ノアの海

 とかされて。なでられて、原形をうしなった、ノアが、星の、土に埋まることをのぞんでいないから、わたしは、海をえらんだ。回帰、というのか、そもそも、ノアとは、わたしたち、地球上の生命体と同様に、遥か遠い昔に、海から生まれたものなのか、よくわからないまま、わたしは、ノアと食事をし、眠り、からだをかさねあい、わきあがる欲求を綯い交ぜにして、同化するように、時間を共有してきたというのに、結局、なにも、わからないままだった。となりの街にある、美術館の、だれが描いたのか、なまえもしらない、だれかのうつくしくも、ふくざつな絵をながめているあいだに、いつも、すこしだけ、ノアとの距離のとり方を、かんがえていた。なんとなくだけれど、予感があったのだ。はじまりがあるのだから、おわりもあるのだと、ぜったいにおわらないものなど、ないのだと、わたしはもちろん、しっていた。でも、しっていただけで、わたしとノアはだいじょうぶ、などという根拠のない自信があって、そういうときほど、おわり、というのは実にあっけなくやってくるものだと、わたしはしみじみしながら、静かに横たわる海をみていた。ノアは、海のなかの生きものたちと、うまくやっていけそうな気がしている。土のなかの、彼らより、波長があうのではないだろうか。わたしは、たぶん、むずかしいだろうなぁと思う。泳げないから。

ノアの海

ノアの海

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-26

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