秋子
秋子はマゾである。それは生まれついての性癖だった。それを秋子は夢想の自涜で慰めていた。秋子は、月一回、ある本屋へ出かけていった。そこは裏通りの小さな本屋だった。そこに月一回のSM雑誌の発売日に、秋子はそれを買いに行った。秋子はその小説を読むのが好きだった。秋子はすぐには買わない。しばらく立ち読みしてから買うのである。書店のおやじはもう六十を越しているであろう。禿げた頭に白髪が少しある。チョッキを羽織り、老眼鏡をかけている。老人は秋子が立ち読みしているのをじっと眼鏡の奥から眺めている。万引きに対する警戒心とも違う。いくら老人とはいえ、毎月、秋子が買いに来ることは知っているだろう。かりに忘れたとしても、秋子が手にしているのは月刊のSM小説である。この老人にSM小説を立ち読みしているのを見つめられるのは、秋子にとって被虐的な官能だった。あの老人は何も親しく話しかけてこない。それはきっと秋子を視姦しているに違いない。そもそもSM小説を取り寄せているのもきっと自分のため、とも思われてくる。
ある時、SM小説がなかった。売り切れたのかと思って初めて老人に小声で聞いてみた。
「あ、あのSM秘小説ありますか」
すると老人は棚の下からそっとそれを差し出した。秋子以外の客に買われないように、そっと隠しておいたのだ。それ以来、秋子の官能はますます激しくなった。客の少ない店だったので。秋子はその書店に行く時、超ミニをはいて行ったり。極力、肌の露出したセクシーな服装で行った。時には、薄いブラウスやTシャツに、ノーパンやノーブラで行ったりした。秋子は黙読のスピードが速かった。秋子はSM小説を読みながら、すぐに蓬頭垢面の男にいたぶられる女に感情移入した。読みながら老人の視線にも、それを妄想した。あの老人は何も言わない。しかし無口な男は例外なくムッツリスケベだ。きっと、あの老人は、自分を裸にして縛ることを想像しているに違いない。老人の視線は秋子の起伏に飛んだ肉体を舐めまわすようでもある。視線はいつも胸と尻である。秋子はほとんど確信した。秋子も媚態を示した。本を探す振りをして、腰を曲げ、わざとスカートがめくれるようにしたり、ブラウスのボタンを胸元が見えるまで、はずしたりした。腰を曲げる時、老人の熱い視線を感じる。もう間違いない。老人は秋子を視姦しているのだ。老人の熱い視線を浴びて立ち読みして、レジにそれを出す時、秋子はもうクラクラしている。本は裏にして出す。秋子は五千円出す事に決めていた。老人がおつりの三千六百八十円手渡させるため。老人は無言のうちにおつりを渡すが、受け取る秋子の手はプルプル震えている。老人は紙幣と硬貨を、ゆっくり渡す。秋子はえもいわれぬ淫卑なスキンシップを感じてしまう。家に帰って、ベッドで寝転んで小説を読む。グラビアの写真も実にいやらしい。秋子はそれに感情移入する。丸裸で柱に縛られた美しい女を蓬頭后面の老人が、いやらしく筆でくすぐっている。秋子はそれにすぐに感情移入する。丸裸で縛られている美女が自分で、それを筆でくすぐる老人が書店の老人となる。秋子はさまざまな奇態な姿に縛められ、老人に、いやらしい事をされることを想像した。つい、パンティーの中へ手がいってしまう。秋子は何度も老人に縛られることを想像した。丸裸になって、写真のような奇態なポーズをしてみたりした。秋子の妄想の自涜はどんどん激しくなっていった。
ある時、それは真夏のある日だった。秋子はその書店に行った。超ミニにTシャツで。いつものように立ち読みして、レジに出した時、秋子は官能の悩みの激しさにクラリとよろめいて倒れてしまった。老人は秋子の傍らに行って屈み床に倒れた秋子を抱き起こした。
