無題1

閑古鳥の探偵事務所が請け負うのは、探偵業ではなく裏役人業。
片田舎にて探偵事務所を営む男、スレイヴと、そのメイドのアネモネは、帝国の役人から今日も厄介な仕事を押し付けられる。
魔石の捜索、孤児院の裏側潜入、政治家の裏取引————国の都合で表ざたにできない面倒仕事を今日も請け負う。

白い羽よ、ああ、どこへ行く。
こんなにも凪いだ日に、どこへ行こうと言うのだ。
君が残した、ただ一つのものだというのに。

「七色カラスの羽根、何者かに盗まれる…ねぇ」
助手席に座る男は、すっかり短くなった煙草を灰皿に突っ込み、新聞をくしゃくしゃと丸めて後部座席に投げる。普段は読まない新聞の取り扱いに困るたびに男は後ろに投げるものだから、バックミラー越しにでも見えるほどに後部座席には新聞がたまっていて、運転手のメイド服を着た女が不快そうにため息をつく。
「貴方が平時から仕事をしてくだされば、こんな面倒な案件を請け負わなくても済むのですよ」
「しょうがねえだろ、世間は今や演劇一色だ。ご近所さんの不倫や政治家の汚職なんてもんより、イケメン美女サーカス団の悲劇にご執心なんだよ」
後部座席にたまった新聞は、演劇の記事であふれている。空前のブームとなっている演劇に仕事を奪われて、男はすっかりふてくされていた。
女は退屈な一本道を右手で運転しつつ、左手でメモ帳を取り出した。走り書きながら丁寧に記されたページを片手でめくり、男に手渡す。男は一瞬目をやると、大げさにおどけながら読み上げる。
「ヴィヴィ美術館における羽根盗難事件に際し、3日間の警備業務をお願いしたい……俺には一体、この仕事のどこが面倒なのかさっぱりなんだがね、シャードン女史?我が偉大なるコルシック探偵事務所のスレイヴ所長の手にかかれば、こんなただ突っ立ってるだけの…痛い痛い!運転に集中!モネさん!?」
「スレイヴ。ふざけるのはやめてください」
アネモネはわざとハンドルを大きく切り、車内を激しく揺らす。窓ガラス顔を打ち付けたスレイヴは、間抜けな声を上げて鼻筋をさすった。
「ったく……たまんねぇなこりゃ」
唸り声と砂埃を上げて車を走らせ、山村から都へと向かう。

ことの発端は、探偵事務所に届いた一通の手紙と、今朝の電話だった。
片田舎の山村に本拠を構える、年中閑古鳥の探偵事務所のポストに投函されるものといえば、つい先日近場にオープンしたばかりの飲食店のものを除けば、村内の有力者が有志で発行している日記にも近しい掲示板のビラ程度のものだが、その日は珍しく封に刺繡まで入った大層な手紙が入っていた。いたずらにしては金がかかりすぎているし、何より対象を間違えていると言わざるを得ない。ぐうたら所長と不思議なメイドの構える探偵事務所は、本拠の山村でですら色物扱いで、もっぱら力仕事の手伝いくらいにしか村民ですら訪れない扱いである。
この日も、いつも通り焼却炉にビラを突っ込もうと、寝ぼけ眼でポストの中をまさぐるスレイヴだったが、妙に絢爛な便せんが入っていて心底驚いたのだ。こんな手紙、開業してから三年になるが一度も送られてきたためしはない。
差出人不明の便せんは、全くもって身に覚えがなかった。一応山村とはいえ税金はかかるので、その滞納を真っ先に疑ったが、基本的には差出人が書いてある。一度手続きを怠ってアネモネを激怒させたことは記憶に新しいが、その時の便せんはもっと簡素かつ、帝国税務の四文字がでかでかと記されていたものだ。
丁寧に切り込みまで入った懇切丁寧な封を切ると、中には四つ折りにされた手紙が一通のみ。
「七日後に、ヴィヴィ美術館にてお待ちしております……いや、誰なんだよ、アンタはよ」
寝床に戻ってアネモネを起こし、便せんを確認してもらっても記憶にないという。都会出身のアネモネの知り合いが送ったのかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。こんな意味不明の手紙を送ってくる友人なんていませんよ……寝ますね、と水を向けられた。

