石狩俊子の生活と意見

バニラダヌキ

     1

 人気エッセイストの石狩俊子はエゾヒグマである。
 いやいやそんなはずはないだろう、とおっしゃる方もあろうが、現にエゾヒグマなのだからしかたがない。
 無論、生まれたときから姓名のあるエゾヒグマはいない。
 大雪山系石狩岳の中腹で生まれ、まだ幼熊の頃に母熊とはぐれてしまい、衰弱して啼いていたところを森林官に保護されたときも、まだ名前はなかった。トシコと名付けたのは地元の観光課職員である。彼の幼い息子の名前が俊男で、女の子だったら俊子にしようと思っていた、そんな、単純ながらも情のある命名であった。ただしその時点でも、まだ俊子に姓はない。観光課の職員も石狩さんではなかった。
 人なつこいトシコは、観光用の熊祭りで何年か重宝されたのち、適齢期の雌熊を探していた多摩動物園に引き取られた。そこで出会った雄熊ワーブとの間に一男二女をもうけ、長男のジャッキーはすでに独り立ちしてアメリカに旅立ってしまったが、まだ親離れしていない双子のハナコとヒメコ、そして夫のワーブは、今も同じ部屋と人工の岩場で暮らしている。ちなみに、同じエゾヒグマである夫と息子の名前だけが横文字っぽいのは、不朽の名作『シートン動物記』に動物園があやかったからである。ただしジャッキーが渡米した時点でも、まだ一家に姓はなかった。
 つまるところ、石狩俊子というフルネームは、子育てに一応の区切りがついて自分の時間を持てるようになったトシコが、趣味の文筆活動を始めるにあたり、出生地をもとに名乗ったペンネームなのである。

          ◎

 ある初夏の祝日、園内は満場の賑わいだった。
 夫や娘たちと共に、外の岩場で昼の給餌ショーをこなした後、俊子だけは背後の居住スペースに戻った。朝売新聞の日曜版に連載している子育てエッセイの締め切りが、明日に迫っている。俊子はさっそく仕事用のデスクに座り、ノートパソコンのキーを叩き始めた。
「たいへんね、トシコさん」
 女性飼育員の田島嬢が、食後のコーヒーを運んできた。
「一日くらい休んでもよかったのに」
「日曜や祝日のショーは大事よ。私の本業ですもの」
 俊子はエディターの画面に顔を向けたまま答えた。
「それに家庭そろってお食事できるんだし」
「でもさ、いかにも餌が欲しそうに両手を振ったり、しゃがみこんで両足の裏を見せたり、ときどき馬鹿らしくなったりしない?」
 俊子はキーを打つ指を止め、コーヒーカップを両手で抱え、
「ふう、おいしいわ。いつもありがとう」
「どういたしまして」
 田島嬢は微笑みながら、俊子の後頭部の黒毛を撫でている。
 俊子も微笑んで、先ほどの田島嬢の問いに答えた。
「生きることの中に、馬鹿らしいことなんてあるかしら。食べられる草も木の実も見当たらない森の中で、狩りを教わる前に親とはぐれちゃったら、誰かにドングリやシャケをもらうためには、かわいらしく啼いてみせるしかないじゃない。愛嬌も妥協も生きるための方便よ。あらかじめ羽根をむしって首をもいだニワトリがもらえるなら、両脚を上げて足の裏を見せるくらい、なんでもないわ」
 飼育員相手にしては露悪的な物言いだと俊子自身気づいているが、田島嬢もそこいらは心得ており、くすくす笑ってうなずいた。俊子がこの動物園に移って以来の、気心の知れた仲である。俊子がエッセイを書き始めたとき、地元のタウン誌に紹介してくれたのも田島嬢だし、今では文筆活動を続ける上での、秘書のような仕事も引き受けている。
「それにね」
 コーヒーを味わいながら、俊子は続けて言った。
「さっきのお客さんの中に、小さな女の子がいたでしょう?」
「うん。幼稚園くらいかな。お母さんと二人で来てたよね」
「祝日なのに、父親はいっしょに来られない――仕事で忙しいのか、それとも、もういないのか――どっちにしろ、あの子には思いきり笑ってほしかったの。足の裏で駄目なら、フラダンスだって踊ってあげたわ」
 田島嬢は、さらに優しく俊子の頭を撫でた。
 ここに来る前の俊子の境遇を知っているから、だけではない。そもそも野生のエゾヒグマの父親は、まったく妻子を顧みない。俊子一家が仲むつまじいのは、夫のワーブが、生まれも育ちも動物園だからなのである。
「あーあ、あたしもいい旦那見つけて、子育てしたいなあ」
 そろそろ三十路の田島嬢は、冗談半分にぼやいた。
 俊子は素っ気なく返した。
「だったら熊や虎ばかり世話してないで、人間の男をたぶらかさなきゃ」
「でも人間の男って、頼りないからなあ。結婚するなら、ワーブみたいに立派な熊がいい」
「……だったら、あたしを故郷(くに)から呼ばなきゃよかったのに」
 本当に遠慮のいらない仲なのである。

