ホテル

岡田純は医者である。医学部を卒業してから、ずっと精神科医として、やってきた。精神科医は、みな、精神保健指定医の国家資格を取る。精神科医は精神保健指定医の国家資格を取って、初めて一人前の精神科医となる。彼は、ある田舎の精神病院に、精神保健指定医の資格を取ることを条件に就職した。しかし、院長は、したたかな人間で、彼に指定医の資格を取らせない。ようにする。それは、指定医の資格を取って、病院をやめられて、より良い病院に就職することをおそれて、であった。院長は、慈恵医大出で、常勤の医者も、みな、慈恵医大出で、学閥が強く、彼を、あからさまに余所者あつかいした。

とうとう、彼は、院長の、したたかさに我慢できなくなり、その精神病院をやめた。
それで、眼科クリニックの代診のアルバイトをやって、収入を得ることにした。精神病院の給料は、それなりに、良かったが、金があると、つい使ってしまうので、預金通帳の残高は、増えることはなかった。

純は、以前から、眼科クリニックの代診のアルバイトをかなり、やっていた。眼科クリニックといっても、コンタクトショップに隣接した、コンタクトレンズを処方するだけの、眼科クリニックである。スリットで角膜に傷がないか、結膜に、炎症がないか、を調べるだけの、簡単な診療だった。コンタクトレンズに関連して起こる、角膜の傷、や、アレルギー性結膜炎、などの患者も、割合は少ないが、いて、その時には、点眼薬を出す。コンタクトに関係のない、麦粒腫(ものもらい)、や、角膜異物の患者も、たまに、来ることもある。しかし、その程度である。もちろん、白内障の手術や、緑内障の治療などは、出来ない。し、手術器具も無い。なので、医療界では、コンタクト眼科をアルバイトでやっている医者を、ニセ眼科医などと、言っていて、あまり、評判は、良くない。しかし、背に腹は変えられない。医師免許を持っていれば、何科をやってもいいのであり、違法なことをしているわけでもない。なので、彼は、コンタクト眼科のアルバイトを、始めた。

ある時、コンタクト眼科と提携している、コンタクトレンズの小売りを、全国的に展開している、コンタクトレンズ小売りの会社の社員が、診療中に、やってきた。こんど、盛岡に、コンタクトレンズの小売店を、出店する予定なので、そのため、隣接の眼科クリニックも、作る。なので、そこの院長になってくれないか、という相談だった。彼は、以前にも、コンタクトショップに隣接した眼科クリニックの院長になって、くれないか、という、誘いを受けていた。しかし、週5日か、最低でも4日やってくれ、という条件ばかり、だったので、すべて、断ってきた。彼は、拘束されることが嫌いだったし、週4日、働くのは、嫌だった。しかし、今度は、週2日、土曜と日曜だけ、やって欲しい、と言ってきた。彼は、やることにした。とりあえず1年間やってみることにした。
土曜の朝、まだ日が明けない頃に、家を出て、始発で、行き、盛岡には、9時50分に着く。クリニックは、土曜は、10時~19時までで、その晩は、盛岡駅前のホテルに泊まり、日曜は、10時から17時30分までである。そして日曜の診療が終わると、上りの東北新幹線で家に帰る。家には、10時くらいに着く。

クリニックのすぐ近くに、コンタクトショップがあり、そこから眼科クリニックに受診を紹介する。
以前は、コンタクトショップの中に、小さな眼科クリニックを開設しているケースもあったが、これは、本当は、法的に問題があるのである。それで、厚生省が、全国のコンタクト眼科クリニックの一斉監査をして、厳しくなり、コンタクトショップと、眼科クリニックは、場所を、分けるようになったのである。コンタクトショップの店員や、アルバイトが、診療日である、土曜日と日曜日に、クリニックに来て、近視の度数や、乱視の有無を調べ、患者(というか、客)の要望も聞いて、適切なコンタクトレンズを処方する。院長は、角膜に傷がないか、結膜にアレルギー性結膜炎がないかを、スリットランプで、調べる、だけである。5~6回も、やれば、もう慣れて、出来る簡単な仕事である。

盛岡駅の周辺は何もない。駅とつながっている大きなショッピングセンターがあるだけで、他には何もない。関東なら、少し大きな駅なら、どこの駅でも、駅前には、大抵、ネット喫茶と、24時間営業のマクドナルドと、ファミリーレストランがあるが、それもない。24時間、営業しているのは、コンビニが二店舗と、すき屋の一軒だけである。あとは、ホテルだけである。ホテルだけは、やたらと多い。彼は、クリニックに一番近い、ホテルに泊まった。全国チェーンのホテル、東西インである。ホテルの受け付けは、曜日ごとに、人が決まっていて、土曜は、いつも同じ人だった。2、3人決まった人だったが、その中で、一人、きれいな女の人がいた。毎週、土曜日は、そのホテルに泊まるので、彼は、常連の客として、歓迎された。土曜日に彼が、ホテルに入って、その人と目が合うと、彼女は、
「いらっしゃいませ。いつも有難うございます」
と言ってニコッと笑った。もちろん、ホテルマンは、どんな客に対しても、笑顔で出迎える。サービス業は、みなそうである。だから、彼女の笑顔も、営業用のスマイルであることは間違いない。しかも、彼は、毎週、必ず泊まる、お得意さんの客なので、なおさらである。もちろん、彼は彼女を、初めて見た時から好きになった。
彼女の胸のネームプレートに、「佐々木」と書いてあった。
しかし彼女が、彼をどう思っているのかは、わからない。営業用のためだけのスマイルなのか、それとも、それ以上に、異性として、好感を持ってくれているのかは、わからない。こればかりは、どう思案を巡らしてもわからなかった。しかし、毎回、毎回、笑顔で迎えられるため、彼はだんだん、彼女が彼をどう思っているのか、知りたくなってきた。しかし、それを知る術はない。