結局よくわからないまま、六日が経った今朝。
夜明けに突然電話がかかってきて、掃除をしていたアネモネが受話器を取ると、
「はい、こちらコルシック―—」
「クラァッ!!!コルシックお前なんてことをしてくれたんだ!!!」
やたらと甲高い女の怒鳴り声に、アネモネは軽く眩暈を起こしそうになった。ただでさえ夜遅くなのに、この迷惑な女はいったい何の要件なのだろうか。
「こちとらお前のせいで残業させられとるんじゃ!ええ!?だんまり決め込む暇があったらさっさとツラ出さんかい!おんぼろ事務所差し押さえるぞゴラアァァァァ!!!」
「……あの、落ち着いてください。シャードンです、オリヴィエさんですね?」
電話の主は、スレイヴの旧友で帝国事務局の局長、オリヴィエであった。主に労働あっせんをしている事務局で、オリヴィエから電話が来る時というのは大抵仕事の依頼である。若くして局長にまで上り詰めた才媛で、普段はとても温厚な良識ある人物なのだが……
烈火のごとく怒り狂うオリヴィエをなだめて、アネモネは用件を聞いた。
「二週間前から仕事依頼の茶烏便を送っているのだけれど……あの男は、いつもながらの怠慢ぶりね。モネちゃんにはいつも迷惑をかけて、本当に申し訳ないわ」
「いえ……ですが、妙ですね。茶烏便の類は、もう一か月ほど来ていませんよ」
茶烏便というのは、いわゆる伝書鳩の類のサービスだが、特徴的な鐘の音を鳴らしながらやってくるために本人以外にも認識されることがしばしばであり、およそ都からかけ離れた片田舎の山村ともなれば、村民の誰かに必ず目撃される。茶烏便という迅速性の高いサービスを利用するのはこの村では我が家ぐらいのものだから、必ずと言っていいほどアネモネは村民に報告を受けるのだが……
「それは……本当に奇妙ね。でも申し訳ないんだけれど、仕事依頼の性質上今日の正午には来てもらいたいの、頼めるかしら」
「わかりました。今すぐに出ればきっと間に合います……着いたら、連絡を入れますね」
「ありがとう。とにかくあの男は一発ぶん殴ってやらないと気が済まないわ」
電話を切り、アネモネは箒でスレイヴをたたき起こし、今に至るのである。



