沖縄バスガイド物語

浅野浩二

大東徹は小説家を目指す医者である。
彼は、大学は、地元の横浜市立大学医学部に、入りたかったのだが、残念ながら落ちて、第二志望で合格できた奈良県の公立医学部に入った。大学に入る前に、徹は、過敏性腸症候群という、つらい腸の病気が発症していた。元々、喘息で心身ともに過敏で、虚弱体質の徹には、この病気の発症は、必然に近かったものだろう。そのため、余所の土地での狭い寒いアパートで、病気をかかえての大学生活は、大変だった。夏休みや、冬休み、など実家の鎌倉の家にもどると、ほっとして、腸の具合も良くなった。徹にとって、この鎌倉の家は、気分が休まる唯一の場所だった。ここの家は徹が中学一年の時に出来た。それまでは埼玉県の公団住宅に住んでいた。徹は鎌倉が好きだった。中学、高校は、東京の私立J学園の寮で過ごした。中学生の夏休みには、自転車で、由比ガ浜へ出て、海沿いの市営プールや、由比ガ浜の海水浴場で、よく泳いだ。由比ガ浜へは自転車で30分で行けた。徹は大学を卒業すると、すぐに関東にUターンした。そして千葉の国立病院で二年間、研修した。その後、鎌倉の隣の、藤沢市に、ちょうどいい病院の求人があったので、藤沢市に引っ越した。徹は湘南が好きなのである。実家の鎌倉の家にも、車で20分で行ける。極めて便利だと徹は喜んだ。しかし、病院の勤務医の仕事は嫌いで、あまり身が入らなかった。それで、そこの病院も二年でやめてしまった。徹は、真面目で、何かをやり出すと、とことん頑張る性格なのだが、大学時代に、小説を書く喜びを知って、小説を書き出して、大学を卒業する時には、もう小説家になることしか考えていなかった。ただ、プロ作家として、筆一本で食べていく自信はなかったので、アルバイト医として生活費を稼ぎ、余暇に、小説創作に取り組んだ。

医者のアルバイトは、健康診断や、病院当直、常勤医が休みの時の代診医などである。今は、インターネットで、そういう医者のアルバイトを紹介する斡旋業者がたくさんある。医者のアルバイトは、時給も日給もいい。なので、週に二回も働けば、食べていけるのである。そうやって、徹は、週二回、働いて、他の日は、机に向かって小説を書いた。徹としては、そんな生活に満足していた。アパートの一人暮らしも、気楽だった。鎌倉の実家は、疲れた時の体の休息によかった。徹は、そんな生活に満足していた。しかし、父親は、息子が、常勤医にならないことが気に食わなかった。

そんなある日のことだった。
机に向かって小説を書いていると、母親から電話がかかってきた。
「沖縄に引っ越すことになった」
母親が唐突に言ってきた。徹は別に驚かなかった。どうせ決めたのは、父親である。父親は家庭の絶対支配者で、今までも、何でも自己中心に勝手なことをやってきたからである。徹が大学生の時、母親と二人で5~6回、沖縄に旅行に行っている。沖縄は、別に父親でなくても、日本人なら、みな好きな所である。気候は亜熱帯で、一年を通して温かく、本土のように冬という季節がなく、夏も、湿度の高い、蒸し暑い本土の夏と違って、カラッとしている。ちょうどハワイに似ている。日本の中で住むのには一番、快適な所である。海は透き通ったエメラルドグリーンである。難点といえば、台風が発生しやすいというところか。さらに、父親は、自分の父親が太平洋戦争で沖縄で軍人として玉砕していることを誇っていた。沖縄平和記念公園の、「平和の礎」にも、徹の祖父の名前は刻まれている。そういうわけで父親は異常に沖縄を好いていた。母親の言うところによると、父親は、一人で沖縄に行って、マンション購入の仮契約をし、鎌倉の家を売ることを不動産に頼んでいたらしい。つまり、母親にも、息子にも知らせず、秘密のうちに、計画を進め、鎌倉の家に、買い手が出来た時に、沖縄のマンションの購入も、正式に契約したらしい。息子も社会人になって独立したし、老後は、快適な沖縄で夫婦で暮らそうということだろう。しかし、まがりなりにも家を売って、引っ越す、というは、小さなことではない。普通の家庭だったら、家族には、あらかじめ、その計画を話すというのが、常識ある大人の行動である。父親は、母親や息子に、前もって知らせたら、反対されるかもしれないことを恐れて、秘密裏のうちに、行動し、話がまとまって、後戻りできない時点になって、母親と息子に、話そうと計画していたのである。そして、その通りになったのである。しかし、そういう、やり方は、常識的な大人の行動とは言い難い。父親は、そういう非常識な、自己中心的な性格なのである。父親は、息子が医学部を卒業するまで、学費と生活費の仕送りをした。しかし息子は、長年の父親の横暴に、耐えに耐えてきたので、大学を卒業して、研修病院に就職し、親から金銭的に自立するようになると、今までの恨みを、晴らすように、一気に父親の愚劣さを批判し出した。それが気に食わなかったことも、父親が、沖縄に引っ越そうと思った理由の一つである。
父親は、医学部を卒業した息子が、どこかの病院の常勤医となって、月曜日から金曜日まで働き、勤続年数とともにベテラン医となり、社会的地位も収入も高くなり、結婚して子供を生み、ローンで立派な家を建てる、ということを期待していた。それが父親が、息子に期待していた生き方だった。常勤医となって一つの病院に勤務し、社会的地位のしっかりした医者になることが一人前の人間となることで、アルバイト医、では、情けないと息子を叱った。

しかし息子は、過敏性腸症候群という辛い病気に悩まされていた。その病気のために息子は大学を一年間、休学した。それほど、この病気は辛い病気なのである。医者の仕事は、結構、心身ともにストレスがかかる。健康な医者なら、常勤医で働きながら、余暇に小説を書く、という両立も出来るだろう。実際、そうしている人もいる。しかし、彼には両立は出来なかった。

両立が出来ないとなると、医者を選ぶか、小説創作を選ぶかのどちらかとなる。彼は、ためらいなく小説を書くことの方を選んだ。彼は医者の仕事は、生活費のためと割り切って、アルバイト医となった。アルバイト医となると、ぐっと精神的に楽になり、また小説を書く時間も、ぐっと増え、思うさま小説を書くことが出来るようになった。給料は、常勤医の時よりぐっと減ったが、そんなことは彼にとって、どうでもいいことだった。息子としては、そんな生活に満足していたのだが、父親は、それが不満だった。ちゃんと常勤医として働くことが、立派で一人前であることで、アルバイト医では情けない、と愚痴を言い続けた。医学部6年間は、学費と生活費を出してやったのに、そういう風に、自分の思い通りにならないことが癪で、家を売り飛ばして、沖縄に引っ越すのは、息子に対する嫌がらせもあった。独り身の息子にとって実家は便利な所だった。病気になっても休むことが出来るし、厖大な医学書を置いておくことも出来た。厖大な量の医学書を置いておけることが、息子にとっては有難かったのである。彼は本を捨てることが出来ない性格であるし、医者の免許を持っていれば、何科をやってもいいのであるから、アルバイト医となった息子にとっては、厖大な医学書は、大切な物だった。アルバイト医の彼にとっては、独学で他の科を勉強すれば、多少は、他の科にも対応できるから、アルバイトの幅も増える。息子のアパートは、文学書でいっぱいで、置く所がなかった。両親が沖縄に引っ越すことになったので、息子はやむなく車で実家に行って、医学書を選別し、どうしても最低限、必要なものを選んで、残りの医学書は捨てた。医学書を捨てることは、彼には泣く思いだった。だから、父親の意地悪は見事、成功したのである。
父親は、もの凄く業が深い人間なので、嫌っている人間には、悪魔のような意地悪を平気でするのである。父親は、一つの病院に就職せず、自分を罵ってくる息子を嫌っているので、息子に、土地と家を相続させたくないのである。
引越しの表向きの理由は、歳をとって、庭の手入れが、しにくくなった、ことと、寒い冬が体にこたえるから、健康のため、と言っているが、本音は、もっと、どろどろとした憎しみと業の深さなのである。
確かに父親は、息子と同じように、喘息があり、寒い冬が苦手ではあるが、日本橋の同愛記念病院の、あるアレルギー専門医をかかりつけの名医として、長年、慕って、通院してきているのである。沖縄に行ってしまっては、信頼する名医にも、かかれなくなってしまう。それに、いくら本土の冬が寒いとはいえ、湘南地方、鎌倉は、日本の中でも、冬でも過ごしやすい土地である。さらには、息子という、恐ろしいほど優秀な医者が身近にいるではないか。これほど頼もしい存在はない。健康で、困った時には、優秀な医者である、息子が、適切なアドバイスが出来るではないか。沖縄に行ってしまっては、それらの事が全部、なくなってしまう。

母親は、といえば。母親は沖縄に、特に行きたいとは思っていない。母親は健康で、本土の冬でも別に問題なく過ごせる。母親は、人間関係で、何事にも積極的で、本土で付き合いのある交友関係が多い。なので、沖縄に引っ越すのは、むしろ反対であった。母親は、父親とは正反対の性格で、外向的で、誰とでも、すぐ友達になれる。日曜日には、かかさず教会に行き、教会関係や、ボランティアや、海外医療協力隊JOCSの活動にも、熱心である。しかし女なのに、我が強く、堂々と自己主張する。こう言うといい性格のように聞こえかねないが、母親は息子に対しては、勝手なことを言うのである。なので、息子は母親も非常に嫌っているのである。母親は父親と結婚してからは、専業主婦で、一度も働いたことがない。全て父親の収入のおかげで生活してきた。父親は内弁慶で、家庭の独裁者なので、母親は、父親の言う事には、逆らえないのである。父親と意見が食い違って、口論になると、父親は、「誰が食わせてやっているのだ」と、怒鳴りつける。こう言われると母親は逆らえない。なので、沖縄に引っ越すことも、不本意ながら従うしかないのである。父親の暴君ぶりといったら、それは、凄まじいもので、家庭内では完全な独裁者である。なので、息子は、電話でも父親とは話さない。息子は父親に、母親を通して、用件を伝えるのである。まるで天皇のようである。あるいは三角貿易と言うべきか。オウム真理教の事件が起こった時、父親の独裁ぶりが麻原に似ているので、息子は、それ以来、父親を、「尊氏」と呼んでいる。母親は、いってみれば外報部長である。息子は、あくまで、外報部長である母親を通してしか、尊氏と話しをしないのである。

そんなわけで、息子は、父親も母親も嫌っていたので、二人が沖縄に行くのは、別に何とも思わなかった。ただ医学書を捨てなくてはならないことが、辛かった。それと、独り身で、胃腸と喘息の病気を持っているので、病気になった時、休養する場所がなくなってしまうことが、非常に残念だった。

父親は、ある一流企業で、課長代理→課長→部長代理→部長、と、問題なく昇進し、部長で定年退職した。鎌倉に家を建てたのは、父親の、母と姉の住んでいる家が、鎌倉だからである。鎌倉の家は、父親の母の家から歩いて二分と目と鼻の先である。要するに、老いた母親のために、父親は鎌倉の土地を選んだのである。父親の父親は、太平洋戦争で軍人として死んだ。沖縄戦で玉砕したのである。なので、その名前は、沖縄の平和記念公園の平和の礎に、刻まれている。家が出来て、引っ越したのは、徹が中学一年の時だった。それまでは埼玉県の公団住宅に住んでいた。父親の母は、体は丈夫だが、父親の姉は、ビッコだった。子供の頃、小児麻痺に罹り、それ以来、ずっと足をひきずって歩いてきた。だが伯母は、子供の頃から、琴を習い、琴の先生だった。祖母の家に行くと、いつも琴の音が聞こえてくる。祖母の家に入ると、お弟子さんが、2、3人いて、伯母に琴を習っていた。伯母は、ビッコであるために、結婚することが出来なかった。父の兄は、喘息がひどかった。喘息のため、日常生活や社会生活が人並みに送れず、小さな工場で働いていた。父親が、自分の母親の家の近くに家を建てたいと思ったのは、母親と、病弱な二人の兄姉を心配してである。父親は、健康かといえば、そうではなく、やはり喘息で、だが、兄のように、ひどくはなく、日常生活や社会生活に支障をきたすことはなかった。その息子の徹も喘息である。つまり、父親の家系が喘息なのである。伯父は、鎌倉に家が出来て、引っ越す前に喘息重積発作で死んでしまい、伯母も、家を建てた四年後、つまり徹が高校一年の時に、交通事故で車にはねられて死んでしまった。あとには祖母が残された。祖母は長生きした。そして徹が大学四年生の時に、85歳て死んだ。もう祖母の家には誰もいなくなった。なので、父親は祖母の家を売り払った。

徹はアルバイト医になって、小説を書きながら生活していたが、最初の一年くらいはよかったが、だんだん過敏性腸症候群が悪くなってきて、うつ病になってきた。うつ病になると、全く小説が書けなくなる。さらに、悪いことに、厚生省の方針として、精神科は、精神保健指定医でないと、常勤でも、非常勤でも、働きにくい情勢になってきた。精神科医の求人でも、「精神保健指定医に限る」という条件が目立つようになってきた。徹は将来について不安を感じ出した。これでは精神科のアルバイトも出来なくなる。うつ病のため、時間があっても、小説が書けない。

それで彼は、医者の斡旋業者に頼んで、神奈川県のはずれにある、ある精神病院に就職することにした。理由は、精神保健指定医の国家資格を取るためである。
指定医の国家資格を取るためには、8症例のレポートを書くことと、精神病院に五年、常勤医として勤務している、ということが条件なのである。彼の場合、研修病院で二年、常勤医として働き、民間病院でも、二年、常勤医として働いているので、合計、四年、精神病院で勤務した経歴がある。だから、あと一年、常勤医として勤務すれば、指定医の資格取得のための、勤務歴の条件が満たされる。あとは、8症例のレポートを厚生省に提出して、審査され、通れば、指定医となれるのである。常勤医になるのは、不本意だったが、彼は、どうせ、いつかは指定医の資格は取ろうと思っていた。のである。だが、常勤といっても、自由な時間が欲しかったので週4日の勤務で働く契約をした。週4日で、朝9時から夕方5時まで働くと、一日、8時間労働になる。週に8×4=32時間なら、常勤医と見なされるのである。指定医の資格を取る、キャリアの条件は、あと一年だし、8症例のレポートは、二年から三年やれば、取れるものである。人生は、まだまだ長い。医者はサラリーマンのように定年が無いから、やろうと思えば、80歳になっても、やれる。なので、指定医の資格を取るまで、二年から三年は、我慢しようと思った。どのみち、いつかは指定医の資格を取る予定であったのである。なので、そういう条件で、彼は、県のはずれにある精神病院に就職した。給料は、少なめだったが、指定医を取るという条件で我慢した。

そこは、350床なので、まあまあの中堅病院である。始めのうちから、彼は、はりきって頑張った。各病棟の患者、全ての名前と、病名と、出してる薬をノートして覚えた。隔離患者や拘束患者は、毎日、診察してカルテに病状を記載しなければならないので、彼は全ての病棟の、隔離、拘束患者の記載をした。院長は、やる気のある医者が来た、と思ったらしく、嬉しそうだった。だが医局には馴染めなかった。ここは院長が慈愛会医科大学出身で、4~5人の常勤医も、慈愛会医科大学出ばかりの医者である。皆、慈愛医大の精神科に籍を置いている。要するに、慈愛医大の関連病院である。話の話題といったら、慈愛医大の精神科の教授や人事の動向の話ばかりである。あとはソープランドの話ばかりである。彼はいかにも、余所者という感じだった。ただ、一人の綺麗な女医は、一人ぼっちの彼を可哀相に思ってか、親切に声をかけてくれた。だが、日を経るごとにだんだん様子がおかしいことに、彼は気づき出した。彼にも、80人ほど、担当患者が任された。それは、彼が来るまで、院長が担当していた患者で、彼が来てからは、院長と彼とで一緒に診察するようになった。

指定医の国家資格を取るためには、厚生省が決めた、三日間の講習に出席しなればならない。三日で5万の講習料がかかる。彼が、講習を受けることを院長に言うと、院長は途端に苦い顔になるのである。
「指定医とりたいのー?」
と他人事のように、素っ気なく言う。それに、彼には、新しい入院患者を担当させてくれない。指定医のためのレポートは、入院から退院まで、診察していることが基本なのである。必ずしも、入院から退院まで、でなくてもいいのだが、入院か、退院のどちらかは入っていなければならないのである。彼は、院長に、新しく入ってくる入院患者を担当させて欲しい、と訴えた。だが院長は、あやふやな、答弁でちゃんと答えない。彼はだんだん院長の人格を疑うようになっていった。
ある時、彼は、ある病棟の婦長に、わざと、ふざけた事を言った。そしたら婦長は、目を丸くして、
「どうして、そんなウソを言うのー?」
と言った。そして、
「もう、だまされませんよ。私達みんな、院長にだまされて、入ってきたんだから」
と言った。ここで、初めて、彼は、院長の人格がおかしいことを気づかされた。しかし、どうして指定医の資格を取らせてくれないかの理由は、まだわからなかった。レポートは、自分が、担当して、診察、治療した患者であることが条件なのである。そして、そのレポートには、院長のサインがなくては、ならないのである。逆に言うなら、他の医者が担当した患者で、自分は治療に全くかかわってなくても、そして、他の医者が代筆したレポートでも、院長のサインがあれば、大丈夫なのである。それは、厚生省だって、調べようがないのである。カルテを見れば、誰が担当したかは、わかる。しかし、わざわざ、そんなことをする時間は厚生省にはない。だからレポートが、書けるかどうかは、病院の絶対権力者である院長の胸先三寸なのである。
ある日、院長の悪質性を決定づけることが起きた。
それは、ある医局会議の時である。
話題が、ある常勤医M氏のレポートのことなった。M医師は、
「8症例のうち7症例は集まったけれど小児のいいレポートがなくてね。なのでS先生が担当した患者でS先生が書いてくれたレポートを院長にサインしてもらった」
と、笑いながら言った。M先生としては、他の医師たちに軽い気持ちで言ったのだろう。皆は、ははは、と笑った。彼は、怒り心頭に達した。彼は院長をジロリとにらみつけた。彼が、いつも、レポートのことについて陳情しに院長室に行くと、
「レポートは、自分がちゃんと担当したものでなくてはならない。君の受けもっている患者は僕との共同診療だから・・・」
とか、
「レポートは厳格なもので、ちゃんと自分が担当した患者のレポートでないと、指定医を申請する医者にも、サインする僕にも、大きな責任というものが、かかっているんだ」
とか、偉そうなことを言っていた。
それが、この、とんでもない、完全な代筆のレポートを、院長が平気でサインしていたのである。彼は、怒り心頭に達して院長をジロリとにらみつけた。
院長は、あわてて、彼の刺すような憎しみの視線から目をそらして、と誤魔化し笑いをした。彼は、こいつは、とんでもないイカサマ野郎だと思った。しかし、どうして彼にだけは、指定医を取らせたくないのかは、医療界に詳しくない彼には、分らなかった。彼が思いつく範囲では、その理由は、指定医の資格を取って、すぐ辞められることを、おそれているからだろう、というのが、一番であるが。それ以外にも、学閥による感情的な差別もあるだろうとは、思っていた。彼は、本を買い、ネットで調べ、また、大学時代の友人の医者や、就職の仲介をした、医者の斡旋業者などに、聞いてみた。それによると、指定医の資格を取って、すぐに辞められることを、おそれているから、というのも、理由の一つだが、病院に常勤医が多くいると、法的に病院の施設基準が上がり、病院の評価が高くなるから、とか、病院は町から、かなり離れた山の中で、求人を募集しても、なかなか応募する人がいないから、とか、常勤医は慈愛医大から、研修が終わった後の二年間だけの派遣で来る医師が多く、常勤医の確保に困っているから、とかが理由だった。安い給料での飼い殺し、とまで言われた。
もう、それからは、彼は真面目に働くのがバカバカしくなって、サボタージュに徹した。それまで、やっいてた、全病棟の、隔離患者、拘束患者の記載もやめた。病棟を回っての診察もやめた。朝、来てから、仕事が終わる5時まで、医局で一人、本を読むか、ノートに書いた小説をワープロに変換したりしていた。その頃は、彼は、小説は、ワープロでは書けず、ノートに書いて、それをワープロに変換していた。ドアも手で開けず、足で蹴っとばすことにした。元々、常勤医たちは、慈愛会医大に籍を置く、慈愛医大出の医者ばかりで、仲間内の話ばかりなので、彼は、彼らとは、それまでも全く口を聞いていない。話すことと、いったら、朝の、「おはようございます」と帰る時の、「お先に失礼します」の挨拶だけである。彼らも、彼は眼中に無く、彼が何をしていても、知ったこっちゃない。なのであるから、別に何も問題は起こらない。時々、レントゲンを撮る患者が出て、
「お手すきの先生がいらっしゃいましたら、レントゲン室に来てください」
と院内放送が流れていた。レントゲンの撮影は、法的に医師でなくてはならないからである。それまで彼は、その放送が流れると、急いで駆けつけていた。そして、レントゲンのスイッチを押していた。しかし、それもシカトすることに決めた。そうしたって、やめさせられる心配はないのである。彼は、常勤医がいると、病院の評価が上がる、という施設基準のためだけに、安給料で、飼い殺しにするため雇われている身分なのだから。そうしたら、今度は、院内放送をする病院の事務員までが、露骨に、
「大東先生。レントゲン室までお出で下さい」
と名指しで放送するようになった。人をバカにするのもほどがある。

それまでも、彼は院長の人格や病院の経営方針に問題があると、感じていた。精神病院では、看護婦を増やすことによって、施設基準を上げることにより、診療報酬を上げるというのが、ほとんどの精神病院の方針なのに、この病院では、人件費を切りつめたくて、看護婦はあまり採用せず、給料の安い、外国人労働者をヘルパーとして雇っていた。そのため、痴呆症の老人の病状が良くなると、困るとまで言っていた。痴呆の度合いは、長谷川式簡易スケールという、簡単な質問で、おおまかに分るのである。なぜ、病状が良くなると困るか、というと、痴呆の度合いが悪いと、拘束されていても、患者は文句を言わないが、病気が改善してくると、意識がしっかりしてきて、拘束をはずしてください、と泣いて訴えるようになるのである。しかし、拘束ははずせない。それは、拘束をはずして自由に歩かせると、転倒する恐れがあり、転倒すると、頭を打ったり、大腿骨の頚部を骨折する危険が出てくるからである。だから拘束するのである。普通、精神科において拘束するケースというのは、自殺や他人への暴力行為を起こす可能性のある患者にするものなのだが、この病院では、院長の、経費や人件費を少なくしたいという方針のため、看護婦が少なく人手が足りず、そのために、転倒予防のために拘束する患者が多いのである。法律の条文の解釈は、抽象的であり、拘束する目的が、怪我の予防なのであるから、違法とは言えないのである。しかし、可哀相なのは、意識が、かなり、しっかりしているのに、一日中、ベッドに縛られている老人患者である。そういう、おかしな事は、いくらでもある。しかし彼は、指定医の資格を取ることが目的であって、病院の経営方針にまで、口を出す気はなかった。しかし、指定医の資格が取れないとあれば、これは、別問題であり、まさに怒り心頭に発する、である。
彼は、これから、どうするかで迷った。週4日勤務であるから、病院に行かなくてはならない。しかし、病院の、医局の中では、慈愛医大のドクター達のお喋りがうるさくて、とても小説など書けるものではない。時間を無駄にしないよう、本を読もうと思っても、やはりドクター達の会話がうるさく、雰囲気としても、本は読めない。しかも、お喋りの話題といったら、川崎のソープランドのだれそれちゃん、が、どうのこうの、の話ばかりである。精神的レベルが低い。聞いてて吐き気がする。週4日間、病院でボケーとしている毎日。残りの三日は、机に向かって小説を書こうとしてみたが、気分が悪く、体調も悪くなり、はかどらない。だんだん、精神がまいってきて、うつ病になってきた。そうすると、ますます小説は、書けなくなる。不眠症になり、過敏性腸症候群も悪化して、腸の動きが悪くなり、食べられなくなった。それでも病院には行かなくてはならない。
そんな毎日の中で、ある日、彼は沖縄のことが頭に浮かんできた。

家を売り飛ばして、沖縄に行ってしまった父親と母親ではあるが。
人間の心理の法則であるが、人は二人の人間を同時に嫌うことは出来ないのである。
ある嫌いなAさんがいたとする。そこに、もっと嫌いなBさんが現れて、頭の中が、Bさんに対する嫌悪でいっぱいになると、Aさんに対する憎しみは、減っていくのである。この心理をテーマにした小説が、室生犀星の「兄妹」である。
彼は沖縄の両親に電話してみた。出たのは父親だった。それまでは、息子は父親を特に嫌っていて、電話で話すのも、母親とだけだった。だが、父親と話すことにも、ためらいを感じなかった。院長という、もっと嫌いな人間がいるからである。息子は、父親に、ある精神病院に常勤医として勤務していること、院長が指定医の資格を取らてくれないこと、それで悩んでいること、心身ともに参って悩んでいること、などを全部、話した。父親は息子が電話してきたことに喜んだ。そして、常勤医として勤務していることも。そして、悩んでいるなら、一度、沖縄に来てはどうか、と勧めた。息子も沖縄へ行こうと思った。

沖縄に行くのは、初めてである。それで、どうせ沖縄に行くのなら、一回の旅行で、沖縄のことを全部、とまではいかなくても、出来るだけ知っておこうと彼は思った。小説家は、何でも知っていた方がいいのである。彼は内向的な人間で、内向的な人間というのは、自分の興味のあることには深く関心を持つが、興味のないことには、関心を持てない性格なのである。しかし、彼は、大学時代に、小説家になろうと思い決めてからは、どんな事でも、全てのことに関心を持とうと、思うようになったのである。まず、図書館に行って、沖縄に関する旅行ガイドや、本を探した。しかし、手ごろなのがない。それで、書店に行って、那覇市の地図と、旅行ガイドを数冊、買った。親の住んでいるマンションは、首里城に近い。彼は、那覇市の国際通りや、親の家の周辺の道路、首里城や、北部、南部、などの観光施設などを、覚えた。自分の住んでいる街より、知らない土地の方が、新鮮なので、その土地の、文化、産業、歴史、などには、自分の住んでいる街より興味が出るのである。彼は数日、沖縄のことを調べて過ごした。

   ☆   ☆   ☆

沖縄に行く日が来た。
だが彼はさほど、嬉しくはなかった。小説創作も、はかどらず、指定医の資格も取れないので、将来の見通しが暗かったからである。しかし、仕事のことは、ひとまず忘れることにした。羽田空港へ行くのは久しぶりである。病院に就職する前のバイト医をしていた時、仕事で四国と、北海道に二度行っただけである。彼は、旅行がそれほど好きではなかった。嫌いではないが。外向的人間にとっては、世界に対する関心は、実際に、自分が世界の国々に行って、その土地を見るという行動の形をとるが、内向的人間にとっては、世界に対する関心は、本を読むことになるのである。なので彼はまだ、一度も海外に行ったことがない。
羽田空港に着いたら、沖縄行きの便は、一時間半、あとだった。彼はジャンボジェット機が轟音を立てて離陸するのを見るのが好きだった。ので、それを見ていた。つい、空港の中のレストランを見ていると、どの店も美味そうで、食べたくなるのだが、彼は、腹を空かせておいて、沖縄のソーキ蕎麦を食べようと思ったので、羽田空港では何も食べなかった。いよいよ、フライトの時間がやってきた。飛行機に乗るのは久しぶりである。彼は、飛行機の操縦を一度、してみたかったので、スチュワーデスに、
「あの。飛行機。操縦させてくれませんか?」
と頼んでみたが、
「駄目です」
と無碍に断られてしまった。それで仕方なく、席に着いた。幸い、彼は窓際だった。飛行機は、空港の中を回って、やがて滑走路についた。だんだん加速していく。飛行機の加速と同時に彼の興奮も加速していく。主翼がバサバサ揺れる。ついに、フッと振動がなくなり、飛行機が上に傾き、離陸した。気持ちがいい。彼はこの離陸の瞬間が好きだった。他の乗客は、無事に離陸してほっとするのだろうが、彼は逆だった。
「あーあ。無事に離陸しちゃったよ」
と残念に思うのだった。刺激のない毎日を過ごしている彼は、刺激に餓えていた。それで、飛行中に事故が起こってくれることを心待ちにしているのである。あるいは、この飛行機がハイジャックされないかと期待していた。ハイジャックされたら、彼は、隙をうかがって、ハイジャック犯達に、身近にあるものを盾にして、突っ込んでいくつもりだった。彼は命知らずでもある。これは英雄気取りではない。彼にはハイジャックに関して持論があった。そもそも、ハイジャック犯なんていうのは、思想犯である。凶悪犯ではない。犯罪を成功させるには、自分は死ぬ気、人は平気で殺す気、の覚悟がしっかりなければならない。彼はハイジャック犯に平気で人を殺せる覚悟があるとは思っていない。宮本武蔵の言うように、敵だって怖がっているのである。はたして、一瞬の隙を狙って、タックルしてくる乗客を、正確に打ち抜く、瞬間的な正確な判断力があるか、の勝負である。威嚇は簡単である。しかし、人を殺す、というのは、自分も殺人犯になるということである。だから、彼らだって、容易には客を殺せない。心理的な駆け引きである。ハイジャックを確実に成功させるには、まず乗客の一人に、拳銃なりナイフなりで、軽傷をおわせるか、ビンタするなり、殴るなりして、自分は死ぬ気、人は平気で殺す気、の覚悟があることを見せつけておく必要がある。つまり、ハイジャック犯は、紳士的である可能性があるのである。それと乗客も腰抜けである。拳銃で威嚇された途端、男なら金玉、女なら卵巣が、縮み上がってしまうからよくないのである。見た目には、わざとキャーとか悲鳴を上げて脅えていることを演じてもいいが、そうすればハイジャック犯も、気を緩めるからであるが、心の中では戦闘態勢の準備を開始すべきなのである。彼が金玉、縮み上がらないのは、彼が空手という武術を身につけているからではない。空手の技なんて、双方とも狂気の精神状態の時には、何の役にも立たない。そうではない。本当の武術家とは、戦いになった時の判断力が正確に出来る人間のことをいうのである。つまり頭脳的な戦術家である。敵の覚悟の度合い、心理状態、および、自分の敏捷性、腕力、などを冷静に判断して、戦いの時に、もっとも最良な手段を選択できる能力のある人間が武術家なのである。空手の技を訓練するのは、そういう精神の訓練の現われ、に過ぎないのである。つまり、一般に認識されているのとは、逆なのである。空手の技を身につけてから、それから、どう戦うかを考えるのではなく、まず、あらゆる戦いにおいて、戦い方を考えてしまい、その思いが空手なり、他の武術なりを、形として訓練する、というのが本当の武術家なのである。だから本当の武術家は、猪突猛進的な無謀なことはしない。
しかし、飛行機は無事、離陸してしまった。ハイジャック犯も現れる様子もない。それで仕方なく彼は、窓から外を見た。斜めから東京湾と、東京の街がミニチュアのように小さく見える。飛行機が上昇していくのにつれて、建物や車などが、だんだん小さくなっていく。やがて、成層圏を越すと、雲の上に出る。雲の絨毯が、一面に敷かれているように見える。主翼が時々、バサバサ揺れる。彼は、外の冷たい空気に当たりたくて、「未来少年コナン」のように、主翼に、しっかり、つかまりながら、主翼の先の方に行ってみたくて仕方がなくなった。それで、手を上げて、スチュワーデスを呼んだ。
「はい。何でございましょうか?」
スチュワーデスが小走りにやってきて、笑顔で聞いてくる。
「あの。外に出たいんで、窓を開けて貰えませんか?」
彼がそう言うと、明るかったスチュワーデスの顔が途端に渋くなった。
「駄目です」
そう、一言いって、スチュワーデスは去っていった。国内線のスチュワーデスは、ケチなのである。これが、国際線のスチュワーデスなら、
「オオ。ジャパニーズ。サムライ。ハラキリ。カミカゼ。カッイイネ。オーケー」
と言って許可してくれるのだが。それで、残念ながら、彼は、雲の絨毯を見て我慢することにした。沖縄への、フライトは、2時間40分なので、やがて飛行機は高度を下げていく。雲の間から、島が見え出した。
「ああ。やっと沖縄本島に来たな」
という実感が沸いてくる。
飛行機はさらに地上に近づいて、着陸態勢に入る。彼の隣に座っていた、ばあさんは、
「どうか無事に着陸して下さいますように。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
と数珠を出して、ジャラジャラと揉んで一心に祈っていた。他の客も、無事に着陸して欲しそうな顔をしている。しかし、彼だけは違った。彼は、出来たら車輪が出ずに、胴体着陸してくれることを、切に願った。胴体着陸というものを体験してみたかったのである。しかし、残念なことに、無事に那覇空港に着陸してしまった。
「ああ。快適な空の旅でした。阿弥陀様。有難うございます」
などと、彼の隣のばあさんは、ペコペコ頭を下げ、阿弥陀仏に感謝していた。しかし、彼にとっては、スリルも何もない、つまらない空の旅なので、全然、面白くなかった。那覇空港に着くと、もう沖縄への旅は、済んでしまったような気がした。それで、もう帰ろうかとも、思ったが、わざわざ沖縄に来たのだから、親のマンションに行こうと思い直した。
沖縄は暖かい。こりゃー住むのにはいいわな、と彼は思った。沖縄のことは、あらかじめ、調べておいたので、大体わかっている。あとは、実物を見て確認するだけである。彼は、親に携帯で電話した。
「今、那覇空港に着いた。これから、行く」
とだけ言った。彼は、親に出迎えなどされたくなかったからである。そんな仰々しいことは、ウザッたい。親は何につけ恩着せがましいのである。

彼は、那覇空港から出ている、モノレール(ユイレール)に乗った。高い位置から、沖縄の町がよく見える。このまま、終着駅である、首里駅、に親の住んでいるマンションがあるのだが、彼は途中の国際通りに、さしかかった、県庁前駅で降りた。一応、国際通りを見ておこうと思ったのである。何のことはない。土産物売り店ばかりである。歩いているうちに腹が減ってきたので、彼は何か食べようと思った。だが何だか様子がおかしい。どの飲食店にも、「ヤマトンチュと米軍はお断り」と書いてある。周りの人々も、何だか彼を胡散臭そうに見る。それで彼はきまりが悪くなって、あわてて、身近にある飲食店に入った。「チャンプルー」という名前の飯屋だった。
「めんそーれ」
と店の親父が元気良く、挨拶した。
「こんにちは」
と彼も、挨拶した。店には、左に、ひめゆりの塔の写真、と右に東条英機の写真が飾ってあった。ひめゆりの塔の写真を飾るのは、分るが、なぜ東条英機の写真を飾るのかは、彼は分らなかった。ともかく、彼はテーブルの一つについた。
「あんた。ヤマトンチュだろ」
店の親父がギロリと彼をにらんで言った。
「え、ええ。でも、どうして分るんですか?」
「ヤマトンチュは顔つきと仕草で、すぐわかるんけに。それに、あんた、ひめゆりの塔の写真と、東条英機の写真を見ても、何とも反応しなかったじゃろが。ウチナンチュなら、ひめゆりの塔の写真を見れば、すぐに涙ぐみ、東条英機の写真を見ると、憎しみの目でにらみつけるからね・・・」
そう言って親父は、無愛想に、メニューをドサッとテーブルの上に放り投げた。彼はそっと、メニューを開いた。メニューには、色々とあった。「ソーキ蕎麦・500円」と書いてあった。彼は、豚の角煮の入った、沖縄のソーキ蕎麦を食べてみたいと思っていたので、
「あ、あの。ソーキ蕎麦、下さい」
と言った。すると親父は拒否するように厳しい顔で手を振った。親父はメニューをめくって見せた。すると、メニューの後ろの方に、「ヤマトンチュ用蕎麦・2000円」と書いてあった。それ以外にも、見殺しラーメン、とか、火炎放射器焼き焼き肉とか、ぶっそうな名前のメニューが書いてある。
「さあ。どれにするあるね」
と親父は強行に迫った。彼は、恐れを感じて、
「あ、あの。ヤマトンチュ用蕎麦を下さい」
と小声で言った。親父は、無愛想に、厨房に戻っていった。しかし、蕎麦一杯が、2000円とは、ちょっと高すぎる。彼は、店の異様な雰囲気に恐れを感じ出した。店には、ニ、三人、客がいたが、余所者を見るように胡散臭そうに彼をジロジロ見つめている。やがて、店の親父が、料理を持ってきた。親父は、無愛想に、ドンと丼をテーブルの上に置いた。わりと大きい。麺もたくさん入ってるし、豚の角煮も、入っている。彼は、なるほど、と思った。ヤマトンチュには、本場の、沖縄そばを、食べさせてやろうという親父の親切な思いなのだろう、と彼は嬉しくなった。なら、2000円という高い値段も納得がいく。彼は、割り箸をパキンと割って、麺をつまんで口に入れた。その時である。彼の隣に座っていた、貧相な男が、こそっと彼に耳打ちした。
「あんた。気いつけんさい。ヤマトンチュ用蕎麦には、青酸カリが入っていることがあるけん」
彼は、真っ青になって、ブバッと蕎麦を吐き出した。彼は、店の親父に2000円払って、急いで店を出た。沖縄人(ウチナンチュ)の本土人(ヤマトンチュ)に対する、憎しみは、相当なものなのだなと、彼は思い知らされた。

彼は、再び、国際通りに出た。すると、ボロボロの蓑をまとった女が道端に座っていた。
「ははあ。乞食だな。沖縄は暖かいから、乞食が住むにはもってこいだな」
と彼は思った。すると、学校帰りの子供達が、乞食女の前を通りかかった。
「やーい。ヤマトンチュ女」
と言って子供たちは、寄ってたかって、女に石を投げ出した。彼は急いで女の所に駆けつけた。
「やめんか」
彼は子供たちに向かって怒鳴った。その声の大きさに、子供たちは驚いて、蜘蛛の子を散らすように、逃げていった。
「一体、どうしたんですか?」
彼は屈みこんで乞食女に聞いた。すると女は、わっと泣き出した。驚いたことにボロ布の下はピンクのビキニだった。女は涙ぐみながら話し出した。
「私、一年前に本土から、格安パック旅行で、沖縄に来たんです。それでホテルに泊まって、さっそく、その日に海を見に行ったんです。エメラルドグリーンの海を見に。あまりにも美しいので私は時間が経つのも忘れて海を眺めていたんです。しかし、夕方、ホテルにもどってきたら、荷物も財布も全部なくなっていたんです。私は驚きました。すぐにホテルの人に言いましたが、ホテルの人は相手にしてくれません。私は、ビキニのまま、警察に行きました。でも、そこでも相手にしてくれません。ウチナンチュ(沖縄人)の人達は、ヤマトンチュ(本土人)を憎んでいて、ヤマトンチュの観光客だとわかると、身ぐるみ剥いでしまうんです。それほど沖縄人の本土人に対する恨みは激しいんです。沖縄には産業がありません。沖縄への格安パック旅行というのは、実は、ヤマトンチュをおびき寄せて、キャッシュカードから、何から何まで、身ぐるみ剥いでしまう、沖縄県の組織的な犯罪なんです。沖縄県警も、それを黙認しています。沖縄県警に訴えても、県知事に訴えても相手にしてくれません。私は、身ぐるみ剥がされて、帰りの旅費もないので、乞食になるしかなくなってしまったんです。そういう人はたくさんいます」
そう言って女は、わっと泣き出した。
「そうだったんですか。沖縄への格安パック旅行が、やけに安いと思ったら、そういう仕組みだったんですか」
彼はそう呟いた。そして、財布から、五万円だした。
「さあ。これで東京への航空券は、買えるでしょう。これをあげますから、飛行機で本土に帰りなさい」
そう言って彼は、五万円、女に握らせた。彼女はわっと泣き出した。
「あ、有難うございます。ご恩は一生、忘れません。これで本土に帰れます」
と泣きながらペコペコ頭を下げた。
「あなたも格安旅行で来たのですか?」
女が聞いた。
「いえ。違います。親に会いに来たんです」
彼は首を振って答えた。
「お父さんとお母さんが、沖縄に住んでいるのですか?」
女が聞いた。
「ええ」
彼は答えた。
「ご両親は、よく沖縄に住めますわね。あなたはウチナンチュですか?」
「いえ。違います。ヤマトンチュです」
「何か、沖縄とつながりがありますか?」
女は首を傾げて聞いた。
「そうですね。祖父が沖縄戦で、終戦直前に沖縄で玉砕しています」
彼は答えた。
「それだわ。あなたは、きっと、おじいさんが沖縄戦で玉砕したから、大目に見られているのよ。平和の礎に、名前が書いてある人の子孫は、沖縄を守ったということで、ヤマトンチュでも、大目にみてくれているんです」
女は、そう説明した。
「本当に有難うございます。これで、やっと本土に帰れます」
そう言いながら、女は何度もペコペコ頭を下げた。

これによって、彼はあらためて、ウチナンチュ(沖縄人)のヤマトンチュ(本土人)に対する憎しみの激しさを知ったのである。
その時、ちょうど、米軍のヘリコプターが、ババババッと、大きな爆音をたてながら、地上、近くに降りてきた。国際通りにいたウチナンチュ達は、一斉に、ヘリコプターに向かって、
「米軍は、沖縄から出ていけー」
と拳を振り上げて叫んだ。すると、米軍のヘリコプターに乗っていたアメリカ人は、ズガガガガーと、機銃掃射をしてきた。国際通りに出ていた人達は、あわてて店の中に隠れた。
大東徹も女を連れて、公設市場の中に隠れた。
ヘリコプターは、市役所の前の広場に着陸した。中から、おもむろに、レイバンのサングラスをした、マドロスパイプを燻らせている、長身の男が、出てきた。男は拡声器を口に当てて言った。
「オキナワノ、ミナサン。ムダナテイコウハ、ヤメテ、ブキヲステテ、テヲアゲテ、ゼンイン、デテキナサイ。ソウシナイト、ゼンイン、ゲリラトミナシ、シャサツシマス」
そう言って、四人のアメリカ人が、国際通りにやってきた。ガムをクチャクチャ噛みながら。国際通りは、水を打ったようにシーンと静まりかえっている。四人のアメリカ人は、ガムをクチャクチャ噛みながら、我が物顔にノッシ、ノッシとのし歩いた。その時、ある、土産物店から、石が四人に向かって投げられた。
コーン・コロコロ。
と石は、転がって四人の米兵の前で止まった。四人の米兵は、ピタリと足を止めた。マドロスパイプを咥えていた、隊長らしき男が、火炎放射器を持った白人に、顎をしゃくって合図した。合図された米兵は、その店の戸を開けると、火炎放射器をブオオオオーと店の中に放射した。
「うぎゃー」
店の主人と思われる老人が、火達磨になって、転がるように店から出てきた。
「た、助けてくれー」
老人は、救いの手を求めるように、米兵たちに向かって、手を差し出した。しかし、米兵は、クチャクチャ、ガムを噛みながら、容赦なく目の前の、老人に、さらに、火炎放射器をブババババーと浴びせかけた。
「うぎゃー」
始めは、のたうちまわっていた老人は、だんだん動かなくなっていった。それでも、米兵は火炎放射器を拭きかけ続けた。ついに、老人は全く動かなくなった。それはもう、人間の原型をとどめていなかった。そこにあるのは黒焦げの死体だった。
「サア、コレデ、オドシデナイコトガ、ワカッタデショウ。サア、ミンナ、ブキヲステテ、テヲアゲテ、デテキナサイ」
レイバンのサングラスをかけた、マドロスパイプを咥えた、米兵が拡声器を使って言った。
公設市場に身を潜めていた彼は、スックと立ち上がって、歩き出した。
「お、おい。ヤマトンチュ。何をする気だ」
公設市場の親爺が、焦って彼の腕を掴んで引き止めようとした。だが彼は、親爺の腕を振り払った。
「おい。親爺。ちょっとこれを借りるぜ」
そう言って彼は、大きな鉄の鍋を手にした。
「な、何をする気だ?ヤマトンチュ」
親爺が聞いた。
「俺は俺の意志でやりたいようにする」
そう言って、彼は店を出て、国際通りに、一人、立ちはだかった。米兵達は、すぐに彼に視線を向けた。
「ヤットヒトリ、デデキマシタネ。サア、テヲアゲナサイ」
米兵は拳銃を彼に向けて忠告した。だが彼は手を上げようとしない。
「サア。ハヤク、テヲアゲナサイ。サモナイト、ブキヲモッテイルト、ナミシマスヨ」
そう言って、米兵の一人がバキューン、バキューンと空に向かって拳銃で威嚇射撃した。
「やめなよ。弱い者いじめは」
彼はそう言って、ツカツカと米兵達の方に歩み寄って行った。
「ワレワレノシジニ、シタガワナイノデスネ」
そう言うや、米兵は、彼の方に向かって、バキューン、バキューンと射撃してきた。始めは威嚇射撃だったが、だんだん米兵達は、本気で彼を狙って撃ってきた。彼は、鉄の鍋を顔の前に構えて盾にして、腰を低くして、左右にジグザグに、米兵達に向かって、突進していった。バキューン、バキューンと撃ってくる拳銃の弾が、カキーン、カキーンと鍋に弾き返された。
彼は、拳銃で撃ってくる米兵にタックルした。
「オー、マイ、ゴッド」
米兵は、彼の強烈なタックルを受けて倒れた。
「キエー」
彼は、米兵の首にビシッと手刀をぶち込んだ。そして米兵が持っていた拳銃を奪い取り、米兵の右手を背中に捻り上げて、米兵の背中に回って、米兵を盾にした。そして、拳銃を米兵の頭に突きつけた。
「さあ。貴様ら、全員、武器をこっちに寄こせ。さもないと、こいつの命がないぞ」
そう言って、彼は、拳銃の銃口をグリグリと米兵の頭に押しつけた。
「オー。マイ。ゴッド。ブキヲステテクダサイ」
米兵は、オロオロした様子で、仲間の三人の米兵達に、ペコペコ頭を下げて哀願した。
「シ、シカタアリマセーン」
三人の米兵達は、口惜しそうに、火炎放射器、機関銃、拳銃、などを、彼の方に放って寄こした。
「ほら。親爺。これを隠しとけ」
そう言って、彼は、拳銃や機関銃を、近くのスーベニールショップに放り込んだ。店の中では、サササッと音がした。店の中にいたウチナンチュの親爺が受け取ったのだろう。
これで武器はなくなった。
彼は、盾にしてた米兵の腕を思い切り、後ろに捻り上げ、グリッと関節を捻った。
「ウギャー」
米兵が悲鳴を上げた。肘の靭帯が切れたのだろう。
彼はスックと立ち上がった。三人の米兵は、ササッと彼を取り囲んだ。
「ユー。クレイジーネ。ニチベイアンポデス。ダレガニホンヲ、マモッテヤッテイルトオモッテイルノデスカ。ユルシマセーン」
そう言って、三人の米兵は身構えた。
「コノオトコハ、モト、WBAヘビー級ボクシングノ、チャンピオンデス」
そう言ってマドロスパイプを咥えたレイバンのサングラスをかけた男が、右隣の黒人の米兵を指差した。その黒人の男は、クラウチングスタイルで、拳を顔の前で構えた。
「コノオトコハ、モト、AWAノ、プロレスリングノ、チャンピオンデース」
そう言ってマドロスパイプを咥えたレイバンのサングラスをかけた男は、左隣の白人の男を指差した。指差された白人の巨漢男は、大きく手を広げて身構えた。
「ソシテ、ワタシハ、モト、プロフットポールノ、クォーターバックデス」
マドロスパイプを咥えた男は、自分を指差して言った。
「You go to hell ネ」
そう言って、三人は、ジリジリと彼に詰め寄ってきた。三人の米兵は、同時に、わっと彼に襲いかかった。
元ヘビー級ボクサーの黒人は左のジャブを繰り出してきた。彼はそれをウィービングで、サッと避けると、キエーという、鋭い気合と共に、横蹴りを黒人の腹に蹴りいれた。
「ウガー」
黒人は、もんどりうって地に伏した。黒人は倒れたまま、白目を開けて全身をピクピク痙攣させている。それを見て、残りの二人はゴクリと唾を呑み込んだ。
次に、元プロレスラーの巨漢男とマドロスパイプの男が、ジリジリと間合いを詰めて、わっと襲い掛かってきた。
「キエー」
彼は裂帛の気合と共に、元プロレスラーの男の金的を蹴り上げた。
「ウギャー」
元プロレスラーの男は、天地の裂けるような悲鳴を上げて、倒れ伏した。
元フットボーラーの顔が青ざめた。彼は慎重にジリジリと彼に詰め寄って行き、わっと彼にタックルしようとした。
「チェストー」
彼は、それをスッと避けると、裂帛の気合と共に、彼の人中に正拳突きを叩き込んだ。タックルしようとして、掴みかかろうとしたのが、カウンターになって、威力倍増し、一撃で男は地に倒れた。
「ガ、ガッデーム。サノバビッチ」
マドロスパイプの男は、鼻血を出しながらフラフラと立ち上がると、倒れている二人の男を助け起こした。腕をへし折られた米兵と、彼に一撃で倒された三人の米兵は、ヨロヨロとふらつきながら、ヘリコプターの方に戻ろうと踵を返した。
「ユー。リトル、ストロングネ。バット、オボエテイナサイ。アイ、シャル、リターン」
とレイバンのサングラスをかけた男は、振り向いて、負け惜しみの、捨てセリフを言った。四人は、ヨロヨロと覚束ない足どりで、ヘリコプターに乗り込んだ。バババババッとヘリコプターが始動し、宙に舞い上がった。ヘリコプターは向きを変え、ズガガガガーと彼を狙って、機銃掃射してきた。
「おい。親爺。機関銃を寄こせ」
彼は、機関銃を放り込んだ店の親爺に言った。
「へ、へい」
親爺は、恐る恐る機関銃を彼に渡した。彼は機関銃を受け取ると、ヘリコプター目掛けて、ズガガガガーと撃ち込んだ。それがヘリコプターのガソリンタンクに命中し、ヘリコプターは、ボワッと炎上した。
「ガッデーム。サノバビッチ」
ヘリコプターに乗っていた米兵の口惜しそうな声が聞こえてきた。
炎上したヘリコプターは、フラフラと飛行し、ついに、地上に墜落し、ボワンと炎上した。
その時、国際通りの両側の店に、隠れていた人々が、
「うわー。やったあー。ざまあみろ」
という歓喜の雄叫びを上げて出て来た。彼らは、しばし、快感の余韻に浸っていたが、それが鎮まると、ようやく、もとの落ち着きを取り戻し始めた。
彼らは、みな、はっと気づいたかのように彼の方に振り向いた。みな、彼に向かって恭しく頭を下げた。その中で、一人、仙人のような白髪の老人が、つかつかと彼の方に歩み寄ってきた。
「わしは、この島の長老の金城知念尚敬というもんじゃ。今年で120歳になる。あんた。すまんかったの。余所者あつかいして、意地悪してしもうて」
老人は深々と頭を下げた。
「いえ。いいんです。人間として当然のことをしたまでです」
彼は、何も無かったかのように平然と答えた。
「ヤマトンチュにも、わしら、のために身を挺して戦ってくれる者もおるもんじゃな。どうも、わしらは、ヤマトンチュに対して、偏見を持っておったようじゃ。すまん」
そう言って老人は、飯屋「チャンプルー」の親爺をジロリと見た。
「おい。ぬしゃー。まだ、料理に、ヤマトンチュ用とウチナンチュ用と区別ば、つけとるんか?」
「へ、へい」
親爺は、決まり悪そうに言った。
「もう、やめんか。ヤマトンチュいじめは。何度も言うたじゃろうが」
「へ、へい」
親爺は決まり悪そうに返事した。
「これでもう、安心して、何でも食べんしゃい。沖縄の料理は、うまいけに」
そう言って長老は深々と頭を下げた。
「そうして頂けると助かります。それと、出来れば・・・」
そう言って彼は言葉を濁して、ビキニの女を見た。ビキニの女性は、彼の方に駆け寄ってきて、彼の腕をヒシッと掴んだ。
長老は、ビキニの女を見た。
「ああ。あんさんには、本当にすまんことをした。許してくれろ。もう、ヤマトンチュの観光客の身ぐるみ剥ぐようなことは、させんけに。わしが、県知事に、よう言うとくわ」
そう言って、老人は、彼女に頭を下げた。
「あ、有難うございます」
彼女は老人に頭をさげた。そして、潤んだ瞳で大東を見た。
「あ、有難うございます。あなたは、私の命の恩人です。ご恩は一生、忘れません。あ、あの。どうかお名前を教えて下さい」
女は恭しく彼に言った。
「いえ。名乗るほどの者ではありません」
彼は毅然として答えた。
「で、でも。それでは私の気持ちが、おさまりません」
女は強い語調で言った。彼女は、彼が名前を言うまで納得しないだろう、と彼は思った。
「そうですか。私は、大東徹という者です」
「そ、そうですか。あ、あの。よろしかったら、携帯電話を貸して貰えないでしょうか」
彼女は、身ぐるみ剥がされて、何一つ持っていない。何か、重要な連絡があるのだろうと彼は思って、彼は、彼女に携帯電話を貸した。すると、彼女は、携帯をひったくるようにして、彼に背を向けた。彼女は、何やらカチャカチャと携帯を操作している様子である。
「な、何をしてるんですか?」
彼は、彼女が何をしているのか、知ろうと、彼女の前に回り込もうとしたが、彼女はササッと彼に背を向けた。さらに、彼が回り込もうとすると、彼女は、またササッと位置を変えて彼に背を向けた。彼は諦めた。
しばし、彼女は、携帯をカチャカチャと操作してから、やっと彼に振り向いて、彼に携帯電話を渡した。
「一体、何をしたんですか?」
彼は彼女に聞いたが、彼女は、モジモジして黙っている。仕方なく、彼は、携帯を調べた。すると、電話帳に、新たに「秋本京子」と登録されていた。携帯番号と、メールアドレス、住所、が書き込まれていた。さらに、送信BOXを開けてみると、「秋本京子」へのメールが送られていた。そのメールには、こう書かれていた。
「秋本京子様。東京でまた、ぜひお会いしたいです。よろしくお願い致します。大東徹」
彼は、あっけにとられて、彼女の顔を見た。
「あ、あの。私。東京に帰ったら、すぐに携帯に何かメールが来ていないか調べます。友達はきっと、私の失踪を心配して、メールしてくれてると思いますから」
「まいったなあ」
彼は、困惑した顔つきで、彼女を見た。
「どんな人が私のことを心配してくれてるかしら。楽しみだわ」
彼女は独り言のようにいった。
「あんさん。あんさん」
国際通りの衣料品店の婆さんが出て来た。
「今まで、すまんかったの。本土に帰るなら、これを着ていきんしゃい」
そう言って、婆さんは、沖縄の紅型衣装を彼女に手渡した。
「まあ。有難うございます」
婆さんは、女が被っていたボロ布をとって、紅型染めウミナイビを、彼女に着せた。紅型衣装を着た彼女は、見違えるように綺麗に見えた。
「よう。似合うとる。あんたにぴったしじゃ」
婆さんは、しげしげと、女を見つめた。婆さんは続けて言った。
「これは、琉球国の王妃が着ていた、紅型染めウミナイビじゃけん。売らないで、店に飾っておいた物じゃけん」
彼女は、目を丸くした。
「ええっ。そうなんですか。そんな貴重な物いただくわけにはいきません」
彼女は、あわてて紅型衣装を脱ごうとした。婆さんは、あわてて、それを制した。
「ええんじゃ。あんたには、さんざん意地悪してしもうたでの。わしの気持ちじゃ。せめてもの、わびとして、受け取ってくんしゃれ」
婆さんは申し訳なさそうに言った。
「あ、有難うございます」
彼女も恭しく、お辞儀した。
婆さんは、彼女の右の耳に、デイゴの花を差した。沖縄の県花は、デイゴなのである。デイゴの花を右に差すのは、未婚の女で、既婚の女は左に差すのである。
「よう似合うとる」
婆さんは、彼女を見て嬉しそうに言った。
彼女は、隣にいた彼にそっと寄り添って、彼の腕をヒシッと掴んだ。
「よう似合うとる」
婆さんは、またニコニコして嬉しそうに言った。
「あ、あの。お婆さん。何が似合っているんですか?」
彼女は、嬉しそうな顔で、婆さんに聞いた。
「勇気のある逞しい男と美しい女子が、二人並んでいるところがじゃ」
婆さんは、嬉しそうに答えた。
「ですって。大東さん」
と言って彼女は、彼を嬉しそうに見た。
彼はやれやれという顔をした。彼はポケットから、携帯を取り出して、沖縄発羽田行きのフライトを確認した。羽田行きの便は、次のが最終便だった。
「秋本京子さん。羽田行きの便、次のが最終便ですよ。急がないと」
彼は那覇空港の方を指差して彼女に促した。
「そうですか。大東さん。色々、お世話になりました。有難うございました」
そう言って彼女は、やっと彼から手を離して、ペコリとお辞儀した。
彼は手を上げて国際通りを走っているタクシーを止めた。沖縄県には電車というものがないので、移動の手段は、車しかないのである。なので、タクシーが多く、その料金は本土のタクシーより安い。
彼はタクシーの後部座席を開けた。彼女は後部座席に乗った。
「ちょっと待ちんしゃい」
その時、婆さんが、慌てて止めた。婆さんは、急いで店の中に入った。
そして、すぐに大きな袋を持って出て来た。
「ほれ。紅芋の、ちんすこう、じゃけん。ぎょうさん持って行きんしゃい」
そう言って、婆さんは、彼女に、紅芋のちんすこうがいっぱい詰まった袋を渡した。
ちんすこう、とは、沖縄のクッキーのようなものであるが、これが美味いのである。それは、もっともで、ちんすこう、は、琉球国の王族の、お菓子として、作られたものなのである。
「有難うございます。お婆さん」
そう言って彼女は、ちんすこう、の入った袋を胸に抱きかかえた。そして、彼に振り返った。
「大東さん。さんざん、お世話になりました。また、東京でお会い出来る日を楽しみにしています。では、さようなら」
そう言い残して、タクシーは、那覇空港めざして走り出した。彼女は、名残惜しそうに、後ろを振り返って、いつまでも彼に手を振った。
だんだん、タクシーが遠ざかっていって、とうとう見えなくなった。