だが、知りたくなってきた、と言っても、熱烈に関心があるわけではなかった。彼は小説を書くことだけが、この世で唯一の生きがいであり、それ以外のことは、どうでもよい事だった。もちろん彼も、女の人と付き合いたいという願望はあったが、それは、そんなに強いものではなかった。女とデートして話しても、たいして面白くない。ドライブして観光地に行ったり、テーマパークに行っても、虚しさを感じるだけだった。一日を無駄に過ごしたように感じるのである。人生の時間は限られている。「遊ぶ」ということは、人生の刹那的な享楽としか、彼には感じられなかった。その時間を、小説創作に使ったり、読書に使う方が、ずっと有意義だと思っていた。「遊ぶ」ということは、有意義に使える人生の時間を捨ててしまう、勿体ない行為だと彼は思っていた。彼は、月曜日から金曜日は、机に向かって小説を書いた。土曜日にホテルに泊まっても、ホテルの机で小説を書いた。しかし、彼は気分の波が激しく、落ち込んでいる時は、小説は書けなかった。小説が書けない時は、本を読んだ。彼の読書は、単に楽しみのためではなかった。もちろん、その意図もあるが、彼は、自分の小説創作のヒントになるような、小説を選んで読んだ。彼にとって読書は、小説創作のための勉強だった。
しかし、彼は胃腸が悪く、不眠症で、健康や気分の波が激しかった。
健康状態が悪い時は、本も読めなかった。というか、本を読むスピードが極度に低下した。健康状態が、より悪い時は、何も出来なかった。そういう時は、仕方なく、テレビを見た。以前は、健康状態の悪い時でも、机に向かって、小説を書こうとした。しかし、体調の悪い時は、一日、机の前に座ってウンウン唸っていても一行も書けない、こともザラにあった。彼にとって小説が書けない時は、精神的に死んでいるのと同じ状態だった。小説が、文学的に見て、いい作品か、悪い作品かなどということは彼にとっては関係なかった。世間で評価されるか、されないか、とかも、関係なかった。そもそも小説というものは、ベストセラーとなって世間で、わっと100万部を突破しても、時間が経って、過去の作品となって、世間から忘れ去られてしまう小説というのは、無数に存在する。時代が経つにつれ、新進作家は、どんどん出てくるし、読者は、絶えず、新進作家の書いた新しい小説を読みたがっているのである。しかし彼は、世間の評価などというものは、全く気にしていなかった。し、関心もなかった。世間にうけるために、書きたくもないのに、世間受け、を狙った小説などを、書く気もしなかった。彼の小説のほとんどは、彼の死と共に滅びるであろう。しかし滅びるとわかっていても、彼は書かずにはいられないのである。彼にとって、生きること、とは、小説を書くことだからである。そういった点で彼は純粋だった。

しかし、彼がクリニックの院長になってから、体調が悪くなってしまって小説が思うように、はかどらなくなった。まず、東北新幹線に問題があった。東北新幹線は、東京を出て、上野、大宮、仙台、盛岡と停車駅は少ない。時間も2時間30分と、そうかからない。しかし、時速300km/hで飛ばす新幹線の、微細な振動は、彼の胃腸にこたえて、非常に疲れた。さらに盛岡は寒く、クリニックの空調もあまり良くない。日曜日の診療が終わって、東北新幹線で家に帰ってきても、疲れが残る。そんなことで彼は体調が悪くなり、小説が書けなくなってしまった。体調が悪いと本も、読めない。とうとう彼は、うつ状態になってしまった。うつ状態になると、性欲も低下し、何も出来なくなる。それで毎日、布団に入って横になって、パソコンを見たり、テレビを見る毎日になった。何とかスランプを脱出しようと、テニスクラブでテニスをやってみたり、トレーニングジムで筋トレをしてみたりしたが、駄目だった。しかし彼は、今まで何度もスランプを経験し、それを乗り越えてきた経験があるので、焦らず、体調がよくなってくれるのを気長に待つことにした。

そんな、ある週末の金曜日のことである。
嫌だな、と思いつつ、彼は盛岡に行った。
彼は、朝が弱いので、土曜の早朝ではなく、前日の金曜に、盛岡に行って、ホテルに泊まることも、度々あった。前泊の宿泊料も、コンタクト会社は出してくれた。
東北新幹線の中では、彼は、ワゴンサービスが来ると、ついバニラアイスクリームを注文してしまう。小さいのに260円と高い。その上、ドライアイスで冷やしてあるため、非常に硬い。しかし、その硬いアイスクリームを力を入れて崩していって食べるのが、面白く美味しいのである。アイスクリームを新幹線の中で食べると胃腸によくないのだが、つい誘惑に負けて食べてしまうのである。
そうこうしている内に盛岡に着いた。
時刻は9時で、外はもう真っ暗である。ホテルは、駅から歩いて二分もかからない。
「いらっしゃいませ。いつも有難うございます」
いつものホテルの綺麗な女性が、ニッコリ笑って出迎えた。
彼は、不愛想に料金を払って、ルームキーを受けとった。そして、エレベーターに乗って部屋に入った。彼は、翌朝の9時30分にモーニング・コールを設定して、ユニットバスでシャワーを浴びて、ベッドに入った。どうしても、彼女の笑顔が、営業用のためだけなのか、それとも、それ以外の何かがあるのか、のかが気になってしまう。なので、なかなか寝つけなかった。

