその光景を見ることは出来ない。

( この場所もずいぶん変わったな…… )

 港前にはたった一人の少女が立っている。

 小さな少女は黒いワンピースを着ていて、海の方を見つめている。彼女こそ俺の師匠であり、ボスだった。

 巨大ギルドのマスターだった俺も、彼女の前では半人前の若造でしかない。

「マツコさん。お久しぶりです」

「おー、八郎。1か月ぶりくらいだよねー。元気だった? しばらく会えなくてごめんねー。うちも仕事で忙しくてさー」

「お仕事お疲れ様です。でも最後に会えてほんと良かったです。お礼も言いたかったので……」

「水くさいなーもう。お礼なんていいんだよ。私だってすごく楽しかったし、八郎が「海賊に沈められたから助けに来てー」て言われて私が急いで助けに行くのとかすごい楽しかったしー」

 小さいマツコさんは容赦ないところがある。できれば俺の黒歴史をえぐり出さないでもらいたい。

「私も最後に八郎と話せてよかったよ。八郎は最高の弟子だったよ。それじゃあ、またねー」

「え?」

 俺が返事をする暇もなく小さいマツコさんはログアウトしてしまった。

 地面の上に何かアイテムが置いてある。

( 何だろう…… )

 俺はアイテムを拾ってみた。

 それは俺のお気に入りのマスケット銃だった。

( マツコさんらしい別れ方だな…… )

 俺は最後にやりたい事を思いついた。

 この思い出が詰まっているリスボンの街をゆっくり見て回ることにした。まずは港の周辺を回り、それから自分たちのギルド『黒ネコ商会』の建物の中に入った。

 ギルドの中には長いテーブルがあってメンバーみんなで集まって貿易の計画やイベントについて話し合ったこともある。

 ギルドの建物を出たあとは交易所に向かった。

 交易所店主のNPCおやじに話しかけて、現在の取引相場を調べてみた。

( 相場はかなり安定してるな…… )

 今さらこんな事を調べても無意味だったが、俺にとって交易所店主のおやじは最も身近なNPCキャラだった。やはり交易所のおやじには別れの挨拶が必要だと思った。

 最後に向かったのは街のはずれにある航海者養成学校だった。

( この場所ですべてが始まったんだよな…… )

 まず入り口から校舎に入って、受付係の綺麗なお姉さんに話しかけてみた。そのあとは、むっちり体型の商業教官のところまで歩いて行った。

 教官にも最後の挨拶をしようと思って話しかけてみた。しかし『君はもう商業課程を卒業しているぞ。悪いが受けられる授業はもう無いんだ。すまないな』と言い返されるだけだった。

 スマホの時計に目を向けてみたら、いつの間にか午後7時55分になっている。

( 残り時間は5分か )

 俺は今までの旅をこの始まりの場所で終えることにした。教室の椅子に腰を下ろして黒板の方に視線を向けた。

 そして自分のキャラクター名を見つめた。

( ありがとう海野八郎。さようなら海野八郎…… )

 午後7時55分過ぎ、俺はゲームからログアウトした。



【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身 

Aの1

Aの1

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted