ヒーローインタビュー

 ー努力は必ず報われると、心の底から思いましたー
 目を腫らし、顔をくしゃくしゃにしながら、震える笑顔でテレビの中の彼女はそう答えた。
 嫌いだ。「努力は必ず報われる」なんて言葉ほど、嫌いな言葉はない。
 私は堪らず、ソファに寝転がったままリモコンを掴み、テレビを消した。そのまま真っ白な天井を眺める。
 もう我慢ならなかった。
 努力が必ず報われるというなら、今私がこんな所で、ポテトチップス片手に観戦なんてしているのは、なぜだ。どうして、あのテレビの向こう側に私はいないのか。どうして、私は負けたのか。
 このカーテンすら閉めきった九畳一間の一室で、何度自分に問いかけたか。
 負けたということは、努力が足りなかったのだ。誰かはそう言うかもしれない。そうかもしれない。けれども、できる限りは、この身を捧げてきたつもりだった。確かに時には、休養日を設けた。恋をして、浮ついた心で練習してしまった日もあった。それでも、出来る限り、力を尽くして、そして多くのことを犠牲にして、全身全霊を傾けてやってきたつもりだった。
 しかもだ。テレビのあの彼女が不慮の事故でしばらく練習できなかった間も、私はその裏で怠ることなくずっと努力を続けていた。努力は己を裏切らない。そう言い聞かせて、どんなに苦しい練習も、やり抜いてきた。
 ところが、最後は彼女が強かった。
 世間はこう言った。「彼女こそ最高の努力家である」と。
 つまりは、私の努力は彼女以下ということなのね。
 実際にそうなのだろう。努力なんて曖昧なものは、比較しようのないものだということは知っている。けれども、だからこそ唯一のそれを知る方法が戦うことなのだ。敗者の私の努力は、彼女に一歩、あるいは、もっと及んでいなかったというだけの話だ。
 ー何よりも努力することが大事よー小学校の先生がよく言っていた。
 だとすると、私は人としても彼女に劣っているということになる。「ふん、当然のこと」頭の中で、鼻で笑う自分の声を聞いた。
 当然のこと。純粋に、一途に、ひたむきに、愛を持って戦ってきた彼女と、こんなをくだらない私と、度量の差は誰が見ても明らかだ。
 ただ、それにしては、私の最後のインタビューは悪くなかったと思う。
 最後、彼女に敗れた瞬間、「引退」の文字がふと頭に浮かんだ。当然といえばそうなのだろうけれども、もうこれ以上、自分にできることはないとはっきりして、引退以外の道はないのだと気がついた。引退を心に決めてしまうと、力が抜けて一気に楽になった。もう、頑張らなくても良い、何もかもぶん投げて、堕ちていっても良いのだという、私という存在への諦めからくる心地よさだった。
 だから、インタビュアーに、負けた心中を問われ「清々しい気分」と爽やかに答えたのは、全くの嘘ではなかった。でも、その内実は、世間が思っているようなそんな爽快なものではなくて、根底にもっといやらしく、生々しさのある、人様に見せても褒められないものだった。
 あのインタビュー、我ながら上手く乗り切った。次は役者にでもなろうかしら、そんなことを冗談で考えたりもした。
 実際のところは知る由もないが、きっとテレビの彼女は、インタビュー中にこんなことは考えていないだろう。人としても、私よりずっと優れているのだから。さっき彼女は、恩師や支えてくれた家族、ファンへの感謝、そういった大きな愛を語っていた。その気持ちに嘘はないだろう。私は自分のことばっかりだ。
 私が彼女との戦いに敗れ、ここで退場することは、ハリウッド映画で悪役が必ず負けるように、当たり前のことだったのだと思う。
 この選手人生、もうやり残したことはない。
 ただ、本当のことを言うと、後悔というか、どうしようもない棘が一つ胸に刺さって、抜けずにいた。
 テレビの彼女が怪我をしてしまった時、「今がチャンスだ」と思ってしまったのだ。いや、そんな生温いものではない。恐らく、私自身気付かぬ心の奥底で、彼女の不幸をずっと祈っていた。だから、もしかすると彼女が怪我をしたのは、私の所為なのではないかとも思っている。
 私は元来、そんなオカルトじみた話を信じるたちではない。でも、こればかりは、そんな気がした。私が目を背けてきた感情が大き過ぎて、六条御息所のように、知らず知らずに呪ってしまったのではないか。そんな気がして仕方がない。勿論、誰に言っても、信じてもらえないし、証明しようのない馬鹿らしい話であることは承知している。
 ただ、私自身は私自身がとてもつまらない人間だということをよく理解している、結論はそれだけで充分だった。
 だから、落ちぶれてしまいたい。肩書き、過去の栄光、美しい未来、そんなものをぶん投げて堕ちてしまいたい。