   ☆   ☆   ☆

彼は踵を返して、モノレール(ユイレール)に乗った。モノレールは、国際通りの真上を通って、やがて首里城の方へ向かった。すぐに、モノレールは、終点の、首里駅についた。その後も、モノレールは、つなげるようで、工事中だった。彼は、アパートで那覇市の地図を買って、親の家の周辺は覚えていたので、親のマンションはすぐにわかった。茶色の10階建てのマンションである。その向こうには首里城が見えた。親の部屋は、8階である。彼はチャイムを押して、部屋に入った。

父親と母親が出迎えた。部屋は思っていた以上に豪華だった。10畳の和室に、寝室、ダイニング、バス、トイレ、キッチン、の他に、一人誰かが住めるほど大きい部屋があった。二人で住むのには、あまりに広すぎる。

ちょうど、一つの客室が、机と本棚と、ベッドと押入れ、があって、一人、誰かが暮らすことが出来る。つまり息子の部屋用なのである。父親は、老後は、沖縄に住んで、息子にも、沖縄に住んで、親の面倒を見て貰いたいと思っているのである。これが父親のしたたかな計算だった。確かに、息子は、冷え性で、過敏性腸症候群で、喘息で、本土の冬は厳しい。出来ることなら、一年中、温かい沖縄は、住むのに魅力的な土地だった。アレルギー体質なので、沖縄なら花粉症に悩まされることもない。しかし、沖縄では仕事がない。病院の勤務は、まっぴらである。大きな書店もないし、図書館も、いいのがない。何事にも不便である。だから、彼は沖縄に移り住む気は全くなかった。
父親は、沖縄へ来ても、相変わらず、一日中、ごろ寝で、テレビを観ている生活だった。
彼は、翌日から、せっかく沖縄に来たのだから、観光バスで、名所を見ることにした。

   ☆   ☆   ☆

翌日になった。彼は朝早く起きて、家を出た。そして、ユイレールに乗って、県庁前駅で降りた。彼は、今日は、北部へ行こうと思った。

北部コースは、琉球村→万座毛→ちゅら海水族館→OKINAWAフルーツらんど、である。
バスセンターには、早く着いてしまった。彼は用心深い、というか、神経質なので、時間には早く行くのである。バスセンターのベンチに座って待っていると、一人のもの凄い綺麗なバスガイドがやって来た。
「あ、あの。座ってもよろしいでしょうか?」
バスガイドが聞いた。
「え、ええ」
彼は焦って答えた。バスガイドは彼の隣に座った。
「あ、あの。大東さん。昨日は、有難うございました。スッキリしました」
バスガイドは頬を赤らめて言った。
「えっ。何のことですか?」
彼は彼女の言うことの意味が分からなくて聞き返した。
「あの。昨日、米兵達をやっつけてくださったことです」
彼女は言った。
「ああ。あれですか。僕は人間として当然のことをしたまでです。そんなに気を使わないで下さい」
彼は、あっさりと言った。
「いえ。そんなこと、ありません。本当に昨日は、胸のわだかまりがとれて、すごく嬉しかったんです」
彼女はニコッと笑って言った。
『ははあ。彼女はきっと、米軍基地に反対している人なんだろう』
と彼は思った。というより、沖縄県民で米軍基地に賛成している人は、まずいないだろう。
「そうですよね。米軍は厚かましいですですよね」
彼も相槌を打った。彼女は、しんみりと身の上を語り出した。
「私が、高校生の時、親友の宮城順子さんが、帰宅途中に米兵達に犯されて殺されました。私は泣いて悲しみました。しかし、米軍は、日米地位協定を盾にとって、公務中であるといって、身柄を沖縄県警に引き渡しません。米軍の中では、裁判が行われましたが無罪放免です。私の悲しみは憎しみに変わりました。米軍は日米地位協定を盾にとって、やりたい放題です。私は、この矛盾を政府に訴えました。しかし政府は何もしてくれません。私は、米軍の横暴に立ち上がろうと決心しました。それで、反米軍基地の会、というグループを作りました。私がリーダーになりました。米軍の横暴に対するビラ配り、抗議運動、署名活動、などをしました。すると、米兵達は、私達に、嫌がらせをするようになりました。家の前にジープでやって来て、アメリカのハードロックをボリュームを目一杯あげて鳴らしてみたり、自転車通学しているところを、トラックがもの凄いスピードで幅寄せしてきたり、してきました。私達は何回も転ばされました。私達は、さらに抗議活動をするようになりました。すると、ある日、反米軍基地の会、の会員である石嶺有紀さんが行方不明になりました。私は、米軍との関係ではないかと思い、警察にそのことを知らせましたが、米軍は、知らないと言うだけでした。かけがいのない友達がどうなっているのかを思うと夜も眠れない日々を私は送っています」
彼女は、そう語って、ハアと溜め息をついた。
「そうだったんですか。その行方不明の友達は、まず米軍と関係があるんだと僕も思います」
彼は相槌をおもむろに打った。
「あっ。ごめんなさい。つい、愚痴を言ってしまって。今日は、どちらへ観光に行かれるのですか?」
バスガイドが聞いた。
「そうですね。ちゅら海水族館がある北部へ行こうと思っています」
彼は答えた。
「そうですか。それは嬉しいですわ。今日、私は北部の案内をする日なんです。暗い話をしてしまって、すみませんでした。今日は、うんと沖縄のきれいな海をお楽しみ下さい。今日のお客さんは、大阪の老人会の人達と大東さんだけです」

彼女と話している間に、観光バスは、すでに来ていて、バスのドアは開いていた。
彼はバスガイドと一緒に、バスに乗り込んだ。バスには、すでに大阪の老人会の観光客が乗っていた。
ちょうどバスの発車時間になった。
バルルルルッとバスのエンジンがかかり、バスは、ゆっくりと、バスセンターから、動き出した。バスは、北部へ向かう、国道58号線を走っていった。
「みなさん。お早うございます」
バスガイドが元気良く挨拶した。
「お早うございます」
客達も元気良く挨拶した。
「本日は、琉球沖縄観光バス、北部コース、をご利用して下さいまして有難うございます。心よりお礼、申し上げます。本日は、どうぞ、ごゆっくり、沖縄の美しい海と名所をお楽しみ下さい。今日、参ります場所は、琉球村→万座毛→ちゅら海水族館→OKINAWAフルーツらんど、です。所要時間は約600分で、バスセンターに着くのは、夕方の6時頃になります。運転手は、赤嶺太郎で、案内は、私、知念多香子がさせて頂きます」
バスガイドが、月並みな挨拶をした。
知念多香子という名前なのか。と彼はあらためて彼女を見た。あらためて見るバスガイドは、この上なく美しかった。バスガイドの制服がピッタリと体にフィットしていて、極めてセクシーに見えた。しかし、彼女は芯が強い。綺麗な、美しい顔立ちの裏に、米軍という巨大な悪と戦う強い心を秘めているのである。
バスは那覇市内を出て、浦添市に入った。左手に、沖縄の美しいエメラルドグリーンの海が見えてきた。本土の濁った海と違って、その海は実に美しかった。
「うわー。綺麗な海だ」
客達は、身を乗り出して、沖縄の海を驚きの眼差しで見て、歓声を上げた。
バスガイドは、嬉しそうな顔になった。
浦添市を出ると、バスは宜野湾市に入った。
右手に、物々しい囲いが見えてきた。高い鉄柵のフェンスの向こうには、広々とした芝生の中に、ポツン、ポツンと洋風の家が建っている。米軍施設である。やがて、その中に滑走路が見えてきた。
「右手に見えますのが、普天間飛行場です」
バスガイドは、悲しそうな口調で言った。
その時、米軍の戦闘機の編隊が、ゴオオオオッという爆音をたてて、普天間飛行場に向かって、地上すれすれに飛行していった。高速の飛行によるドップラー効果のため、その爆音は凄まじかった。ちょうど、近くの小学校で、休み時間で校庭で、キャッ、キャッと楽しく遊んでいた生徒達は、急に顔が恐怖にひきつり出した。
「うわーん。怖いよう。怖いよう」
そう叫びながら、子供達は、泣きながら、校庭を逃げ惑った。
「さあ。みんな。遊びは中止よ。早く校舎に入って」
教師達が、校庭に出てきて、泣き惑う子供達をヒシッと抱きしめて校舎に連れ込んだ。校庭はシーンと静まりかえった。バリバリバリという爆音とともに、戦闘機の編隊は去っていった。
「今のように、米軍の戦闘機の訓練のため、住民達は騒音に悩まされています。そして、沖縄の住民は、いつも、戦闘機が民家の上に落ちてきはしないか、という恐怖感に脅えています」
バスガイドは、ハアと溜め息をついて言った。
「ガイドさん。そう、落ち込まんでくんさい。わしら、本土人も、米軍の横暴には怒っているけんに」
乗客の一人が言った。
すると、それに呼応するように、乗客達は、
「おう。そうだ。そうだ。米軍は酷いよな」
と皆が、言い出した。
「あ、有難うございます。本土の方々にそう言って頂けると、励まされます」
そう言ってバスガイドは、涙を拭った。
「では、気を取り直して、歌でも歌いましょう。どなたか歌いたい方は、いらっしゃいますか?」
バスガイドが笑顔で聞いた。だが誰も挙手しようとしない。本土人は、恥ずかしがり屋なのである。そこへいくと沖縄人は気さくだった。
「ええがな。ええがな。それよりも、あんたはんの歌が聞きたいわ」
乗客の一人が言った。
「そうですか。では、お言葉に甘えて歌わせて頂きます」
そう言ってバスガイドは、マイクをしっかり握りしめた。そして歌い出した。
「サー君は野中のデイゴの花か サーユイユイ♪
くれて帰ればヤレホニ引きとめる 又ハーリヌ チンダラ カヌシャマヨ サー♪
嬉しはずかし浮名をたてて サーユイユイ ♪
主は白百合ヤレホニままならぬ 又ハーリヌ チンダラ カヌシャマヨ♪
サー沖縄よいとこ一度はおいで サーユイユイ♪
緑の島よ 又ハーリヌ チンダラ カヌシャマヨ♪
サー米軍。出て行け。ちゅら海守れ。サーユイユイ♪
出て行け。平和の島、沖縄から サーユイユイ♪」
バスガイドは、熱唱した。それは、沖縄独特の、ゆったりとした、しかし哀調のある、非常に澄んだ歌声だった。
客達は、我を忘れて、その歌に聞きほれていたが、バスガイドが歌い終わると、一斉に、パチパチと拍手した。
「いやー。いい歌やなー。綺麗な歌声やなー」
乗客の一人が言った。
「それにしても、あんさん。歌も上手いが、綺麗やなー。歌手になれるで」
別の客が言った。
「あ、有難うございます」
バスガイドは、ニコッと笑ってペコリとお辞儀した。
「あっ。あれは何なんだ?」
乗客の一人が身を乗り出して、指差して言った。彼も、客が指差した右手の方を見た。米軍基地の金網の前に、ズラーと、人の背丈ほどのベニヤ板が並んでいた。一体、あれは何なんだろうと、大東も疑問に思った。
「ガイドさん。あれは、一体、何なんですか?」
乗客の一人が聞いた。
「はい。右手に見えますのは、抗議人間看板でございます。こちらからは見えませんが、あの看板の裏側には、座り込みして、抗議している人間の絵が描かれています。私たち、沖縄県民は、よく座り込みのデモをしますが、いつも抗議しているのだということを示すために、抗議している沖縄県民の絵を描いて、立てたのです」
バスガイドは言った。
「へー。なるほど。案山子みたいだな。誰が、そんなことを始めたんですか?」
乗客の一人が聞いた。
「はい。それは私達です。私が、高校生の時、私の親友が、帰宅途中に米兵達に陵辱されて殺されました。しかし、米軍は、日米地位協定を盾にとって、公務中であるといって、身柄を沖縄県警に引き渡しません。米軍の中では、裁判が行われましたが無罪放免です。私の悲しみは憎しみに変わりました。米軍は日米地位協定を盾にとり、やりたい放題です。私は、この矛盾を政府に訴えました。しかし政府は何もしてくれません。私は、米軍の横暴に立ち上がろうと決心しました。それで、反米軍基地の会、というグループを作りました。そして私がリーダーになりました。米軍の横暴に対するビラ配り、抗議運動、署名活動、などをしました。すると、米兵達は、私達に、嫌がらせをするようになりました。家の前にジープでやって来て、アメリカのハードロックをボリュームを目一杯あげて鳴らしてみたり、自転車通学しているところを、トラックがもの凄いスピードで幅寄せしてきたり、してきました。私達は何回も転ばされました。私達は、さらに抗議活動をするようになりました。あの抗議人間看板も、抗議活動の一つとして作りました」
バスガイドは言った。
「へー。あんさん。綺麗なわりには勇気があるんやな」
乗客の一人が言った。
よく見ると、抗議人間看板には、どれも無数の小さな穴が開いていた。
「看板に小さな穴が開いているけれど、あれは何なんですか?」
乗客の一人が聞いた。
「はい。あれは米兵達が、ライフルで撃って出来た穴です。米兵達は、抗議人間看板を、見つけると、いい射撃訓練の的が出来た、と言って、面白がって撃つようになってしまったんです」
バスガイドは溜め息まじりに言った。
「そりゃー、ひどい。米軍はひどい事しやがるな」
乗客の一人が言った。
「そうだ。そうだ。それは、ひどい」
と皆も口々に言った。
「有難うございます。本土の方々にそう言って頂けると、私達も、どんな辛く苦しくても戦おうという勇気が出ます」
そう言ってバスガイドはペコリと頭を下げた。

   ☆   ☆   ☆

そうこうしている内にバスは、琉球村に着いた。
琉球村は、沖縄文化の体験テーマパークで、古い民家や屋敷で集落を復元したもので、その中では、三線体験、本格琉装体験、紅型体験、などを有料で、やっていた。
「皆様。お疲れさまでした。琉球村に到着いたしました。40分と、短いですが、どうぞ、古きよき沖縄の生活を体験してみて下さい」
バスガイドが言った。
皆がバスから降りた。大東も降りた。
「あんたはん。あんたはん」
降りた乗客の一人がバスガイドに声をかけた。
「はい。何でしょうか?」
バスガイドが聞き返した。
「すまんが、あんたはんも、来てくれまへんか」
乗客が言った。
「えっ。どうしてですか?」
バスガイドは、首を傾げて聞き返した。
「本格琉装体験っていうの、あるやろ。あんたはんに、琉球の紅型衣装を着て欲しいんや。そして、それをぜひ、写真に撮りたいんや」
乗客は言った。
「そうや。そうや。ぜひ、頼んまさ」
乗客達は口々に言った。
「わ、わかりました」
バスガイドは、少し照れくさそうに、頬を赤らめて答えた。そしてバスから降りた。
乗客達とバスガイドは、琉球村に入った。
本格琉装体験の場所は、琉球村の入り口のすぐ近くにあった。
「さあ。琉球の紅型衣装を着てくんなはれ」
乗客の一人が言った。
「は、はい」
バスガイドは、そう言うと、着付けする部屋に入った。
しばし、ゴソゴソと音がしていたが、10分くらいして、バスガイドが出て来た。
彼女は、鮮やかな紅型衣裳を着て出て来た。それは、琉球王朝時代に高貴な人達しか身につけられない本格的な紅型衣裳だった。
「おおっ」
皆が一斉に歓喜の声をあげた。
「綺麗やなー。まるで竜宮城の乙姫みたいや」
皆は、我を忘れて、美しい琉球衣装のバスガイドを見入った。
バスガイドも、少し誇らしげな様子だった。
カシャ。カシャ。
皆は、デジカメや携帯のカメラで、琉球衣装姿のバスガイドを撮影した。
バスガイドの顔は、ほんのり紅潮していた。
「ビキニ姿も綺麗やろなー」
禿頭の老人が唐突に言った。バスガイドは真っ赤になった。
「しかし、ここにビキニなんぞ、あるわけもないしな。残念やな」
乗客の一人が言った。
「いや。あるで」
禿頭の老人が、さりげなくカバンからビキニを取り出した。
それは、ハイビスカスの模様が描かれた鮮やかなビキニだった。
バスガイドは、ギョッとして目を丸くした。
「なんで、ビキニなんか持っとるんや?」
乗客の一人が聞いた。
「いやな。国際通りを見物していたら、鮮やかな色のビキニが目にとまっての。つい、理由もなく買ってしもうたんじゃ」
禿頭の老人が言った。
「あんさんが着たら、きっと似合うやろな。しかし、ビキニを着てくれ、とまでは頼めんしな。さびしいが、しゃあないわ」
禿頭の老人がさびしそうに言った。
「そうや。そこまで頼むのは、あつかましいわ」
乗客の一人がたしなめた。
「そうやな。そんな、あつかましいこと頼んだらた、あかんな。バチが当たるけん」
禿頭の老人は、そう言って、さびしそうにビキニをカバンの中に入れようとした。
「しかし残念やな」
乗客の一人がボソッと言った。
その場の雰囲気が急に、さびしくなった。
「わ、わかりました。我が琉球沖縄バスでは、お客様に対するサービスをモットーにしています。き、着ます」
バスガイドはあわてて言った。
「おおっ。そうか。着てくんしゃるか。すまんのう」
そう言って、禿頭の老人は、仕舞いかけたビキニを嬉しそうな顔で、バスガイドに渡した。
バスガイドは、ビキニを受け取ると、あわてて、着付けする部屋に入った。
しはし、ゴソゴソ音がしていたが、バスガイドが出て来た。ハイビスカスの模様の入ったセクシーなビキニを着ていた。
「おおっ」
皆は、皆は目を丸くして、ビキニ姿のバスガイドを見入った。
引き締まったウェスト。ボリュームのある胸と腰。それに続く、しなやかな太腿。それは、まさにグラビアアイドルそのものだった。
「き、綺麗やー」
乗客達は、食い入るようにビキニ姿のバスガイドを見入った。
カシャ。カシャ。
乗客達は、一斉に、デジカメで、ビキニ姿のバスガイドを撮影し出した。
バスガイドは、恥ずかしそうに、モジモジと手のやり場に困惑した。
「ガイドさん。すまんが両手を頭の後ろに回して、髪を掻き揚げるポーズをとってくれんかね」
禿頭の老人が言った。
言われて、バスガイドは、そっと、両手を頭の後ろに回して、髪を掻き揚げるポーズをとった。
ビキニの輪郭があらわになった。
カシャ。カシャ。カシャ。
乗客達は、バスガイドの間近に迫って、貪るように、デジカメのシャッターを切った。
「ああっ。あんまり、そんなに近くでは・・・」
バスガイドは、もどかしそうに腰を引いた。
だが乗客達は、デジカメでバスガイドの胸や腰や、太腿などを間近でカシャ、カシャと撮影し続けた。
老人の一人が、いきなり彼女の太腿に抱きついた。
「ああっ。柔らかい女子の温もりや」
「ああっ。な、何をなさるんですか?」
「バスガイドさん。わしは、肺ガンを宣告されてての。あと半年の命なんじゃ。この世の思い出に、少し触らせてくれんかの」
老人はさびしそうな口調でポツリと呟いた。
「わしも肝ガンであと半年の命なんじゃ」
別の老人が言った。
「わしも、前立腺ガンが全身に転移して、医者にも見離されておるんじゃ。可哀相な老人と憐れんでくんされ」
そう言って皆が彼女に抱きつきだした。老人達は、思うさまバスガイドの尻を撫でたり、胸を触ったりした。
「ああっ。そ、そんなことは・・・」
バスガイドは身を引こうとしたが、老人達は、思うさまバスガイドの体を触りまくった。
「ああ。柔らかい、温かい女子の肌じゃ。これで、わしはもう何も思い残すことなく死ねるわ」
一人の老人が言った。
「わしもじゃ」
「わしもじゃ」
老人達は口々に言った。
「あ、あの。もう、そろそろ出発の時間です」
バスガイドは、顔を真っ赤にして言った。
「おお。そうか。すまん。すまん」
そう言って乗客達は、バスガイドから離れた。
バスガイドは、急いで、着付けする部屋に入った。
しばし、ゴソゴソと着替えの音がしていたが、すぐに元の制服姿のバスガイドが出て来た。
一難去って、やっとほっとしたような表情だった。
「さあ。バスにもどりましょう」
バスガイドが言った。
言われて皆はバスにもどった。
結局、琉球村では、バスガイドの写真撮影だけで終わった。

