ナンバー / ナイン

 ねこ、という生きものをはじめてみたのだと、ナインは言った。沼に、沈みかけていたのだそうだ。首輪はないというので、おそらく、のらねこで、沼は、ナインたちの棲み処で、ねこは、迷いこんで、きっと、うっかり沼へ、足をふみはずしたのだろう。ナインがいなかったらと想うと、こわいね、と云うと、ナインは、よかった、と微笑み、それから、ねこってやつは、ああいう形状のものなのだねと、しみじみとつづけた。夜も深まってきた頃に、ぼくと、ナインは、いつもの喫茶店でおちあい、コーヒーをのんでいた。まいにち、いやになるほどに暑い、夏だけれど、コーヒーはホットにかぎるという信念めいたものが、ぼくとナインの共通項であり、それだけだった。ナイン、というなまえで、姓がなく、ついでにいえば、性別もなく、ナインは、ナイン、という個体であり、生きものだった。ねこは、しばらくぼくがあずかることにする、研究したいし、と告げるナインに、研究って、ひどいことはしないでねと、ぼくは訴えて、ナインは、たいせつにするよ、と、はっきりうなずいた。のらねこである可能性が高いので、まず、獣医さんにみせるべきでは、と思うのだけれど、ナインの棲んでいる沼と、ぼくらの街は、隣接しているにもかかわらず、まったく異なる世界であるために、どうぶつを保護したらまずお医者さんへ、という意識は、ナインにはなく、そもそも、そのねこは、ぼくの住んでいる世界の生きものなのだから、ぼくがあずかるのが妥当なのでは、とも考えたのだけれど、ナインは、ちょっとこわいくらいの鋭い眼差しで、ぼくに任せてほしい、と言い切るのだった。ねこは、いま、ナインの部屋のベッドで、ねむっているのだという。ぼくは、そういえば、ナインの部屋にはもちろんのこと、沼にも行ったことがない、と思って、すこし、さみしくなった。行ってみたいけれど、ナインはそれを、ゆるしてくれないような気もした。湯気のたつコーヒーに、角砂糖をふたつ入れながら、ナインは真向かいにいるぼくではなく、ぼくを透かして、遠くにいるなにかをじっと、みているようだった。

ナンバー / ナイン

ナンバー / ナイン

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-30

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