白火日の魔法使い

プロローグ

❦ ❦ ❦

魔界が攻め込んできて一年がたった。
窓の外を見ると、あたりには瓦礫が散乱し、国民の姿はない。
(魔界には勝てない。もうこうするしか…)
意を決し、呪文を唱える。
「我が名はラード。我が命を削り、新たな力よ、生まれろ!」
それは、人々が触れようとしない、禁忌の魔法だった。
魔法が完成したその後災いが起こるといわれている、いわば呪い。
(なんでも構わない。人々が助かれば)
自分は国王なのだ。
皆を、国を生かさなければならないのだ。
魔法陣がまばゆくひかり、風が渦巻く。
その中に人が立っていた。


その目は、白く輝いていた。

泉の森で

木漏れ日のさした森の木立に、私は腰かけた。
サワサワと木の葉が風に揺れる音を聞きながら、目前の大きく澄んだ泉を眺める。

私、ネアのお父様が治める国には、レリューナの森という名の大きな森と、その中に同名の泉がある。
この国では聖域とされる、関係者以外は立入禁止の場所なんだ。
私は国王の娘だから特別に……というわけではなく、たんに私が勝手に侵入していて。
(バレたらまた怒られるわね)
幼い頃、忙しいお父様に一度だけ連れてきてもらったこの場所が、私は大のお気に入りになっていた。

私は白くふわふわの髪を後ろにはらう。
ちらちら目につく白い髪。
まだ子供なのに……。
立ち上がり、水面を見下ろしたら、長い髪がまた、顔の横におちた。

「綺麗な髪だね」

えっ……。
驚いて振り向くと、見知らぬ少年が立っていた。
「誰!?ここ、立入禁止なんだけど……!」
言ってから、「しまった!」と思った。
立入禁止なのは私も同じなんだ。
バレた!
私があわあわと手をばたつかせていると、少年はふっと笑った。
白い肌に、深い紫色の髪と鮮やかな真紅の瞳。
信じられないくらいに綺麗な少年の笑顔に、私はどきりとして動きを止めた。
(この子、人形みたい……)
ぽーっと見とれていると、少年は私の髪に手を伸ばしていた。
私はハッとして手を振り払う。
「ちょっと、気安く触らないで。貴方誰なの?」
私は少し怖かった。
この森には魔力結界が張られていて、並大抵の魔力の持ち主ではここまで来れない。
(私は国王の娘で、特別な魔力がある。でも、この子は……一体どうやって)
少年は赤い目で私を見つめた。
いや、正確に言うと…髪を見てる?
「ふぅん。本当に白髪なんだ。おばあちゃんみたいだね。アハハ」
なっ。
「はぁー!?なんなの貴方。いきなり無礼なんじゃないの」
「僕はレイク。よろしくしてよ、ネア」
私はびっくりした。
どうして私の名前を知ってるのよ?
もしかして、私この髪のせいで有名人になってる?
「ねぇ、その髪の色、嫌いなの?」
「えっ…、べ、別に嫌いじゃないけど…。どうして?」
「僕だったら絶対気にするから」
………。
(何なのこの子は。失礼すぎるでしょ)
「そうよ気にしてるわよ!ほっといてよ!目立つんだもん……」
「ねぇ、あっちには何があるの?」
私の言葉を無視して、レイクはお城がある方向とは逆を指さした。
その方向を見ると、泉の近くの木とは違う種類の木々が、深く立ち並んでいる。

「……あっちは行ったことない。強い魔力が感じるから。パパからは危険な場所としか聞いてないけど」
私は視線をレイクに戻した。
(ん?)
先程とはうってかわって、レイクは無表情に森の奥を見つめていた。
どうしたんだろう、今まで明るい顔してたのに。
ひょっとして……。
「怖いの?」
「えっ?」
レイクが目を丸くして私を振り返ったら、サラサラでつややかな髪が揺れ、更に美しく見えた。
「怖いなら、もう帰ったら?ここが立入禁止の場所なのは、ただ聖域だからっていう理由だけじゃないと思うの。きっと、危険もあるのよ」
自分のことを棚に上げて、レイクを帰るよううながした。
だってもしもバレたら、私は大目に見てもらえるとしても、レイクはきっと何かしら罰を受けないといけなくなる。
そこまで重くはないだろうけど、罰金とか嫌じゃない。

