
吉祥寺の片隅で
ガストの立体駐車場で、ただ連絡を待っていた。
深夜0時過ぎ、なぜか僕はひとりになりたくなくてガストの立体駐車場に車を停め、雨降る夜の景色をぼぉっと見つめ、行き交う人たちの気配を感じながら街に溶け込む感覚で、倒されたシートに身をゆだねていた。
ふともも辺りに小さな振動と画面の明かりが見えた。
運転席と体の間でスマートフォンが誰からか送られてきた連絡を僕に伝えていた。
それを拾い上げるてアプリケーションを開く。
「今日来ないの?」
僕はすぐにキーシリンダーを捻り、エンジンに火を入れる。
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「あ、早かったじゃん、さぁ入って入って雨降ってたよね?」
僕はとりあえずのほろよいとバドワイザーを彼女に手渡しコートを脱いだ。
ここは吉祥寺の片隅にある小さなアパート。
彼女はジェラートピケのルームウェアに身を包み如何にも女の子おんなのこな恰好をしていた。
僕は彼女に言われるままシャワーを借り、手渡された誰かが置いていったというシャツとスウェットに着替えた。
手土産のほろよいとバドワイザーで乾杯し、彼女の夕飯の残り物をパクつき。
「じゃあ遅いしぼちぼち寝よっか!」
と彼女は言った。
電気を消されてしまったので誘われるがまま布団の中に入った。
電気ストーブのが部屋の中で唯一の明かりを灯し、それを見ながらうとうとしながら横で寝ている彼女との出会いを思い出していた。
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会社が入っているテナントで唯一ある喫煙所に肩身を寄せ合って男たちがタバコを吸っているところに、
色白で肩まである栗色のストレートな髪を耳で掛けた、デキる風なお姉さんが入ってきた。
ポーチから細いタバコを取り出し、ライターで火をつけようとするが港区特有の東京湾に吹き降ろすビル風がそれをいたずらに阻んでいた。
「手で防風を作ってやって火をつけるんですよ」
「こう?」
「風向きに気を付けて、巻き込みの風まで考えてできるだけ指の近くでカチカチするんです」
「それじゃあ熱いじゃないの、あなたの火を貸してよ」
彼女は煙草を咥え、ぼくの咥えている煙草に先端を近づけて吸い込んだ。
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ひさしぶりのシュガーキスを初対面で奪っていく彼女は大胆でかつ無策で滑稽だ。
だがそこが可愛いと思い惹かれてしまった。
喫煙所の話で僕らは西武線と中央線で離れているが直線距離は車で(飛ばせば)15分だという事がわかった。
その場でインスタを交換した。
その週末になると武蔵小金井でやきとりを食べて、しょうもない話でゲラゲラ笑ったり、
彼女のインスタに匂わせ投稿をして、反応にゲラゲラ笑ったりした。
見た目からは想像できないほど抜けていて、言葉遣いは丁寧で綺麗だが言動は抜けている。
アンバランスで脆く、可愛い人だなと思っていた。
「喫煙所でね、初めて会った時、映画で見たシュガーキスをやってみたくなったの」
頭の回転が早く突拍子もないので控えめに言っても「頭がおかしい綺麗な女」である。
そのことを芋焼酎が入っていたグラスをカラカラやりながら伝えると何故か満足気でうなづいていた。
今日は実家に帰るという彼女を自転車を押しながら送った。
外はひんやりとして秋と冬の間で行ったり来たりしたような気温で。
家の目の前に着いた。彼女はまだ満足していないようで。
「とりあえず目をつむってくれないだろうか?」
唇に生暖かい感覚。
目を開ける。目が合う。もう一度、もう一度と繰り返した。
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僕はすっかり夢中になり、週末だけではなく土日も誘った。
だが週末は会うが土日はどことなくはぐらかされている。
「今週末はダメなの」
「そうなんだあ」
そんなことがまったく気にならなくなるほど、のめり込んでいた。
ある時は「君の友達に会いたいねぇ」と言ったので、地元の連中を2人国分寺まで呼んで4人で飲んだ。
飲んでいる最中に小声で僕の耳元で「つまんないから帰ろうよぉ」と言われたのは童貞のようにドキドキした。
まぁ仕方がない、会話の引き出しが漫画とドラゴンボールの連中だから。
無理やりお開きにしたらベタベタとやたらと国分寺駅の南口方面に行きたがっている。
南口には国分寺唯一のホテルがある。あそこでパステルカラーの下着を着けた背中にびっしりと龍が入った女の子と一夜を過ごしてからは行くのが嫌で仕方なかった。
だが可愛くて仕方なかったのだ、くだらない自分の感情を守るより性欲が勝ってしまった。
それと同時に自分がゆっくりと無くなるようで、だんだんと自分の意見が言えなくなる感覚に苛まれていた。
明け方、手をつなぎながらホテルから駅までの緩い坂道を歩いていると
「ほんとはね、彼氏がいるの。私の部屋に来るとごはんを作ってくれる優しい彼氏。私とても好きなの。」
そこからは何も考えられなかった。
始発が動き出した国分寺駅で彼女を見送ってから自転車を押してひばりが丘まで歩いた。
しばらく彼女とは連絡を取らなかった。
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うとうとしていると彼女に向けていた背中に柔らかい感触があった。
そのまま僕の脇腹に腕を通し、胸の前まで腕を持ってきて抱きかかえられた。
「ねぇまだ拗ねてるの?」
僕は彼女のほうに向き直り、いままでの怒りをぶつけるかのように唇をむさぼった。
いや貪りたかった。それを押し殺すかのように優しく唇を合わせた。
できるだけ優しくすることで彼女の良心に響くように。
吉祥寺の片隅で