思考ショート

 月の小舟で、あいましょう。
 あのひととの、一夜の遊覧。私は、いまはもう、にせものの血肉を詰めて、人工皮膚を纏っただけの、存在です。骨は鉄筋。体温はなく、知能は、ちいさなちいさな機械のなかに。感情は不要と判断され、だれかを愛するきもちは無駄なものだと、排除されました。かなしいですね。あのひとは、まだ、ちゃんとしたにんげんであり、つまり、だれかを愛することができるのに、私には、それができない。
 ときどき、思うのです。
 洋服という、にんげんと共存するうえで、最低限のマナーとして、強要されている、この、ぺらんぺらんな布など、私たちの皮膚よりも脆弱で、とくにこの、ネクタイというやつは、社会との繋がりを象徴する、いわば、首輪であり、鎖であり、手綱でしかないと。つまり、私たちも含めて、ネクタイをしているにんげんは、一種の、犬、に該当するのではないだろうか。餌という名の金のために、主人の命令に従い働く、犬。しかし、生身のにんげんも、私のような人工物も、この世界で生きてゆくためには、金、というものは絶対的なものであり、なくては生きていけない、だいたい、命のつぎにたいせつなものであり、それは、働くことで得られるよう設定されているものであるのだから、私たちは所詮、社会の犬だ、などと忌々しく思いながら日々を過ごすよりも、なにか好きなこと、趣味や、生き甲斐などを見つけて…。はたらきながら、たのしいことをして、すきなことをして、とどのつまり、いぬ、でなく、わたしたちはにんげんです、りせいある、ちせいあるものですと、どうどうとむねをはっていればいいのではないでしょうかと、そうおもうのです。
(こういうのを、バグる、というらしいです)
 あのひとは、いま、夜空にある、目に見えているのに、どうしようもないほど遠い月を、眺めています。
 私は、真夏でも、冬の、北国の、氷のようにつめたい指を、あのひとの指に、絡めたいと思っています。

思考ショート

思考ショート

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-24

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