でもレイクは、
「怖いって何で?」
と言いながら私の手を掴んだ。
ちょ、なによ。
「僕、聞いたことあるんだ。レリューナの森の奥深くには、王族以外の者が入ったら二度と出てこれないって。どうしてだろう?」
「は?そんなの、聞いたことながないわよ」
私は怪訝な顔をしてみせた。
「……?どうして怒ってるの?」
ああ、もう。会話にならない。
私はビシッとレイクを指さした。
「いい加減なこと言ってないで早くここから出なさいって言ってるのよ。貴方は暇なんでしょうけど、私は貴方と話してる時間なんてないの。私を誰だと思ってるの?この国のプリンセスよ!」
ツンと顔を上げ、高らかに宣言した私をみてレイクは黙った。
(あ、あれ)
もっと驚くと思ったのにその顔は無表情だった。
でも、次の瞬間。
その顔は静かに微笑んでいた。
(な、なに…?)
あまりの美しさと冷たさに、息が詰まる。
レイクは赤い唇を開いた。
「なめてるの?」
「え、ちが……」
しまった、怒らせた。
今までのレイクの態度が無邪気だったせいか、まさか怒るとは思っていなかった。
「僕は、君よりずっといろんなことを知っているんだよ。君が知らないこと、知りたいこと、たくさん知ってる」
そう、囁くように言った。
その途端、木漏れ日の森に、影が降った。
「僕を侮らないことだね」
「そんなつもりじゃ……!」
どばっと汗がふきでて、言葉が続かない。
レイクの気分一つで周りの空気が変わった。
そう感じるのは私の気のせい……?
怖い、かもしれない。
ここに入れた時点で、この子は普通じゃなかったんだ。
「ねぇ、あそこ、行ってみよう」
「え……?」
私の手首を掴んだまま、レイクはゆっくりと、
森の奥を指さした。
やっぱり。言われる気がしていた。
「なにしに行くの?」
私は困った。
これ以上こいつを怒らせたくない。
でも、森の奥には、流石に入れない。
あそこには、いっちゃいけないんだ。
規則を破ってばかりの私でも、こういう分別はちゃんとついている。
「一緒に行きたいんだ。君王族なんだろう?大丈夫、ちゃんと戻ってこれるよ」
「でも貴方はそうじゃないでしょ?それにあそこあたりに漂う魔力は普通じゃない。絶対危ないから」
お願いします、諦めてください!
私は切実にそう願った。
けれど、レイクは掴んだままの私の腕を引っ張って、
「早くー」
「ちょっ……!」
物凄い力でむりやり歩かされる。
せめてもの抵抗に炎で攻撃してやろうかと思ったけど、怪我させたくはなかった。
そもそもこの子は私よりも強い。
魔力のコントロールができず、一定の力を封印されているというダメダメな私はこの得体のしれない子にきっとかなわない。
「す、すぐ帰ろうね~」
私は情けなく森の奥へと引きずられていったのだった。

❦ ❦ ❦

森は、思った以上に暗かった。
足場が悪い上にレイクが引っ張るから余計に歩きにくい。
「レイク、自分で歩くから離してよ」
「危ないから、僕につかまってたほうがいいよ」
(……つかまってるというか、掴まれてるんですけど。余計に危ないと思う……)
私は何度も転びそうになりながらも黙って歩いていた。
やがて、霧がたちこめてきて、足場が見えなくなってきた。
(だいぶ深くまで来たみたいだけど、なにもないよ)

「ねぇ、もういいでしょ?」
「もう少し奥へ」

前を向いたまま、レイクはそう言った。
「ちょっと、どこまで行くの?」
「もう少し奥へ」
レイクは同じことを繰り返す。

霧が深くなってきて、レイクの姿はもう見えない。
立ち止まろうとしたけど、私を引っ張る力は強く、振りほどけない!
それなのに、何故か腕を掴まれている感覚もなくなって。
「いやっ!なんで!?」
パニックになって、私の腕を掴むレイクの手を確認しようと腕を伸ばした。
「えっ……!?」

手などなかった。
いつの間にか、私は一人で歩いていたー!!

無邪気な性悪王子

「うそーん!!」
恐怖で悲鳴をあげたけど、私を引っ張る謎の力は弱まらない。
レイクはどこへ行ったのよ!

(どこまで行くの……!なんとかしないと!)
なにか良い方法はないかと、良くない頭をフル回転させる。
……何も思い浮かばない。
もしかして、このままずっと歩き続けるの?
い、嫌!そんなの嫌!
(怖い。誰か助けてー!)