☆   ☆   ☆

翌朝、彼は、6時に目が覚めた。
7時にホテルの朝食を食べた。食べ放題だが、彼は、おにぎり2個と、けんちん汁一杯とコーヒー一杯だけである。他にも、漬物や鮭やサラダがあるのだが、彼は、おにぎり以外は、食べたいと思わなかった。食べるとすぐに部屋にもどってベッドに入った。食べることによって、胃に血液が行き、眠気が起こるので、彼はひと眠りした。そして、9時30分のモーニング・コールで目を覚ます。そして9時40分にホテルを出る。
チェックアウトで、ホテルのフロントにルームキーを渡す。あの受け付けの女の人が、
「いってらっしゃいませ」
と言ってニコッと微笑む。ホテルでは、彼の神奈川の住所はわかっているし、毎週、土曜に泊まるし、いつも領収書を書いてもらっているので、仕事で、盛岡に来ていることは、ホテルレディーも確信しているだろう。彼のクリニックは、ホテルから歩いて、三分もかからない。クリニックは、大きなビルの中にある。彼がクリニックに着くと、たいていアルバイトの人が、もう来ている。駅のショッピングセンターの中に、コンタクトショップがあり、そのアルバイトの人が、土曜日と日曜日は、クリニックの検査と会計をしているのである。彼は、
「おはよう」
と声を掛ける。アルバイトの人も、
「おはようございます」
と返事をする。
彼はホテルから持ってきた新聞を、コーヒーを飲みながら読む。今日は、どのくらいの患者が来るだろうか、などということは、彼の関心にない。彼は、法的には院長である。クリニックの院長の収入は、患者の診療報酬であり、支出は、テナント料や人件費、光熱費などの経費である。しかし彼は業務支援金という形で、毎月、定額の金が、契約している企業から振り込まれるので、感覚的には、自営業ではなくサラリーマン的なのである。患者は、たいして来ない。むしろ、患者が来ない方が、落ち着いて小説を書けるので、患者が来ないことを願っているのである。世間のクリニックの院長と逆である。変な院長もあったものである。そして、診療の合間には、パソコンで、小説を書いたり、本を読んだりしている。10時からの診療で、昼に一時間の休憩があり、午後7時で終わりである。単調な一日である。6時半に受け付けが終わり、7時になると、ほっとする。土曜は、7時を過ぎても、体調が良くて、小説を書ける時は、診察室に残って、小説を書くのだが、その日は、体調が悪くて、小説は書けず、本もあまり読めなかった。なので、診療が終えると、すぐにホテルに戻った。

フロントで、あの、きれいなホテルレディー、佐々木さんが、ニコッと笑って、「おかえりなさいませ」と出迎えるのだが、その日は、彼女は、受け付けには、いなく、若い小太りのホテルマンだった。やはり、あの、きれいなホテルレディーでないと、やはり、ちょっとさびしかった。彼はルームキーを受けとって、すぐに部屋に入った。そしてベッドに仰向けに乗った。彼はテレビをリモコンで、つけて、チャンネルをカチャカチャ回したが、面白い番組はなかった。それで次に、チャンネルをビテオシアターにした。ビテオシアターでは、洋画、邦画、ドラマ、アダルト、などがある。しかし、ビテオシアターは、500円のカードを買わないと、見れない。一日、200作、見放題などと書いてあるが、一晩で、200作、見ることは無理である。一作が2時間くらいだから、せいぜい、一作か二作、気にいったのを見るだけだろう。彼は、わざわざ500出してまで、ビデオシアターを見る気はしなかった。パソコンを持っているので、インターネットにつなげば、アダルトサイトは、いくらでもある。ただ、ビデオシアターにすると、タイトルと、内容のあらすじ、が書いてある画面が出て、小さな画面で、最初のシーンが一分ほど、見られる。要するに、内容の紹介である。

彼は、ビテオシアターのアダルトをカチャカチャと、回していた。たいして面白い、というか、エロティックな作品は無い。しかし、ある作品が彼の目にとまった。きれいなスーツ姿のOLである。少し感じが、佐々木さんと似ていた。タイトルは、「オフィス・レディー激しく悶える」と書いてある。あらすじ、のコメントでは、会社で、仕事が終わったあとに、OLと新入社員の男が残って、OLが、新入社員の男の前で、挑発的に脱いでいく、というものだった。ふと、床を見ると、ビデオシアターのカードが落ちていた。リネン交換の人が、落としていったのではなかろうか。
ともかく、「しめた」と彼は思った。
ともかく、ただで、ビデオシアターが見れるのである。

彼は、ビテオカードをビデオデッキに挿入し、チャンネルをビテオシアターにして、「オフィス・レディー激しく悶える」を映し出した。うつ状態で、性欲もなかったが、久々に興奮してきた。彼はアダルト映画は、早送りで見るのだが、その作品は、じっくり見ようと、最初から見た。ストーリーが、OLと新入社員の二人きりになった所だった。これからが山場である。彼は、ワクワクして画面に見入った。すると、突然、画面が、ザーと荒くなって、画像が乱れだした。
「ちぇっ。困ったな」
と彼は舌打ちした。彼は、ビデオを早送りしてみたり、巻き戻ししてみたり、色々、操作してみたが、駄目だった。しかし、どうしても見たい。なので、ホテルのフロントに電話した。
「もしもし。304号室です。ビテオシアターが映らないんですが・・・」
と、彼は少し、不快な口調で言った。
「まことに申し訳ありません。すぐ、うかがいます」

