配信する人

お化けは怖いです

時刻は午後八時。ここは日本の廃村近くにあるトンネルの入り口。鬱蒼とした木や草の様子に近寄る人はいない。
電気なんてものは通っておらず雲に隠れて本来よりもずっと弱い月の光で辺りがかすかに照らされている。
しかし今、トンネルの入り口は不自然に明るく辺り一面を照らしている。
「えーっと、カメラの輝度はこれくらいで予備の充電もある」
大きなバッテリーを積んだバイクの上でパソコンを操作しながら準備をしている男がいた。
「ねえ本当にやるの?やめようよ」
「よし、それじゃあ配信するか。準備はいいか?」
男はカメラから目線を逸らさずに鋭い声で問いかける。
「う、うん。まーくんがやるなら」
「そっか。それじゃあ配信スタート!」
パソコンの画面を消して、スマートフォンの操作に切り替えストリーミング配信開始のボタンを押すと、数秒のラグの後に配信がいよいよ始まった。
「こんばんは!ようこそ、心霊探査団チャンネルへ」
「こんばんはぁ」
「ここは週末深夜に皆様と心霊スポットを巡っちゃおうってチャンネルです!」
周りの陰鬱とした空気を壊すように、大きな声で明るくカメラの向こう側に話しかけている。
「俺はまーくんこと杉浦誠。今日も皆さんにゾクっとするような体験させていくから」
「私は、美咲です」
カメラに向かって暫く手を振ると早速、視聴者からのコメントが寄せられていた。
『不謹慎だ』『待っていました』『マジでやめとけ』『週末の唯一の楽しみ』
それらをスマホの画面で確認しながら誠は返事をしていく。
「いやお待たせしました。早速心霊スポットに向かうんだけど、今日は静岡の心霊スポットツアーにしようと思ってて」
誠が今日の企画を説明していくとコメントも合わせてスクロールして流れていく。
「今日も、たくさんの人が見てるね」
『ひゃー』『静岡か、死んだな』『霧とか出てない?』
「そんでなんと今は、旧Aトンネルの前にいます!ここはかなり雰囲気強めの心霊スポットで、でも調べてみてもそんなに怖そうなエピソードは無かったかな」
「そんな、夜中に来たらちゃんと怖いって」
「まあパワースポットみたいなものなのかも。さっそくだけど行こうか」
バイクにスマホをセットして撮影を続行しながら、バイクを押してトンネルの中へと歩き出す。
「いや、やっぱり雰囲気あるけどそんなに悪い気はしないかな。昼にくれば普通に綺麗そうだし」
『Aトンネルは観光地の一つだしな』
「やっぱりそうなのか。まあジトっとしたところが大好きな幽霊はやっぱり群がってるんじゃない?」
少し大きめの声でパフォーマンスをする様にトンネルにその声をこだまさせていく。
「や、やめようよ」
変わらずに大声で誰かを煽るようにしながら、十分ほど歩くとようやくトンネルを抜けた。
「はぁ、怖かったぁ」
「ん?どうみんな。幽霊とか映ってそう?」
『いやぁ、どうだろう』『怖くて画面見てなかった』『オーブっぽいのは映ってたかも』
「マジか、後で確認してみよう。みんなもアーカイブ残すから是非見返して見てな」
一旦セリフで区切りを作ると、配信はそのままにバイクに乗りそのトンネルを後にする。
「次はI隔離病棟に行ってみよう!」
『マジ?病院?』『こいつ死んだわ』『中入れるの?』
「ここは当時不治の病だって言われてる感染症の患者を隔離していた場所らしいから、凄い怨念とかありそうじゃない?」
「そんなところに行って本当に大丈夫なの?」
「絶対そこならやべえやついるって」
バイクのギアをさらに上げてスピードを上げる。一時間もせずに先程のトンネルとは違った陰鬱さが漂う場所へと到着した。
木造を基調としていたであろう建物は、かなり酷く朽ちていて形を残している部分が辛うじてある廃墟になっていた。
「おー、みんなこれ見てよ。竹林と建物が同化しちゃってる」
「そんな、急いて進まないで。危ないよ」
誠はカメラで廃病院の隅々まで映るように、手を大きく動かし引きで撮ったりあるいはわざとベッドの隙間を写してみたりした。
『ぎゃー!』『こわいこわい』『命知らずすぎる』
コメントもそんなカメラワークに大きく盛り上がり、誠の正気を疑う声やさらに過激な配信をしてみろといった煽るコメントも増えてきた。
ここでも誠は何かに対して煽るように、大声で喋り瓦礫を強く踏み締めて歩いていく。
「ここではどんな死に方をした人がいたのかな。隔離病棟だからそれはもう色んな思いがあっただろうね」
偲ぶわけでもないその声色は聞くものによっては苛立ちを感じるものもいるだろう。事実、コメントにはたまに『不謹慎すぎる』と嫌悪感を出しているものもある。
しかし何が出てくるわけでもなく、廃病院をあっという間に一周した誠はそそくさと移動する準備に取り掛かった。