ガッ、ドシャッ

「………」
コケた…。
顔面からもろにコケた。
でも……。
(と、止まった…?)
私は安堵して顔を上げた。
そして凍りつく。
目の前は霧もなく、真っ暗な闇が広がっていた。
「ここは、どこ?」
自分の声を確認するように、私は呟いた。
ドクンドクンと心臓が痛いくらいにうった。
(こ、ここは何処なの?どうして真っ暗なの?)
ハッとして、魔法で炎を出した。
白い炎があたりを照らした。
ホッとして立ち上がり周りを見渡すと、信じられない思いがした。
私はいつの間にか、鉄格子に囲まれた牢屋のような場所にいたのだ!
「ど、どういうこと!?森を歩いてきたはずなのに」
私は気が動転して炎をあっちこっちに振り回した。
すると、
「キャッ!」
と、悲鳴が聞こえたものだから、私は超驚いて声の方へ炎を向けた。
炎にうつし出されたのは、色白で華奢な体の女の子だった。
流れるような栗色の髪に、青い瞳。
ものすごく綺麗な子だ。
(よかった、人がいたんだ!)
私はホッとしたけど、
(ん?この子、どこかで見たような…?)
私が記憶を掘り起こしていると、少女は食いつき気味に口を開いた。
「あぁ、良かった……!こんなところでどうしようかと思ってたの!でもネア様もここに迷い込んでくるなんて」
「あ、やっぱり会ったことあるんだ。ごめんなさい、どちら様ですか?」
失礼ながらお聞きすると、少女は嫌そうな顔ひとつせず答えてくれた。
「この間、私の父の誕生祭でお会いしましたよ。ガレッド一族当主の娘、リシュと申します。改めてよろしくね」
(な、なんかすごいフレンドリーな子だな……)
暗い牢屋にいるのに雰囲気が、一気に明るくなる。
リシュちゃんは私の姿をじっと見た。
「!」
私は、自分が珍しい目の色をしているからだと思い一瞬嫌な気持ちになったけど、
「ネア様って髪がふわふわで可愛いなと思ってたの。パパのスピーチ中にもケーキをもりもり食べてて、なんて自由で素敵な子だろうって。ずっと仲良くなりたいなって思ってたんだ」
そう言って、リシュちゃんは白く温かい手で私の手をつつんだ。
何この子、いい子……。
(もりもり食べてるとこ、見られてたんだ……。でも、こんなこと言われたの始めて。私浮いてるから、学校では距離取られてるし)
リシュちゃんは後ろを振り向いて、
「カシア君、みてみて!ネア様が来たよ!」
「か、カシア君?」
まだ人が?
カシア君とやらは少し離れた場所にいるのか、この位置からは炎のあかりがとどかなかった。
私はカシア君の近くまで寄ろうとしたけどその前に無視できない別の顔を見つけた。
紫色の髪に、真紅の瞳を光らせた小柄な少年。
「レイク!」
「ネア、大丈夫だった?」
レイクはつかつかと私の方へ歩いてきて、私の鼻をちょんとつついた
「怪我してるよ、痛い?」
私はその手をパシッと払い除けた。
「誰のせいだと思ってるのよっ!なんで急にいなくなったりするの!!」
「えー?いなくなったのはネアでしょ。気づいたらいなくなってたじゃん」
「えっ、うそ!」
「なんてね」
レイクはつまらなそうにあくびをし、その後試すような目で私を見た。
「ここがどこかわかる?」
ここがどこかなんて知るわけない。初めて見た場所だもの。
でも横からリシュちゃんは、
「暗夜の国の、お城の牢屋だよね」
と答えた。
(暗夜の国?)
暗夜の国って、どこだっけ。
聞いたことはある。
私は今、私の住んでる国ではない場所に来てるってこと?
しかも牢屋?
「そ」
レイクはニヤリと笑った。
その瞬間、あたりが明るくなる。
牢屋は広い部屋にぽつんとにあり、部屋の周りについているたくさんのロウソクに真っ赤な炎がともっていた。
「父上の命令だったんだ。フェミール国の姫とレアガンド国の王子を連れて来いって。余計なの一人ついてきたけど」
そう言ってリシュちゃんを一瞥したレイクに私は食いかかった。
「ちょっとまって。私達は森を歩いてたのよ。それがどうして暗夜の国に!?」
「あの森は奥に進むにつれ空間が不安定になっていて、いつの間にか自分の都合の良い場所に行き着くことができるんだ。他国、魔界、人間界、水中…。僕はそれを利用しただけ。ただ森の霧には魔力があって、迷い込んだ王族を森の外へと返してしまう。だからその霧がある限り君は元いた場所へ戻ってしまう。途中、なにかに腕を引っ張られてたでしょ?」
「あ…」
あれは、霧が元の場所へ導こうとしてくれていたの…?
「僕も手を離していたわけじゃないんだけどね~。離したら別々の場所にとばされるし。で、君の足を引っ掛けたってわけ。霧の魔力は王族の血を引く歩く者だけが受けるから、転んでしまえばね。さすがの僕でもフェミール国から暗夜の国までは魔法で連れてこれないから、便利な森だったよ。こういう場所って結構たくさんあるんだ。君ら他の国の人は知らないだろうけどね」