「変わり映えしねえな、しかし」
整然と敷き詰められた石畳の上を、せわしなく人々が往来している。他愛もない談笑と、守衛の掛け声と、商店の張り上げた売り口上……都らしい騒がしさの中で、スレイヴはため息をついた。この急かされるような雰囲気が、好きではないのだ。
車を止めて歩いてきたアネモネは、スレイヴに愛銃を渡す。右手には、身の丈以上の長さの刀剣が握られている。
「相変わらずの物騒さだな。そんな長物、騎士の連中でも取り扱わねえ」
「便利ですよ。リーチの優位性は銃を扱うならば言うまでもないでしょう」
キョトンとした表情をするアネモネに、スレイヴはやれやれと肩をすくめた。やはりウチのメイドは優秀だが、どこか不思議と抜けている。大人びた端麗な容姿にメイド服のよく似合うスタイルの良さ、車も乗りこなすそつのなさはまさに優れた従者だが、一方で朝には弱く裸じゃないと寝られない、たまに話の本質を見失った返答をする、お茶目な部分も持ち合わせる。
そういうことじゃねえよ、と言いたげなスレイヴに首を傾げながら、ポケットから地図を取り出し、アネモネはいつもの毅然とした表情に戻る。
「さて。デートでは御座いませんから、さっさと行きますよ」
「はいよ。さては、寝てねえからボンヤリしてんな」
時刻は正午過ぎ。やや温かみを増してきたこの頃、広場は大いににぎわっていた。喧噪の中をかきわけながら、アネモネは地図を頼りに美術館へと向かう。
道すがら、細い路地で子供たちの一団とすれ違う。都の貴族の子供たちらしく、礼儀正しく慎ましやかに道を開けてくれた。こぎれいな統一された服装、騎士学校の生徒たちだろうか。路地を進むと、こんどはヤンチャな子供たちがこちらを一瞥もせずに駆け抜けていく。騒ぎながら駆けていく子供たちの一人が、アネモネのスカートに躓いた。
「おや……大丈夫ですか。お怪我は……こちら、ガーゼです」
「だいじょぶ!ありがとねおばさん!」
思わず吹き出しかけるスレイヴを一瞥もせず、オーバーオールを着た少年は走り去ってしまった。ガーゼをしまうアネモネは、青筋を立てながら微笑んでいる。
「おばさん!?……躾がなっていませんね、シバキ回してやろうか!」
「ホラ、方言が出てるぞ方言が」
二十代前半のアネモネの悲哀はさておき、スレイヴは少しばかり妙に感じた。都には定期的に来る機会があるが、果たしてこんなに子供たちとすれ違う機会があっただろうか。年に一度、都で開かれる祭ではこんな光景は茶飯事だが、平時の都はどちらかというと紳士淑女の社交場で、まして路地裏になど人が寄り付くことはほとんどない。あまりにも人が寄り付かないものだから、民家と石畳の間から雑草が生えていることも多いが、今日はそれすら見当たらない。
路地を出た後も、妙なことが連続した。表通りは貴族の家も立ち並ぶ広い通りで、自然と行き交う人々も都の外縁と比べると多くなるものだが、今日はいつもより数段まばらで、足を止めて談笑している者も見当たらない。広場の賑わいようと比べると、さらに違和感が際立つ。
「こりゃ最高だな。こんだけ人がいなきゃ車で乗り入れてもよかったんじゃねえか」
「ええ全く。ストレスなく走れそうですね」
冗談だっての!そんな声すらよく響く異様さに、スレイヴは厄介な雰囲気を感じ取るばかりだった。


ヴィヴィ美術館。帝国屈指のデザイン性を誇る、六階建てにもなる巨大な美術館。重厚なカーペットが敷き詰められた、メインストリートといっても差し支えないほどの広さの通路の壁には、人10人が横に並んでもまだ隠せないほどの大きさの油彩画、水彩画。採光のために工夫された天井からは燦燦と日光が降り注ぐが、作品には直射せずに柔らかな光を提供する。
用途が不明なほどに縦長で高い扉を抜けると、今度は部屋の隅にからすみまで並べられた彫刻たち。真っ白な照明に照らされた、打って変わって白を基調とした部屋に、ソールの音がよく響く。天使をかたどったもの、生後間もない子供をかたどったもの、多種多様な芸術が今にも動き出しそうなほどだ。
(にしても……美術館って、こんなに気味が悪いものなの?なんだかこわい……)
並べられている彫刻たちと目が合ってしまいそうな気がして、オリヴィエは思わず目を伏せた。画一的な大理石模様も、心なしか顔のように見えてきて、背筋が凍りそうになる。芸術について全く素養も知識もない人間には、魅力よりもその写実さ故の不気味さが勝る。
好奇心に駆られて中に入ってみたけれども、もうだめだ。外に出てスレイヴとモネちゃんを待とう。意を決して前を向き、吹き抜けの階段へと走りだそうとしたその瞬間———
不意に、視界が暗転した。
いきなり真っ黒になった目の前の空間に、思わず足がもつれてしまう。無様に倒れるまでの刹那、オリヴィエは全身の毛穴という毛穴が逆立ち、背中が凍り付いた。
「えっ!?ちょ、だっ、だれ、誰かたすっ……いやーーーーーーー!」
響きすぎる自分の叫び声にさらなる恐怖が生まれ、思わず泣きだしそうになったその時……照明が元に戻った。
視線の先には、スイッチのそばで腹を抱えて笑っているスレイヴがいた。まさに捧腹絶倒と言わんばかりの表情に、体温が急激に上がる。顔がほてっているのがわかる。
足の震えが止まり、怒りに打ち震える。
「助けてやったぜホラ!報酬と入場料も入れて100万イゼロスでどう――――」
「殺すぞクラァァァァァァァ!!!!」