皆かバスに乗った。
バスのエンジンが、ブルルルルッとかかり、バスが動き出した。
皆は、嬉しそうに、デジカメや携帯のカメラで撮ったバスガイドの写真を、心ゆくまで眺めているといった様子である。
次の目的地は、万座毛である。
「バスガイドさん」
禿頭の客がバスガイドに話しかけた。
「はい。何でしょうか?」
バスガイドが聞き返した。
「あの。ビキニ。返して貰えんでしょうか?あれ、わしの物やで」
禿頭の老人が言った。
「あ、ああ。あのビキニですね。す、すみません。あれは、着替え所に忘れてきてしまいまして・・・」
バスガイドは焦って言った。
「何でウソ言いますねん。あんたはんのポケットが膨らんでいて、ビキニの一部が、ポケットから、はみ出して見えてますよってに」
禿頭の老人が言った。
「あ、ああ。そうでした。間違えました。すみません」
そう言って、バスガイドは、恐る恐る、震える手でポケットからビキニを取り出すと、禿頭の老人に渡した。禿頭の老人は、ビキニを受け取ると、ビキニに鼻先をつけてクンクンと鼻をヒクつかせた。そして、
「ああ。いい匂いや」
と酩酊した口調で言った。
「わしにも嗅がせてくれ」
「わしにも」
乗客達は、皆、禿頭の老人に言った。
「わかった。わかった。じゃあ、皆に順番に回していくけん」
禿頭の老人は皆に言った。バスガイドの顔が青ざめた。その時。
「あっ。み、皆さん。左の海をよく見て下さい。今、クジラがジャンプするのが見えました」
バスガイドは焦って右手で左側の海を指差した。
どれどれ、と皆は、左手の海を見た。
「見えませんがな。バスガイドさん」
乗客が言った。
「沖の方です。クジラは慶良間諸島周辺で見られますが、本土から見られることは、めったにありません。非常に貴重な体験です。皆さんは幸運です。しっかりと沖の方を眺め続けて下さい。そのうち、必ず、また姿を見せます」
バスガイドはあわててまくしたてた。
乗客達は、目を凝らして沖の方を眺め続けたが、クジラはなかなか姿を見せなかった。
そうこうしている内に、バスは、次の目的地である万座毛に着いた。
「みなさん。万座毛に着きました。万座毛は、高さ30mの切り立った珊瑚礁の断崖です。これは、琉球王朝の尚敬王が、万人を座らせるにことが出来る、と言ったことから、その名前がつきました。美しい東シナ海をどうぞ、ごゆるりとご覧下さい」
バスガイドがそう説明した。
乗客達は、ゾロゾロと降りていった。
「結局、クジラは見えんかったの」
乗客達は残念そうに言った。
禿頭の老人が降りようとすると、バスガイドは、
「あ、あの・・・」
と言って、老人を呼び止めた。
皆が降りてしまった後、バスガイドは、老人に、耳打ちした。
「あ、あのビキニ、売って頂けないでしょうか。私、気に入ってしまったので」
と小さな声で耳打ちした。
「そうですか。わしも気に入ってしまったのですが・・・。まあ、仕方ありまへんな。お金はいりまへんわ」
そう言って禿頭の老人は、バスガイドにビキニを渡した。
「あ、有難うございます」
バスガイドはビキニを受け取ると、ほっと一安心したように胸を撫で下ろした。
禿頭の老人が降りた後、バスの最後部に乗っていた大東も降りた。
「知念多香子さん。すみません。本土の人間はスケベばかりで。私は本土人として、非常に恥ずかしいです。本土人として、心よりお詫び致します」
そう言って彼は、恭しくバスガイドに頭を下げた。
「い、いえ。いいんです。気にしてません。本土人でも、大東さんのように、礼儀正しい方もいらっしゃいますから」
バスガイドは、溜め息をついて、そう答えた。

万座毛は、高さ30mの切り立った珊瑚礁の断崖だった。あそこから落ちたら確実に死ぬだろうな、と彼は感じて、身震いした。しかし、広大なエメラルドグリーンの東シナ海の眺めは絶景だった。

ただ海を見るだけなので、ここは10分くらいで、皆、引き返してきた。
次の目的地は、美ら海水族館だった。

乗客達は、やや疲れてきたと見え、黙って左手に見える海をボンヤリと眺めていた。
那覇市の国際通りの賑わいと対象に、もうここまで遠く来ると、所々にポツン・ポツンとリゾートホテルが、建っているだけで、右手は、山や雑木林で、他には何もない、うらさびしい光景だった。
「バスガイドはん。何か歌ってくれんかの?」
乗客の一人が言った。
「はい。わかりました。どんな歌がいいでしょうか?」
バスガイドは聞き返した。
「そうやな。沖縄出身の歌手の歌がいいな」
乗客の一人が言った。
「そうや。そうや」
皆は口々に言った。
「わかりました。誰の歌がいいでしょうか?」
バスガイドは聞き返した。
「上原多香子の歌がいいがな」
「いや。安室奈美恵を頼んます」
「いや。絶対、夏川里美や」
「ついでに南沙織も」
乗客達は、口々に自分の好きな沖縄出身の歌手の名前をあげた。
バスの中は、まるで小学校の修学旅行の生徒のような感じだった。
「わ、わかりました」
バスガイドは、リクエストされた、上原多香子、安室奈美恵、夏川里美、南沙織の歌を休む暇なく、歌い続けた。
そうこうしている内に、バスは、ちゅら海水族館に着いた。
バスガイドは歌うのをやめた。
「はい。皆さん。ちゅら海水族館に着きました。休憩時間は、一時間です。どうぞ、ごゆっくり、楽しんできて下さい」
バスガイドが言った。
「いやー。あんさん。歌、うまいなー」
「あんさんなら、歌手になれるで」
乗客達は、口々に勝手なことを言って、降りていった。
バスの最後部に乗っていた大東も最後に降りた。
「知念多香子さん。すみません。本土の人間は我が儘ばかり言って。私は本土人として、非常に恥ずかしいです。本土人として、心よりお詫び致します」
そう言って彼は、本土人を代表して頭を下げ謝罪した。
「い、いえ。いいんです。気にしてません。私、歌、歌うの好きですから」
バスガイドは、息を切らしながら答えた。

美ら海水族館は、沖縄本島北西部の本部半島備瀬崎近くにある国営沖縄記念公園の中にある、4階建ての延床面積 19,199m²の巨大水族館である。東シナ海の海が、すぐその先にあり、西には、間近に伊江島が見えた。館内には、「珊瑚の海」「熱帯魚の海」「黒潮の海」「サメ博士の部屋」などがあり、それが、水族館を見る順路だった。「珊瑚の海」では、約70種の造礁サンゴが飼育されており、珊瑚の近くで生息している生物達が、太陽光が刺し込む大きな水槽の中で揺らめいていた。「熱帯魚の海」では、約200種の鮮やかな色の熱帯魚が、太陽光が刺し込む水槽の中で、ゆったりと泳ぎ回っていた。「黒潮の海」では、ジンベエザメや、マンタ(イトマキエイ科の軟骨魚)、マグロ、カツオなどの黒潮を棲家とする魚が、泳ぎ回っていた。「サメ博士の部屋」では、人食い鮫であるオオメジロザメが泳いでいる水槽があり、その他に、サメに関する様々な展示物が羅列されていた。彼は、海は好きだったが、カラフルな色の熱帯魚を見ても、それほど美しいとは思わなかった。だが彼は何事にも興味を持っているので、一通り、丹念に見た。
約一時間かけて、水族館を大急ぎで一通り見て回ると、彼は急いでバスにもどった。他の客達は、皆すでにバスにもどっていた。彼が乗ると、バスのドアが閉まり、ブルルルルッとエンジンが始動して、バスは動き出した。

次の目的地は、最後の、OKINAWAフルーツらんど、である。

「バスガイドさん。また歌って下さらんか」
乗客達が言った。
「は、はい。わかりました」
バスガイドは、そう言って、また沖縄出身の歌手の歌を熱唱し始めた。
どうやら、乗客達は、沖縄の自然や文化より、バスガイドの方に関心があるらしい。
こういう下品なことばかり要求するから、ヤマトンチュ(本土人)はウチナンチュ(沖縄人)に嫌われるんだな、と彼は、残念に思った。
バスは本部半島の中の道を突っ切って走った。
ちゅら海水族館からOKINAWAフルーツらんど、までは10kmも無く、すぐに着いた。

OKINAWAフルーツらんど、は、亜熱帯の果樹が生い茂り、木や芝には、珍しい鳥が、木にとまっていたり、芝に、はべっていたりして、いかにも南国という感じだった。それは、旧約聖書のアダムとイブの住んでいた楽園を連想させた。しかし、やはり、作られた人工楽園という感も否めなかった。ここの滞在時間は、20分だった。他の客達は、フルーツらんどのカフェで、一服したり、フルーツを食べたりした。彼は、早足で、園内を一通り見て回った。ちょうど時間ギリギリで彼はバスにもどった。あとは、高速道路の沖縄自動車道を那覇市まで、一気に走ってもどるだけである。
「皆さん。お疲れさまでした」
戻ってくる乗客達にバスガイドは、丁寧に笑顔で、お辞儀した。乗客達は、次々にバスに乗り込んでいった。
バスが動き出すと、乗客達は、また、バスガイドに歌をリクエストした。
「バスガイドさん。はいさいヨイサー、を歌ってくれんかね」
乗客の一人がリクエストした。
「はい。わかりました」
バスガイドは、はいさいヨイサーを踊りも入れて歌った。
少し、嬉しそうだった。
パチパチと拍手が起こった。
「じゃあ、ついでに、変なおじさん、も歌ってくれんかね」
「踊りも入れて」
別の乗客がリクエストした。
「は、はい。わかりました」
バスガイドは、リクエストされた、変なおじさん、を歌わされた。
そうこうしている内に、バスは、高速道路の沖縄自動車道に入った。
乗客達は、疲れからグーグーいびきをかきながら居眠りした。
バスは一気に那覇市のバスセンターまで、もどった。
「みなさん。お疲れさまでした。もうすぐバスセンターです」
バスガイドが、言うと、みな、目を覚ました。
「本日は、琉球沖縄バス、北部コースをご利用いただきまして、まことに有難うございました。いかがでしたでしょうか」
バスガイドが丁寧にお辞儀して聞いた。
「ああ。凄く楽しかったで」
「あんさんのこと、忘れんで」
乗客達は、口々に勝手なことを言った。
「有難うございました」
バスガイドは丁寧にお辞儀した。
ようやく、バスは、バスセンターに止まった。乗客達は次々と降りていった。
バスの最後部に乗っていた大東も降りた。
「知念多香子さん。すみません。本土の人間は礼儀知らずばかりで。私は本土人として、非常に恥ずかしいです。本土人として、心よりお詫び致します」
そう言って彼は、恭しくバスガイドに頭を下げた。
「い、いえ。いいんです。気にしてません。本土人でも、大東さんのように、礼儀正しい方もいらっしゃいますから」
バスガイドは、溜め息をついて、そう答えた。

   ☆   ☆   ☆

その時、バスガイドのポケットの中で携帯の着信音がピピッと鳴った。
「あっ。すみません」
そう言って、バスガイドは、ポケットから、携帯電話を取り出して、携帯を耳に当てた。
「もしもし・・・」
しばし、ガイドは相手と話していたが、
「はい。わかりました」
と言って携帯を切った。
「どうしたんですか?」
「あの。米軍から、反米軍基地の会の代表である私と話し合いがしたいので、明日、来て貰えないかという米軍からの連絡です」
彼は瞬時に、米軍の策謀の匂いを感じとった。
「それで、行くと言ったんですか?」
「ええ」
「あなたは、1995年の、米兵の少女強姦事件を忘れたのですか?」
「もちろん、知っています。でも、ああいう事件は、極めて、例外的にまれに起こってしまった哀しい事件です。そういう例外的な事件をもって、米軍のすべてを悪だと決めつけてしまうのは、いけないことだと思います」
彼女は自信を持って言った。
「そうですか。では、私も同行しても、いいでしょうか?」
彼はおもむろに聞いた。
「ええ。大東さんのような方が一緒にいて下さると心強いです。でも、大東さんを基地の中に入れてくれるでしょうか?」
「では、聞いてみてはどうでしょうか。私も、今日から反米軍基地の会に入ります」
「有難うございます。では、聞いてみます」
そう言って彼女は、携帯をピピピッと操作して耳に当てた。
「もしもし。反基地の会の代表の知念多香子です。明日の話し合いに、もう一人、会員の方を同行させて、貰ってもよろしいでしょうか?」
しばしの間の時間が経過した。
「はい。それはどうも、有難うございます」
「どうだったんですか?」
「はい。構わない、ということです」
「そうですか。では、明日、私も同行します」
「有難うございます。大東さんのような方が、いてくださると心強いです。でも貴重なお時間を割いてしまって申し訳ありません」
「いえ。気にしないで下さい。それより明日は何時に、来てくれと米軍は言ってきましたか?」
「正午です」
「どこの米軍基地ですか?」
「キャンプ・シュワブです」
「そうですか。では、明日の午前10時にここで合いませんか。私が車で来ます。それでよろしいでしょうか?」
「ええ」
そういうことで、その日は、彼と彼女は別れた。万一の用心のために、お互いの携帯電話の番号とメールアドレスを教えあった。
彼は、ユイレールに乗って、親のマンションに帰った。
その日の夕食はゴーヤ・チャンプルーだった。彼は、ゴーヤ・チャンプルーが嫌いだった。苦いからである。

   ☆   ☆   ☆

翌日になった。
彼はレンタカーを借りて、午前10時にバスセンターに行った。彼女はすでに来ていた。
「やあ。知念多香子さん。おはようございます」
「おはようございます。大東さん」
彼は助手席のロックを解いた。彼女が助手席に乗り込むと、彼はさっそく、エンジンを駆けて、車を出した。
「有難うございます。大東さんのような方が、いてくださると心強いです。でも貴重なお時間を、私のために割かせてしまって申し訳ないです」
彼女はペコリと頭を下げた。
「いえ。気にしないで下さい」
彼は、手を振った。
キャンプ・シュワブは、昨日、行った北部の方にあり、宜野座村と名護市にまたがっている総合演習基地である。昨日、通った、高速道路の沖縄自動車道を一気に走るだけである。距離にして、約50kmである。普天間飛行場の左を通り、嘉手納基地の左を通り、スイスイと彼は高速道を飛ばした。助手席にはバスガイドがいる。彼は、憧れのバスガイドとドライブしているようで爽快な気分になった。
「いやー。嬉しいなー。憧れの知念多香子さんと、ドライブしているようで」
彼は、ことさら自分の思いを述べた。
「私も嬉しいです」
彼女も頬を赤くして答えた。そうこうしているうちに、車はすぐにキャンプ・シュワブに着いた。営門の両側には、米兵が物々しく立っていた。微動だにしない。しかしその目つきは鋭かった。彼は、レンタカーを近くの駐車場に止めた。二人は、車から降りて、営門に向かった。
彼は米兵の一人に話しかけた。
「ハウドユドウ。米軍から昨日、知念さんと、話し合いがしたい、と連絡があって、やって来ました。私は付き添いの大東という者です」
という意味のことを彼は英語で米兵の一人に話しかけた。
米兵は、携帯電話を取り出すと、何やら英語で話した。話し終えると、米兵は、
「ウェイタ、モーメント」
と言った。
しばしすると、一台の米軍の車がやって来た。営門の前で止まると、一人の米兵が降りてやって来た。
「ヤア、ヨク、オイデクダサイマシタ。ドウゾ、オハイリクダサイ」
その米兵は日本語が達者だった。
言われて、二人は営門を通った。
「サア、ドウゾ、ノッテクダサイ」
そう言って、米兵は、車の後部座席のドアを開けた。
「乗りましょう」
彼がバスガイドに言った。
「ええ」
バスガイドが答えた。
二人は、米軍の車の後部座席に乗った。
米兵は、運転席に乗ると、エンジンを駆けた。
車は米軍基地の広い敷地内を走り出した。広大な芝生の中を幅広い道路が縦横に走り、信号機や、バス停まである。標識は、全て英語で書かれていて、公園では、米兵達が野球をしていた。そこは、もう日本ではなく、完全なアメリカの町だった。芝生の中にポツリ、ポツリと、テラスホウスや、ゴージャスな建物が並んでいる。米兵達の住まいだろう。
やがて、車は、大きな建物の前で止まった。
「サア。ツキマシタ。オリテクダサイ」
運転していた米兵に言われて、彼と彼女は車から降りた。
「ココガ、シレイホンブ、デス」
米兵が建物を指差して言った。
二人は、米兵のあとについて、建物の中に入って行った。
「サア、ココデス」
そう言って、米兵は、扉を開けた。
大きな部屋の中には、大きな机とソファーがあり、星条旗が厳かに立てられていた。壁には、沖縄返還前の高等弁務官の写真が厳かに飾られていた。
「サア、オスワリクダサイ」
米兵に言われて、大東と彼女は、ソファーに座った。
米兵は、紅茶を二人の前の大理石のテーブルに置いた。
「ソレデハ、シバラクオマチクダサイ。沖縄米軍基地司令官ノ、マクドナルド大佐ガオミエニナリマス」
と言って米兵は部屋を出て行った。
しばしして、戸が開き、正装の軍人が部屋に入ってきた。
「ハジメマシテ。ワタシガ、沖縄米軍基地司令官ノ、マクドナルド、トイウモノデス」
そう言って、軍人は、手を差し出した。
彼女と大東も、ソファーから立ち上がった。
「はじめまして。反基地の会代表の、知念多香子と申します」
と彼女は言って、彼と握手した。
「はじめまして。私は、反基地の会のメンバーの大東徹という者です」
そう言って、大東も、彼と握手した。
司令官は、机をはさんで、向かい合わせにソファーに座った。
「サア。ドウゾ、オスワリクダサイ」
司令官は言った。
大東と彼女はソファーに座った。
「ワガ、ベイグンハ、ソウオン、ホカ、サマザマナコトデ、オキナワケンミンノミナサンニ、ゴメイワクヲオカケシテ、タイヘン、モウシワケナクオモッテイマス」
そう言って大佐は深々と頭を下げた。
司令官は続けて言った。
「ワガ、米軍トシテモ、ゴ迷惑ヲオカケシテイル、沖縄県民ニタイスル、配慮ノ、教育ハ、徹底シテヤッテオリマス。シカシ、ザンネンナコトニ、イチブノ、米兵ガ、オキナワケンミン、二、イヤガラセヲシテイルヨウデス。ソノヨウナモノタチガ、ワカリマシタラ、軍法会議ニカケテ、キビシクショブンスルツモリデス」
そう言って大佐は深々と頭を下げた。
「キョウ、オヨビシマシタノハ、行方不明ニナッテイル、アナタガタノ仲間ノ、石嶺有紀サン、ガ、ミツカッタカラデス。ソノ報告ニ、オヨビシマシタ」
「えっ。石嶺有紀さんが見つかったんですか?」
彼女は、目を丸くして身を乗り出した。
「エエ」
「彼女は、今、どこにいるんですか?」
「ココノ、基地ノ中ニイマス」
「一体、どういうことなんですか?」
彼女は、せっつくように聞いた。
「彼女ハ、独身ノ、米兵ヲ、好キニナッテシマッテ、イッショニ暮ラシテイタノデス」
「では、なぜ、彼女は連絡をよこさなかったでしょうか?」
「彼女ハ、米兵ト、結婚シタイトマデ、思ッテイマス。シカシ、彼女ノ、両親ハ、ベイグンヲ嫌ッテイテ、トテモ、結婚ナド認メテクレナイカラ、報告デキナカッタ、トイッテイマス」
「本当ですか。ちょっと信じられません」
知念多香子が言った。
「デハ、彼女ニアッテ、タシカメマスカ?」
「ええ。ぜひお願いします」
「デハ、コチラヘ、イラシテクダサイ」
そう言って司令官はソファーから立ち上がった。大東と彼女も立ち上がった。
司令官は大東と彼女を、部屋の隅に連れて行った。
部屋の隅の壁には、プッシュボタンがあった。司令官はプッシュボタンをピッ、ピッ、ピッと押した。すると、部屋の隅にある扉が開いた。扉の中は、地下へ降りる階段になっていた。
「サア。イキマショウ」
司令官が言った。
彼と彼女は、司令官と共に、その階段を降りていった。階段の下には、また扉があった。
「ココデス。オハイリクダサイ」
そう言って、司令官は扉を開けた。
中は大きな劇場のようになっていて、野戦服を着た海兵隊員たちが、大勢、椅子に座っていた。
海兵隊たちは、サッと彼女と大東の方に視線を投げた。
まず彼女が入り、次いで大東が入った。その時だった。
「あっ」
大東は、思わず声を出した。彼が入るやいなや、いきなりドアの後ろに隠れていた、米兵二人がサッと飛び出して、彼の腕を捩じ上げ、手首に手錠をかけてしまったのである。
一瞬のことだった。
「な、何をするんだ」
彼は、咄嗟に叫んだが、手錠をかけられているうえ、二人の米兵にガッシリ取り押さえられてしまっているので、どうすることも出来ない。
「あっ。大東さん」
先に入った彼女が、振り向いて言った。
その時。ドアの後ろに隠れていた、もう一人の米兵が、飛び出して、サッと彼女の両腕を背中に捩じ上げ、手錠をかけた。
米兵は、彼女の頭にピストルの銃口を突きつけた。
「何をするんですか。これは、一体、どういうことですか」
大東は、司令官に怒鳴りつけるように聞いた。
「コノ地下室デハ、手錠ヲスルノガ、規則ナノデス」
司令官は笑って言った。
だまされた、と大東は瞬時に思った。しかし、手錠をかけられているうえ、彼女を人質にとられているため、どうすることも出来ない。
「くそっ」
大東は舌打ちした。
司令官は、大東の口にガムテープを貼った。そして、手錠をもう一つ、取り出して、片手に手錠をし、もう一方を鉄の柱につなぎ止めた。

