星が降る夜
三角関係に巻き込まれてませんか?
路地裏に入り込み声を押し殺しながら寄り掛かるようにして壁を殴りつける。
「ちくしょう」
すでに日は変わろうとしていて居酒屋がキャンペーンで使っていたのか、沢山の願い事が書かれた紙がゴミ袋の中に笹と一緒に詰められている。
この瞬間までどこにもぶつけなかった衝動の限界が来ていたようで、その願い事が入ったゴミ袋を思いっきり蹴り飛ばしてしまう。締め口が緩んでいたのか、中の短冊は紙吹雪のようになって路地裏に降り注ぎ狭い通路は一面誰かの願い事で埋まった。
空を見上げると建物と建物の隙間から夜空が見える。今日は滅多にない星が降る夜。
一年に一度のイベントに、誰かを祝福するかのように何度も星が降る。一つの流れ星に対して願い事を三回言うなんてほぼ不可能だ。しかし何千何万もの流れる星に対して、願い事を言いそびれることなんてないだろう。
今回の流星群は一体いくつもの願いを叶えていくのだろうか。
今夜これから俺のよく知る二人が幸せになる。
思わず顔を顰めてしまう。すぐに顔色を戻してみんなの元へ戻らないと行けないのに。鼻の奥がツンと痛み目頭の奥が熱くなっていく。
かけがえのない悪友と、慕情を寄せた友人。あの二人がたまらなく好きだ。
この夜空の下で失敗することなどあり得ないだろう。星が降る夜はあくまでも引き金だ。きっかけにすぎない。言葉にしなかっただけで思いは通じ合っていた。
「うぅ、っゔぁ」
飲んだ酒のせいで胃の中から、色々なものが出そうになる。
後一分。
察しのいい二人は時間をかけすぎると気付いて後を追って来てしまうだろう。だからこうやって愚図るのも後一分だけだ。三角形は崩れ二本の直線へと成った。その関係は至って単純で入り込む余地などない。均衡など元から無かった。
色づいた直線を想い俺はおそらく自ら辺を切り離すのだろう。羨ましくてたまらなくなってしまうから逃げるのだ。
「ぐっ、ふぅ」
勢いよく歯を食いしばり緊張させた後に、全身を弛緩させて落ち着こうとする。
数多の星屑は必要としている人間の願いを叶えるのに忙しそうだ。俺の願い事が拾われることはないだろう。
ハンカチを取り出して顔を満遍なく拭き取りリセットを行う。若干赤らんでしまっているだろうが、吐きかけてしまったと言えば信じてくれるだろう。
ふと肩に先程蹴り飛ばしたゴミの短冊が乗っていることに気がついた。衝動的に散らかしてしまったが、今更ながらに罪悪感が込み上げてくる。
肩の短冊を取り何気なしに書かれた願い事を読んでみる。
【幸せでありますように】
ありきたりで書く事に困った時に出る願い事がそこにはあった。誰が見ても笑って大丈夫だよと言ってくれるような願い事。
ゴミであるからゴミ袋へ戻すのだが、俺にはこの短冊が手放せなくなっていた。
今の俺がこれを願うことは烏滸がましいのかもしれない。でも願わずにはいられない。
誰よりも自己中心的な願い事をポケットの中にねじ込む。路地裏から見える狭い夜空にもわかるくらい、流星群は今やってきている。
いつか叶うかもしれない。
そんな夢を抱きながら、二人が待つ明るくて眩しい表通りへと向かった。
星が降る夜