「大丈夫ですかいの」
「え、ええ」
秋子は顔を赤らめて言った。
「今日は特に暑い日だて。暑い中をまた歩いて、日射病で倒れるとようない。少し、家で休んでいきんしゃい」
「え、ええ」
言われるまま、秋子は家に上がった。老人は麦茶を盆に載せて持ってきた。秋子は遠慮がちに一口飲んだ。老人は秋子をじっと見つめている。老人はいやらしい目つきで秋子のミニスカートの奥の方に視線を向けている。秋子は思わずスカートをそっと押さえた。老人は薄ら笑いしながら。写真集を秋子の前に差し出した。SM写真集だった。老人は一項一項めくってみせた。秋子は、恐ろしさと妄想が現実だったことにおののいた。しかし、それは甘美な酩酊でもあった。
「ふふ。あんた。こういう風にされたいんやろ。わしをスケベな老人にして、妄想にふけっていたんじゃろ。わしに、この写真のように縛られることを想像してたんやろ」
秋子は言葉が出なかった。
「ふふ。わしもあんたの思うとおり、あんたを裸にして縛る想像をして楽しんでおったわ」もう秋子は蜘蛛の巣にかかった蝶だった。老人は麻縄を持ってくるとそれを秋子の前にドサリと落とした。
「さあ。裸になりんしゃい。あんたの夢をかなえてやるけん」
秋子は頬を紅潮させTシャツを脱いだ。ブラジャーをつけていなかったため豊満な乳房が露わになった。スカートも腰を浮かせて脱いだ。パンティーも脱いで丸裸になった。そこの毛はきれいに剃られていた。老人はそれを見て、
「ふふふ」
と笑った。秋子は胸と秘部を覆いながら座り込んだ。秋子は丸裸で見下されることに甘美な陶酔を感じていた。老人は秋子の後ろに回って、胸と秘所を隠している秋子の手を後ろに捩じ上げた。
「あっ」
秋子は反射的に声を漏らした。老人は秋子を後ろ手に縛った。そして、その縄尻を前に回し、乳房の上下に二巻きずつ縛った。乳房がきつい縄の縛めによって縄の間からはじけ出た。
「さあ。立ちんしゃい。腰縄をしてやるけん」
老人に立つように言われて秋子はヨロヨロと立ち上がった。老人は縄を二つに折って秋子のくびれた腰にしっかりとくくって腰縄をつくった。そして、その縄尻を秋子の女の谷間に通し、後ろに回し、しっかりと尻の割れ目に食い込ませ、グイと引き絞って、横に走る腰縄に結びつけた。縄が女の敏感な所に食い込む感覚に秋子は、
「ああー」
と声を洩らした。
「ふふ。縄が食い込んで気持ちいいじゃろ。しかし、この縄は女の秘所を隠す役目もするからの。どんな格好をしても、恥ずかしい所は手で隠さずとも見えぬからの。心置きなく好きなポーズをとりんしゃい。まだ、あんたは羞恥心を捨てきれんでいるからの」
老人は等身大の姿見の鏡を秋子に向けた。秋子は胸縄と縄褌で縛められた自分を見て赤面した。が、まさに自分が夢にまで見た、みじめ極まりない姿になれたことに被虐の快感を感じていた。秋子は力無くクナクナと座り込んだ。が、意地悪な縄褌はきびしく食い込んだままついてまわる。
「さあ。うつ伏せになって、膝を立てて尻を上げんしゃい」
言われるまま、秋子はうつ伏せになって、膝を立てた。秋子は顔を畳につけ尻だけ高々と上げているというみじめ極まりない格好になった。後ろ手に縛められているため、上半身の体重が顔と肩にかかって、顔が押しつぶされる。
「ふふ。乳房が押しつぶされて、綺麗に見えるわ。それに尻も丸見えじゃ。しかし、恥ずかしい所はしっかり縄に隠されて見えんから、安心してもっと股を開きんしゃい」
老人に言われるまま秋子は脚を開いた。体はすべて丸見えでも、食い込み縄のため、恥ずかしい所は隠されると思うと秋子は意地悪な食い込み縄に感謝する思いだった。