 私は手元にあったコーラをストローで飲み干し、大きなため息を吐いた。ここ数年、ポテトチップスもコーラも飲み食いしたことはなかった。身体が求めたわけではなかったが、何か、こう少しばかり不健康な物を食べたい気分だった。
 引退して三ヶ月。とにかく自堕落に過ごしたいと、何が自堕落かもわからずに、こうして、ただいたずらに時をやり過ごしている。
 流石にそろそろ片付け始めなくてはいけない。
 いや、気持ちの話じゃない。物理的なことだ。最後の試合の日のスーツケースを未だにそのまま玄関に放置していた。汗をたくさん吸い込んだ衣類やらなんやらが、三ヶ月そのままなのだ。これまでであれば、絶対にあり得ないことだ。
 私は意を決して、しかし、何か後回しにするよい理由はないか懸命に考えながら、玄関に放置していたスーツケースをリビングに引きずってきて、それを開いた。
 開けた瞬間、これは駄目だと思った。発酵した酸っぱい匂いが鼻をついた。全部捨てよう。
 このスーツケースの中身に、これからの私の人生に必要な物など、入っているはずがない。現に三ヶ月、開けることなく生活できたのだ。
 私は大きな袋をニ、三枚用意して、その中に、分別しては、次々と中身を移していった。試合に関わる物は、見たくもなかった。
 けれども、不意に見慣れた巾着袋が出てきて、思わず、漸く手を止めた。この存在を三ヶ月も忘れていたことに驚いた。
 巾着袋の中には、学生時代の仲間から当時もらった御守りや、手紙が入っていた。遠征に行く時は、この巾着をいつもスーツケースに忍ばせていた。
かつての仲間は仲間であり、ライバルでもあった。
 ふと、ある先輩の顔が浮かんだ。最終学年なのにも関わらず、私にメンバー入りを奪われた先輩だ。悔しかったに違いない。先輩はメンバーが発表された次の日、腫ぼったい目で登校し、けれども、その日一日、いつものように優しい笑顔を周囲に、そして私に向け、当たり前のように過ごした。
 あの頃、私は誰よりも強かった。きっと誰よりも練習していた。それでも。
 私は、私自身がたくさんの夢の残骸の上に立っていることを思い出した。
 そうして、敗者として最も辛いことが何であるのか漸く理解した。
 勝利の数だけ敗北がある。私は多くの敗者を踏み台にして、ここまでやってきた。だから、せめて、私と戦った人が、自身を誇れるように、誰よりも強くありたかった。私に敗れたんだから仕方がない、とそう思ってもらえるように、私は私として、夢の残骸に立つ者として、勝ち続けたかった。
 ただの傲慢だとも思う。けれども、そうやって、敗者の思いも、勝手に背負って立つ、そんな人間でありたかった。
 しかし、私は負けてしまった。
 巾着を持つ手が震えた。悔しい。申し訳ない。ごめんなさい。
 試合後初めての涙が溢れた。泣くのはいつ以来だろう。リビングの片隅で、私は誰に聞かれるでもない嗚咽を、必死で噛み殺した。
 試合前、たくさんの人から応援の言葉をもらった。かつて共に戦った仲間たちからのものも多くあった。これまでそれらに、どれだけ励まされたか。勇気付けられたか。その思いを背負って立つには、自分は至らなかった。
 私もまた、その夢の残骸の一部となってしまった。
 ヒーローインタビューの彼女は残骸の頂に立った。そこから見る景色は美しいのだろうか。せめて美しくあってくれ。誰が見たどんな景色より、尊く、高貴で、それだけの価値のある景色であってくれ。そうでなければ、残骸達は報われない。
 ー努力は必ず報われるー勝負事の世界においては、この言葉は名もなき努力家達の敗戦の歴史の上に存在する。だからこそ、勝者には美しくあって欲しかった。私達が見ることのできなかった夢に、酔いしれて欲しかった。
 そうして、私もまた、誰かの夢を背負って立った一人であることを思い出した。負けようと、落ちぶれようと、せめて彼らに恥じない生き方をせねばなるまい。私の本質がどれほど惨めであっても、関係ない。少しでも、皆のその理想に近づくように、前を向かねばならない。
 私は巾着袋を握りしめて立ち上がった。洋服ダンスの上には、過去の栄光の記録が飾られている。そのトロフィーよりも、メダルよりも、1番目立つ、1番手前に巾着袋を置いた。ここが昔からの定位置だ。
 私はもう逃げない。
 私は、もう一度、テレビをつけた。

ヒーローインタビュー

ヒーローインタビュー

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-31

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