     2

 翌日の午前中、俊子は田島嬢の運転する車で、中央自動車道を都心に向かった。
 午後から東京駅八重洲口の大型書店で講演会がある。
 一昨年、俊子の初のエッセイ集【熊として女として】が、朝売新聞出版部から上梓された。それが望外の好評を得て、昨年の末には続編の【妻として(ひぐま)として】が出版され、連載している新聞本誌の部数増に貢献するほどヒットした。その記念講演会だから、あちらの編集者も合流する。次回分の連載原稿は、昨夜すでにメールに添付して送ったが、直しの要望でもあれば、そこで聞こうと思っていた。
「ごめんね、田島さん。せっかくの休園日に」
「なんのなんの、あたしは明日も代休だし、なんなら夜遊びだって大歓迎」
 休日だと確実に渋滞する中央道の都心部も、平日は意外なほど空いていた。
 スムーズに首都高に乗って、昼前には八重洲に着く。
 編集者の牧村女史も、すでに書店の控え室で待っていた。
「いえいえ、直しなんて」
 昨年から俊子の担当になった牧村女史は、上機嫌で言った。
「石狩先生の見識は本当に大人ですもの。動物的で過激な人間批評を、ちゃんとユーモアに落としこんでくださいますし」
「前の担当さんには、ずいぶんダメ出しされたんですけどね」
「彼の感性は昭和の遺物ですから。その証拠に、私が編集した【妻として(ひぐま)として】は、前巻の倍のペースで売れてます。二万部の増刷も決まりました。私は四万で押したんですが、上の連中が小心者ばかりなので」
 俊子はその数字にピンとこなかったが、田島嬢は顔を輝かせた。
「そろそろベストセラーの仲間入りですよね」
「エッセイ集としては、とっくにベストセラーよ。第三弾は十万部を狙いましょ」
 数歳年下の田島嬢に、牧村女史は、ほとんど仲間内の口調で言う。
 俊子に対しては、むしろ畏敬の面持ちで、
「ですから今後の連載も、石狩先生の持ち味である野性的なフェミニズムを、もっと前面に押し出す方向でお願いします」
 俊子と田島嬢は、異議なし、とうなずいた。
 前の男性編集者がクレームや炎上を恐れてセーブしていた部分だが、人間が書けば度を過ごした話も、エゾヒグマが書けばユーモアになる。そこを解ってくれる女性編集者は、確かに前任者より適役だった。
「それから石狩先生、次はサイン会もお願いできませんか。できれば梅雨明けあたりに、全国の主要都市で開催したいんですが」
 今度は俊子も田島嬢も首をかしげた。
 熊の指でもパソコンのキーボードは打てる。スマホも爪でなんとかいじれる。しかしサインペンを操るのは、残念ながら困難だ。
 俊子は自分の(てのひら)を上げて見せ、
「講演会だけならと、前の担当さんにも……」
 牧村女史は意味深な笑顔で、
「ちょっと、こちらへ」
 控え室を出て、俊子たちを売り場に案内する。
 俊子の著書も平積みになっているコーナーの一角で、誰かのサイン会が行われていた。
 お客の列には少女や若い女性が多いが、全体的には老若男女を問わない読者層らしい。お客たちが手にしている本も、俊子のエッセイ集とは対照的に、ポップでカラフルな装丁だ。
 牧村女史が、列の先の机を示し、
「ミケタマ・チャンネルで有名な、人気ユーチューバーのタマちゃんです。ブログも大人気で、今度バラエティーブックを出版したんですが、これまた大人気なんですよ」
「なあるほど……」
 田島嬢がつぶやいた。
 俊子も、この手があったか、と感心していた。
 机の上では一匹の若い三毛猫が、ちょこんとエジプト座りしている。
 前足の横には、なにやら朱肉のような、ピンク色の小皿が置いてある。
「タマちゃん先生、お願いしますぅ!」
 お客の少女が机上に本を差し出すと、三毛猫は前足の先を、ぺし、と朱肉に押しつけ、
「らじゃー! ミケタマ猫パンチ、にゃんっ!」
 本の見返しに、肉球マーク、ぽん。
「ありがとうございますぅ!」
「ミケタマ・グッズも、よろしくにゃん!」