(どんな恥ずかしいポーズをしても、恥ずかしい所は見られないんだわ)
そう思うと気持ちが大胆になって、
(さあ。もっと見て。秋子の恥ずかしい姿をうんと見て)
と心の中で叫んで、脚を開いた。老人はしばらく尻を高々と上げた秋子の恥ずかしい姿を見ていた。
「この姿のまま、股の縄を解いて浣腸するのもいいものじゃが、どうするかの」
「こ、こわいわ。許して」
「ふふ。わかった」
その代わり、と言って老人は熊の毛で突き出た尻や恥ずかしい所をスッとなぞった。
「ひいー」
秋子は悲鳴を上げた。
「ふふ。かわいいの。つらさと恥ずかしさには、こうやって耐えるんじゃ」
そう言って老人は秋子の背中で縛められている手を掴むと親指を残りの四指で握らせた。
「ほれ。力を込めて親指をしっかり握ってみんしゃれ。物を握る力が、つらさを逃がし、隠しているという気持ちが恥ずかしさを弱めてくれる」
言われて秋子は親指を残りの四指でギュッと握った。老人の言ったとおりだった。秋子はこの後、ずっと親指を握り続けようと思った。しばしたった。
「もう疲れたじゃろ。その苦しい姿勢は、もうやめて、正座しんしゃい」
言われて秋子は手の使えない苦しい姿勢から体を捩じらせて上半身を起こし腿をピッチリ閉じて正座した。背後には大黒柱がある。正面の鏡には裸の体を縄で縛められている、みじめな自分の姿が写っている。乳房が縄でいじめられているようで恥ずかしい。谷間に食い込む縄も少しの体の動きによって、意地悪く敏感なところをこすってくる。
「ふふ。これは反省のポーズじゃよ。さっきのは屈辱のポーズじゃ。今までわしを挑発した自分をしっかり反省しんしゃい」
そう言って老人は垂れている乳房を毛筆でスッとなぞった。
「ああん」
動くと股縄が敏感な所をズイと刺激する。
「ふふ。これで髪を縛って、吊るす、という責めもある。やってみるかの」
「いえ。許して下さい」
秋子は顔を紅潮させ首を振った。
「そうか。じゃあ、このまま柱に背をもたれんしゃい。あんたも疲れたじゃろ」
秋子は背後の大黒柱に寄りかかった。
「ふふ。柱を背に立たせて縛るのが縛りの基本なのじゃがの。まあ、今日はよかろう。これからは、この柱はお前さんの柔肌のぬくもりを思うさま吸い取る責め柱じゃ。これからが楽しみじゃの」
「さあ、そう脚を閉じてばかりおらんで、大きく開いてみんしゃれ」
言われて秋子は脚を大きくM字に開いた。鏡に、恥ずかしい姿が写る。何もかも全てが丸見えだが、股縄が割れ目にしっかり食い込んで、割れ目の奥は見えない。老人は女の部分のあたりをを筆でスッと刷いた。
「ああー」
みじめさと恥ずかしさのため、恥ずかしい肉が膨らんでいき、あたかも肉が縄をしっかり挟んでいるかのごとくになった。
「ふふ。被虐の快感に我を忘れて酔うがいい」
老人はしばし大黒柱を背に大きく足をM字に開いている秋子を薄ら笑いで眺めていた。
「こんどは片足吊りをしてみるかな」
「いいわ。やって」
ほとんど叫ぶように秋子は言った。老人は秋子を大黒柱からはずして畳の上に仰向けに寝かせた。
老人は秋子の右足首を縄で縛った。そして天井の梁にかけて、ゆっくりと引き上げていった。片足が引き上げられていき、ついに一直線にまでなった。秋子は仰向けに畳の上に寝て、片足を高々と吊られているというみじめ極まりない格好になった。老人は、
「ふふふ」
と笑った。
「ふふ。これは片足吊りのポーズじゃ。簡単な縛りじゃが、これでは大の男でも抜けられはせぬ。その上、恥ずかしい所は縄がなければ丸見えじゃ。縄に縛られている事に感謝しんしゃれ」
それは確かに抜けられぬ、この上ない恥ずかしいポーズだった。