「聖域様々だね」等と、なんの悪びれもなく言う少年に、私は怒りがこみ上げてきて抑えられなかった。
(信じられない。私のことだましたんだ!)
思わず振り上げた私の手首をレイクは右手でつかみ、軽くひねった。
「痛い?」
(うっ!)
痛くはなかったけど、振りほどけない。
リシュちゃんは慌ててレイクの指をほどこうとしたけど、レイクの力は余計に強くなり、とてもとけなかった。
更に、レイクの左手が私の髪に触れた。
「この髪、本当にお母様譲りだと思ってる?違うよ。君には親なんていないんだよ」
「なにいって…」
「知ってるでしょ。白火日の魔法使い」
その言葉にドキリとした。
白火日の魔法使いは、私のお母様だ。
お父様が命を削って生み出した、最強の兵器。
その力は強力すぎて、今はどこか私の知らないところに封印されているはず。
「君のお父様はね、君に隠し事してるんだよ。それはね、」
その時。

ギリッ……!
誰かがレイクの腕を強く握りしめた。
「痛っ。はあ?なに」
レイクは声を上げ、忌々しそうに自分の腕を掴んだ少年を見上げた。
夜の海のような瑠璃色の髪に、金色に光る瞳。
スラリとした少年が、怒った顔でレイクを見下ろしていた。
リシュは嬉しそうに声をはね上げた。
「カシア君!」
(カシア……、この子が……)
レイクは皮肉に笑った。
「レアガンド国第ニ王子、カシア様。お顔が怖いですよ。僕の道案内が気に入りませんでしたか?」
(レアガンドの王子…!)
私は驚いてカシアを見つめた。
整った精悍な顔立ちに色白な肌、長い手足。
動くたびにひらめくブルーのマント。
絵に描いたような王子様の姿を目前として、私は少し興奮した。
カシアはチラと私を見たけど、目が合うとすぐにそらした。
そして、レイクをジロとにらみ、
「最悪だ。今日は兄さんの誕生祭だったんだぞ。こんなびらびら鬱陶しいかっこで牢屋にぶち込まれて、どういう状況なんだ。悪いが俺はお前に付き合っている暇はない。何を隠そう、俺はレアガンド王子だからな」
と、さっき私がレイクに言ったことと似たようなセリフをずげずげと言い放った。
(ああー!それ言っちゃいけないんだって!まずい、また怒る……!)
笑みをたたえたままのレイクに、カシアは更に続ける。
「何が目的だ?俺を誘拐するなんて、後でただでは済まさないぞ。お前も腐っても暗夜の王子だろう。こんなことはやめろ」
「えっ!」
私は驚いた。
レイクって王子なの!?
言われてみれば、レイクはレリューナの森に入れたんだ。
レリューナの森は結界を破るほどの力を持つ者か、または王族特有の特別な魔力がないと入れない。
私が一人で納得している間もカシアは容赦なくレイクを責める。
「お父様の言いなりか?お前はこんなくだらないことに従うつまらないやつなのか」
「ちょっ、ひどい…」
この人見た目は王子様だけど、ちょっと口悪すぎない?
レイクは私を掴んていた手を離した。
怒ってると思いながら、私はそ~っとレイクの表情をうかがうと、その顔はわずかに苦しそうだった。
(レイク?)
それも一瞬のことで、レイクは瞬時に右手をリシュちゃんに向けた。
あっと思うより早く、黒い影がリシュちゃんの周りにとぐろをまき、あっという間にその姿を覆った。
「おい!やめろ!」
カシアは血相を変えて影を払った。
慌てて私も参戦する。
(一体何をしたの?)
影が見えなくなる頃にはリシュちゃんは床にくずれおちていた。
カシアはリシュちゃんの頬をペチペチとたたいて何度も名前を呼びかけたけど、私はリシュちゃんの顔を見て凍りついていた。
リシュちゃんは青い目を開けながら、死んだように動かなくなっていた。