「どうだった?何か映ってたかな?」
「結構みんな、怖がっていたよ」
コメント欄を見てみると『怖くて画面が見れん』『オーブなのか土埃なのか』『女の声っぽいの聞こえた?』などとあり、気になるコメントを見つけては反応をしていく。
「確かにオーブか埃かって難しいよな。女の声は気づかんかった、後で見返そう」
バイクを止めていた廃墟の入り口まで戻ると
すぐに次の目的地へと向かう。
「さあ、サクサク行こうか。次はI崎森林公園に向かってみよう。ついでに旧H坂トンネルも軽く通ってみようと思います」
『ついでで行く場所じゃないだろ』
「そんなに、いろんな場所に行っても何もないって」
「大丈夫だって。数打てばたくさん映ると思うからみんなもお楽しみに」
誠はそう言うと配信はそのままにバイクへと乗り込み、次の目的地へと向かう。夜も深くなり時刻は丑三つ時に入ろうとしていた。
街を照らすものは、街灯と点々と置かれている自動販売機。誠のバイクは行く先を心許なく照らしている。
曲がりくねった原生林を超えていくとようやく、旧H坂トンネルへと辿り着いた。最初に訪れた旧Aトンネルと比べると、入り口は生い茂る緑に覆われて通り抜ける道ではなく、別の世界への穴のように見える。トンネル内部の壁面のレンガは朽ちて剥がれかけ、舗装されている部分は落書きで埋め尽くされている。
「まあ雰囲気は一番あるけど目的地じゃないからね。さっさと抜けちゃうか」
エンジンを蒸して全長二百メートルもないトンネルをあっさりと抜ける。
『怖いはずなのに、あっさりしすぎて追いつかない』
「ほらまーくん、言われちゃってるよ」
「もしみんな、何か写ってたらコメントよろしくね」
誠はそう言いながらバイクの速度を落とさずに森林道を進んでいくといつの間にか、進行方向先には海岸が顔をのぞかせている。
まだ丑三つ時を半刻過ぎた時間帯なので海はどす黒く、空の青黒い色よりも飲み込む黒色をしている。いよいよこの配信も大詰めなのかもしれない。
ふと誠はバイクの速度を落として、緩やかにカーブを描き元来た道へと戻っていく。
「え、まーくんどうしたの」
『え、なになに』『そっち全然道違くない?』『一番怖い』
誠はその間も無言でバイクを走らせているので、見ている人も気が気ではない。とうとう憑かれてしまったのでは、とコメントも盛り上がりを見せている。
しばらくしてバイクを止めた誠は、ようやくカメラに向き合い言葉を発した。
「いやー、ごめんごめん。I崎森林公園に向かおうって思ったんだけど、さっきいい感じの廃墟見つけちゃって。時間もまだあるし追加調査しようかなって」
そう言うと誠は、自分に向けていたカメラを廃墟へと向けた。かつて宿舎だったのだろうか。海風を受けて壁は朽ち外から部屋の中が見えている。建物を支えている鉄骨もまた、ひどく錆びて赤黒く変色している。廃墟へと続く道はずいぶん前から整備されておらず、誠の身長を越す高さの雑草が埋め尽くしている。
「ひゃー、予定にないから行くの大変。簡易ナイフくらい準備しておけばよかった」
ちょっとした小言を言いながらも誠は廃墟へと歩を進めていき、おそらく玄関であろう場所までたどり着いた。
正直、足を踏み入れるのを躊躇う程には建物が脆くなっておりコメントからも入るのをやめろと言ったコメントが多数占めている。
そんなコメントに煽りを入れながら「お邪魔します」と中へと入っていく。歩くたびにパキパキと床が鳴り、天井からは土埃がなぜか落ちてくる。
「もしかすると地元のヤンチャな人たちがいるかもね」
よく当たりを見てみると、廃墟の所々にまだ捨てられてから時間が経っていなさそうな缶ビール、吸い殻、ゴム。どこか人間味を感じるものが落ちているので見ている側も若干余裕を取り戻してきた。
『ていうか、そんな突然行って心霊とか起きるんか』
「まあ幽霊だってもしかしたら人気のないところに行きたいじゃない?まあ今まで行ってる場所も十分人気ないんだけどね」
一階を一通り見終えた誠は、二階へと続く階段を見つけたので慎重に崩れる部分がないのか確認しながら進んでいく。先ほど外から見た際には、二階部分の壁はほとんど朽ちていたので風通しが良いのか湿った空気が誠の髪を撫でる。
二階へと登るとちょうど雲に隠れていた月が顔を出して廃墟内を弱く照らしていた。先ほどよりもゴミは落ちておらず宿泊所だった名残なのか布団と思わしき布や、傷んだ畳などが置かれている。ざっと辺りを見渡すと壁がまだ朽ちておらず、個室のようになっている場所があった。広さ的には六畳すらないかもしれない。
「んー突発的にきた割には雰囲気あったけど、別にいわくつきってわけでもなさそうなのでこの部屋見たらI崎森林公園に向かうね」
