海水浴

 てのひらから、体温がうばわれてゆく。夏の、香ばしさに焦がされる、胸が、内面と、表面との温度差を明確にして、入水した海のなめらかな感触に、安定感を失っていくばかりの、からだがあった。思想が、引き裂かれることはない。むなしいからと、しらないだれかに抱かれようとは思わなくなったし、きみのことを、あいされていないというひとりよがりな理由で、うらむこともなくなった。星が、日々、転じているように、ぼくらも、変化しているのだと、ノアは云うし、いつのまにか、夜にだけあらわれるオオカミと、なかよくなっていた、ミカヅキが、あいされるばかりではなく、あいすることをおぼえれば、ひとは、やさしくなれるよと、なんだか世にありふれていそうな言葉をのこして、オオカミの棲まう森へと消えた。もう、あと、数日で、おわるばかりの七月が、いつまでもそこに漂っていることはなく、まもなくおとずれる八月に、あっけなく喰われて、季節は、色褪せていくのだ。

海水浴

海水浴

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-25

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