フロント係りの人が言った。彼は吃驚した。その声は、あの、きれいなホテルレディーの声だったからである。彼は、焦ってテレビの電源を切った。彼女は、土曜日は、いる日といない日があり、チェックインした時は姿が見えなかったので、今日は、いない日だと思っていたのである。彼女に対して少し荒い口調で言ってしまったことが、まず悔やまれた。しかし、もう仕方がない。彼の心臓はドキドキと早鐘を打った。
ピンポーン。部屋のチャイムが鳴った。
彼は、おずおずとドアを開けた。ホテルレディーの佐々木さんが立っていた。
「岡田さま。まことに申し訳ありません。失礼いたします」
そう言って、彼女は部屋に入ってきた。
「では、ちょっと不具合の原因を調べさせて頂きます」
そう言って、彼女は、リモコンを持ってピッと電源を入れた。
彼は吃驚した。なんと、画面に、「オフィス・レディー激しく悶える」が映し出されたからである。これは後で知ったことだが、ビテオシアターを見ていて、途中で、電源を切って、それから再度、電源を入れると、ビデオシアターの、見ていた続きが画面に映し出されるのである。要するに、電源を切ると一時停止の状態になるのである。これは、視聴者の便利さのための機能である。しかし。それを知っていれば、彼は、フロントに電話などしなかっただろう。しかし、もう遅い。さすがに、彼女も、「オフィス・レディー激しく悶える」の映像が現れた時には、赤面した。しかし、彼女は、何とか、不具合を直そうと、早送りしたり、巻き戻ししたり、色々と、操作した。しかし、ビデオは、途中で、画面がザーと荒くなってしまう。彼は、恥ずかしくて、極まりが悪くて仕方がなくオロオロしていた。
ついに直らないと判断したのだろう。彼女は、リモコンの操作をやめた。そして、彼の方を向いた。
「岡田さま。まことに申し訳ありません。原因は、わかりませんが、ご覧いただいていた作品は映りそうにありません」
そう言って彼女は、深々と頭を下げた。
「い、いえ。いいんです」
彼は、寝間着の裾を合わせて、赤面して手を振った。
「とりあえず、ルームシアターの代金500円、お返し致します」
そう言って彼女は、彼に五百円玉を渡そうとした。
「い、いえ。いいんです」
そう言って、彼は手を振った。
「しかし。そういうわけにはいきません。当ホテルでは、お客さまへのサービスを第一にしております。ましてや岡田さまは、毎週、泊まって下さる大切なお客様ですから・・・」
そう言われても彼は、赤面して黙っていた。
「あ、あの。岡田さま。作品をご覧いただけなくなって、さぞご不快でございましょう。申し訳ありません」
彼女は、深々と頭を下げた。
「い、いえ。そんなことはないです」
「あ、あの・・・」
と言い出して、彼女は、赤面した。
「な、なんですか?」
彼は聞き返した。
「あ、あの。私でよろしければ、あの作品の続きを演じさせて頂きたく思いますが、いかがでございましょうか?」
彼は、この申し出に驚いた。彼は、たじろいで何も言うことが出来なかった。黙っている彼に対して彼女は続けて言った。
「あの。岡田さま。私としましては、一向に構いません。お気をお使いにならなないで下さい。しかし、岡田さまにとって私のような女では、お目の毒になられるようでしたら、余計、申し訳ありません。どうか岡田さまの、ご希望をお聞かせ下さいませ」
彼女は恭しく、そう言った。
「目の毒だなんて、そんなことは絶対ありません」
彼は咄嗟に言った。
「では、僭越ですが、演じさせて頂きます」
「い、いえ。そんなこと・・・」
「あの。私としましては、一向に構いません。お気をお使いにならなないで下さい」
しかし、彼は、何も言えなかった。この場合、「お願いします」とも、「結構です」とも言えない。「お願いします」と言えば。彼女を辱めることになるし、彼もスケベであることを彼女に知られてしまう。「結構です」と言えば、彼女に女としての魅力がないと、彼が思っているように彼女に思われて、彼女の女心を傷つけてしまう。
彼は、しばし、呆気にとられて何も言えなかった。それで黙っていた。彼女は、彼の沈黙を、「了解」と解釈したのだろう。ようやく彼女は重たい口を開いた。
「岡田さま。お気を使わせてしまって申し訳ありません。色々、お悩みになっておられて、答えられないのだと、浅はかながら推測いたします。それでは。上手く出来るかどうか、わかりませんが、また、私のような者では、お目の毒になるかもしれませんが、誠心誠意、続きを演じさせて頂きます。途中で嫌になったら仰って下さい。すぐにやめます」
そう言うや彼女は、片手をホテルの制服の胸の上に乗せ、片手をホテルの制服のスカートの中に入れた。そして、ゆっくりと自分の胸を制服の上から揉み始めた。純は椅子に座って見ていた。部屋を出ていくわけにはいかない。し、目をそらすわけにもいかない。そんなことをしたら、彼女に恥をかかせてしまう。彼女は、ホテルの制服の上から、胸を揉みながら、時々、
「ああっ」
と喘ぎ声を出した。制服のスカートの中では、手が蠢いている。だんだん、ハアハアと、彼女の息が荒くなってきた。
「ああっ。感じちゃう」
彼女は、そう言って、制服のボタンを外していった。制服の中は、白いブラジャーだった。豊満な乳房がその中に納まっている。次に彼女は、制服のスカートのジッパーを降ろしてスカートを脱いだ。スカートの中は、ブラジャーと揃いの、白いパンティーだった。彼女は。ブラジャーとパンティーだけ、という姿になった。彼は思わず息を呑んだ。彼女のプロポーションは素晴らしかった。肩が華奢で、腕は細く、ウェストはキュッとくびれていて、脚はスラリと伸びている。しかし、それと対照的に、乳房と尻は大きく盛り上がっている。そのボリュームのある乳房と尻が、白いブラジャーとパンティーの中に、はちきれそうなほど窮屈そうに納まっていて、形よく、美しい女の体の曲線美を形成している。もし、彼女が、ビキニを着て、夏の浜辺を歩いていたら、ビーチにいる男たちは、皆、息を呑んで彼女を見つめるだろう。彼女は、ゆっくり、盛り上がったブラジャーとパンティーの上に、それぞれ、手を乗せた。ブラジャーとパンティーだけ、という姿は、覆いがあるだけで、ほとんど裸同然に見えた。そして、ゆっくりとブラジャーとパンティーの上から、揉み出した。しばしして、彼女は、また、体をくねらせてハアハアと喘ぎ出した。一生懸命、演技しているのか、それとも、本当に興奮しているのか、それはわからない。しかし演技だけにしては、あまりに迫真性があり過ぎる。
