柿の木

16

「ともちゃん、わたし黄泉の国にいってくる」
緑ちゃんはグラウンドの鉄棒のすぐそばにある柿の木を見上げながら、わたしに一言そういった。もうすぐ雪が降るぐらいの季節で、柿の木は実も葉もほとんど落ちてしまっている。夕暮れの風に吹かれて、ただでさえ少なくなった葉っぱがまた一枚散った。一番低い鉄棒にもたれて誰もいない学校を見つめていたわたしは、すぐそばで柿の木を見ていた緑ちゃんを振り返った。
「そうなの」
「うん。ママもパパもね、わたしが男の子だったらっていつも言うよ。だからそこで生まれ変わるの。そうしてもう一回ここに帰ってくるの」
緑ちゃんはこちらを振り返らずに言った。わたしはもう一回学校の方に向き直る。緑ちゃんが黄泉に行くところより、電気のついていない真黒な窓を開いて這ってくる、脚のない女の子の方が見てみたかった。みんながその子を怖がっているから、ちょっとお話してみたかったんだ。
ふと気が付くと、緑ちゃんはいつの間にか柿の木に登っていた。緑ちゃんはクラスの中では背が小さいし痩せているけど、運動はとても得意だった。あんまり素早くて、わたしは少し驚いた。
「ね、ともちゃん。わたしが男の子でもお友達でいてね。すぐに戻ってくるから、きっとわたしたちはわたしたちのことがわかるよ」
緑ちゃんは片腕で柿の枝につかまって、もう片方の手をぶらぶらさせて笑っていた。わたしは緑ちゃんが男の子になっても緑ちゃんを好きでいると思ったので、「うん」と一言頷いた。それから、あんまり空が暗くなっていたのにハッとして、時計を見ようとまた学校の方に目をやった。時間はもう4時を過ぎている。帰らなきゃ。
「緑ちゃん」
振り返ると、緑ちゃんはもういなかったので、黄泉の国に行ってしまったんだなと思った。わたしは一応「ばいばい」と「いってらっしゃい」のどっちも言って、おうちに帰った。
それから何日か緑ちゃんは学校に来なかった。そのうち雪が降り始めて、柿の葉っぱも全部落ちてしまったけれど、緑ちゃんと遊べるほど雪が積もるにはまだかかりそうだった。休みの日なんかとにかく退屈だったけど、習い事に出かけていたので、どうにかそれに負けずにすんだ。
「ともちゃん、遊ぼう」
習い事のないある日曜日、玄関のあたりから男の子みたいな声がした。わたしはお昼ごはんを食べたばかりで眠たかったけれど、玄関まで歩いて扉を開けた。
みんなよりも茶色っぽい髪の毛の、はっきりした二重の大きな目の、八重歯が見える笑顔の、背が小さく痩せたからだの、大好きな緑色の服の、男の子がひとり立っていた。
「おかえり」
雪遊びはまだね、と、わたしは男の子に笑った。

柿の木

柿の木

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-07-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted