地獄変
かくて私は地獄におちた。閻魔大王の前にひきだされて、(もちろん両脇には地獄の鬼が仁王立ちしてギロリと私のことをみている。)通りいっぺんのことを聞かされた後、私は極楽ではなく、地獄行き、と決まった。観念はしていたがやはりショックだった。二匹の毛むくじゃらの虎のパンツをはいた鬼にこづかれ、こづかれ私は地獄へ向った。薄暗い、森閑としたところだった。時々、地獄へおちた亡者達のうめき声や、かすれ声がきこえる。
「生きていた時も地獄だったが、死んでもやはり地獄なのだな。」
こんどは本当の地獄で永遠の業苦に耐えなくてはならないかと思うとやはりため息がでた。気づくと私はゆげの中にいた。対岸がかろうじてみわたせるほどの大きな沼がある。そこからはブクブクあわがでている。私は鬼につきとばされて、その中に放り込まれた。
「あつつ。」
にぶい私にもこれが血の池地獄であることは瞬時にわかった。私はあわてて、とび出ようとしたが、例の二匹の鬼が、私を金棒で突き飛ばす。私はあきらめて、鬼に背を向けて湯(?)の方へ向いた。気づくと誰もいないのかと思っていた池の中に、あちらにちらほら、こちらにちらほら人影(というか首影)がみえる。
「オイっ。若えの。」
と私は呼ばれた。すぐ近く、私のとなりほどの所に、あつさにおこり耐えているかのごとき白髪の爺さんが私をひとニラミしている。じいさんは自分のとなりへくるようにうながした。おずおずと私はじいさんのとなりへ行った。ゆっくり動かないととびあがるほどあつい。私が「あちちち。」と叫ぶとじいさんは
「何だ。若えのにだらしないやつだ。」と笑う。
「おめえは何をしてここへきたんだ。」
と言うので、私は「はあ。」といってピンとしない返事をした。あなたはいったい何で・・・・と問い返すと、じいさんはこう答えた。
「おれはおめェのようなみみっちいことじゃねえ。おれは山賊の頭だった。殺すわ、ぬすむわ、でやりたい放題のことをして生きてきた。最後はつかまってかまゆでにされた。まあ自業自得だ。だが最後までネをあげなかった。」
といってカカカと笑った。自慢めいた口調である。
「と、するともう何年もこうしているんでか。よく耐えられますね。」
と私は言った。するとじいさんは
「何年なんてもんじゃねえ。200年になる。」
私は将来に不安を感じだしてきいた。
「よく耐えられますね。どうしてそんなに耐えられるのですか。」
と私がおそるおそる聞くと、じいさんはカカカと笑い、
「おれは悪党でも意気地のねえ悪党じゃねえ。どんなことにもネをあげねえのがおれの誇りだ。おれはいままで一度たりともネをあげたことがねえ。それに、いつか、この血の池の見張りをしている鬼が足をすべらせて池におちたことがあるが、ひめいをあげてにげ上がった。ヤツらは見た目にゃおそろしく、強そうにみえるが、それは金棒と閻魔大王の虎の威よ。正体は弱いものいじめしかできねえ弱ぞうどもよ。」
と言ってカカカと笑った。
「それにオレみてえに長ェこと地獄の責め苦に耐えてネをあげねえでいるとそれが誇りみたいなものになってくる。それにな・・・。長いことこうしてヌシみたいになるとお前みたいなよわっちろい新入りがはいってくる。そいつらにおれのド性骨をみせてやるのが何とも気分がいい。」
といって、じいさんは又カカカと笑った。
「極楽でヌクヌクしてる骨なしにオレの200年耐え、未来永劫耐える、絶対ネをあげねえ、オレのド性骨をみせつけてやりてえぜ。」
といって、じいさんは一層高らかにカカカと笑った。いやはや何ともすごい豪傑がいるものだと、おそれいった。この人にとっては地獄は本当に極楽以上の住みかなのだろう。と同時に私はこんなじいさんがいるのなら、地獄も何とか耐えられるんじゃないかというかすかな勇気が心の中におこった。
地獄変