(なにこれ。死んでるわけじゃないのに、どうして目を開けたまま動かないの)
私はレイクを見た。
「なにをしたの…?」
「そいつに父上は用がないからさ」
レイクは微笑した。
「僕が使おうと思って。僕のお人形にするんだ。何でも言うこと聞くよ。ほら、動きなよ」
そうリシュちゃんに言うと、リシュちゃんはむくりと起き上がって…。
ドンッ
「なっ!」
カシアをつきとばした!
そして、フラフラとレイクの側へと歩いていく。
「リシュ、いくな!」
カシアはリシュちゃんの手をつかもうとしたけど、パシッと払われてしまう。
(リシュちゃん……)
「誤解しないでよ、ネアとカシアはお客様なんだ。今から父上の所へ連れていってあげる。帰りたかったら相談してみな。ただし、この子は帰さない」
レイクはそう言って牢屋の扉を魔法で開け、
「さあ、出なよ」
と顎でしゃくった。
そんなレイクの胸ぐらをカシアは掴み上げた。
「ふざけるな。リシュをもとに戻せ」
私も必死に叫んだ。
「お願い、リシュちゃんを戻して、私達を帰して!」
レイクはふっと笑い、
「いいよぉ~?」
カシアの手を払い、あっさりとリシュちゃんをこちらによこす。
嫌な予感。
「元に戻して欲しかったら、僕とゲームする?」
(ぐはっ!やっぱり条件つきだった)
「僕だって君たちを父上のところへなんか連れていきたくないんだ。でも勝手に君たちを帰すととんでもない目にあわされるわけ。だから僕は君たちから逃げる。うーん、そうだなぁ」
そこで間をおいて、
「この城のどこかにいる僕を見つけ、僕の弱みを突きつけた上で、帰してほしいと言ったら彼女を元に戻して、それぞれの国へ帰してあげる。それでどう?」
弱み?
「そんなの、どちらかは最悪な目に合うわけじゃない。貴方がお父様に相談してくれたら、それですむのに!」
「無理だよ。父上は僕の話なんか聞かない。これを受け入れないんだったら、この子は返さない」
「でも……!」と言いかけた私の言葉をさえぎって、
「わかった」
「えぇ!カシア!」
「こいつには何言っても通じない、時間の無駄だ。ほら、さっさと逃げろよ、その代わり」
カシアは真っ直ぐにレイクを見つめた。
「俺らが勝ったら、必ずリシュをもとに戻せ」
真っ直ぐ正義感に満ちた顔は、さすが一国の王子というだけはあった。
でも、それだけ?
(カシアはリシュちゃんのことが好きなのかな。それか、もしかして付き合ってる?)
そんな考えがよぎったけど、カシアを見るレイクの憎々しげな顔をみて私は、更にあることを思った。
(レイクは……)
レイクは私達に背を向け、歩き出した。
「わかったよ。ちゃんと見つけなよ?」
リシュちゃんをつれてスタスタと歩くレイクの身体が揺らいでゆき、やがて二人は消えた。
「えっ!消えた!」
「移動魔法だ。それくらいわかるだろう」
そっけなくいうと、カシアは部屋の扉を開け、部屋を出た。
私も慌てて追いかける。
「早く見つけるぞ。」
「見つけるって、どこを探すの?」
「とりあえず、この城の王に会おう」
カシアがケロリとした顔で言う。
「え!いいのそれ。私達を誘拐しろって命令したやつよ」
「弱みを見つけないとリシュを返してもらえない。親に聞くのが一番だ」
(えぇー)
先程の正義感に満ちた言動はどこへ?
(にしても、なんかさっきからこの人そっけないな。何か怒ってるのかな……)
そう思ってから、私はさっきレイトに腕を掴まれていたところを助けてもらったことを思い出した。
「ね、ねえ。さっきはありがとう」
「……うん」
「今更だけどはじめまして、私はネア。よろしくねカシア」
「………」
(ん?)
カシアは私から目をそらして、黙って歩き出した。
(はぁーっ?何あいつ感じ悪!)