「いつか虹がかかる日に、という演劇作品は知っている?」
オリヴィエの問いに、彫刻のほうに目をやりながら、スレイヴは当然とでも言いたげに鼻で笑う。意外そうにしているオリヴィエに、たまらずスレイヴは口を開く。
「オイオイ、誰でも知ってんだろそりゃ。相変わらずの朴念仁ぶりだなリヴィー。仕事じゃなくて恋愛をしろ恋愛を」
顔を真っ赤にして怒り狂うオリヴィエとスレイヴの夫婦漫才を一瞥しつつ、アネモネは少女の彫刻に目をやる。
窓の外を眺める少女は、微笑みながら鳥になる夢を見る。いつか羽ばたく空を見つめて、思いを馳せながら。
夢の中の鳥かご、と銘打たれた彫刻に添えられたキャプションは、帝国全土の公演で異例のロングランヒットとなった演劇、いつか虹がかかる日にで副題になっている言葉である。ある屋敷にとらわれた少女の悲哀なる一生を描いたこの演劇作品は、老若男女貧富出自を問わず人々をひきつけ、様々な媒体で展開され帝国中に広まっている。オリジナルの演劇としてこの作品を制作した演劇集団、シトラス・オブ・ラウンドはこの作品によって演劇の文化としての地位を確立し、今日における帝国内における演劇の地位を築いた立役者だ。
ヴィヴィ美術館に展示されている作品も、実にその4割がこの彫像のような、いわゆるこの作品のファンアートが占めている。ファンアート自体そのものが芸術的価値を持ってしまうという事実が、いつか虹がかかる日にという演劇作品そのものの完成度の高さを示しているといえるだろう。
「———ってのは誰でも知ってることだぜ?図書館で古文書タダ読みしてないで金払って新聞を読め」
「どこまでもムカつくわねあんた……でもありがとう、逆によくわかったわ。参りました」
ならば話が早い、とオリヴィエは本題に入った。
七色カラスの羽根も、いつか虹がかかる日にの数あるファンアートのうちの一つである。正確には、帝国が制作した国による芸術作品である。
その素材には、七色に輝く鉱石であるオリハルコンが使われており、傷一つつけることはできないが術式の触媒として絶大な効果を持つ。通常、騎士学校等で習う術式の触媒には、安全面や取り回しを考慮して古木でできた杖を用いるが、中には術式の移植をより増幅させるために鉱石を埋め込むことがある。その触媒としてのパフォ-マンスの最高レベルに位置するのが、オリハルコンという鉱石である。
しかしながら、そのあまりにも増幅幅が大きい性質から、生産や使用には非常に厳しい規制がかけられている。術式を覚えたての子供でも、大人の目を潰すくらいのレベルの術をわけもなく発動できてしまう。それをしっかりとした実力を持った術師が用いれば―――最悪、戦争沙汰になる。
「……でもって、そいつの奪還にお熱の役人に代わって、さらなる窃盗を避けるための用心棒ってか。ま、退屈な仕事だが―――」
「何言ってんのよ。あんたにそんなガキの使いを頼むわけないでしょ」
早合点したスレイヴに向かって、身を乗り出してオリヴィエは言う。
「捜索と奪還が、あんたの仕事よ」