「ああー。感じちゃう。もうダメー」
そう喘いで、彼女は、ブラジャーのフロントホックを外した。形のいい、大きな乳房がプルンと弾け出た。彼は思わず、彼女の大きな乳房に目を見張った。彼女は、ブラジャーの肩紐を外して、ブラジャーをそっと床の上に落とした。彼女を覆っている物は、パンティー一枚だけである。パンティーは、女の恥部の肉を窮屈そうに納めて、形のいい盛り上がりを作っている。彼女は、露わになった乳房を、そっと片手で覆った。もう一方の手は、パンティーの上に翳した。それは、ちょうどボッティチェリのビーナスの誕生の姿と同じだった。それは、女が恥らっている時の美しいポーズだった。パンティーを履いているとはいえ、恥部の盛り上がりを見られるのは、恥ずかしくて反射的に手が行ってしまうのだろう。しばし、彼女は、その女の恥じらいのポーズをしていたが、次第に、ゆっくりと、露わになった乳房を揉み出した。片手はパンティーの上に翳したままである。弾力のある大きな乳房が揉まれ、ひしゃげたり、横に押しやられたりと、柔らかく形を変えた。そして、時々、乳房の上に屹立している乳首をつまんでは、コリコリと弄んだ。乳首は、だんだん屹立の度合いを強めて、尖っていった。彼女は、だんだん、ハアハアと息を荒くし出した。
「ああー。感じちゃう。もうダメー」
そう言って、彼女は、片手をパンティーの中に入れた。彼女は、片手で、露わになった乳房を揉み、片手でパンティーの中をモゾモゾと弄った。それは、演技とは、思えないほどエロティックだった。しかし彼女の痴態が演技なのか本気なのか、知る由はない。彼女は、体をプルプル震わせ出して、とうとうペタリと床に座り込んでしまった。彼のマラは、とっくに激しく勃起していた。
「あ、あの。岡田さま」
彼女は、始めて彼に声を掛けた。
「は、はい」
彼は、焦って、しどろもどろに返事した。
「あ、あの。ベッドに乗ってもよろしいでしょうか?」
彼女は、遠慮がちに聞いた。客のベッドに、断りなく乗ることは、ホテル従業員としてのマナーに反する事と、彼女は、しっかり、職務上の、けじめの認識を持っているのだろう。
「は、はい」
彼は、小さな声で返事した。
「あ、有難うございます。それでは、お言葉に甘えて、失礼いたします」
そう言って、彼女は、パンティー一枚の姿のまま、ハアハア喘ぎながら、ベッドの上に乗って、仰向けになった。あたかもフカフカのベッドの上に、美しい人魚が横たわっているように見えた。そこで、彼女は、また、片手で、露わになった乳房を揉み、片手をパンティーの中に入れて弄り出した。彼女は、スラリと伸びた美しい脚を大きく開いてみたり、うつ伏せになって、尻を高々と上げてみたりと、様々な姿態をとりながら、ハアハア喘ぎながら、オナニーを続けた。ベッドに乗る時に、彼女は、髪留めを外していたので、艶のある美しい黒髪が、ベッドの上に扇を開いたように散らばり、姿勢を変えるたびに、髪も乱れた。女の髪は、性器と言われることがあるが、彼はまさに、そう感じた。
「あ、あの。岡田さま」
彼女は、ハアハア喘ぎながら、彼に声を掛けた。
「は、はい」
彼は、ドキドキしながら、小さな声で聞いた。
「あ、あの。よろしければ岡田さまも、ベッドにお乗りになりませんか?」
彼は吃驚した。しばし、彼は答えられなかった。
「い、いいんですか?」
「当然です。これは、岡田様が、お使いになるベッドなのですから」
「で、でも。今は、あなたが乗っていますから・・・」
「いえ。岡田さま。お気を使わないで下さい」
彼は、おずおずとベッドの上に乗った。
彼女は、脚を大きく広げて、女の恥部を弄っている。
「あ、あの。何をすれば、いいのでしょうか?」
彼は、恐る恐る聞いた。
「何なりと、岡田さまの好きなようになさって下さい」
彼はしばらく、大きく開かれた彼女の脚の付け根のパンティーを見ていたが、どうしようもなく興奮してきて、もう我慢の限界になっていた。それで、彼は、マラをさすりながら鼻先を彼女のパンティーに近づけた。女の匂いが彼の嗅覚を刺激した。
「ああっ。いい匂いだ」
彼は、思わず呟いてしまった。
「ああっ。岡田さま。そんな所は、汚いです」
彼女は、顔を真っ赤にして、開いていた脚を少し閉じようとした。
「いえ。いい匂いです。でも、あなた様が、イヤなのでしたら、やめます」
彼はキッパリと言った。そして鼻先をパンティーから少し引いた。
「申し訳ありませんでした。岡田さまが、お望みなのでしたら、何なりと好きなようになさって下さい」
そう言って、彼女は、プルプルと脚を震わせながら、閉じようとした脚をまた開いた。彼女の顔は、激しく紅潮している。彼は、彼女の、体を、胸から足先まで隈なく見た。彼女は、恥ずかしさに、じっと耐えているようだった。
彼は、彼女の体に触るのをためらっていたが、触るのにいい口実に気づいた。
「あの。佐々木さん。お体をマッサージさせて貰ってもよろしいでしょうか?」
彼は聞いた。
「は、はい。構いません。ご迷惑をおかけした上、お客様にマッサージまで、して頂くことは、心苦しいことですが、岡田さまがお望みであるのでしたなら、何なりとなさって下さい」
彼女が了解したので、彼は、やった、と喜んだ。
彼は、彼女の体を、ひっくり返して、うつ伏せにした。
そして彼は、彼女の足の裏から、スラリとした、下腿、太腿、脚の付け根へと、念入りに、指圧したり、揉みほぐしたりしていった。柔らかい女の体の感触に、彼は、この上なく酔い痴れた。右足を念入りに、マッサージすると、次は、左足をマッサージしていった。