少し歩くと、まるでゲームのボスでも潜んでいそうな大きな扉があった。
気を取り直した私はちょっとワクワクして、
「うわぁ。ねぇ、入ってみようよ」
「え……?」
カシアはこいつ頭大丈夫かとでも言いたそうな怪訝な顔をしたけど、流石に遠慮したのか何も言おうとせず体重をかけて扉を開け、中の様子をうかがった。
私も除くと、そこは豪華な装飾の大きな窓がたくさんついた、広い部屋だった。
私は外を見てぎょっとする。
「えっ?もう夜!?お父様が心配するわ!」
カシアはポケットから懐中時計を出して時間を確認し、ため息をついた。
「まだ夜じゃない。暗夜の国には太陽がないんだ。そんなことも知らないのか?」
「太陽がない……?」
(太陽がない国が存在するっていうのは聞いたことあるけど、それが暗夜の国ってこと?)
学校の先生が、国王が魔法で太陽の光が当たらないようにしているって言ってたような気がする。
「国王といえど世界中を照らす太陽の光を一つの国まるごと当たらなくするなんて、普通は絶対にできない。十万人のちからを合わせても無理だろ。そんなだから暗夜の城の者は禁術に手を染めてるって噂も聞く」
禁術と聞いて、私はぎくりとした。
(お父様がお母様を生み出したのも、禁術なんだよね……)
それでも、お父様の国民からの人望は厚い。
それは国を守ったからなのもあるだろうけど、それよりもどんなときも民を思う、優しい人柄だからな気がするんだ。
(そんなお父様が好きになった人なんだから、お母様だってきっといい人よね。封印なんてやりすぎなのよ)
私は両親のことを思い、少し寂しい気持ちになった。
うちに帰りたい。
魔力封印の首輪に手を触れる。
私はお父様もお母様も大好き。
たとえ禁術を使っても、二人は優しい人のはず。
お父様は私の魔力を封じても、私とお母様のことを愛してくれているはず。
お父様、きっと私がいないことに気づいて助けに来てくれるわよね?
(だから、レイクがさっき言いかけた、お父様の隠し事なんて気にしない!)
「なあ、人がいるみたいだ」
カシアは壁の角から様子をうかがっていた。
「え?じゃあ助けてもらおうよ」
と言いかけたけど、カシアの白い肌が青ざめていくのを見て、この角の向こうにいる者に見つかってはいけないということを察した。
足音が近づいてくる。
カシアは私の腕を掴み、足音とは逆方向に走り出した。
部屋の奥の扉をカシアは乱暴に開け、そして硬直する。
どうしたの、と聞いて私も部屋を覗くと、部屋には、おびただしい数の等身大の人形が転がっていた。
全て、光る眼でこちらを見ていた……!
その光景に私は思わず悲鳴をあげて扉から離れる。
さらに、近づいていた足音がすぐ私達のすぐ後ろで止まった。

「お客さんか」

瞬間花のような甘い香りが漂い、その濃厚な香りにめまいがした。
(な、なにこれ、意識が……)
強烈な睡魔に襲われ、振り向くこともできず座り込んだ。
「くっ……!しっかりしろ!うわっ」

(だめだ……私達死ぬのかな。お父様、お母様、会いたいよ……助けに……)
カシアの叫び声が聞こえたけど、もう目の前は真っ暗だった。

禁術とお父様


✛ ✛ ✛ ✛ ✛

人の話し声がする。
真っ暗だけど、グラスをおく音、椅子を引く音、いろんな音が鮮明に聞こえた。
これは、夢?それとも······。

「ラード、アレはどうするきだ?」
怒ったような男の人の声がする。
ラードは、わたしのお父様の名前だ。
「封印すべきだ」
(封印?)
これってもしかして、私のお母様の話?
「大丈夫だよ。彼女に悪の心はない。このままにしておこう」
お父様は、やっぱり優しい。
ダンッと、テーブルを叩く音がした。
「禁術で生まれたアレに情緒なんてない!あの禁術は代償がいるんだ。お前の寿命と、襲いかかる災い!あんな力を野放しにしていたらまた国が······!」
「情緒は俺が教えていく。······ハクは少し真っ白なだけだ。優しく接すればきっとそのとおりになる。俺は信じてるよ」
「······お前は甘い。いつか身を滅ぼすぞ」
「どのみち長くないからな」
「私はとてもだがあんな化け物······」
ガタンと音がした。

「は、ハク聞いていたのか」
ゴウと音がし、
「うわああぁ」
男の叫び声と炎が燃えるような音がする。
続いてお父様の必死な声が。
「ハク!やめてくれ!!」

私は信じられない思いで炎の音を聞いていた。
(なにこれ、うそよ。お母様がこんなことするなんて。)

「ゼル、しっかりしろ!」
「だ···から、言ったんだ。こいつは人を殺すために生まれたんだ。心なんて······」
それでもお父様は、
「違う、救うために生まれたんだ。今は怒りの感情しかもたないかもしれないが、俺が必ず変える!」