「ふふ。乳房も尻も秘所も縄が無ければ丸見えじゃ。どうじゃな。今の気持ちは」
「ああっ。いいわっ。見て。私の恥ずかしい所を。見て。私の体を隅々まで」
秋子は被虐の喜悦の悲鳴を上げた。
「ふふ。縄があるから恥ずかしい所は見えんよ。どうじゃね。股の縄の感触は」
「いいわっ。このいやらしい感じ、最高だわ」
「ふふ。このまま肉に洗濯バサミをつけたり、蝋燭を垂らしたり、顔や乳房を足で踏んだりする事も出来るが、どうじゃな」
「い、いいわ。何をして下さってもいいわ。メチャクチャにして。私を生きたまま恥の地獄に落として」
老人は、ふふ、と余裕の笑いをした。
「ふふ。今日は何もせぬがよかろう。このまま被虐の法悦境にしばし何もかも忘れて浸るがよい」
しばしの時間がたった。
「ふふ。この屈辱縄をとったら、全てが丸見えになるが、どうするかの」
「とって。お願い。そして私の恥ずかしい所を見て。私のすべてを見て」
秋子は叫んだ。秋子のアソコはじっとりと濡れ、縄もその粘液が浸み込んでいる。
「ふふ。今日はすべて見るのはやめておこう。そのかわり、縄は解こう」
そう言って老人は秋子のパンティーをそっと、秘所の上に載せた。そして屈辱縄を解いた。
「ふふ。どうじゃな。今の気持ちは」
「ああっ。いいわっ」
「そうじゃろ。パンティーは、ただ載っているだけで、手で除ければ恥ずかしい所は丸見えじゃ。いつ見られるか、わからない恐怖感が被虐心を煽るんじゃよ」
「そ、そうよ。その通りよ。この恐怖感が最高」
「よし。足も疲れてきたことじゃろう。今日はこのくらいにしておこう」
そう言って老人は梁の縄を少しずつ下ろしてゆき、足が床につくと足首の縄を解いた。そして後ろ手の縛めも解いた。秋子はしばし、我を忘れて裸のまま横向きに瞑目していた。ツクツクホウシが鳴き出した。老人に揺り動かされて秋子は起きた。老人は秋子に下着と服を渡した。
「シャワーを浴びてきんしゃれ。わしは覗きはせんから安心しんしゃれ」
「ありがとう」
秋子は服を胸に抱えて浴室に行きシャワーを浴びた。そして服を着て戻ってきた。
「ふふ。どうじゃったな。今日は」
「最高に気持ちよかったわ」
「ならばまた来るかの」
「はい」
「よし。じゃあ、今度はどんな縛りをされて、何をされたいか、考えてくるがよかろう。縛りも無数。責めも無数じゃ。蟹縛り、胡坐縛り、狸縛り、海老縛り、吊るし縛り、机上縛り、椅子縛り、大股開き。責めも、棒つつき、蝋燭、剃毛、擽り、顔踏み、浣腸、虫責め、錘吊るし、梯子責め・・・と無数じゃ。今度は仲間を呼んできて多数の男に取り囲まれて、見られ、責められるというのも、一人に増していいものじゃ。ただし勇気がいるがの。無理じいはせん。わしはあんたの素性も住所も聞かん。また本だけ買いに来るのもよかろう」
「いえ、必ず来ます」
「まあ、無理せんでもええ。あんたはここの住所と電話番号は知っておるのじゃから、あらかじめ手紙なりと、してほしい責めと日にちを知らせてくれれば、抜かりなく用意しておこう」
「どうしてそんなに親切にしてくれるんですか」
「わしはあんたが来るかどうか、分からないのも、楽しみじゃからよ。世の中、すべて分かってしまっては面白うはない。見捨てられるもよし。この道では嫉妬も不安も喜びなのじゃ。ただ、あんたのため、本はちゃんととっておこう」
「有難う。私も一度だけ楽しませといて、捨てるなんてのも面白いわね」
「ふふ。それがあるからあんたを少しでも気を損ねることは出来ないのじゃ」
秋子は微笑して本を小脇に抱え、帰っていった。
「複数の男の人の前で晒し者になりたい。日にちは・・・。秋子」
という手紙が老人の所に来たのは二日後の事であった。
秋子