『いい廃墟を見れた』『不法侵入だからな』『通報した』
誠はコメントを確認しながら最後の部屋へと向かう。
「ねえまーくん、そこはやめようよ」
カメラと一緒に覗き込むよにして誠は部屋の中を見る。
「まーくん!」
「っちょ!みんなごめん!」
誠は急いで向けたカメラを伏せ、配信終了ボタンを押す。その部屋から一旦出てその場にしゃがみ込む。誠は深く静かに息を吸い込み、わざと音を出すようにして口から息を吐く。
改めて誠は立ち上げると、その部屋の中へと入った。
その部屋はおそらく和室だったのだろう。斜めに差し込む月明かりが傷んだ畳を照らしている。その畳の傷みとは別に中心から濡れて汚れている。幸いだったのは排泄物の匂いしか感じなかったことだろう。梁に括られた紐は重みを感じさせるようにピンと張っている。その下へ目線を走らせるとぐったりと首を垂れた男が床から数十センチ浮いてそこにいた。青白い月明かりのせいか、どこかその空間だけ今までにはない心霊を感じさせる。
「う、っく」
「まーくん、大丈夫?」
誠は目の前の死体と汚物の匂いに当てられて嘔吐感が強く込み上げてきたが、なんとか飲み込みすぐにスマホを取り出した。通話アプリを開き警察番号を呼び出して、ゆっくりと目の前の状況を説明する。一通り説明したら待っているように言われ、通話を終えた。すぐにここを去らなければ警察がすぐにここへ来るだろう。
亡骸を見て誠は静かに目をつぶる。手を合わせることはしない。しかしその亡骸の先に違う何かを見て深く慈しむ。
「どうして死んだんだ」
誠の声に配信中の明るさはない。虚な目が誠を見据える。誠は手を強く握り締めその部屋を後にする。
階段を降りてすぐに廃墟を後にして、バイクの元へと戻り切り替えるようにして息を整えた後に、スマホを起動して配信ボタンを押す。
「みんなお待たせ!」
『お、きた!』『なんかやばいの写ってなかった?』『何があった!?』
「いや情けない話。お巡りさんにお世話になっちゃってね。すっごい怒られちゃった」
先程の光景を視聴者に悟られないように、誠は明るくいつもの配信者の顔になる。
『ほら、懲りろよな』
「心配させてごめんね。そしたら時間もないから最後のスポットに向かって終わろうと思うよ。最後はC海岸。さあ向かっていこう」
そう言うとバイクに乗り込みエンジンをかけて廃墟を後に走り出す。時刻は丑三つ時を過ぎており、空には青みが増してきている。
目的の海岸に着く頃には、空と水平線がオレンジ色に染まり始めていた。
「到着。ここは海難事故で溺死する人が絶えないって話だけど」
カメラを海へと向ける。心霊スポットのはずなのだが、何も遮るものがない海の夜明けは誰が見ても文句なしの絶景だった。
「んー、怖い配信とかじゃなくなっちゃったね。でもエンディングとしてはいいのかな」
『謎に感動してしまった』『長かったね』
視聴者も最初に比べたら減ってはいるがコメントは未だポツポツと流れている。カメラを自分に向けて締めに入る。
「よし。ここまで見てくれてありがとう!途中ハプニングとかもあったけど、楽しんでもらえたらチャンネル登録とかもしてみてね。それじゃあまた来週」
笑顔で手を振り、配信終了ボタンを押す。
日差しが水平線から差し込み誠の顔を照らし始める。
誠はバイクに乗せているパソコン取り出すとすぐに起動して、今まで配信していた動画のデータを確認し始める。
配信中の流れていたコメントから心霊現象が発生しているのではないかという部分を何度も繰り返し再生する。そして調べた心霊現象に間違えられがちな現象と照らし合わせてその真偽を図る。
何度も何度も繰り返す。そうして幽霊がいるのか調べる。
いなければきっと誠は、安心するだろうが失望するだろう。
いれば誠は、怖がるだろうが希望を持つだろう。
いないものを存在すると証明するための配信は、永遠に終わらない。

配信する人

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不謹慎な配信を続ける男と一緒にいる女の話

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • サスペンス
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-13

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著作権法内での利用のみを許可します。

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