海兵隊達は酒を飲んだり、タバコを吸ったりしながら、談笑していた。
「石嶺有紀さんは、どこにいるんですか?」
彼女は、手錠をされて、銃口を突きつけられつつも、ひるむことなく、司令官に聞いた。
「アソコデス」
司令官は、冷ややかに笑って、前方のカーテンを指した。一人の米兵がサッとカーテンを開いた。
「ああっ」
大東は、思わず声を洩らした。彼女も。
そこには、全裸の女が爪先立ちで、吊るされていた。
「あっ。石嶺有紀さん」
知念多香子は、体を揺すって、叫んだ。
「あっ。知念多香子さん」
全裸で吊るされている石嶺有紀も、瞬時に呼応した。
「一体、どういうことなのですか?」
知念多香子は、裸で吊るされている石嶺有紀、と司令官に聞いた。
司令官はニヤニヤ笑って答えない。
石嶺有紀は、わっと泣き叫びながら、語り出した。
「知念さん。三ヶ月前に、私の家にいきなり米兵達が、やって来て、私を縛って、車でここに連れてこられたんです。私は米兵達に、さんざん弄ばれました。そして、身も心もボロボロになって虚ろになってからは、拷問の毎日です。米軍は日本人を人間とは思っていません。虫ケラと思っているのです。基地開放のフェスティバルの日には、さかんに、日本人に、トモダチ、トモダチなどと言って笑顔を振りまいていますが、あれは、米軍の表の顔です。知念さん。あなたもだまされて、連れてこられてしまったのですね」
そう言って彼女はわっと、泣き出した。
「あ、あなた達は・・・それでも人間ですか」
彼女は憤怒の目で、司令官をにらみつけた。
「アハハハハ。日米安保ノ、邪魔ヲスル、ジャップハ、コウナルノデス」
司令官は笑って言った。
「サア。ハジメナサイ」
司令官は、そう言って椅子に座った。
一人の米兵が、鞭を持って、彼女の背後に立った。米兵は、ガムをクチャクチャ噛みながら、鞭を振り上げると、吊るされている女の尻めがけて、鞭を振り下ろした。
ビシーン。
鞭は、激しい炸裂音を立てて吊るされている女の白い尻に当たった。
「ああー」
女は激しい悲鳴を上げた。尻がピクピク震えている。鞭打たれた所は、赤く痛々しい鞭の跡がついた。
「アッハハハ」
米兵達は、ウイスキーを飲みながら、ショーを観賞するように笑った。
「モットヤリナサイ」
司令官が命じた。
鞭を持っている米兵は、さらにもう一発、鞭で女の尻を叩いた。
ビシーン。
鞭は、また激しい炸裂音を立てて吊るされている女の白い尻に当たった。
「ああー」
女は、また激しい悲鳴を上げた。
「や、やめて下さい。こんなこと」
知念多香子が、強い口調で、司令官に訴えた。
「ヤメテホシイデスカ」
司令官は、ニヤニヤ笑いながら言った。
「当然です」
知念多香子は、毅然とした口調で言った。
「ダッタラ、アナタガ、彼女ノ、身代リニナリマスカ。ソウシタラ、彼女ノ鞭ウチハ、ヤメテアゲマス」
司令官は、淫靡な目で彼女を見て、ニヤニヤ笑って言った。
「わ、わかりました。み、身代わりになります」
知念多香子は、毅然とした口調で言った。
しかし、その声は震えていた。
「デハ、マズ、服ヲゼンブ脱イデクダサイ」
司令官が言った。
「その前に、石嶺有紀さんの吊りを、降ろして下さい」
知念多香子は、毅然とした口調で言った。
「オーケー」
司令官は、そう言うや、彼女の後ろで、鞭を持っている米兵に視線を向けた。
「サア。彼女ヲ、オロシテヤリナサイ」
言われて米兵は、台の上に乗って、手錠のかかった石嶺有紀を吊りから降ろした。米兵は、クチャクチャ、ガムを噛みながら、彼女の頭にピストルの銃口を当てた。司令官は、知念多香子に目を向けた。
「サア、オロシマシタヨ。ハヤク、ストリップショー、ヲ、ハジメナサイ」
そう言って、司令官は、知念多香子を、ステージの上にあがらせた。米兵達は淫靡な視線を彼女に向けた。
だが彼女は、困惑した表情で竦んでしまっている。無理もない。花も恥らう乙女が、どうして、憎んであまりある米兵達の前で、裸になることが出来よう。その、もどかしげな態度は、米兵達の欲情を余計、刺激した。米兵達は、ピュー、ピュー、口笛を鳴らしながら、彼女が脱ぐのを催促した。
「サア、ハヤク、脱ギナサイ」
司令官は、ハサミを取り出すと、石嶺有紀の髪を挟んだ。
そうして、ジョキンと一部を切った。美しい黒髪がバサリと床に落ちた。
「ああっ」
知念多香子は、目を見張った。
「サア、脱ガナイト、モット切リマスヨ」
そう言って、司令官は、また、ハサミで石嶺有紀の髪を挟んだ。
「知念さん。私のことは構わないで。私はもう、死ぬ覚悟です」
石嶺有紀は知念多香子に訴えた。そして、司令官に目を向けた。
「マクドナルドさん。お願いです。私はどんな責めも受けます。だから、知念多香子さんは許してあげて下さい」
石嶺有紀は、司令官に背後から胸を揉まれながら、疲れきった虚ろな目を司令官に向けて哀願した。
「ダメデス。日米安保ノ、ジャマヲスル、ジャップハ、ユルシマセーン」
司令官は、ウイスキーを飲みながら言った。
「わ、わかりました。その代わり石嶺有紀さんを虐めないで下さい」
知念多香子は、そう言うと、手を震わせながら、ブラウスのホックをはずし始めた。
「オオー」
米兵達は、ピー、ピーと歓喜の口笛を鳴らして囃したてた。
彼女は、ブラウスを脱ぎ、震える手で、スカートも脱いだ。
米兵達は淫靡な目を彼女に向けている。
とうとう彼女はブラジャーとパンティーだけになった。
彼女のふくよかな胸に米兵達は、ゴクリと唾を呑んだ。
彼女は、もうこれ以上は耐えられないといった様子で手で体を覆った。
「サア。ソレモ脱ギナサイ」
司令官が命じた。
だが知念多香子は、もう耐えられない、といった様子で、立ち竦んでしまった。
「フフフ。ソレモ脱ギナサイ」
司令官は、ふてぶてしく命じた。だが、彼女は、下着だけの体を手で覆い、クナクナと座り込んでしまった。
「も、もう許して下さい」
彼女は、涙ながらに訴えた。
「フフフ。ソウデスカ。ワカリマシタ。ナラ、下着ハ、イイデショウ」
「あ、有難うございます」
彼女は信じられないという目で司令官を見た。
「フフフ。マア、イズレ、アナタハ、自分カラ、下着ヲ、脱ギタイトイウデショウ」
司令官はふてぶてしく言った。
そして、米兵達に、目配せした。
四人の米兵が、ニヤリと笑って、バッグを持って、ステージに上がって、蹲っている彼女をグイと掴んで立たせた。そして、舞台の後ろの壁に、彼女を大の字に押し付けた。
「な、何をするんですか?」
彼女は不安げな口調で聞いた。だが、米兵達は答えない。米兵達は、バッグから鉄のプレートの付いている鉄製の枷を取り出した。そして大の字に伸ばされた彼女の手首と足首に、その枷を取り付けた。そして、そのプレートに開いてある四ヶ所の穴にネジを指し込み、ドライバーで、プレートを壁に固定した。

これで、彼女は、下着姿のまま、壁に大の字に固定されてしまった。もう彼女は、動くことが出来ない。
「い、一体、こんなことをして、何をしようとするのですか?」
彼女は恐怖に脅えた口調で聞いた。だが米兵は黙っている。米兵達は、バッグから風船をたくさん取り出した。そして、息を吹き込んで風船を、どんどん膨らませていった。一つ一つの風船は、拳くらいの大きさで、あまり大きくは膨らませない。そういう小さい風船を無数に作った。それが終わると米兵達は、ニヤリと笑って、両面粘着テープで、風船を彼女の手首から肩まで、隙間なく貼りつけていった。風船は、彼女の腕の上側と下側に貼りつけていった。
「な、何をするのです?」
彼女が脅えた表情で聞いた。だが米兵は答えない。黙々と風船を彼女の腕に貼りつづけるだけである。両腕の上下に、小さい風船がいっぱい貼りつけられた。
米兵達は、今度は、彼女の脇腹から、足首まで、彼女の体の外側に黙々と、小さな風船を取りつけていった。そして、今度は、彼女の足の内側に、足首から、太腿の付け根まで、小さい風船をつけていった。次に、米兵は彼女の髪の毛に風船をくっつけた。彼女の顔の両側にも二つの風船がとりつけられた。彼女の体の輪郭の外側は、小さな無数の風船で一杯になった。それは、まるで、看板を縁取ったネオンサインの様だった。
「こ、こんな事をして、一体、何をしようというのです?」
彼女は、不安げな口調で聞いた。だが、四人の米兵達は、ステージから降りて席にもどってしまった。
「フフフ。何ヲ、スルト思イマスカ?」
司令官が、ふてぶてしい口調で彼女に聞いた。
「わ、わかりません」
彼女は、困惑した表情で答えた。
「スリリングナ、楽シイ、遊ビデス。ワレワレ、米軍ハ、キチノ騒音デ、沖縄ノミナサンニ、ゴ迷惑ヲ、ヲカケシテイマスカラ、ソノオワビデス」
司令官は、したたかな口調で言った。
そう言うや、司令官は、米兵達の方を振り向いて、
「サア。ハジメナサイ」
と言った。
米兵達は、椅子から立ち上がって、後ろの壁の前に移動して、ズラリと一列に並んだ。
「サア。ハジメナサイ。スコープ、ヲ、ツケナイデ、撃テルモノハ、イチカイキュウ、アガリマス」
司令官が言った。
一人の米兵が、ライフルにスコープをつけて、銃口を彼女に向けて構えた。
彼女は、やっと、風船をとりつけられた意味を解した。
「や、やめてー。そ、そんな恐ろしいこと」
彼女は、張り裂けんばかりに大声で叫んだ。
体がワナワナ小刻みに震えている。
「フフ。体ヲ動カスト、弾ガアタリマスヨ」
司令官は、ふてぶてしい口調で言った。
米兵は、ライフルに顔をくっつけて、スコープを覗きながら、ゆっくりと引き金を引いた。
ズキューン。
ライフルの弾の発射の音と、同時に、パーンと彼女の手首の所の風船が割れた。
「ああー」
彼女は、驚天動地の悲鳴を上げた。
「オー。ベリー。ナイス」
米兵達は、ピューピュー、口笛を吹いた。
「next」
司令官が言った。
二番目の米兵が、ライフルを構えた。スコープつきである。
米兵は、ライフルに顔をくっつけて、スコープを覗きながら、ゆっくりと引き金を引いた。
ズキューン。
パーン。
彼女の脇腹にとりつけられた風船が割れた。
「ひいー」
彼女は、顔を引き攣らせて叫んだ。
「オー。ベリー。ナイス」
米兵達は、ピューピュー、口笛を吹いた。
そうやって、米兵達は、次々に彼女の体にとりつけられた風船を割っていった。
なかには、風船を外す者もいて、
「オー。ミステイク」
と口惜しそうに言った。彼女は、
「ひいー」
と、ひときわ戦慄の叫びを上げた。
弾が外れることもあるということが、彼女の恐怖心を、実感として、ことさら煽ったのだろう。しかし、もしかすると、それは、彼女を怖がらせようという意図で、米兵が、わざと外したのかもしれない。しかし、彼女には、その真偽を知る由もない。
だが、概ね風船を外す者はいなかった。
彼女の体に取り付けられた風船は、どんどん割れていった。
あとは、彼女の髪の毛に取り付けられた、顔の両側の風船である。
「や、やめてー。お願い」
彼女は、彼女は恐怖に顔を引き攣らせて叫んだ。
だが、米兵は、ガムをクチャクチャ噛みながらライフルにスコープをつけて、銃口を彼女に向けて構えた。
そして、引き金を引いた。
ズキューン。
彼女の頭の右側につけられていた風船が、パーンと割れた。
「ひいー」
彼女は、ガクガク全身を震わせた。
「お願い。もうやめてー」
彼女は泣きじゃくりながら叫んだ。
「サア、アトヒトツデス」
司令官が言った。
次の米兵が、ライフルにスコープをつけて、銃口を彼女に向けて構えた。
彼女は、恐怖に目をつぶった。
米兵はライフルの引き金を引いた。
ズキューン。
彼女の頭の左側につけられていた風船が、パーンと割れた。
「ひいー」
彼女は、ひときわ高い叫び声を上げた。
「ウチソコナッタモノモイルガ、マア、オオムネ、ヨロシイ」
司令官は、米兵達の射撃の能力に満足しているような口調で言った。
彼女は、恐怖心で疲れ果てた、という様子で、ガックリ項垂れていた。
「go」
司令官が米兵に目配せした。
四人の米兵達が、ステージに昇って、彼女の方へ歩み寄った。
やっと、これで、恐怖の射撃が終わったのだと彼女は思ったのだろう。彼女は、疲れ果てている表情のうちにも、ほっと溜め息をついた。
だが様子が変である。米兵達は、また、風船を膨らませて、彼女の体に、両面テープで、風船を、くっつけ出した。
彼女は恐怖に顔を引き攣らせた。
「や、やめてー」
彼女は悲痛な叫び声を上げた。
だが米兵達は、聞く耳を持たない。あたかも飾りつけを楽しむように、ガムをクチャクチャ噛みながら、風船を彼女の体につけていった。また、彼女の体には、風船がたくさん取り付けられた。
米兵達は、仕事を終えると、皆の方にもどって行った。
司令官はニヤリと笑った。
「サア、今度ハ、ミナ、イッセイニ撃チナサイ」
言われて米兵達は、皆、一列になって、ライフルを構えた。
「や、やめてー」
彼女は、恐怖に顔を引き攣らせて言った。
だが司令官は、パイプを燻らせながら、眺めている。
「ready・・・」
司令官が言った。
米兵達は、ライフルの引き金に指をかけた。
「go」
ズガガガガー。バキューン。バキューン。
一斉に、ライフルが撃ち放たれた。
彼女の体の風船は、一瞬にして、全て割れた。
「ひいー」
彼女は、激しい叫び声を上げた。
今度は、外れた弾はなかった。
「very good」
司令官が、満足げな表情で言った。
司令官は、また米兵に目配せした。
「サア、三度目デス」
司令官が言った。
四人の米兵達が、彼女の方へ歩み寄った。そして、また風船を膨らませ出した。
「も、もう。やめて下さい」
彼女は、泣きじゃくりながら叫んだ。
「デハ、シタギヲ、ヌギマスカ。ソレナラバ、ヤメマス」
司令官は、ふてぶてしい口調で彼女に聞いた。
「ぬ、脱ぎます」
彼女は、泣きながら言った。
司令官は、フフフと笑った。
「彼女ヲ、壁カラ、オロシテヤリナサイ」
司令官は、風船を膨らませていた米兵達に言った。
「OK」
米兵達は、楽しそうに、彼女を壁に固定している手錠と足錠をはずした。
彼女は、手錠と足錠を外されると、ガックリと床に倒れ伏した。
もう精神的に疲労困憊しきっているといった様子である。
「everybody sit down」
司令官が皆に言った。
米兵達は、元のように椅子に座った。
「フフフ。彼女ノ、ストリップヲ、ビデオニ、撮ッテオキナサイ」
司令官が命じた。
米兵の一人がニヤリと笑って、ビデオカメラを彼女に向けて、スイッチを入れた。
皆、好奇心満々、といった目つきである。
「サア、下着ヲ、脱ギナサイ」
司令官が彼女に命じた。
命じられて、彼女は力なく起き上がった。
彼女は、恐る恐る、両手を背中に回して、ブラジャーのホックを外し、ブラジャーを外した。
ふくよかな乳房が顕になった。
彼女はブラジャーを外すと、急いで乳房を覆った。
「オオー」
米兵達は、ピューピュー口笛を鳴らした。
「サア、パンティーモ、脱ギナサイ」
司令官が命じた。
彼女は、立ち上がり、中腰になるとパンティーを抜き取った。そして、また急いで床に座り込んだ。
彼女は、胸と秘部を手でギュッと覆った。
「オオー。very sexy」
米兵達は、ピューピュー口笛を鳴らした。
司令官は、近くにいた米兵に目配せした。
米兵は、ニヤリと笑って、洗面器を持って彼女の所に行った。
洗面器には、ぬるま湯が満たされており、ハサミ、剃刀、石鹸、タオル、などが入っていた。
米兵は、ニヤリと笑って、彼女の前にそれを置いた。
彼女は、それを見て、
「ああー」
と、声を上げた。
「フフフ。サア、アソコノ毛ヲ、剃リナサイ」
司令官が彼女に命じた。
だが、彼女は、ワナワナ体を震わせて、ためらっている。
「サア。ハヤク、ソリナサイ。サモナイト、soldier タチニ、ソラセマスヨ。ドッチニシマスカ」
司令官が彼女に判断を迫った。
「わ、わかりました。そ、剃ります」
彼女は、声を震わせて言った。
彼女は、洗面器をとると、クルリと米兵達に背中を向けた。
それは当然であろう。アソコの毛を剃るには、脚を大きく開かなくてはならない。アソコが丸見えになってしまう。どうしてそんな姿を米兵達に晒せよう。
彼女が後ろを向いたことに対しては、司令官は何も言わなかった。
彼女は毛を剃るために、ハサミをとって、大きく脚を開いた。
「ああー」
彼女は、羞恥の声を上げた。
花恥らう乙女が、後ろ向きとはいえ、丸裸で、脚を大きく開いているのである。
どうして、そんな屈辱に耐えられよう。
彼女は、ワナワナと毛を剃っていった。
剃り終わると、彼女は、急いでピタッと足を閉じた。
「サア、前ヲ向キナサイ」
司令官が命じた。
だが彼女は、両手で胸を覆ってワナワナ震えている。
「前ヲ向キナサイ」
司令官が、また命じた。
だが彼女は竦んでしまっている。
「ソウデスカ。ナラ、ウシロ向キノママデ、イイデショウ」
司令官が、以外にも彼女に情けをかけた。
彼女は、ほっとしたように、溜め息をついた。だが、それも一瞬だった。
「デハ、ヨツンバイニナリナサイ」
司令官が命じた。
彼女の体がビクッと震えた。
そんな格好になったら、尻もアソコも丸見えになってしまう。
彼女は恐怖に竦んだ。
「ゆ、許して下さい。そんなことだけは」
彼女は、声を震わせて言った。
司令官がニヤリと笑って、米兵の一人に目配せした。
米兵はニヤリと笑って、スコープつきのライフルに顔をくっつけた。
ズキューン。
パーンと、洗面器が弾け飛んだ。
「ああー」
彼女は体をガクガク震わせた。
「サア、イウコトヲ聞カナイト、マタ、撃チマスヨ」
司令官が言った。
恐怖感が恥を上回ったのだろう。彼女は、司令官に言われたように、両手を前について四つん這いになった。
フフフ、と司令官が笑った。
「サア、顔ヲ、床ニツケナサイ」
司令官が、命じた。
彼女は、体をプルプル震わせて、顔を床につけた。
彼女の大きな尻がモッコリと高く上がった。
「ahahahaha」
米兵達は、腹をかかえて笑った。
「サア、モット足ヲ開キナサイ」
彼女は、プルプル体を震わせながら、膝を開いていった。
尻の割れ目がパックリ開き、尻の穴も、アソコも、米兵達に、丸見えになった。
「ahahahaha」
米兵達は笑った。
「フフフ。尻ノ穴ガ、丸見エデスヨ」
彼女の羞恥心を煽るように、司令官がことさら言った。
「ああー」
彼女は、屈辱の極みから、激しく叫んだ。
尻がプルプル震えている。
「フフフ。イマノ気持チハ、ドウデスカ」
司令官が笑いながら聞いた。
「く、口惜しい。恥ずかしい。も、もう、いっそ死にたい」
彼女は、尻をプルプル震わせながら言った。
「フフフ。ジャップハ、恥ヲ、ナニヨリオソレマス」
司令官は米兵達に向かって説明した。
「フフフ。コレデスンダト思ッタラ、オオマチガイデス」
司令官はふてぶてしい口調で彼女に言った。
「イスヲ、ステージ、ニノセテ、彼女ヲ、トリマクヨウニ並ベナサイ」
司令官は米兵達に言った。
米兵達は、立ち上がって、司令官に言われたように、椅子をステージの上にあげ、彼女を取り巻くように椅子を並べた。
「椅子ニ、座リナサイ」
司令官が言った。
米兵達は椅子に座った。彼女は、米兵達に取り囲まれて、胸と秘部を手で覆ってオドオドしている。
米兵達は、膝組みして、丸裸で胸と秘部を手で覆ってオドオドしている彼女をニヤニヤ笑って眺めている。
「アナタハ、マダ、米軍基地、反対運動ヲシマスカ?」
司令官が聞いた。
彼女は、眉を寄せて黙っている。
「サア、コタエナサイ」
司令官は、厳しい口調で彼女に詰め寄った。
「・・・」
だが彼女は、唇を噛みしめて黙っている。
「ソウデスカ。デハ、シカタアリマセン」
司令官は、そう言って、石嶺有紀を、つかんでいる米兵に目配せした。
米兵は、ニヤリと笑って、石嶺有紀の髪の一部をハサミで挟んだ。
「ああっ」
知念多香子は、思わず、驚嘆の声を上げた。
「いいの。知念さん。私はどうなっても」
石嶺有紀は涙ながらに訴えた。
知念多香子は、唇を噛みしめた。
司令官は、ニヤリと笑って、石嶺有紀を、つかんでいる米兵に目配せした。
米兵はニヤニヤ笑いながら、ジョキンと石嶺有紀の髪を切った。
「ああっ」
知念多香子は声を出した。
「わ、かかりました」
知念多香子は、ガックリと首を落として言った。
「ナニヲ、ワカッタノデスカ?具体的ニイッテクダサイ」
司令官は、ニヤニヤ笑いながら聞いた。
「も、もう基地反対運動はやめます」
彼女は涙ながらに言った。
「フフフ。ワカレバイイノデス」
司令官は不敵な口調で言った。
「アナタハ、日米安保ノ、妨害ヲシテキタノデス。罰ヲウケナサイ」
司令官は不敵な口調で言った。
彼女は、石嶺有紀をチラッと見た。
米兵は、ニヤニヤ笑いながら彼女の髪をハサミで挟んでいる。
石嶺有紀を人質にとられている以上、知念多香子は米軍に従うしかなかった。
「サア、犬ノヨウニ、ヨツンバイニナッテ、コッチニキナサイ」
司令官が言った。
知念多香子は、ワナワナ体を震わせながら、四つん這いになって、這って司令官の前に行った。
「フフフ。靴ヲ舐メナサイ」
そう言って司令官は、膝組みして、右の皮靴を彼女の鼻先に突き出した。
「サア。靴ヲキレイニシナサイ」
司令官は、ニヤついた口調で言った。
彼女は、切れ長の美しい瞳から涙を流しながら、司令官の靴を一心に舌で舐めた。
これ以上の屈辱があるであろうか。沖縄の自然、平和を愛し、敢然と、米軍基地に反対していた勇気ある女性が、今や、丸裸の四つん這いになって、尻の穴まで晒し、米兵の靴を舌で舐めているのである。
「サア。全員ノ靴ヲ、舐メナサイ」
彼女は、四つん這いのまま、米兵、全員の靴を舐めてまわった。
彼女は、全員の靴を舐めると、グッタリと、倒れ伏してしまった。
「フフフ。コレデオワッタト、思ッタラ、ビッグミステイク、デス」
そう言って、司令官は、米兵に目配せした。
米兵はニヤリと笑った。米兵は、部屋を出ると、ガラガラと、ステージに大きな金網の檻を運んできた。

   ☆   ☆   ☆

「サア。ハイリナサイ」
司令官が彼女に命じた。
そう言われても、彼女は、疲れきって、床にグッタリうつ伏せになっている。
司令官は米兵に目配せした。
米兵は、彼女を立たせ、檻の扉を開けて、彼女を檻の中に入れた。そして、扉を閉めて鍵をかけた。彼女は、疲れ果てて、檻の中で、うつ伏せになり、微動だにしない。この場合、彼女にとっては、檻の中に閉じ込められた方が、米兵に弄ばれる心配がないだけ、マシだったのだろう。そんな気持ちからだろう。彼女は、グッタリと檻の中で、うつ伏せになった。
そんな彼女を見て、司令官は、ニヤリと笑った。
「フフフ。アレヲ、モッテキナサイ」
司令官が、米兵に命じた。
米兵は、ニヤリと笑って、部屋を出ると、何やらベールで覆われた物を持ってきた。
四角い形をしている。それが二つある。
「サア。ヨクミナサイ」
司令官は、彼女に言った。
彼女は、虚ろな瞳を檻の前に置かれた、二つの物に向けた。
米兵が、一つの方のベールをサッと、取り去った。
「ああー」
彼女は悲鳴を上げた。
なんとベールの中には、小さなアクリルケースがあり、ハブが、薄気味悪く、うねうねと、とぐろを巻いていた。体長は2mくらいある。彼女は、顔をそらすようにしながらも、薄気味悪いハブを見た。
米兵は、ニヤリと笑い、隣にある、もう一つのベールもサッと取った。そっちの方も、アクリルケースで、中にはマングースがいた。ハブは沖縄に生息する、攻撃性の強い毒ヘビである。
滝沢馬琴の「椿説弓張月」にも、「マムシの殊に大きなるものをハブと唱ふ」とある。
マングースは、ジャコウネコ科のイタチに似た動物で、肉食であり、動きが敏捷で、毒ヘビであるハブをも恐れず、一瞬で攻撃して捕食してしまう。マングースは、元々、インドやスリランカに生息していたのだが、沖縄のハブ退治のために、1910年に、沖縄に移入されたのである。実際、かわいい顔をしているのに、マングースはハブを捕らえてしまうのである。以前は、マングースとハブとの戦いを、沖縄の観光として、本土人に見せていたのだか、最近は、残酷だから、という理由で、あまり行われなくなった。
司令官は、ニヤリと笑って、米兵に合図した。
米兵も、ニヤリと笑った。米兵は、ハブの入ったアクリルケースを、彼女の入っている檻の扉の所に持っていった。そして、檻の扉を開けると、ハブの入ったアクリルケースの蓋を開けて、ハブを、檻の中に放り込んだ。ハブは、ドサッと、檻の中に入れられた。そして米兵は、檻の扉を閉めた。
「ひいー。きゃー」
彼女は天を裂くような悲鳴を上げた。彼女は、檻の隅に身をピッタリつけた。美しい白い裸身がブルブル震えている。米兵達は、
「ahahahaha」
と笑った。しかし、彼女にしてみれば、これは発狂しかねないほどのことだった。無理もない。ハブに襲いかかられて、噛まれたら彼女は死んでしまうのである。
「や、やめてー。お願い。助けてー」
彼女は、金網に体を押しつけて叫んだ。
司令官は、葉巻をふかしながら、見世物でも見るように、余裕の表情で、檻の中の彼女を眺めている。
「ダメデス。アナタハ、檻カラ出ルコトハ出来マセン」
司令官は意地悪く言った。
「た、助けてー」
彼女は、狂ったように叫んだ。
ハブは、時々、鎌首をもたげて、赤い舌をチョロチョロと気味悪く出している。ハブは興味本位からか、ウネウネと少しずつ、彼女に近づいてきた。
そして、とうとう彼女の足の所に這ってやって来た。ハブが頭を彼女の足の上に乗せた。
「ひいー」
彼女は、驚天動地の叫び声を上げた。
ハブは女の肌の温もりを心地いいと感じたのか、彼女の足に巻きつきながら、シューシューと赤い舌を出しながら、女の体によじ登りだした。
「ひいー」
「きゃー」
「助けてー」
彼女は声を限りに叫んだ。しかし、振り払うことは出来ない。ハブは、人間が振り払おうとすると噛みついてくるからである。
彼女は、ハブに噛みつかれないように、銅像になったかのように、体を動かさずに、じっとしている。しかし顔だけは悲痛に歪んでいる。
このままいけば、彼女は、ギリシャ神話のラオコーンの像のようになってしまいかねない。
「マ、マングース、を入れてー」
彼女は叫んだ。檻から出られない以上、マングースにハブを仕留めて、もらうより、他に方法がない。
「フフフ。イレテアゲテモ、イイデスガ、ソノ前ニ、質問ガアリマス」
と言って、司令官は言葉を止めた。
「な、何ですか?質問って」
彼女は、せっつくように司令官に聞いた。
「アナタハ、沖縄ノ、米軍基地ニツイテ、ドウ思ッテイマスカ?」
司令官は余裕の口調で彼女に聞いた。
「わ、私が間違っていました。日米安保条約は日米間で、しっかりと決められた条約です。アメリカ様は、日本を守って下さっておられます。感情的に、アメリカ様の基地の反対運動をしていた私の考えが、100%、完全に間違っていました。これからは、どうぞ、ご自由に、訓練なさって下さい。で、ですから、早く、マングースを入れて下さい」
彼女は大きな声で、早口で喋った。
「フフフ。ワカレバ、イイノデス」
司令官は余裕の口調で彼女に言った。
「デハ、アナタノ考エヲ、証拠トシテ、録音シテオキマス。モウ一度、イッテクダサイ」
そう言って司令官は、ポケットから、紙切れを取り出して、彼女に見せた。
その紙切れには、こう書かれてあった。
「私は、反米軍基地の会の代表の知念多香子です。私は、今日、キャンプ・シュワブの海兵隊の訓練を見学させていただきました。アメリカの海兵隊は、日本の自衛隊と違い、米国法で認められた正式の軍隊です。その訓練の様子は世界各地で起こっているテロとの戦いにそなえ、過酷で真剣そのものです。感情的に、基地反対活動をするのは、間違いだと気づきました。私は今後、いっさい、基地反対の活動はいたしません。基地反対活動をしている皆さんも、どうか目を覚まして下さい」
司令官は、その紙切れを彼女に見せながら、彼女の口元にテープレコーダーを近づけた。
「サア。イッテクダサイ」
司令官はテープレコーダーのスイッチに手をかけた。
彼女は、一瞬、躊躇したが、ハブが、またズルリと彼女の体を這い登った。ハブは彼女の右の太腿に巻きついて、鎌首をもたげて、シューシューと赤い舌を出している。
「ひいー。い、言います。言います」
司令官はニヤリと笑い、カチリとテープレコーダーのスイッチを入れた。
彼女は、紙切れに書いてある文章を、早口で読んだ。
「私は、反米軍基地の会の代表の知念多香子です。私は、今日、キャンプ・シュワブの海兵隊の訓練を見学させていただきました。アメリカの海兵隊は、日本の自衛隊と違い、米国法で認められた正式の軍隊です。その訓練の様子は世界各地で起こっているテロとの戦いにそなえ、過酷で真剣そのものです。感情的に、基地反対活動をするのは、間違いだと気づきました。私は今後、いっさい、基地反対の活動はいたしません。基地反対活動をしている皆さんも、どうか目を覚まして下さい」
その口調は真剣そのものだった。
司令官はテープレコーダーのスイッチを切った。
ハブがまた、ズルリと彼女の体を這い登った。
「ひいー。は、早く、マングースを入れて下さい」
彼女は、激しく訴えた。
「フフフ。ワカリマシタ。イッタコトハ、チャント、守ッテクダサイヨ」
そう言って司令官は、米兵に目配せした。
米兵は、ニヤリと笑い、マングースの入ったアクリルケースを持って、檻の扉を開けた。
そして、アクリルケースの蓋を開けて、マングースを檻の中に入れた。そして、すぐに檻の扉を閉めた。
檻の中にマングースが入ると、ハブはサッと鎌首をマングースの方に向けた。ハブはスルスルと彼女の体から降りて、マングースに対して身構えた。
マングースとハブは、しばし、にらみ合っていたが、マングースがサッと目にも止まらぬ速さで、ハブに襲いかかった。一瞬で、マングースはハブの頭に噛みついた。だが、一噛みでは、ハブの息の根は止められなかった。
彼女は、檻の隅の金網に体をピタリとくっつけて、
「きゃー」
「ひー」
と叫びながら、体を震わせて見ていた。
マングースは、サッとハブから離れ、また慎重にハブの様子をうかがった。隙を狙って、マングースは、もう一度、電光石火の速さで、ハブの頭に噛みついた。それを、三回、四回、と繰り返した。噛みつかれても、ハブの生命力は強靭だったが、だんだん動きが鈍くなり、ついに息絶えて動かなくなった。マングースの勝利である。
檻の中では、頭を食いちぎられて動かなくなったハブの死体が気味悪く、横たわっている。死んでも大きな毒蛇の死体は気味が悪い。マングースは、食い千切ったハブの頭をムシャムシャ食べている。
「フフフ。約束ハ、守ッテクダサイヨ。守ラナイト、アナタノ家ニ、毎晩、ハブ、ガ、出ルカモシレマセンヨ」
司令官が、余裕の口調で言った。
彼女は、全身の力が抜けたように、ズルズルと、へたり込んだ。
「わーん。わーん。わーん。わーん」
彼女は、突っ伏して、泣き出した。
無理もない。
彼女の胸中は、拷問に屈してしまった自責の念で、いっぱいだったのだろう。
彼女にとって米軍基地反対活動は、彼女の命がけの使命だった。
それを、ハブ怖さに、米軍に屈服してしまったのである。
命がけで使命を守ろうとする勇敢な人間は、拷問に屈してしまうと虚無状態になってしまう。
その後、手のひらを返して、また、活動を始めることは、物理的に出来ないことはないが、誇り高い勇敢な人間にとっては、拷問に屈してしまった後ろめたさから、出来ないのである。
その心理を見透かしているかのように、司令官はニヤリと笑った。
「サア。彼女ヲ、檻カラ出シテアゲナサイ」
司令官は米兵に命じた。
二人の米兵がニヤリと笑って、檻の扉を開けた。そして檻の中に入った。
米兵は、丸裸で泣いている彼女の前に、立った。
「プリーズ。スタンドアップ。ミス、チネンタカコ」
米兵は笑いながら、礼儀正しい口調で言った。
しかし彼女は答えず、黙っている。答える気力もないのだろう。
二人の米兵は、両手を広げて、眉を寄せて、困ったというジェスチャアをした。
「take it easy」
そう言って、米兵は彼女の両手と両足を持って、彼女を檻から外へ運び出した。
そして檻の前の床に彼女を降ろした。
米兵は、彼女の着物を持ってきて、彼女に渡した。彼女は、涙を拭って、パンティーを履き、ブラジャーを着けた。そして、スカートを履き、ブラウスを着た。彼女は憔悴した表情で黙っている。
司令官は石嶺有紀を取り押さえていた、米兵に目配せした。
石嶺有紀を取り押さえていた、米兵が彼女を知念多香子の所に連れて行った。
「サア。二人ヲ、家マデ、送ッテヤリナサイ」
司令官が言った。
「yes sir」
米兵は答えた。
司令官は、彼女達が今日のことは、口外しないとタカをくくっているのだろう。実際、彼女が警察に行って、今日の事を訴えたところで証拠がない。荒唐無稽な彼女の作り話と警察に思われてしまうのがオチだろう。
「今日ハ、ゴクロウサマデシタ。気ヲツケテ、オカエリクダサイ」
司令官は、礼儀正しい口調で二人に行った。
「サア。彼女タチヲ、家ニ送ッテアゲナサイ」
司令官は、兵士にそう命じた。
二人の米兵が、彼女達を連れて部屋を出ようとした。
「待って下さい」
知念多香子がピタリと足を止めた。
「ナンデスカ」
司令官が聞き返した。
「大東さんは返して下さらないのですか?」
知念多香子が聞いた。
「フフフ。安心シテ、クダサイ。彼モ、チャントアトデ、返シマスカラ」
司令官は含み笑いして言った。
アトデ、という言葉から、彼女は直ぐに直観したのだろう。司令官を睨みつけた。
「わかったわ。大東さんも、檻に入れてハブを入れて、恐がらせて、基地反対運動をやめるよう誓わせるのね」
彼女は強い語調で言った。
「オー。ソンナコトハ、アリマセン。楽シイゲームヲ、サセテアゲルダケデス」
司令官は笑いながら言った。
「何が楽しいゲームですか。あれは、ゲームなんかじゃありません。拷問です」
彼女は憎しみの目で司令官に訴えた。
「フフフ。ハヤク、連レテイキナサイ」
司令官は彼女の訴えを無視して、米兵に命じた。米兵達は、彼女達の腕をガッシリと掴むと、彼女達を部屋から連れ出した。

   ☆   ☆   ☆

あとには、口にガムテープを貼られ、手錠をかけられた大東が残された。
司令官は、顎でしゃくって米兵に命じた。米兵は、大東をつなぎとめていた柱から手錠を外した。そして司令官の方へ彼を連れて行った。大東は逆らおうとはしなかった。
大東は司令官の前に立たされた。
「フフフ。バカナ、ジャップメ」
そう言って司令官はビシッ、ビシッと大東をビンタした。
「フフフ。今度ハ、オマエノバンダ」
そう言って司令官は大東の口からガムテープを剥がした。
司令官は大東の肩を突いて、彼を檻の方へ連れて行った。大東は逆らおうとしなかった。
檻の前に着いた時だった。
「ギャアー」
司令官は悲鳴を上げた。
大東が手錠をされたまま、後ろ手で、素早く司令官のズボンのチャックを降ろし、手を入れて、金玉をつかんだのである。
「help」
司令官は叫んだ。
「ふふふ。やめて欲しかったら、手錠を外しな」
大東は、不敵な口調で司令官に言って、つかんだ金玉をまた力の限りグリッとひねった。
「ギャアー」
司令官はまた悲鳴を上げた。
「ワ、ワカリマシタ。ハズシマス」
そう言って司令官は、ワナワナと震える手で大東の手錠を外した。
彼はサッと司令官の後ろに回り込むと、司令官の両手を背中に捻り上げて、手錠をかけてしまった。そして、ピストルを抜きとって司令官の背中に銃口を押しつけた。
「全員にホールドアップするよう命令しろ。さもないと、お前を打つぞ」
大東は、銃口を司令官の後頭部にグリグリ押しつけて言った。
「ウ、撃タナイデクダサイ」
司令官は弱々しく訴えた。
「everyone hold up」
司令官が、海兵隊達に言った。
海兵隊達は、全員ホールドアップした。
「よし。それじゃあ、両手を頭の上に乗せろ」
大東は英語で、海兵隊達に命じた。海兵隊達は、両手を頭の上に乗せた。
「よし。じゃあ、次は一人ずつ、左手だけで、ライフルやマシンガンを拾って頭の上にあげろ。まずはお前からだ」
そう言って、大東は左側の一番前にいた海兵隊員に命令した。
「おかしなマネをしてみろ。こいつの命がないぞ」
そう言って、大東は、銃口を司令官の後頭部にグリグリ押しつけた。
左側の一番前にいた海兵隊は、大東の言った通りライフルを左手で拾って頭の上にあげた。
「よし。それを、こっちへ投げてよこせ。投げたら直ぐに左手を頭の上に乗せろ」
大東は英語で、そう命じた。米兵は、ライフルを大東の方へ放り投げた。そして左手を頭の上に乗せた。
そうやって、一人一人、次々と、大東は、海兵隊に、ライフルやマシンガンを自分の方に投げさせた。もう、彼らに武器はなかった。
大東はマシンガンの一つを拾った。
「よし。全員、来ている服を脱いで素っ裸になれ」
という意味のことを大東は英語で言った。
司令官を人質にとられている以上、仕方がない。海兵隊達は、服を脱いで全員、素っ裸になった。
「よし。全員、両手を頭の上に乗せろ」
大東は素っ裸の海兵隊達に命じた。海兵隊達は、全員、両手を頭の上に乗せた。
「おい。貴様。服を全部、集めてこっちへ持ってこい」
大東は、近くにいた海兵隊の一人に命じた。命じられた海兵隊員は、服を拾い集めて、大東の所へ持ってきた。
「よし。貴様も元の所にもどって、両手を頭の上に乗せろ」
大東が命じた。海兵隊員は、元の所にもどって、両手を頭の上に乗せた。
「貴様はこの中に入っていろ」
大東は後ろ手に手錠をかけられた司令官を檻の中に、突き飛ばして入れた。そして、檻の扉を閉めた。
「オオー。ハブ、ハ、入レナイデクダサイ」
司令官は、ペコペコ頭を下げて大東に哀願した。
「ふふふ。安心しろ。ハブは、入れないでやる」
大東は余裕の口調で言った。
「アリガトウゴザイマス」
司令官は、ペコペコ頭を下げた。
大東は、集められた米兵全員の服の中から手錠を取り出した。そして、それを素っ裸の海兵隊達に、放り投げた。
「二人ずつ向き合え」
大東は素っ裸の海兵隊達に命じた。海兵隊達は、命令されたように、二人ずつ向き合った。
「一人のヤツが、右手を頭の上に乗せたまま、左手で手錠を拾い、相手の右手に手錠をかけろ」
大東は英語で、そう命じた。海兵隊達は、命令されたように、右手を頭の上に乗せたまま、左手で手錠を拾い、相手の右手に手錠をかけた。
「よし。今度は、手錠をかけたヤツが右手を頭の上に乗せ、左手を相手に差し出せ」
大東が命じた。
手錠をかけた海兵隊達は右手を頭の上に乗せ、左手を相手に差し出した。
「よし。手錠をかけられたヤツは、相手の左手に手錠をかけろ」
大東が命じた。
手錠をかけられてる海兵隊員達は、相手の左手に手錠をかけた。
海兵隊達は、素っ裸で、二人ずつ手錠でつながれた。
一体、何をする気なのだろうと、海兵隊員達は困惑した表情である。
「では、お強い海兵隊さん達に日頃の訓練の成果を見せてもらいましょうか」
大東は余裕の表情でニヤリと笑った。
「手錠でつながれた相手と真剣勝負だ。どっちか片方がノックアウトされるまで戦いな。負けたヤツは、檻の中でハブと戦ってもらうぜ。ただし、マングースは、入れないからな」
大東は、大声で言った。
「オー。ノー」
米兵達は、困惑して叫んだ。
「さあ。始めろ」
大東は、ズガガガガーとマシンガンで威嚇射撃した。
海兵隊たちは、仕方なく相手と向き合った。そして、戦い始めた。負けた方は、ハブの入った檻の中に入れられる、という恐怖から、海兵隊達は狂ったように戦いだした。ルールも何もない。壮絶なバトルが繰りひろげられた。
海兵隊たちは、力一杯、相手の顔を殴ったり、関節を捻ったり、噛みついたりと、真剣そのものだった。
「ギャー」
「ウガー」
兵士達は叫び声を上げながら戦い続けた。
チェーンで手と手をつながれているため、戦いをやめることは出来ない。プロレスのチェーン・デスマッチである。
20分もすると、もうお互い、ヨロヨロだった。兵士達は、顔は血だらけで、ボコボコだった。もう戦う気力もなくなったように、バタバタと倒れていった。
かろうじて勝った方も、顔は血だらけ、でヘトヘトに疲れはてていた。
「よし。勝った方のヤツは、倒れている兵士と重なってディープキスして労わってやれ」
大東が命じた。
かろうじて勝った方の兵士は、
「オー。ノー」
と叫びながらも、ヨロヨロと倒れている兵士の上に裸同士で重なってディープキスした。
「よし。今度はフェラチオだ。しっかり、しゃぶってやれ」
大東が命じた。
「オー。ノー」
と叫びながらも、勝った海兵隊は、負けた海兵隊のマラをしゃぶり始めた。
アメリカ人は、ホモが多い。というより、ほとんがホモである。だんだん彼らは、ハアハアと興奮していった。
彼らは、ほとんどが精神変調をきたし始めていた。
「ふふふ。これが、本当のホモダチ作戦よ」
大東は余裕の口調で笑った。
「もう、こいつらは、使い物にならんな」
大東は吐き捨てるように言った。
「ふふふ。これは貴様らの悪事の絶対的な証拠になるぜ」
そう言って彼は知念多香子を弄んだのを撮ったビデオカメラを拾った。
「さあ。貴様は、オレと来い」
そう言って大東は、檻を開けて、手錠をされた司令官を連れ出した。
大東は、拳銃とマシンガンとビデオカメラを持って、司令官を連れて、地下室を出た。
司令室にもどった大東は、後ろ手に手錠をかけられた司令官をデスクの椅子に座らせた。
「貴様はヘリコプターの操縦が出来るだろうな?」
大東が聞いた。
「イ、イエス」
司令官は、ワナワナ震えながら答えた。
「よし。ヘリコプターを、この司令官室の前まで、運んでくるよう命令しろ」
大東は、拳銃を司令官に突きつけて言った。
沖縄最高司令官は、マイクで、そのように命令した。
やがて、ゴーという音がして、バリバリバリとヘリコプターが着陸するのが、窓から見えた。
「沖縄の全ての米軍基地に、こう言え。これから特別事態を想定した訓練を行う、と」
司令官はマイクで声を震わせて言った。
「イエッサー」
「イエッサー」
と各司令部から返事が来た。
「ふふふ。では、次は、沖縄の全ての基地の司令部に、全ての爆撃機を出動するよう連絡しろ」
彼は拳銃を沖縄最高司令官の頭に突きつけて言った。
「ナ、ナゼ、ソンナ事ヲスルノデスカ?」
司令官が、聞き返した。
「いいから、言う通りにすれば、いいんだ」
彼は拳銃を沖縄最高司令官の頭に突きつけて言った。
司令官はマイクで、そのように言った。
大東は、防毒マスクを司令官に着けさせ、自分も防毒マスクを着けた。
「よし。ヘリコプターに乗り込むぞ。おかしなマネをしたらマシンガンで殺すからな。オレは、命が惜しくないから、始末が悪いぞ」
「ワ、ワカリマシタ。撃タナイデクダサイ」
彼は、司令室の窓を開け、後ろ手に手錠をされた司令官を外に出した、そして、続いて彼も司令室を出た。幸い、人目はなかった。
大東は司令官と共にヘリコプターに乗り込んだ。
彼はコクピットに司令官を座らせて、手錠を外した。
「さあ。操縦して離陸させろ」
司令官は、ヘリコプターを操縦した。
バリバリバリと、大きな音をたててヘリコプターは空中に浮上した。
回りを見ると、さっきの司令官の命令によって、爆撃機が空中で待機している。
「もっと高度をあげろ」
彼はピストルを司令官に突きつけて言った。
ヘリコプターは高度を上げていった。
キャンプ・シュワブの基地の上は爆撃機でいっぱいである。沖縄の他の基地でも、同じ状況だろう。
大東は、不敵に笑った。
「では、こう言え。これから、合図するから、合図と同時に沖縄の米軍基地の全ての司令塔、滑走路、戦闘機めがけて爆弾を落とせ、と」
「オー。ソンナコト、命令シテモ、キクハズハアリマセン」
「いいから、言う通りに指令を出すんだ」
彼はピストルを司令官のこめかみに突きつけて言った。
司令官は、声を震わせて、マイクで指令した。
「Why?」
「Why?」
「Why?」
Whyの返事が次々ともどってきた。
当然といえば当然である。
大東は、ふふふ、と不敵に笑った。
「ふふふ。では、こう言え。テロが一気に襲ってきた事態を想定しての訓練だと。爆弾は、今日の訓練のために、全て中身を抜いてある。爆弾の中身は空っぽだから、安全だと」
彼はピストルを司令官のこめかみにグリグリと突きつけて言った。
司令官は、声を震わせて、大東の言ったことをマイクで指令した。
「OK」
「イエッサー」
という返事が返ってきた。
大東は指令マイクを口に当てた。
「ready・・・」
数秒の間をおいて、
「start」
彼は流暢な発音で言った。
ドッカーン。
ドッカーン。
ドッガーン。
爆弾が一気に、基地の司令塔や滑走路や戦闘機に炸裂した。
基地はメチャクチャである。
「オー。マイ、ゴッド」
「マッド」
「Are youクレイジー?」
非難や疑問の返事がどっとやってきた。
大東はマイクを切った。
司令官は震える手で操縦した。
空から見ると、キャンプ・シュワブも、キャンプ・ハンセンも、北部訓練場も嘉手納弾薬庫も、普天間飛行場も、もうもうと火の手があがっている。
「ガハハハハ」
と大東は豪快に笑った。
「オー。マイ、ゴッド」
司令官はパニック状態である。
「ふふふ。バカなヤツめ。お前が知念多香子さんや、基地反対運動の人達に、あんなことをするから、こうなるんだ」
「オー。アレハ、私ノ意志デハアリマセン」
「では、誰の意志だ?」
「コ、国防長官ノ、イシデス」
「ふふふ。まあ、せいぜい醜い罪のなすり合いをしな」
大東は不敵な口調で言った。
飛行機が普天間飛行場の上に来た時、司令官は、いきなりヘリコプターのドアを開けようとした。パラシュートで基地内に降りようというのだろう。
「おっと」
大東は司令官を捕まえた。
「ふふふ。基地内に逃げ込んで、日米地位協定で、逃げるつもりだろうが、そうはいかないぜ。ちゃんと運転しろ」
言われて、司令官は、コクピットにもどり、ヘリコプターを操縦した。
ヘリコプターが、沖縄県警本部の上に来た。
「よし。ここに着陸しろ」
大東に言われて、司令官はヘリコプターの高度を下げていった。
ババババッと大きな爆音がして、ヘリコプターは沖縄県警の前に着陸した。
大東は、ヘリコプターのドアを開けて、司令官を連れて沖縄県警本部に入った。
知念多香子がいた。今日の米軍のことを訴えに来たのだろう。
「あっ。大東さん。無事だったんですね。ハブの檻に入れられませんでしたか?」
彼女は、心配そうに彼に聞いた。
「いえ。大丈夫です」
「そうですか。それは、よかったですね」
彼女は、ほっと胸を撫で下ろした。
「知念さん。今日の米軍のことを訴えに来たのですね」
「ええ。でも、警察は信じてくれません。証拠もありませんし。そんな荒唐無稽なこと、ウソだと言って・・・」
「安心して下さい。ちゃんと証拠を持ってきました」
大東はビデオカメラをとり出した。
「あの。今、テレビで緊急ニュースで、沖縄の全米軍基地が爆破されて、原因はまだ分らない、とのことですが、一体、何があったんですか?」
彼女が聞いた。
「それは、これから説明します」
彼は、警察署長に今日、あった事を、全て話した。
「これが、その証拠のビデオです。これに、知念さんが嬲られている映像が写っています。こいつが、米兵達を楽しませるために、撮ったのです」
そう言って大東は、ビデオカメラを警察署長に渡した。警察署長は、ビデオを早回しで見た。
そこには、知念多香子がされた風船威嚇射撃や、ハブの檻、などの映像が写っていた。
それを見て、警察署長もようやく納得したようだった。
「オー。アレハ国防長官ノ命令デス。私ノ命令、デハアリマセン」
司令官はワナワナ震えながら言った。
「早く指令本部室の地下室へ向かった方がいいですよ。海兵隊員達が、瀕死の状態で倒れてますから。早く病院で手当てしないと、死んでしまいますよ。地下室の開け方は、こいつが知っています。檻には、知念さんの指紋も出てきますから、それも確実な証拠になります」
大東は言った。
「わかりました」
警察署長は、電話をかけた。何かたどたどしい英語で喋った。
「米軍の警察も、日米合同捜査に同意しました。すぐに、キャンプ・シュワブに向かいます。あなた達も参考人として、同行して頂けないでしょうか?」
「ええ」
彼と彼女は、二つ返事で答えた。
米軍にとっても、どうして基地が爆破されたのかは、わからない。事実を知っている沖縄県警の協力を受け入れるというのは、当然だろう。
大東と彼女と、司令官を乗せた、パトカーが4台、警察本部を出で、キャンプ・シュワブに直行した。
4台のパトカーは、沖縄高速道をフルスピードで走った。
パトカーはキャンプ・シュワブの営門を通った。すぐに司令官室に着いた。司令室の前にはMPが何人もいた。
MPと共に、大東と知念多香子と警察官は、司令室に入った。
司令官が壁のプッシュボタンの暗証番号を押すと、地下室のドアが開いた。
MPと警察は、急いで地下室に降りた。
地下室には、素っ裸で、血だらけの海兵隊達が、二人ずつ手錠でつながれて、倒れていた。彼らは虫の息だった。すぐに、海兵隊達は、基地内の病院へ運ばれた。檻からは知念多香子の指紋も検出された。これで米軍の犯罪は決定的になった。
すぐに、NHKはじめ、全てのテレビ局、新聞社がやって来た。
大東は事実を淡々と述べた。
一通り捜査が終わると、大東と彼女は、パトカーで、警察本部に送り届けられた。
大東はユイレールで、親のマンションにもどった。
テレビでは、緊急ニュースとして、米軍の基地破壊のニュースが報じられていた。
だが、大東は、いい加減、さすがに疲れていたので、パジャマに着替えて寝た。

   ☆   ☆   ☆

翌日の新聞の一面は、全新聞社ともに、当然、沖縄の米軍基地の破壊と米軍の犯罪に関するものだった。テレビのニュースも、一日中、在沖米軍基地と米軍の犯罪に関するニュースだった。それは日本だけでなく、アメリカはもちろん、世界各国のニュース、新聞がアメリカ軍の組織的犯罪を報じた。
決定的な物的証拠があるため、日米地位協定もクソもない。検察は、米軍の悪質な組織的犯罪として、米軍を起訴した。海兵隊員たちも、見て楽しんでいたのだから、当然、犯罪者である。
日本人の反米感情が爆発した。
一方、大東の行為は米軍基地から逃れるための正当防衛として検察は起訴しなかった。
臨時国会が開かれた。総理大臣、外務大臣は、激しくアメリカに抗議した。アメリカ大統領は、とりあえず日本に謝罪し、事実関係を徹底的に調査すると報告した。
大東は、メディアにしゃしゃり出るのが嫌いだったので、マスコミのインタビューは、全て拒否した。


平成24年5月6日(日)擱筆

沖縄バスガイド物語

沖縄バスガイド物語

  • 小説
  • 中編
  • 冒険
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-24

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