「だから、消すなんて言わないでくれ······」

(お父様······)
お父様がどれだけお母様を思っていたか、胸が痛いくらいに伝わってきた。
(でもきっとだめだったんだ)
だってお母様は今どこかに封印されているから。

(私、この会話を前にも聞いたことがある気がする。どうしてだろう。まだ生まれていないはずなのに。)

その間も炎は燃え続けていたみたいだった。

こんなのは嫌。
お母様、貴方を想うお父様の気持ちを傷つけないで。
お母様が笑顔じゃないと、私は、お父様は、悲しい思いをするのー······。


意識だけの世界で私はきっと今、泣いていた。

美男美女と人形の部屋


✛ ✛ ✛ ✛ ✛

顔に、温かいものが流れたような気がした。

「うなされてるな」
「そうね」
(······ん······誰かいる······?)
そう思ったけど、だめだ、眠くてたまらない。
「すーすー」
「······だめだわ、起きない。この子本当にプリンセスなの?ノザン、たたき起こして」
「カナイラがやれよ。力はお前のほうがあるんだから」
「やってもいいけど、骨が粉砕するわよ」
そんな会話が聞こえた。
(う~ん、たたき起こす······?骨が、粉砕······粉砕!?)
バッと目を開けると、背の高い黒髪の女の人が私に平手打ちを食らわせようと手を振り上げているところだった。
「ちょっ!やめて!!」
私は彗星のごとくスピードで起き上がり、女の人から離れた。
「あら、起きたのね。よかった、あと一瞬遅かったらもう二度と起きられなくなるところだったのよ」
そう言った女の人はとても綺麗な顔でニッコリと笑った。

(いやー!怖い、怖い人だ!)
私が壁にくっついてビクビクしていると、
「おい、怖がってるぞ。暴力はやめてやれ」
いつの間にか隣に、これまた長身でスラリとした男の人がいた。
「うわっ」
更にとびのこうとすると、
「あ、怖がらなくていいよ。俺は彼女ほど怪力じゃないから」
そう言って金髪の男性は少しだけ微笑んだ。
「ちょっと、私に叩けと言ったのは貴方じゃないの。私のせいにしないで」
「だって俺暴力嫌いだし。だからこの子には眠りの香水使ったわけだし」
「よく言うわ。私に殴らせていたら同じよ。」
(えーと······ここはどこだろう······)
私はおずおずと揉める二人から距離を取り、あたりをみわたす。
部屋は広く、天井の大きなシャンデリアがカーテンのしめきられた部屋を明るくしていた。
テーブルの周りに赤いソファが3つならんでいて、どうやら私は客間のソファに寝かされていたみたい。
客間は客間でも部屋にカシアの姿はなく私は嫌な予感がしていた。

「大体貴方、姫様が部屋に入り込んでいる事にさっさと気づきなさいよ。レイク様が連れてきたら私達も絶対話すって言ってたじゃない」
「俺は誰かさんと違って一点集中型の繊細タイプだからな。気づくわけがない。てゆーかお前が途中で話しかけるから集中が切れて魔法失敗したんだが。どうするんだあれは」
「駄目な人ね。よくこの仕事続けさせてもらえるわよ」
「あ、あの!もうひとり私と一緒にいた男の子はどこにいるんですか?」
二人の言い争いがピタッと止まった。

「ああ、あの青い髪の子?彼なら先に国王様のところに連れて行ったわ。今頃牢獄にでも入ってるんじゃないかしら」
え!?また牢屋!?
なんでカシアだけっ?
「ど、どうしてカシアが牢屋に入るの?連れてきたのはそっちなのに!」
すると女性はあからさまに悲しそうな顔をして見せて、
「そうよね、彼まだ子供なのに······。でも全てはこの国のためなの。仕方がないのよ」
なっ!言っている意味がわからない上に、子供だと見下されている感じがして腹立つ!

