好きだから言えない

 のどのあたりに、とどまっているのだ。吐き出せず、かといって、ひっこめることもできないまま、つっかえている感じが、いつまでも、くるしい。好き、とか、きらい、とか、そういう、だれかの心をかきみだすようなことばほど、一度、そこに滞留してしまうと、もう、ずっと、はりついてしまって、わたしは、いまも、アイスコーヒーを飲みながら、野路子(のじこ)への、好き、が、ながれていかないことを、もどかしく思っている。いっそ、くちびるのすきまからするんと、すべちおちてしまえばいいのに、野路子が、好きなひとができたと、わたしにだけ打ち明けてくれたことで、八方塞がりというのか、臓器も、舌も、わたしの宿した、野路子への好きを、どう処理していいかわからずに、いるのだろう。つまりは神経、脳、器官、すべてで、わたしの、この、行き場のない感情を、もてあましている。底に溜まったガムシロを、氷で薄まったコーヒーともども、ずずずと啜って、うわぁ甘、とやっているあいだに、カウンターのなかから、あらいぐまが、おもむろに灰皿をさしだして、わたし、たばこは、やめるつもりなんです、今日から、と思いながらも、バッグの外ポケットからシガレットケースを、そっと取り出した。

好きだから言えない

好きだから言えない

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-31

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