          ◎

 講演会は専用のイベント・ルームで行われた。
 聴衆は専業主婦が大半で、さっきのサイン会とは違い、むしろ新聞社主催の教養講座、そんな雰囲気である。
「――ですから先頃の連載で、あえて私が金子みすず先生の『わたしと小鳥とすずと』で(うた)われている有名なフレーズ、あの『みんなちがって、みんないい』が好きではない、むしろ『みんなおなじで、みんなふつう』なのではないかと書いたのは、その後に殺到した苦情の投書やネットの炎上で騒がれたような全体主義、没個性的な意味ではけしてないのです。
 私のつたない随筆を愛読してくださる皆様なら、きっとご理解いただけていると思いますが、それぞれちがっているものを『みんないい』と言い切る感覚は、かえって調和を重んじる日本人になじまない、あまりにも西欧的な画一的個人主義に思われるのですね。
 この世界には、確かに金子みすず先生がいて、小鳥がいて、鈴があります。しかし必ずしも金子先生の感性を鵜呑みにできない私というヒグマがおり、空を飛び回る小鳥に恐れおののく虫がおり、鈴の音を陰鬱と感じて嫌う人もいる。
『みんないい』ではないのです。
 たとえば、近頃なにかと話題にあがるLGBTQ、あるいは世界各地で根深い紛争の元になっている宗教的原理主義――。
 感覚的にゲイを嫌う殿方が、世間体を気にして「ゲイはいい」と公言するのは、むしろ欺瞞にすぎません。アラーが世界の創造主であると信じる方々に、お釈迦様の教えを説いても無駄ですわね。場合によっては、違った「いい」と違った「いい」の間で、喧嘩になってしまいます。
 ですから私、こう考えているのです。そもそも『みんなちがって』はいない。『みんなおなじ』なのです。そして『みんないい』は、むしろ西欧的個人主義に偏った欺瞞であり、ほんとうは『みんなふつう』なのだ、そう思っております。
 Lの方もGの方もBの方もTの方もQの方も、みんな同じふつうの人間なのです。キリストを信じようとアラーを信じようと仏陀を信じようと、みんな同じふつうの人間なのです。
 女も男も妻も夫も同じふつうの人間、そして人間もヒグマも、小鳥も犬も猫も狐も狸も、この地球に生きとし生ける者すべて――のみならず、かわいらしい鈴やきらきらのビー玉、お月様や太陽のような宇宙の星々、つまり自身の心をもたないこの宇宙の森羅万象――それらのすべてが『みんなおなじで、みんなふつう』なのだ――そうとらえることが、『みんなちがって、みんないい』よりも遙かにおおらかな、なんと申しましょうか、近頃の社会に不足しがちな穏やかで健やかな感性――日本語で言うところの『(なご)み』、あるいは『(ゆる)み』――そんな平和的な感性に通じる道なのではないかと、私には思えてなりません」
 そんな結びで一時間あまりの講演を終えると、もともと俊子の愛読者である聴衆からは、盛大な、しかしけして野放図ではない拍手が起こった。
 その後三十分ほど、質疑応答形式での懇談が行われる。
 和やかな懇談のなかば、他の客よりもやや若い女性が、俊子に訊ねた。
「私も、世の中が『みんなおなじで、みんなふつう』なら、どんなにいいかと思うんですけど……でも、やっぱり『ちがいすぎて悪い』方々も、現実の社会には時々いますよね。石狩先生の周りにも、きっといると思うんです。先生はそうした方々に、どう接していらっしゃるんですか」
 俊子は率直に答えた。
「あなたの参考になるかどうかは微妙ですが、私なら吼えます」
「……ほえる?」
「はい。吼えます。――つい先日、私どもの一家が動物園で本業にいそしんでいたとき、私の娘たちに、いきなり石を投げつけた酔っぱらいがおりました。私、岩場の壁を力いっぱい駆け上がり、酔っぱらいの目の前で、このように吼えました」
 ぐおおおおおおお――。
 大型の野獣の咆吼が、講演会場の隅々まで、低周波のように空気を震わせる。
 気圧されて沈黙する聴衆に、
「――まあ、これくらい吼えておけば、あの酔漢も二度とヒグマに石を投げようなどとは考えないでしょう。動物園なら吼えられるだけですが、森の中では生きて帰れませんものね」
 もともと俊子の愛読者である客たちは、一転、どっと笑った。
 そうそう、こーゆー芸風が石狩先生の真骨頂なのよ――そんなノリである。
 しかし、先ほど質問してきた女性は、あまり浮かない様子で言った。
「……人間の主婦も、先生ほど声が通ればいいんですが」
 その切実な表情に、俊子は好奇心以上の不安を覚え、
「よろしかったら、詳しい話を聞かせていただけます?」
「いえ、あの……私ではなくて私の友人、いわゆるママ友の方の話なんですが……その、夫のDVで悩んでいるみたいで」
 実は当人の話だな、と俊子は察した。他人の旦那なら、夫とは表現しないはずだ。
「あらまあ、それは大変ですわねえ。あなたのお友達の旦那さんなら、そうそう非常識な方とも思えませんが、いわゆる言葉の暴力なのかしら」
「いえ……」
「つまり、殴る蹴るの暴力ですか?」
「……はい」
 女性は思いきったように、
「自分だけならがまんできる……そう友人は言うんですが、まだ小学生の子供たちにも、ときどき、ひどくつらく当たると……」
「それなら迷うことはありません。警察の生活安全課、それとも配偶者暴力支援センターとか、近頃は親身に相談にのってくださいますよ。自分で吼えられなかったら、他の方に吼えていただけばよろしいわ」
「でも……その友人にも、色々事情があるみたいで……」
 女性の煮え切らない様子が、俊子には歯がゆかった。女性の身なりや化粧が上品に整いすぎているのも、かえって気になった。いわゆるヤンキー上がりの若いDQN夫婦、そんな単純な話ではない。
 男尊女卑の国で専業主婦の道を選んだ若い女性、しかも夫の稼ぎで子供を育てねばならない女性は、いまだに忍従という概念に縛られがちである。そして、妻子を一手に養うだけの甲斐性がある夫の中には、世間体だけは巧みにつくろえる男が少なくない。そう、家の外では立派な社会人を演じ、妻子にも自分の専有物として恥ずかしくない立派な装いを与え、しかしその衣装で隠せる部分には痛々しい内出血の痣を残せる、そんな男だ。無論、それは数多の夫婦関係の中の、ほんの一部にすぎないだろう。しかし一部には確実に存在するのである。
 俊子は、ステージの袖で控えている牧村女史と田島嬢に目配せした。
 演壇の陰に片手を下ろし、その手先と目線の動きで、二人に訴える。
〈この女性を、このままひとりで帰さないで〉
 牧村女史は、大手新聞社の文化部で活躍する女傑だから、その方面の出来事にも詳しい。田島嬢は専門外だが、現場系職業人として世間知を積んでいる。
 俊子の指示を敏感に受け止めた二人は、こそこそ相談したのち、こんな目顔と手振りを返してよこした。
〈了解しました。先生は適当に講演を締めてください〉
 俊子も手振りで、了解、と返し、
「――まあ、ここからの話も、人間の皆さんのご参考になるかどうか怪しいのですが、ここはあくまで、ヒグマの女としてお話ししましょう」
 先ほどの女性だけでなく、その場の聴衆全員に話題の対象を広げ、
「生きとし生ける者のどこからどこまでが『みんなおなじで、みんなふつう』なのか、場合によっては確かに難しい問題です。
 たとえば学校あるいは様々な生活集団の中で近年大きな問題になっている、いじめ行為。でも、そのどこまでがギリギリの遊びで、どこからが陰湿な加害行為か、それは本当に仕分けが難しいことですわね。
 一例をあげれば、そう、イルカさんたち――とても賢くて、人間にも友好的で、自然保護団体の方にも特に大事にされている、あの愛らしいイルカさんたちも、大自然の中では、元気な数頭が徒党を組んで一頭の弱いイルカを遊び半分にいじめている――そうとしか思えない姿が、明らかに観察されております。その状態を、他のイルカたちは咎めたりしません。つまりイルカの社会では、ただの遊びなのでしょうね。でも、船と並んで楽しく泳いでいるうちに、周りを数頭の強いイルカに囲まれて幅寄せを強要され、しかたなく硬い鉄の船腹をこすりながら泳がされる弱いイルカにとって、それは遊びでは済まない気もいたします。
 また、人間社会でときどき世間を騒がせる、子供を狙った通り魔事件。
 しかし大自然の中で生きる猿の群れの中でも、大人の猿がなんの落ち度もない幼い猿を突然地面に叩きつける、そんな出来事が何度か確認されております。どうやら動物というものは、知恵がつけばつくほど、自我の優位性にことさら執着する傾向があるらしいのですね。
 ですから私も正直、生きとし生ける者のどこからどこまでが『みんなおなじで、みんなふつう』なのかを、明確に規定する自信はありません。なにしろヒグマは、人間の皆さんやイルカさんやお猿さんほど、脳味噌が大きくないものですから」
 ここまで語ると、俊子ファンの聴衆も、さすがに真意がつかめずにとまどっている。
「ただ、知恵の足りないヒグマであればこそ、はっきりわかる仕分けがあります」
 俊子は背筋を正して言った。
「日曜の朝に、皆様に読んでいただきたいような話ではない――そんな理由で、今までエッセイに書いたことはなかったのですが――。
 私は幸いにして、動物園で優しい夫に出会い、いっしょに子供たちを育てる環境に恵まれました。でも、大自然の中で生まれ育った男のエゾヒグマは、人間社会にたとえれば、ほぼ全員がクズ男なのです。女と交わり自分の種をまいたら、すぐに姿を消してしまいます。出産も子育ても女に丸投げし、それまでの縄張りを捨てて、新しい女を探しに旅立ってしまうのですね。
 まあ、それだけならば他の野生動物にもありがちな話なのですが、ヒグマの男女関係には、もうひとつ厄介な問題があります。
 私どもヒグマの女は、一度出産したら、その子供たちを独り立ちさせるまで、まったく男との交わりを求めません。ところが男のヒグマは、のべつまくなし女に言い寄ってきます。もし近場に独身女性が見つからないときは、子育て中の女性にもしつこく言い寄ってきます。ところが先ほど申し上げたように、子育て中の母親は、ヒグマの本能として絶対に男を受け入れません。その結果、片思いの男がどんな忌まわしいストーカー行為に走るか――野生動物に詳しい方なら、ご存じかもしれませんね」
 聴衆の中には、続きを知っていて顔をしかめる者もいたが、ほとんどは興味津々の表情である。
「――そう、その母熊が育てている子熊を、ことごとく亡き者にしようとするのです。ときには食べてしまうこともあります。育てる子熊がいなくなれば、母熊もなしくずしに独身女性に戻りますからね。もちろん母熊は、懸命に子熊たちを守ろうとします。いかんせん男のヒグマは、女よりもはるかに大きくて屈強です。ですから多くの場合、母熊は子熊を失ってしまいます」
 知っていた少数派も、知らなかった多数派も、同じように眉をひそめている。
「そんな大自然の森の中、私が迷子の子熊として人に保護されてからの話は、すでにエッセイに書きましたから、皆さんもご存じかと思います。でも実は、あえてまだ一度も書いていない、その前の話がございます。それもまた日曜の朝に読んでいただくような話ではありませんし、これからも書く気はありません。でも、わざわざここまで足を運んでくださった皆様にだけは、あえて聞いていただきましょう」
 固唾を飲む聴衆に、俊子は、なるべく感情を抑えながら、
「――私が最後に記憶している母親の姿は、頭二つ分も大きな見知らぬ男に、血を流しながら立ち向かってゆく姿です。そのとき私はすでに男に殴り倒され、意識が朦朧としておりましたので、その後の母の運命も、いっしょにいたはずの弟がどこに行ってしまったのかも、残念ながら記憶に残っておりません」
 沈黙している聴衆に、俊子は毅然として言った。
「ですから――知恵の足りないヒグマの私が、どんな存在を『みんなおなじで、みんなふつう』の世界から『みんなと違って、明らかに悪い』と仕分けるか――それはただひとつ、『私の子供たちを一方的に傷つけようとするもの』、ただそれだけです。男も女も、生物も無機物も関係ございません。ただそれだけを、私はこの世界から断固として排除します」
 俊子は両の掌を、闘争モードで振り上げて見せた。
「弱い女でも、私にはヒグマならではの武器がありますからね」
 俊子の肉球は野生の熊のように荒れていないし、指の間の毛も汚れていない。しかし黒光りする爪だけは、戦闘モードでむき出せば、鈍器と鋭器が融合したような禍々しい巨獣の爪に他ならない。
 会場全体に向かって語りかけながら、俊子は、あの若い女性を見つめていた。
 まだ具体的行動を起こす覚悟には至っていないようだが、先ほどよりは目に光がある。
 あとは講演が終わってから――そう思った俊子に、前列寄りの中年女性が手を上げた。
「でも、石狩先生」
 前にも世間話のような質問をしてきた、おしゃべり好きのふくよかな婦人である。
「やっぱり人間の私たちには、先生のように立派な熊の手がありませんもの。実はうちの旦那もしょっちゅう浮気するんですけど、か弱い女の私としては、せいぜい旦那のほっぺたを引っ掻いてやるくらいしか」
 剽軽な話しぶりに、会場の重い雰囲気が、すっと軽くなる。
 時間もちょうど終了予定の頃合いである。
 俊子は、ありがたくそのボケ寄りのツッコミを受け、駄目押しのオチを繰り出した。
「でしたら、これから大丸の東急ハンズに寄って、買って帰ればよろしいわ」
 いかにもお上品なすまし顔で、
「熊手――庭仕事や潮干狩りに使う、あの小さい熊手がございますでしょう? あれで御主人の鼻の横あたりを、力いっぱい横殴りにすればよろしいわ。私の熊手と違って、顔面半分ザックリ(えぐ)りとるのは無理でしょうけれど、お鼻くらいは、たぶん跡形もなく」
 それから、冗談ですよ冗談、と言うように、爪を隠した手を振って、
「お鼻のない旦那様に、もう浮気はできませんものね」
 会場が和やかな笑いに包まれた。
 そうそう、こーゆー芸風が石狩先生の真骨頂なのよ――。

