(二次創作)それはささやかな休日

橋本ライドンさん(https://twitter.com/motors)の漫画作品、「それはささやかな休日」(https://twitter.com/hashimotorideon/status/1385928125893148677)の二次創作小説です。あまりにも切ない漫画に感銘を受け、受けた思いのままに描いてみた作品です。

(二次創作)それはささやかな休日

 買い物が終わって、私の足取りは軽かった。いつもならこんなことないのに。
「いっぱい買っちゃったね、食べ切れるかなあ」
 そんな風に言ったが、実際不安なんて感じていない。二人なら食べ切れるだろうから。
 彼女もそのことは分かっているようで、にやついていた。
「いーじゃん、明日も休みだし」
 と彼女は返してきた。そう、私たちは身軽。案外すぐ食べ切ってしまうかもしれない。
「帰ったらお湯張って、夕方から風呂上がりの一杯キメちゃおうよ」
 魅力的な提案が彼女からされた。私もそうしたいと思っていたところ。
「サイコ~、幸せ~~」
 えへへ、と私は微笑み、二人並んで帰途についていた。

 何?
 足が熱い。頭も熱い。
 不快。頭が重い。汗かいてる。ああそうか。私は今目覚めている。
 薄く意識が浮かび上がってくる。足がだるい。座ってる?目が潤んで鬱陶しい。泣いてる?ああそうだ、あの子はどこ?
 瞼の上から光が差しているのが分かる。私は今、ショッピングモールの一角のテナントにいる。確か。
「お休みのところ失礼いたします。ただいま体験装置が停止しましたので、ゆっくりと起き上がってくださいね」
 ガイドの女性の声だ。私はVR体験ブースにやってきていたことを思い出す。ああはい、と呻きに近い声で返事をした後、目をこする。涙が拭えてやっとすっきりした。専用のリクライニングシートから体を起こした。
「いかがでしたか?極上のVR体験!」
 ガイドさんは笑顔で話しかけてくる。私の前に体験していた人にも、同じセリフを投げかけていたのを思い出した。
「AIが、あなたにとっての『最高の幸せ』を読み取り、リアルな世界観をお届けします!」
 ガイドさんはにこにこしながら、ずっとこちらの目を見て話しかけてくる。よく鍛えられているなあ、と思った。
「お客様によっては、ぼんやりとしか覚えていない、という方もいらっしゃるのですが」
 まだ頭がはっきりしない。私は適当に返事しておいた。そのあとはVRマシンの宣伝だった。とても高くて買えない。
「……それではお忘れ物にお気をつけてくださいね」
 宣伝が終わると、ガイドさんは退出を促してきた。そこでハッとして、だしぬけに彼女に尋ねた。
「あの。あの子はどこにいますか?」

 恥かいた。夢に出てきた人を現実で探そうとするなんてバカバカしい。ガイドさんの「何言ってるんだコイツ」とでも言いたげな顔が忘れられない。そもそもあれはAIが勝手に見せた夢でしかないのに。それなのに、「あの子はどこ?」って自分の正気を疑う。
 私は気まぐれで、ショッピングモールで宣伝されていたVRマシンを体験した。細かい仕組みはよく分からない。ただ、ガイドさんの言ったように、AIが私の最高の幸せを読み取って、夢のような形で見せてくれるらしい。
 買い物をVRの後回しにしたのは失敗だった。確かに荷物が増える前に体験しちゃった方がラク、だけど。加えて、買い物より先にVR体験の方が目に入っちゃった、ということもあるけど。ガイドさんに変な質問したせいで、買い物中ずっとそのことばかり考えて、ろくに集中できなかった。
 今はやっと買い物を終えて、帰途についている。気持ちに余裕はなかったけど、最低限欲しいものは買った。あとはさっさと忘れたい。モヤモヤして愚痴りたい気分だけど、一人身だからそうもいかない。けど何かがおかしい感覚だった。何か足りない気がする。
 その途中で、私はふと、ぼんやりとだけど思い出した。そうだ、あの子がいないんだ。

 私は家で普段飲まないワインを開けた。そういえばなんで買ったんだろうこれ、と考えた時に思い出した。あの子と飲もうとしたんだ。あの子と飲んだら楽しいかもと思って。というか、あの子に「飲んでみようよ」と誘われて買ったんだった。夢の中で。まさか現実でも買うとは。ワイングラスなんてお高いものは用意していないので、普段用のコップで少なめに入れて飲んだ。思ったより苦い。初心者向けとは書かれていたけれど、やっぱりぶどうジュースみたいにはいかないか。
 一緒に買ったおつまみを口に放り込みながら、バラエティ番組を眺めた。いつもの休みの過ごし方だった。ちょっと気張って、買い物に行って、美味しいもの買って、疲れて帰ってくる。そのあとはお風呂に入って、晩御飯を食べて、ゆっくりする。ただ、お酒は普段買わないけれど。あの子と過ごすのがよっぽど楽しみだったんだろう。
 バカみたいだなあ、と思った。結局ただの夢に過ぎないし。あのAIに見せられた夢に、私は踊らされているだけだ。本当はあの子はいない。分かっちゃいるけれど、一度あんなに強烈な体験をすると、どうしてもあの子の影を追い求めてしまう。
 私は歯を磨いて、寝る前の支度を整えて、寝た。

 頭が重い。でも浮いているような感じもする。ああそうか。私は今目覚めている。
 薄く意識が浮かび上がってくる。何か聞こえる。ああ目覚ましか。目が潤んで鬱陶しい。泣いてる?ああそうだ、あの子はどこ?
 瞼の上から光が差しているのが分かる。ベッドの上だ。鼻をすすった。でも溢れてくる。私、泣いてるんだ。ティッシュが欲しい。でも眠い。
 ぼんやりした頭で、なんとかベッドそばのティッシュに手を伸ばした。鼻をかんで、涙も拭って、やっと目覚めた。
 私はなんで泣いていたのだろう。答えは分かっていて、その答えから逃避したいにもかかわらず、私は逃れられないでいた。よせばいいのにその疑問を思い続けた。そして分かっていた答えに辿り着いた。あの子に会ったのだ。
 私はまた泣いた。

(二次創作)それはささやかな休日

本作は橋本ライドンさん(https://twitter.com/motors)のご厚意で投稿できました、大変感謝いたします。拙著ですが、少しでも氏の漫画のすばらしさを伝えることができれば幸いです。

(二次創作)それはささやかな休日

自分の幸せ、知りたいですか?与えられずとも。少し悲しめなショートショートです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-02

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