「この国のためってどういうこと?あの子がこの国になにかしたの?」
カシアのことはあったばかりで全然知らなかったけど、まだ十代の子供で真面目そうで、とても他国になにかふっかけたとは思えなかった。

(なのにいい加減なこと言って牢屋にぶち込むとか!なんて礼儀知らずな国なの!!)
私が内心で怒りを沸点させていると、男性は「ふぅん」と目を細め、女性の耳元でなにか囁いた。
女性は「本当ね」とだけ返し、私に向き直る。
「貴方はお客様として連れてきたけど、彼は違うの。それだけ。もちろん貴方にはお客としての責務を果たしてもらうけど。その前に」
女性は私の背丈にあわせてかがみ、微笑んだ。

「さっきはごめんなさいね。どうしてもレアガンドの王子を国王に差し出してやりたかったの。でも貴方はお客様。私達、友達になりましょう」
「······っ!」
ついさっき私の骨を粉砕しようとした大人が、私と友達になりたいなんて思うわけない。
なんて一方的な。
(何が目的なの······)
すると男性が、
「やめろってカナイラ。その言い方はない。本当お前は繊細さの欠片もないな」
カナイラと呼ばれた女性は黙って男性を睨んだ。
男性は部屋の外に出る扉を開けて、「おいで」と私に手招きした。
(もしかして、カシアとあわせてくれる?)
我ながら単純だけど、パッと気持ちが明るくなり男性についていった。
真っ黒につやめくの螺旋階段をおりると、
(あれ、この場所さっき来たような?)
さらに角を曲がると、先程私とカシアが入った大きな扉を目にして、私は血の気が引いた。
「ちゃんと君に見せないとな」
男性は片手に力を入れて、ギィと重い扉を開けた。
(カシアが体重をかけないと開かなかった扉なのに)
さっきカナイラほど怪力ではないと言ってたけど、この人も相当力があるんだ。

私は怖くなって、どきどきとなる胸をおさえた。
中に入ると、さっきカシアが覗いていた大きな柱まで誘導された。
「見てみな」
言われるがままに柱を曲がると、目の前にはさっき別の部屋で見たようなたくさんの人形が立ち並んでいたー······。
「きゃっ······!」
私は顔を覆って柱の陰に戻った。

(なにあれ、気味が悪すぎる。カシアはあれを見たんだ)
「ここは人形の部屋。俺達はこの部屋と人形達の管理をしてるんだ」
「ノザンったら、これは外国の人に見せてはいけないって言われてるでしょう」
後ろからついてきていたカナイラは呆れたようにため息をついた。
ノザンは人形に近づいていき、そのうちの一体に触れて笑った。
「仲間になるかもしれない子だ······こいつ達みたいに」
「えっ······!」
ノザンはぱっと私を振り返った。
「なあ、ネア。君がもし俺達······いや、国に肩入れしてくれたら、俺達はとても助かるんだ。従わない気なら、彼らのようになってもらうけど、どうする?」
(彼らって、あれは元々生きていた人達なの?人を人形にして従わせるなんて、そんな魔法聞いたことないよ)
ふと禁術という言葉を思い出し、寒気がした。

「フン······なにが繊細なのよ。ただの脅迫じゃない。無自覚みたいだけど、やっぱり貴方って卑怯者よ」
「これで決めやすくなっただろ?国王には笑顔で会ってほしいんだ。でないとまた、レイク様に役立たずの印がつけられてしまうからね。そんなのは可愛そうだ」
「ちょっとあなた喋り過ぎなのよ」

見つけなくてはいけないレイクの名が出てきたけど、それどころじゃない。
(逃げなきゃ······!!)
私はじりと後ずさりをしたけど、
「あら、逃げようとしても無駄よ。ノザン」
「わかってる」
ノザンの手のひらがひかり、シュンと杖がとびでる。
瞬時に杖を、動かない人形たちに向けた。
やばい!!
『俺の名はノザン。ヒトを操る者。さあ人形達よ、ネアを捕まえ······』


「ネア!!」


えっ!
この声は······。

振り向くと、息を弾ませ走るカシアが部屋に入ってきた!
希望で心が踊ったのもつかの間、マントと靴が片方消え失せているのを見て、一体何があったのかと私は顔を引くつかせた。
「カシア、靴が片方ない······」
「靴なんかいらない!早く逃げろ!」
必死の形相でそういったカシアは、もう片方の靴も蹴るようにして脱ぎ捨てるというとても王子とは思えない行動をとり、ひったくるようにして私の手を掴むと出口へと走った。
後ろで、
「どうして彼がここにいるの!?牢屋に入れられたはずでしょ!?」
「知るか!まずい、このままじゃレイク様がお父上に······!」
と、また揉めている二人の声が聞こえたけど、今はそれがありがたい!

(ずっとそうやって揉めててくれ~)
私はそう願い、カシアに負けないくらいの必死の形相で走ったのだった。

白火日の魔法使い

白火日の魔法使い

魔法の世界の物語です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-27

Copyrighted
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  1. プロローグ
  2. 泉の森で
  3. 無邪気な性悪王子
  4. 禁術とお父様
  5. 美男美女と人形の部屋