     ◎

 講演を終え、イベント・ルームの出口で愛読者たちと握手しながら、あの女性を捜す。どこにも姿が見えないからには、二人がうまく連れ出してくれたのだろう。
 最後の客を見送った後、俊子は書店の講演担当者と共に、控え室に戻った。
 牧村女史と田島嬢、そして先ほどの女性が俊子を待っていた。
 書店の担当者には、控え室から下がってもらう。
 牧村女史が俊子に言った。
「こちらの方、お台場のマンションにお住まいだそうです」
 前々から身の上相談の記事なども手がけている牧村女史は、すでに女性から詳しい話を聞き出したらしい。
「湾岸警察署の生活安全課なら、私も何度か取材に行って、課長さんと面識があります。だから、私がご一緒しようと思って」
 その女性も、今後の覚悟ができたらしく、俊子に深々と頭を下げる。
「すみません先生……何から何まで」
「そんな、お気になさらないで。何事も人の縁、ヒグマと人も縁。私がこうして幸せに生きていられるのも、人との縁のおかげですから」
 お互い母親同士、気弱な後輩と頼りがいのある先輩、そんな視線を交わしていると、
「あと、トシコさん――石狩先生」
 田島嬢が、友達口調を途中から秘書口調に改め、
「私もこれから、こちらのお二人に同行してよろしいですか?」
「あらまあ」
 とまどう俊子に、牧村女史が説明した。
「この手の話は、初動が肝心なんです。つまり、お子さんたちを学校に迎えに行き、虐待の痕跡が薄れないうちに警察の方やお医者に見てもらったり、その後、本気で旦那さんの事情聴取や離婚の方向に動くなら、あちらが弁護士を立てる前に、お子さんたちをこの方のご実家に預けたり――私と奥さんだけでは手が足りません」
「なるほど、善は急げ。移動の脚だって必要ですものね」
 俊子は、あっさり納得した。
「じゃあ田島さん、車ごと、そちらに手を貸してさしあげて。私は電車で帰りますから」
「すみません先生、気をつけてくださいね」
 そう言いつつも、田島嬢の顔には、さほど心配の色がない。
 北海道の熊祭りで芸を見せていた娘時代、俊子はしばしば地下鉄で札幌の街を遊び回った。その頃の武勇伝を、田島嬢も聞いていたからである。

