夏の少女

 徘徊ぐせのある、少女たちの、いつもちがう色のワンピースが、今夜は紫色だった。あれは、単なる紫色、ではないらしく、ウィスタリア、つまりは、藤色であるのだと、朱鷺(とき)はおしえてくれた。ぼくは、朱鷺の指に、じぶんの指をじわじわと絡ませながら、ふうん、とだけ言った。紫色でも、藤色でも、青紫色でも、ラベンダーでも、なんでもよかったし、少女たちは日々、どんな色のワンピースを着ていても一様に、愉しそうだった。くすくす微笑しながら、夜を歩いていた。
 ぼくと朱鷺は、夏限定の恋人同士だ。
 朱鷺は、秋になれば棲み処である森に帰るし、ぼくも、ふたたびコールドスリープすることが決まっている。ただし、さいきんは、季節の境目がひどく曖昧であり、暦の上では秋でも、気候は夏真っ盛りであったり、秋を飛ばして、夏からそのまま冬に移行したりと、夏限定、というのも、なんだかはっきりしない感じなので、七月から九月末までとすることにした。徘徊ぐせのある少女たちは、夏の夜に現れて、雨が降っていなければ、ほぼ毎日、夜を歩いている。カラオケや、ゲームセンターで遊ぶでもない。コンビニのまえでおしゃべりするでも、路上にたむろするでもなく、どこかへ、明確な目的地が設定されているのか、そこに向かって、夜の街を、ただ歩くだけである。人数は、五人から八人。ときどき、四人のこともある。みんなが揃いの色、形をしたワンピースを着ているが、ワンピースの色は毎日変わる。ただ歩いているだけなのに、とても愉しそうで、内緒話をするかのように、ひそひそ話をしながら、くすくす笑っている姿を、ちょっとやな感じ、と評するのは、大抵、女性たちである。学校の、教室のなかでのヒエラルキーというのを思い出すから、と云ったのは、二十七時までやっているカフェの、女性マスターだった。

「夏は、なんとなく、浮かれ気分になるものだよね」

 朱鷺が、しみじみと呟く。
 ぼくは、そうだねと答えて、朱鷺と恋人つなぎをして、まんぞくしている。はやくエッチしたいな、と思うのだけれど、こわいな、とも思っている。してしまったら、夏限定という約束を、反故してしまいそうだし、うまくできなかったら、九月末どころか、八月に入ったばかりのいま、この関係がおわってしまいそうな気がして、こわいのだ。
 少女たちは、なにも、こわいことなどないといった風体で、ワンピースの裾を揺らしている。

夏の少女

夏の少女

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-01

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