「ああっ。岡田さま。気持ちいいです。こちらがサービスをするべき、お客さまに、こんな労作をさせてしまうのは、たいへん心苦しいことですが・・・」
彼女は、そんな感想を述べた。
彼は、彼女のきれいな形の足を見ている内に、どうしても、彼女の体を舐めてみたくなった。もう我慢の限界だった。
「あ、あの。佐々木さん」
「はい。何でございましょうか?」
「足に軽くキスしても、いいでしょうか?」
「はい。岡田さまが、お望みであれば、何なりと好きなようになさって下さい」
「有難うございます」
彼は、やった、と飛び上がらんばかりに喜んだ。
彼は、彼女の足首をつかんで、足指を開くと、薬指をチュッと口に含んだ。
「ああっ。岡田さま。そんな所は汚いです」
彼女は、顔を真っ赤にして、足を少し引こうとした。しかし、彼は、彼女の足首をギュッとつかんだ。
「いえ。いいんです。僕は、あなたのような、きれいな方の足に、たまらなく興奮するんです」
そう言って彼は、曲がりそうになった、彼女の膝をピンと伸ばした。
「わ、わかりました。岡田様に、そんな汚い所を舐められるのは、心苦しく、申し訳ありませんが、岡田様が、お望みなのでしたら、存分に好きなように、なさって下さい」
そう言って彼女は、足の力を抜いた。
彼は、彼女の足の指を開いて、足指を一本一本、口に含んでいって、丁寧に舐めていった。
「ああー」
彼女は、顔を紅潮させて、足をプルプル震わせて、それに耐えた。彼女が何を思っていたか、どんな感情が彼女の中で動いているのかは、知る由がない。彼は、足指を全部、舐め終わると、肌理の細かい彼女のスラリとした脚を、足の甲から、脛、膝、太腿へと、足先から脚の付け根の方へ向かって、キスしていった。その感触はまさに天国の美味だった。
片方の脚が終わると、もう片方の脚でも同じようにした。
それから、彼は、彼女の体を反転し、今度は、彼女を仰向けにした。
そして、彼女の臍、腹、首筋、腕、手の指など、彼女の体のありとあらゆる所に隈なくキスしていった。
「ああー。柔らかくて温くて、素敵な肌だ」
と言いながら。彼女は、乳房を隠そうとは、しなかった。手を適度に開いて、人形のように動かずに、彼にされるがままに、身を任せていた。
「ああっ。ああっ」
と、時々、喘ぎ声を出しながら。
乳房の上に屹立している乳首が、彼の目にとまった。
「佐々木さん。乳首も、舐めていいでしょうか?」
彼は、勇気を出して聞いた。もう、彼女の全身を舐めたため、ためらう気持ちも、小さくなっていた。
「は、はい。どうぞ、ご自由になさって下さい」
彼女は、紅潮した顔で言った。
彼は、彼女の片方の乳首を口に含んだ。
「ああー」
彼女は、反射的に、眉を寄せて、苦しげな表情になり、苦しげな喘ぎ声を出した。
彼は、口の中で、彼女の乳首を弄った。
「ああー」
彼女の上げる苦しそうな喘ぎ声と共に、乳首は、どんどん硬く尖っていった。彼女の心は、わからないが、彼女の体は、間違いなく、興奮しているのである。
彼が、乳首から、口を離すと、激しい興奮によって口腔内に分泌された粘々した唾液が彼女の乳首にベッタリとついていて、それは切れることなく蜘蛛の糸のように、彼女の乳首と彼の口をつないでいた。彼は、もう一方の乳首も、同じように口に含んで、念入りに弄んだ。
次に、彼は、顔を彼女の顔に向けた。彼の鼻と彼女の鼻は、触れ合わんばかりの距離である。
「佐々木さん。口にキスしてもいいですか?」
彼は、躊躇せず聞いた。
「はい。構いません」
彼女も、躊躇せず答えた。
彼は、顔をそのまま、降ろしていって、彼女の唇に彼の唇を重ね合わせた。
彼女の唇の感触は、とても柔らかかった。
彼が、舌を彼女の口の中に入れて、彼女の口の中を弄っていると、彼女も舌を伸ばして、彼の舌に触れ合わせてきた。激甚の興奮が彼を襲った。彼は夢中で、自分の舌を彼女の舌に絡め合わせた。彼女の舌も、それに呼応して積極的に動いた。二つの舌は、生きた動物がお互いを求めあうように、じゃれ合い、もつれ合った。その状態で、かなりの時間が経った。
彼は、一呼吸するために、彼女から口を離した。そして、まじまじと彼女の顔を見た。
「ああっ。佐々木さん。好きです」
彼は、明け透けに愛を告白した。
「それは、どうも有難うございます。岡田さまに、そう言って頂けると、私も嬉しいです」
彼女はそう言った。それだけでは、彼女が彼をどう思っているのかは、わからないが、そんなことは、今の彼にとってどうでもよかった。彼の精神は極度の興奮で、理性を失っていた。
「ああっ。好きです。佐々木さん」
彼は野獣の咆哮のように、叫んで、彼女をガッシリと抱きしめた。
そして、再び、キスしたり、パンティーに顔を押しつけてみたり、うつ伏せにして、パンティーに覆われた尻に顔を押しつけてみたりと、彼女の体を心ゆくまで味わった。
ふと、時計を見ると、もう夜中の3時を過ぎていた。
明日は仕事がある。睡眠不足になってはよくない、と彼は思った。
「佐々木さん。お疲れになったでしょう。もう、このくらいにしておきましょう」
そう言って、彼は彼女を抱き起した。彼女は彼を見てニッコリ笑って、
「はい」
と答えた。
彼は、床に散乱している、彼女のブラジャーや服をかき集めて、持ってきた。
「さあ。着て下さい」
そう言って彼はホテルの制服や下着を彼女に渡した。彼女は、
「有難うございます」
と言って、ブラジャーをつけ、その上に、ホテルの制服とスカートを履いた。
「岡田さま。ご満足いただけたでございましょうか?」
彼女が聞いた。
「ええ。もちろんです。どうも有難うございました」
彼は、深々と頭を下げた。
「そうですか。それは、よかったです」
そう言って彼女も頭を下げた。
「それでは、これで失礼いたします。どうぞ、ごゆっくり、お休み下さい」
彼女は、また深く頭を下げて、部屋を出ていった。
彼は、しばし呆然としていた。
しばし激しく興奮していたが、疲れと、睡眠薬の作用で、彼は眠りに落ちていった。