     3

 たび重なる震災、異常気象による災害、そして新型コロナ――。
 それらがようやく過去の悲劇、あるいは例年の辛苦になりつつあるこの国は、けして元気とは言えないまでも、無力感の底は抜けていた。無気力の底から浮上した、という意味ではない。社会認識の底が、文字どおり抜けてしまったのである。
 明日をも知れぬ世の中、どうせなるようにしかならないし、何があってもそれが世の中なのだ――そんな風潮が干支で一回りも続き、今では全国民が過去の社会常識を捨てている。
 であるから、東京駅の改札をヒグマが通ったくらいでは、もう誰も驚かない。そのヒグマは、ちゃんとスマホのSuicaアプリを使いこなして改札を抜けているし、スカーフはシャネルのシルクだし、トートバッグは皇室御用達の傳濱野である。首には大丸の紙袋まで提げている。ならば社会的にはなんの問題もない。
 現に近頃の国会中継を見れば、もはや正体を隠す必要のなくなった狡猾な老狐や厚顔無恥な老狸が堂々と政治家をやっているし、ときにはハイエナやイボイノシシさえ混じっている。それでも国政の運営に、なんら変化は生じていない。
 アフリカから出稼ぎに来た健脚のチーターがウーバーイーツ姿で市中を駆け回り、警察官の半数は警察学校を卒業した警察犬――それでなんの問題もなかった。

          ◎

 いけない、遅くなっちゃった――。
 俊子は中央線のホーム上がるエスカレーター向かって足を速めた。大丸のデパ地下で娘たちへのおみやげを選んでいるうち、つい時間を忘れてしまったのである。
 とはいえ、いつもより豪華なアップルパイを買えたし、勤め人たちの帰宅ラッシュはまだ始まっておらず、さほどの人混みではない。
 通路を行き交う人々の中には、そのヒグマが著名な石狩俊子であると気づき、肉球握手を求める者もいた。通行の邪魔にならない限り、俊子はなるべく握手に応じた。田舎の駅と違って、いきなり尻尾や耳を撫でてくる不作法な子供がいないぶん、やはり大都会の駅は洗練されている。
 ようやく中央線のホームに上がったとき、俊子は思いがけず懐かしい姿を見つけた。
 勤め人風の中折れ帽子をかぶり、大きな通勤鞄を手にした一頭のパンダが、電車を待っている。いかにも人間社会になじんだ直立姿勢は、去年まで同じ動物園にいた旧知に違いない。俊子も短時間なら直立できるし、前に演壇があれば立ったまま話せるが、ふだんは四つ足歩行である。
「あら、パパンダさん」
「おやおや、トシコさん」
 のんびりした声と鷹揚な笑顔も、去年のままだった。
 パパンダは帽子を取って、声相応にのんびりお辞儀してから、通勤鞄のファスナーを開き、その中に声をかけた。
「ほらほらパン、ヒグマのトシコおばさんだよ。ご挨拶しなさい」
 通勤鞄から子パンダのパンちゃんが顔を出し、くりくりした目で俊子を見上げた。
「こんにちはー」
「はい、こんにちは。パンちゃん、いい子にしてた?」
「うん。ぼく、いい子だよ」
 ちなみにこのパンダの親子は、一度、多摩動物園から脱走している。一昨年にママパンダが逝去して以来、子パンダのパンちゃんがママを恋しがって毎晩のようにむずかるのを俊子も見ていたから、たぶん、日本にも新しいママパンダ候補が棲息していると勘違いして、探しに出たのだろう。
 そうして親子で旅するうち、埼玉県の所沢を通りかかったとき、ある庭の竹藪が気に入って無断宿泊していたところを、その家に住む小学生のミミ子ちゃんに見つかってしまった。
 ミミ子ちゃんは物心つく前に両親を亡くし、お婆ちゃんと二人暮らしだったから、でっかくて優しそうなパパンダが、自分のパパにちょうどいいと思った。パンちゃんは、優しいミミ子ちゃんが新しいママにちょうどいいと思った。そしてパパンダは、美味しい竹藪さえあればオールOKだった。結果、なしくずしに、ミミ子ちゃんはパパンダの娘にしてパンちゃんのママ、パパンダはなんだかよくわからないがとりあえず家長、お婆ちゃんはあくまでお婆ちゃん、そんな家族関係が生じてしまった。
 その後、パンダ親子を探し回ってた人々に見つかってしまい、動物園に戻ってくれと懇願されたが、すでに成立した家族関係は動物園でもないがしろにできず、結局、パパンダとパンちゃんは毎日ミミ子ちゃんの家から多摩に出勤する、そんな新しい雇用契約が結ばれたわけである。そのあたりの経緯をもっと子細に知りたい方は、かのアニメ界の名コンビ、高畑勲&宮崎駿の両先生による珠玉の名作『パンダコパンダ』を、じっくりご覧いただきたい。
 ただし『パンダコパンダ』は、あくまで児童漫画映画としてメルヘンの体裁をとっているため、のちの『アルプスの少女ハイジ』や『母をたずねて三千里』とは違い、現実的な細部描写は省略されている。たとえば、その後ミミ子の祖母が認知症を患って介護費用の自己負担分がかさみ、家長たるパパンダは高給を求めて上野動物園に転職したとか、あまり児童に見せたくない生臭い後日譚は、あえて語られていない。
 その点、この『石狩俊子の生活と意見』は写実的文学作品である。パパンダが手にしていた通勤鞄は、実はコパンダ用の特注キャリーバッグであり、ちゃんと呼吸用のメッシュ素材部分が設けてある――そんな細部設定も、本作ならではの社会派志向と思っていただきたい。
「でも中央線でお帰りだと、かえって遠回りではございませんの?」
 俊子は、ふと思い当たり、パパンダに訊ねた。
「上野から所沢でしょう? なら、山手線で池袋に出たほうが」
「実は、近頃お婆さんの認知症が悪化しまして、立川の有料介護施設に入ってもらったのです。安上がりな特養は、なかなか空きがありませんもので。我々一家も、お見舞いの便を考えて立川に引っ越しました。竹藪のある一戸建て物件は、あのあたりだと、なかなか物入りなものですなあ」
「あらまあ……」
「そんなこんなで私とパンは、来月から浦安のディズニーランドに転職することになりました。上野よりもいい条件でスカウトされたものですから」
「まあ、ご栄転おめでとうございます」
 俊子は一応の祝意を口にしたが、内心、心配もあった。
 あそこはギャラがハリウッド級なぶん、芸のクオリティーに厳しいと聞く。パンダのような稀少人気動物の世界は、勝ち組であればこそ、なかなかシビアなのである。
 コパンダが誇らしげに言った。
「毎日ディズニーランドに行くんだよ!」
 俊子はその頭を撫でながら、子役はいいがパパンダは大変だろう、と思った。
 ラスベガスの有名サーカスに就職した長男のジャッキーは、うまくやっているだろうか。パンダより地味なぶん、仕事は楽だと思うが――。
 俊子は首に提げた大丸の紙袋から、小分けのアップルパイをひとつ取り出して、
「はい、パンちゃん。おばちゃんからお土産よ。リンゴ、大好きだったでしょ?」
「ありがとー!」
「これはこれは、どうもすみませんなあ」
 どんなときにも、この大らかな声と笑顔を忘れないパパがいれば、パンちゃんもミミ子ちゃんも幸せに育つだろう――俊子はパパンダの白い歯列を見上げながら、夫の笑顔を思い出していた。
 そのとき背後から、ただならぬ男の声が響いてきた。
「駅員さん! 駅員さん!」
 俊子たちが特別快速を待っているホームの反対側で、何か騒ぎが起きている。
「こいつ痴漢です!」
 俊子が振り向くと、少し離れた各駅停車のドア前で、殺気だった男たちが、一人の男を取り押さえていた。つかまえているのは、大学生風の若者から洒落た隠居風の老人まで年齢も風体もまちまちの三人組、捕らわれているのは背広姿の会社員、年の頃は三十歳前後か。
 その集団に背を向けるようにして、やはり三人ほどの女性たちが、一人の少女を慰めている。制服姿の少女は、泣きながら両手で顔を覆っていた。おそらく到着前の車内で痴漢事件が起こり、周囲の客たちが気づいて犯人を取り押さえ、この駅で引きずり出したのだろう。
 会社員風の男は「違う!」とか「冤罪だ!」などと叫びながら、ホームと電車の間に、何か小さな物を投げ捨てようとした。
「何やってんだ!」
 老人がそれに気づき、線路に滑り落ちる前に拾い上げる。
「……腕時計?」
 若者が覗きこみ、
「いや、それデジカメですよ」
 もうひとりの屈強そうな男は、痴漢の腕をひねり上げて、
「おまえ盗撮までやっとったんか!」
 駆けつけた駅員に、老人が「証拠物件」と告げて偽装カメラを手渡す。
 会社員風の痴漢は、さすがに観念したのか、ふてくされた顔で黙りこんだ。
 俊子は、泣いている女子高生を抱きしめてやりたかった。
 こんな仕打ちを受けた少女は、たぶん生涯、トラウマを抱えることになる。本音を言えば少女を慰める前に痴漢を引き裂いてやりたかったのだが、野生を捨てた自分は、悲しいかな、その任ではない。
 まもなく鉄道警察隊員たちも駆けつけ、それらの一団は各者各様の姿で、ホームの先にある事務室に向かって行った。
「……人間というものは、困ったものですなあ」
 パパンダが、のんびりと言った。
「手に入らないものばかり、いつも欲しがっている」
 いえいえ野生動物だってけっこう厄介ですよ――俊子はそう思ったが、根っから草食系のパパンダに、それを言っても仕方がない。
 そのとき、今度は事務室の方角から、警察隊員の声が響いた。
「おいこら逃げるな!」
 見れば、あの痴漢が周囲の一団から逃れ、脱兎のごとくこちらに駆けてくる。まだ手錠をかけられていないのをいいことに、隙を突いて逃げ出したらしい。
「おやおや、ほんとうに困った奴だ」
 パパンダは、あいかわらず緊張感のかけらもない声でつぶやくと、ぬい、とホーム中央に歩み出た。
 俊子もパパンダの横に並び、両腕を大きく広げて直立した。エゾヒグマの威嚇ポーズは、映画のグリズリーに劣らぬ迫力がある。
 男はこれまで二人の、もとい二頭の存在に気づいていなかったらしい。大熊猫はともかくグリズリーに襲われたら命がないと思ったのか、あるいはニュースで見たように線路から高架下へでも逃れようと思ったのか、俊子たちの手前でホームから飛び降りた。
「馬鹿! 戻れ!」
 追っ手も俊子たちを迂回して男を追うが、線路にまで下りる気配はない。それはそうだろう。駅員が緊急停止信号を手配したとしても、さっきの今では間に合わない。特別快速が入線してくる恐れがある。
 男は神田駅方向の構外をめざして、線路の横を全力疾走していた。場合が場合だけに、熊に追われる鹿なみの逃げ足である。
 遠ざかる後ろ姿を追視しながら、俊子の全身が本能的にわなないた。
 これは――野生に還れという(カムイ)のお告げ?
 線路の先に、まだ電車は見えない。
 俊子は全身をバネにして、ホームから跳躍した。
 跳躍だけで数メートルを稼ぎ、そのまま加速する。野生のエゾヒグマは時速50キロで走る。65キロに達することもある。獲物の背中は見る見る間近に迫った。
 その同じ獲物を、俊子と並走して追う影がある。横目で視認し、俊子は舌を巻いた。パパンダもまた痴漢を追っている。しかも直立走行だ。胸にコパンダの鞄と中折れ帽を抱いたまま、いつものとぼけたパンダ顔で、でででででででと身軽に駆けている。その物理法則を逸脱した走りは、伝説の調教師(アニメーター)・大塚康生先生による指導だろうか。それとも小田部羊一先生か。
 ともあれホームの端を過ぎて間もなく、俊子は獲物の背中に躍りかかった。
 もんどり打って仰向けになった男の顔に、俊子の鼻先と荒い息が迫る。
 俊子は無意識の内に爪を立てた前足を振り上げ、男の顔に狙いをつけた。
 野獣特有の、感情の読めない無機質な瞳が、男の視線に交わる。
 男は、ひゅう、と息を呑んで、ちょろちょろと失禁した。
 そのまま俊子が男の顔面を剥ぎ取ろうとしたとき――。
「楽勝でしたなあ」
 横のパパンダが、とぼけた顔で笑いながら言った。
 コパンダも鞄から顔を出し、興味津々のまん丸お目々で、事の成りゆきを窺っている。
 いっとき俊子の心を支配していた野生が、ふっ、と家庭婦人の心に戻った。
 そう。私は、ここでこの男を狩るべきではない。エゾヒグマである以前に、妻として母として、そしてひとりの女として――。
 それが山の神の心、大地母神の心であることを自覚しないまま、俊子は前足を下ろし、震えている男に微笑して言った。
「……あなた、奥さんはいらっしゃるの?」
 男は震えながらうなずいた。
「じゃあ、お子さんは?」
 男は、また、おずおずとうなずいた。
 自分の罪で、それらの愛する者に去られる覚悟が、この愚かな男にはあったのだろうか。おそらく仕事も失うだろう。死んだほうがましな未来が待っているだけかもしれない。しかし、それでも――。
「御両親は?」
「……親父はもういません。でも、故郷(くに)にお袋が……」
「そう」
 俊子は、男の上から退いた。
「なら、きちんと罪を償いなさいな」
 男の瞳の奥で、初めて見るエゾヒグマの微笑が、一瞬、遠い昔の母の笑顔に重なる。
「…………はい」
 男は神妙にうなずいた。
 そのとき――。
 ごぎ、と肉食獣が骨付き肉にかぶりつく音が響き、次いで、ぶぢ、と噛みちぎる音が響いた。
「うぎゃああああああ!」
 男は右手を押さえてのたうちまわった。
「………………」
「………………」
「………………」
 唖然としている俊子たちに、土佐出身と覚しい警官が、すちゃ、と敬礼した。
 口に咥えていた三本指の肉塊――たぶん親指と人差し指と中指あたりの手羽先肉――を、ぺ、と砂利の上に吐き捨てて、
「ご協力ありがとうございました。皆さん、お怪我はありませんか?」
 俊子は、なかば呆然としたまま答えた。
「…………指」
 自分の怪我ではないが、とても痛そうだ。
 警官は、のたうちまわっている男を見下ろし、
「はっはっは。ご安心を。しっかり噛み砕きましたので、二度と痴漢はできません」
 闘犬大会で三年連続優勝したような、喧嘩傷だらけの笑顔であった。
 俊子は思った。
 犬のお巡りさんは、やっぱりシェパードやレトリーバーがいい。せめてドーベルマンまでにしてほしい。なんぼなんでも土佐闘犬は、ちょっと――。
 コパンダが、手羽先を見下ろして言った。
「……ぼく、お肉きらい」
 パパンダはいつものように、にっ、と白い歯列をむき出し、
「そうだね。パパも竹のほうがいい」
 たぶん早く家に帰って、庭の竹藪でくつろぎたいのだろう。
 コパンダは、アップルパイの小袋を抱えて俊子を見上げた。
「ぼく、リンゴ大好き」
 俊子はコパンダの頭を撫でながら、
「そうね。おばちゃんもリンゴが好きよ」
 実際、俊子一家の一番の好物は、リンゴなのである。
 二番目がカボチャで、あらかじめ羽根をむしって首をもいだニワトリは三番目くらいか。

     4

 東京駅構内の鉄道警察隊詰所で、俊子はパパンダ親子と共に事情聴取を受けた。
 多少の暴走行為があったとはいえ、あくまで逮捕協力者だし、人気の稀少動物親子と著名な文筆家でもあるから、詰所での扱いは丁重だった。
 聴取の途中で、俊子のスマホに、牧村女史と田島嬢から例の件の経過報告が入った。湾岸警察署の生活安全課が動いてくれることになり、二人もあの女性に協力を続けるとのことだった。
 そんな通話内容に、鉄道警察の面々も何事ならんと興味を示し、俊子と余分な会話が増える。俊子も逆に取材魂に火がつき、東京駅における構内犯罪の傾向と対策などを質問しはじめたものだから、ますます話が延びる。
 パパンダ親子が先に帰ってからも、詰所では、ほとんど座談会状態が続いた。

          ◎

 いけないいけない、ほんとに遅くなっちゃった――。
 俊子は動物園の従業員通用口であわただしくタクシーを降りると、守衛に鍵を開けてもらって、自宅のエゾヒグマ舎に急いだ。
 すでに夜半を過ぎ、空には初夏の満月が輝いている。
 その月を眺める余裕もなく、カードキーを使って居住スペースの扉を開ける。
 双子のハナコとヒメコは、子供用ベッドの上で仲良く寄り添い、健やかな寝息を立てていた。
 夫のワーブは岩場に出ているのか、ソファーにも夫婦用のベッドにも姿がない。
 俊子は娘たちの枕元に大丸の紙袋を置き、二人の鼻先それぞれに、軽く自分の鼻をこすりつけた。
「……お土産は、明日のおやつにしようね」
 それからバッグを自分のデスクに置こうとして、俊子は、パソコンの前に置いてある一通の封筒に気がついた。
 プリンターで出力された住所シールの下に、懐かしい手書きの文字が添えてある。
『愛するパパとママへ ジャッキーより』
 アメリカにいる息子からのエアメールだった。
 季節の便りも相談事も、ほとんどスマホで済ませてしまう子なのに、あっちで何かあったのかしら――。
 俊子は不安半分期待半分で、すでに開封されている封筒から便箋を引き出した。
 その文面も直筆で、なにやら妙に改まった時候の挨拶に続き、

『―――で、突然なんだけど、ぼくは今、もうラスベガスには住んでいない。
 実は先月から、カリフォルニア州の国立公園で働いてる。
 パパもママも名前は知ってると思うけど、あの有名なヨセミテ国立公園だ。シェラネバダ山脈の西山麓に、たくさんの森や湖が、呆れちゃうくらいどこまでも広がってる。そこの自然保護官に転職したんだ。
 去年の夏にサーカスから休暇をもらって、いっぺんこのヨセミテを訪ねたときは、転職なんて考えてもいなかった。でも、ほんの半月ここで暮らしただけで、ぼくの生きる場所はもうここしかない、そう思っちゃったんだ。
 ほんとうなら、転職する前にパパとママにも相談するべきだったんだけど、なにせラスベガスの仕事よりも給料が十分の一以下になっちゃうし、乱暴な野生動物なんかもけっこううろついてるし、なんか反対されそうな気がしてね。
 事後報告になっちゃって、ほんとうにごめん。
 だけど、やっぱりぼくには、都会の生活が向いていないみたいだ。ここに来てから、すごく体が軽い。体だけじゃなく、心も信じられないくらい軽いんだ。今なら山も海も越えて、故郷の多摩まで駆けて行けそうな気がするくらいにね。
 あと、実は恋人もできた。ジェニーといって、自然保護官の先輩なんだ。歳は後輩のぼくのほうが上だけど、ぼくよりずっとしっかり者で、とってもすてきな女性だよ。
 近々、彼女を連れて、いっぺんそっちに帰ろうと思う。本気で結婚するつもりだから、パパやママや妹たちにも、ちゃんと紹介しないとね。
 こっちでちゃんと暮らしてる証拠に、仕事仲間と撮った写真を入れておく。ぼくの隣に、ジェニーも写ってるよ。
 じゃあ、帰れる日がはっきりしたら、また連絡するからね―――』

 手紙を読み終えて、俊子は思わず独り言ちた。
「……なにやってんだろ、あの子」
 同封されていた一枚の写真を見ると、俊子の故郷を幾層倍にもスケールアップしたような山や森や湖水を背景に、思いきり陽に焼けた十数人の男女が、自然保護官の制服らしい姿で、思い思いの陽気なポーズをきめていた。隊員の中には、ピューマやコヨーテも混じっているようだ。
 そして息子のジャッキーは、なんの屈託もない笑顔で、隣にいるハイイログマの娘さんに身を寄せ、その肩に手を回している。素朴な顔立ちの娘さんは、あまり男慣れしていないのか、アメリカ娘にしては、ずいぶんはにかんだ笑顔だった。
「ほんと、なにやってんだろ……」
 俊子は、喜んでいいのか怒っていいのかわからず、デスクに手紙と写真を置いて、夫がいるはずの岩場に向かった。

          ◎

 夫のワーブは、人工の岩場の中腹に座り、月を見上げていた。
 青い月影に浮かぶその横顔や体格に、野生のヒグマのような荒々しさはない。といって弱々しい夫でもない。気が向くと岩場の底から、据え付けの木々を伝って頂上まで一息に駆け上がったりもする。また、雨の日に濡れたままじっとうずくまり、岩場に流れる幾筋もの水の糸を、飽きずに眺めていることもある。なぜそうしているのか俊子が訊ねると、雨というものの実存を知りたい、そんな答えが返る。人間に例えれば、在野の哲学者あるいは孤高の賢人、そんな気質の夫であった。
 今、夜空で微かな薄雲をまとわらせている真円の月に、どこかしら風情が似ている――。
 そんなことを思いながら、俊子は夫に寄りそって座った。
「ただいま。遅くなってごめんね」
 ワーブは優しく頬笑んで、
「かまわないさ。ハナコもヒメコもいい子にしてたよ。君もいい仕事ができたみたいだし、なによりじゃないか」
「うん」
「見たかい? あいつの手紙」
「……呆れちゃった」
「それだけ?」
「うん、今はそれだけ」
 夫のワーブは、くつくつと笑い、
「あれは、確実に君の血だよ。あいつは昔から広い世界を探し求める子だった。元気にやってるなら、それでいいさ」
 穏やかにそう言って、夜空を見上げ、
「ぼくなんか、代々動物園育ちで、まるっきり井の中の(かわず)だからね。大海になんて、とても出られない。出ようという気にもなれない。毎日こうやって同じ岩場に座り、空を見上げるのが関の山だ」
 卑下するような言葉尻でありながら、まったく卑屈に感じられない夫の悠揚迫らざる佇まいが、俊子には好ましかった。それに『井の中の(かわず) 大海を知らず』という中国の格言には、日本に伝わってから、洒落た後付けができている。『井の中の(かわず) 大海を知らず されど天の高さを知る』――。
 それでも俊子としては、やっぱり息子の独断に納得できない。
「でも、いきなり恋人ができたとか結婚するとか、いくらなんでも、あれはないわよ」
 そうぼやくと、ワーブはなぜか俊子に頭を下げ、
「ごめん。あれはたぶん、ぼくの血だと思う」
 怪訝な顔をする俊子に、
「きっと女性の好みが遺伝したんだ。あのハイイログマのお嬢さん、ちょっと毛色を濃くしたら、どこかの誰かさんにそっくりじゃないか」
 茶化されたのかと思ったら、夫はあくまで真面目に言っているらしい。
 あらまあ――。
 俊子は挙動に窮してしまった。
 ワーブは、また遠い夜空の月を見上げ、
「ま、どのみち、あいつもあのお嬢さんも、ヨセミテに夜がきたら、ぼくらみたいに並んで月をながめるのさ。その月は、今ぼくたちがながめているあの月と、まったく同じ月だ。世界中のどこにいても、同じように美しい月だ」
 それから俊子の瞳を見つめ、
「でも、今、誰かさんの美しい瞳に映っているその月は、隣にいるぼくにしか見られない」
 まあまあ、まあ――。
 俊子は夫の首筋に顔をすりよせ、思わず甘噛みした。


               【終】

石狩俊子の生活と意見

石狩俊子の生活と意見

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-08-10

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