帝都は、その構造と国柄から、石畳の墓標と呼ばれている。
石畳が敷き詰められた荘厳なる外観が示す、特徴的な性質を持つ魔石を利用した産業と国柄もさることながら、その特徴的な構造が主な理由である。王城を中心とした小高い丘の周縁には平地が形成しており、全体がまるで小さな山のように盛り上がっている。階段状に何層にも連なって形成されたその独特な構造と、中心にそびえたつ王城を墓標と比喩しているわけである。
そして、上空から帝都を見た時も、墓標の名にたがわぬ構造をしている。王城を中心として四方に大通りが――――帝都の敷地外には、そのまま街道が伸びているのである。石造りの十字架を比喩して、これもまた墓標と呼ばれる。
帝都から東方に街道を進む馬車の中で、スレイヴはやれやれといった素振りで嘆息していた。
「言いたいことは山ほどあるんだがな、リヴィー……公用車が馬車って、モネだって車が運転できんだぞ!経済やら貿易やらペンでかじ取ってる政治家にゃ、車のハンドルはデカすぎるってか?」
あまりの揺れのひどさに、思わずスレイヴはよろけてしまう。アネモネは何事もなく不動を貫いているが、オリヴィアはというとすっかり顔が真っ白になり、口元を抑えている。すっかり酔ってしまっているようだ。
「ごめんなさいごめんなさいお願いだから話しかけないで……うぅ、次からは徒歩にしましょう」
「いいや車出すわ!規則だか何だか知らねえがこんなの二度とごめんだ!」
「オリヴィエさん、外関を押しましょうか」
目的地の街は、東方に馬車で丸一日ほど向かった先になる。揺れが酷くなるほどのスピードでの丸一日の距離を、徒歩でなど到底考えられない。整備されているとはいえ、丸一日ともなれば昼は魔獣や知能を獲得した植物、夜は術霊の類に襲われかねない。魔石を原産とする帝国ならではの魔石に影響を受けた生態系が、人々の往来や土地の開発そのものを難しくしているという面もあり、戦闘能力のある人間でも野宿の負担は大きい。
「大体よ、リヴィーまでなんでついてくるんだよ。残業するほど仕事量があるって話なんだろうが、公金使ってサボりとはいい女だな」
「レイ、うっ……斬り捨てるわよ」
青ざめながら怒りに震えて剣を握ろうとするオリヴィエを介抱しながら、スレイヴはただならぬものを感じていた。オリヴィエはかつて士官学校で剣術を学び、首席卒業をしたほどの剣の使い手ではあったが、それも学生時代の話にすぎない。少なくとも現役の騎士の方が力量はあるといって差し支えなく、それは自分やアネモネに関しても同様である。それなりに腕が立つ人間ではあるが、あくまで戦闘を生業にしない範疇での話であり、実際の戦闘能力はプロである騎士団の方が高いだろう。
つまり、何らかの事情で帝国側が表立って動けない事情があり、事務局の局長が出張るほどの人手不足に悩まされているということだ。オリヴィエ自身は今回のような一件がなければ、平時は書類仕事をするだけの閑職だと言っているが、それもどこまで本当なのかはわからない。
車の使用が禁じられているのも、どうやら表立った活動そのものが避けられているようである。確かに車の運転ができる人間は特殊で少なく、面が割れるほどの希少さからの配慮とのことだが、街についてから問い詰めてみる必要がありそうである。
オリヴィエを一旦寝かせ、揺れる車内でスレイヴとアネモネはただならぬ状況について協議を始めた。そもそも帝都に着いた時から様子のおかしさが目立った。異様に多い子供たちの姿も、広場の喧騒と不釣り合いな大通りの静寂も、何らかの意味を持っているとしか思えない。
「スレイヴ、この仕事どうやら……」
「ああ、本当にヤバい山かもしれねえ。さすがに不穏な点が多すぎるぜ、街に着いたらサシで問い詰める」
不意に、馬車が大きく揺れる。馬車の椅子に尻もちをついたスレイヴは、馬車の主に思わず怒りをぶつけた。揺れで目を覚ましたオリヴィエを、アネモネが介抱する。
「オイ!いくらなんでも無遠慮が過ぎんじゃねえのか!」
どういうわけか、返答がない。しょうがねえ、とばかりに部屋の仕切りを開け放つ。
驚くべきことに、馬車は数人の兵士に取り囲まれていた。軽装ぶりから察するに騎士の類ではなさそうだが、どこかに所属していることは間違いない。
「何事ですか……これは」
「どうやら、窮地のようです」
アネモネとオリヴィエも状況を把握したようだ。馬車が止まったこともあり、オリヴィエも動けるようになったようである。
「なんなんだよ一体、次から次へと……しょうがねえからやるけどよ!」

無題1

無題1

閑古鳥の探偵事務所が請け負うのは、探偵業ではなく裏役人業。 片田舎にて探偵事務所を営む男、スレイヴと、そのメイドのアネモネは、帝国の役人から今日も厄介な仕事を押し付けられる。 魔石の捜索、孤児院の裏側潜入、政治家の裏取引————国の都合で表ざたにできない面倒仕事を今日も請け負う。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-03

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