翌朝、彼は、9時40分にモーニングコールで目覚めさせられた。
チェックアウトする時、彼女は、いつも通り、
「いってらっしゃいませ」
とニコッと挨拶した。
彼は、昨日のことが、本当にあったことだとろうか、と疑問を持った。彼女の態度は、昨日のことなど、全くなかったかのようである。その次の週にホテルに泊まった時も、彼女の態度は、誠実なホテルレディーの態度だけだった。そのまた、次の週も、誠実なホテルレディーの態度だけだった。
彼は、ひょっとすると、彼女に対する妄想が、強すぎて、あんな夢を見たのかのかも、しれない、と思うようになりだした。あんなことは、あまりにも、現実的にあり得ないことである。それに、あれほどのことをして、彼女が、翌日、ケロリとしていられるはずもない。

それから二か月後、週6日やる、という盛岡に住んでいるドクターが出てきたので、彼は、盛岡のクリニックの院長を辞めることになった。
結局、あの晩の出来事が、夢だったのか現実だったのか、は、わからないまま、に終わった。

盛岡の眼科クリニックをやめて、岡田は、また、神奈川県の、ある精神科の病院に就職した。今度の病院は、前回のような、学閥のない精神病院で、院長も、彼に精神保健指定医の資格を取ることに、協力的だった。
数日、経った時である。
彼の携帯がピピピッとなった。
「はい。もしもし・・・」
「あ、あの。岡田さんでいらっしゃいますでしょうか?」
「はい。そうです」
「あ、あの。私。盛岡駅前のホテル、東西インの、佐々木です。覚えていますか?」
「ええ。覚えています。久しぶりですね」
「あ、あの。もし、よろしければ、お会いして頂けないでしょうか。私。今、ホテルの仕事で、横浜に来ています」
「ええ。いいですよ」
「今日は、何か、御予定は、おありになるでしょうか?」
「いえ。何もないです。今日、5時で仕事が終わりになります。その後、会いましょうか?」
「それは、ありがとうございます」
「では、どこで会いますか?」
「私。今、新横浜の、東西インの、直ぐ前の喫茶店、ルノワールにいます」
「では、仕事が終わり次第、行きます。よろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。待っています」

彼は、5時に仕事が終わると、新横浜へ車を飛ばした。
彼女とは、ホテルの従業員と、宿泊客という、ビジネス上の関係なので、「お会いしたい」などと言われて、彼は、胸がドキドキしてきた。普通、こういうことは、無いものである。彼は、あの晩のことは、本当に起こったことなのか、それとも、夢だったのか、聞き出そうと思った。そう思うと、心臓がドキドキしてきた。新横浜の、東西インの前には、喫茶店ルノワールがあった。彼は駐車場に、車を止めて、ルノワールに入った。
奥のテーブルに、彼女がいた。
彼女は、アイスティーを前に、テーブルに着いていた。
「こんにちは、じゃなかった、こんばんは。久しぶりですね」
岡田は、そう言って、テーブルに着いた。
「岡田さま。お久しぶりです。突然、お呼び出し、してしまって、申し訳ありませんでした。たまたま、横浜に用があって来たので、岡田さまに、お会いしたくなってしまって・・・」
そう言って、彼女は、深く頭を下げた。
「いえ。気を使わないで下さい」
と岡田は言った。
岡田は、彼女と同じアイスティーを注文した。
「さっそくですが、何の用でしょうか?」
と岡田は聞いた。
「はい。それは・・・えーと・・・あの・・・」
しかし、彼女は、顔を赤くして、言い出しにくそうに、モジモジしている。それで、岡田の方から切り出した。
「実は、僕は、ある、荒唐無稽な、疑問をあなたに対して持っているんです。たぶん、それは、夢で、僕の間違いだと思うんですが・・・」
「何でしょうか。それは?」
彼女が聞いた。
「実は、ある日の夜、ホテルのアダルトビデオを見ていたんです。そしたら、ビデオが途中で故障して、あなたが、僕の部屋にやって来て、あなたが、アダルト女優を演じる、というものなんです。僕は、あれは、夢だったと確信しているんです。いくらなんでも、そんな非常識なことが行われるはずがありませんから。しかし、でも、もしかすると、ひょっとすると、本当にあったことなのかという疑問も、どうしても、今でも、微かですが、捨てられないんです。そんなことは、ないですよね。ははは。僕は、それを、あなたの口から聞きたいんです」
もう、あのホテルに泊まることもないので、岡田は、気が楽だったので、ためらう気持ちもなく、ズバッと聞いた。
「それは、本当です」
彼女は顔を赤らめて小声で言った。
「ええっ。本当なんですか?」
岡田は吃驚して、あやうく、アイスティーを吹き出しそうになった。
「でも、どうして、そんなことをしたんですか?」
岡田は、彼女を覗き込むようにして聞いた。
「岡田さんが、私をどう思っているか、知りたかったからです」
彼女は、顔を赤らめて小声で言った。
「もうちょっと、詳しく話してくれませんか?」
そう言って、岡田は、アイスティーを一口、啜った。
「岡田さんは、ホテルに泊まる時、いつも、無表情です。ですが、私を時々、チラッと見ることもありました。それで、岡田さんは、私のことを、どう思っているのか、だんだん気になりだしたんです」
彼女は、顔を赤らめて言った。
「それは、もちろん、僕は、一目、見た時から、あなたを好きでした」
岡田は、堂々と言った。
「嬉しいわ。そう、岡田さまの口から、言っていただけると。でも、それなら、どうして、私に対して無表情だったんですか?」
彼女は、パッと笑顔になって、そして、声を強めて聞いた。
「それは、僕が、あなたに好意を持っている、ということを、あなたに、さとられたくなかったからです。だって、確かに、あなたは、いつも、僕に笑顔で接してくれました。しかし、それは、ホテルレディーとしての営業用スマイルですから。でも、僕も、あなたが、僕に対して、もしかすると営業用、以上の、好意を持っていてくれるのかも、しれない、とも、思っていました。僕は、それで、ずーと悩んでいたんです」
彼女は、突然、ふふふ、と笑った。
「どうしたんですか?」
岡田は、首を傾げて聞いた。
「私も、岡田さんと、全く同じです。岡田さんが、私のことを、どう思っているのかに、私は、ずーと悩まされていました。感情を表さない人は、女には魅力に見えるんです。そして悩まされるんです。ワクワクしてしまうんです。自分を好いてくれているのか、そうでないのか。だんだん、それに、興奮していってしまうんです。そして、その興奮の煩悶にとうとう耐えられなくなって、ああいう、大胆なことをしてしまったんです」
と彼女は言った。
「そうだったんですか。じゃあ、僕たちは、お互いに、同じことに悩んでいたんですね」
岡田は、微笑んで言った。
「ええ。それで、私が、ビデオカードを、わざと、部屋の床に置いておいて、そして故障するようにしておいたんです」
「そうだったんですか。でも、何で、あの夜の翌日から、全く何もなかったように、振舞ったんですか?」
岡田は眉を寄せて、疑問の目で聞いた。
「それは、あんな事をしたことが、ホテルに知られたら、問題になりますから。クビにもなりかねません。それに、岡田さんが、あのあと、私に言いよってくるのでは、という不安もありました。それに、いつも、ポーカーフェイスでいる岡田さんの態度が、何か魅力的に見えて、私も、そういう態度をとってみたくなったんです。それと、あの時は、夜で、岡田さんは、寝ぼけ眼でしたから、私を抱いてくれた、といっても、それは、アダルトビデオが見れなくて、その欲求不満が理由だけの、単なる性欲だけが目的なのか、それとも私に女としての、好意を持っていてくれているのか、わかりませんでしたから。でも、岡田さんが、今、はっきりと私を好きと言ってくれたことで、私は、無上に嬉しいです」
彼女は、一気に喋った。
「京子さん。ホテルに入りませんか。今度は、本心で」
岡田は、ためらうことなく堂々と言った。
「ええ」
彼女は、顔を赤らめて返事した。
そう言い合って、二人は、喫茶店を出た。

二人は、東西インのホテルの受け付けに行った。
まず、佐々木がチェック・インした。
そして続いて、岡田が、別の部屋にチェック・インした。
緊張で岡田の心臓の鼓動がドキドキと鼓動を打った。
トントン。
すぐに岡田の部屋がノックされた。
ドアを開けると、佐々木が立っていた。
「さあ。どうぞ。お入り下さい」
そう言って、岡田は、佐々木を部屋に招き入れた。
「失礼します」
佐々木は、もう遠慮なく、岡田の座っているベッドの隣りにチョコンと腰かけた。
「さあ。岡田さま。私を抱いて」
佐々木は、そう言って、岡田に身を任せようとした。
「待って下さい。佐々木さん」
「どうなさったんですか?」
「お願いがあるんです」
「何でしょうか?」
「東西インの制服は、今、持っていませんよね?」
「ええ」
「残念。あの制服姿のあなたに、僕は、興奮してたんです」
「制服フェチなんですね」
佐々木はニコリと笑った。
「ええ」
「もちろん、持っていません。でも、ちょっと、待っていて、下さい」
そう言って、佐々木は、部屋を出た。
すぐに、佐々木は戻ってきた。
彼女は、東西インの制服を着ていた。
「わあ。制服姿の佐々木さんだ」
岡田は、喜んだ。
「どうして借りることができたんですか?」
「私が東西インの社員であることを言って、ちょっと事情があって、制服を貸してくれないかって、頼んだんです」
岡田のズボンの股間の部分が、ムクムクと盛り上がった。
「佐々木さん。すみませんが立って下さい」
「はい」
佐々木は、立ち上がった。
彼女は、東西インの制服がピタッとフィットしていた。
岡田は、彼女の背後から、彼女にピタッと、抱きついた。
「ああっ。佐々木さん。素敵だ。制服姿の佐々木さんを、こうして、抱きしめるのが、僕の夢でした」
岡田は、制服姿の佐々木を、クンクンと匂いを嗅ぐように、夢中で、まさぐった。
「ああっ。いい匂いだ。佐々木さん」
そう言って、岡田は、佐々木をまさぐりまわした。
彼女も、だんだん、興奮してきて、ハアハアと息が荒くなっていった。
「ああっ。岡田さん。好きです」
岡田は佐々木をベッドに倒した。
そして、制服の上から、佐々木を抱擁した。
「岡田さん。脱がして」
佐々木が言った。
服がジャマと感じたのだろう。
しかし、岡田は、手を振って、断った。
「すみません。佐々木さん。あなたが制服を着ているので、僕は、夢想が叶って、時間をさかのぼって、最高の快感を感じているんです。どうしても、あなたが、制服を着ていることが必要なんです」
「わかりました」
岡田は、制服の上から、佐々木の体を、思うさま、まさぐった。
そして、岡田は、佐々木の、赤いペディキュアの足指を、一本、一本、開いて舐めた。
「ああっ。岡田さま。そんな所は、汚いです」
「いえ。僕は、足指に、興奮するんです」
そう言って、岡田は、一心に、赤いペディキュアの施された佐々木の足指を舐めた。
そして、制服の中に手を忍ばせて、胸を揉んだ。
ハアハアと佐々木の息が荒くなっていった。
「岡田さん」
「はい。何ですか?」
「い、入れてもらえませんか?」
佐々木は、少し顔を赤くして言った。
「はい。わかりました」
岡田は、佐々木のスカートを脱がして、男の一物を、佐々木の体の穴に挿入した。
岡田は、ペッティングは好きだったが、挿入は好きではなかった。しかし、彼女の頼みとあっては、断れなかった。
佐々木のアソコは、粘り気のある液体がダラダラ出ていた。
ゆっくり、往復運動をしているうちに、だんだん、クチャクチャと佐々木のアソコが音を立て出した。岡田も、だんだん、気持ちよくなりだした。
「ああー。いくー」
佐々木が叫んだ。
「ああー。いくー」
岡田も叫んだ。
二人は同時にいった。
岡田は、佐々木のアソコをティッシュで拭いた。
二人はシャワーを浴びた。
まず、佐々木が浴びて、次に、岡田が浴びた。
二人は、ベッドに座ったまま、メールアドレスと携帯番号を、教えあった。
「ありがとう。岡田さん」
「ありがとうございます。佐々木さん」
こうして二人は、その晩、ホテルに泊まり、翌日ホテルを出た。

翌日、佐々木は、盛岡にもどった。
岡田も精神保健指定医の資格を取るために、仕事に忙しい。
佐々木とは、時々、メールの遣り取りしている。


平成26年12月3日(水)擱筆

ホテル

ホテル

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted