世界に気付いた証明を

神部大

「なぁ、文学ってなんだろうな」

そんな一言が雄一の心に酷く、染み付く汚泥の様にへばり付き残った。


誰が言った訳でもない。

そう、この言葉は雄一自身が、自分へ問い掛けた一つの疑問なのだ。




銀河すら忘れる程の分厚い青空に自己主張の強い積乱雲が幾つも浮かぶ。

大気は肌を焦がす程の熱気で地を焼いていた。

季節は年々短くなる梅雨を過ぎ、本格的な夏を世に与えようと動いている。


﹣﹣今回の芥川賞には咲湊さん、直木賞には田中元さんが受賞となりました。
咲湊さんの作品【声が響く】は、目の見えない主人公みなとそれを支える、、、、


雄一はふと目に入った文学賞を知らせるニュースに些細な苛立ちを感じ鼓膜を閉じた。


芥川、直木賞、小説家を目指している訳でもない只の凡人でもその単語位は聞いたことがある。

過去にはコンビニの店員から芥川賞に選ばれ一躍世間を賑わせた女子高生や、初受賞からその態度が面白いと俳優業にまで手を伸ばした小説家もいた。
更には元はお笑い芸人やタレントで売れていたにも関わらず、絵や小説を書くのが趣味でした等と多方面でその才能を発揮していく人間もいる。


かくいう雄一も、暇つぶしで書いたネット小説がたまたま人気になった経験を持つ一人だ。

とは言えデビューに至るまでの人気は無かったし、遊び感覚で書いただけでストーリーのプロットなど何も無かった為にその物語の人物達の時間は雄一の意思のまま停止を余儀なくされている。


ネット界隈では、膨大な量の稚拙な文章からプロ顔負けの作品があちらこちらに。
そう、夏場の海近くのコンビニのゴミ捨て場周りを1000件分集めたように散らばっている。

そんな作品達を発掘し、勝手に評論しては自分は文学者、小説家気取りに指摘を繰り返す者達は「そもそも文章には書き方があって、段落の取り方すらなってない」だのなんだのと好き勝手に偉そうな事を喚き散らす。


笑える。


雄一の心にはただその一言。
ただその一言だけを世間に向かって叫びたかった。

だがそんな言葉を投げかける事で、それは結局周りに評価を下し優越感に浸る、自分の方がまだお前より特別なんだと暗に自己主張する人間となんら変わらない事は雄一自身十分に理解していた。


一体世界はなんの為に存在しているんだ。

そんな単純明快な問い掛けの答えを皆は気付かないように、また自分なりにかっこよさげな回答をベラベラと恥ずかし気もなく口にする。

3次産業も飽和を超えた現代に至っては、そんな回答すらコンサル業にまで発展し、今だけを生きる通貨の為に皆が必死だ。


何故その回答を口にしない?

何故殆どの人間が真実を包み、虚像に塗れるこの空間をそれほど大事にするのか。
雄一には解らなかった。


偉い人が絶対。
資格を持った専門家の言葉が正しい。
結果を出せた者が全て。

そう決めたのは誰だ?
自分達ではないのか?

自分達でそう決めておいて、そうではないと言う意見をわざわざ作り出す。

それが同一人物だとまさか気付いていないのだろうか。


文学に例えるならそうだ。

誰が何の基準で賞を与える?
そうだ、専門家が決める。

文学の専門、偉い人の意見。

それが絶対だとして、賞を与える。

そう言いながらも文学は自由であり、色々な形があると言う。


世は乖離症だ。
脳が分裂している。

右脳と左脳に?
笑える冗談だ。


とは言え、賞を取りたい人間も目的は生きる為の資金が必要なだけだ。

世の中を小さな視点で見て、その世界での全てを牛耳るのが金銭であり、その世界で正しいのは金銭を持つ者と専門家なのだろう。

そこからあぶれ、その世界に入れない者はその小さな世界を否定し新たな世界を作ろうとする。


その結果、小さな世界とあぶれた数々の否定世界が混同した中くらいの世界が出来上がった。

最後にはそれを更に外から見た気になった大きな世界気取りがいる。

自分はそんな中くらいの世界からもあぶれてしまったのだろうか。


世界が出来た事に意味など無い。
そこに生物が生まれ、進化してもそれはただの遺伝子的適応であり意味は無い。

宇宙が出来てもそれはただ出来たのであって、それ以上でもそれ以下でもなく、私達はただ生物としての自然と作られたプログラムによってそこに存在するだけだ。


何を生み出し、何を考え、そこに各々どんな価値や影響を及ぼしても、それはなんらただそうなっただけの本来何の意味も持たないものでしかないのだろう。


自分は何故そんな事に蓋をせず、気付かないふりが出来なかったのか。


気づかなければ小さな世界で、自分なりの本物の楽しみと幸せを感じ続けられた気がしてならないのだ。


雄一はだがそれに気付いてしまった。

どんなにそれを誤魔化そうとも、何度思考を捻り、RNAを切っては繋げるように脳内を巡らせても、全てに元々意味は無い事を否定出来なかった。

木々が切られて何かを思うだろうか。

世界が爆撃で消え去って、空は何かを思うだろうか。

地球が消滅して宇宙が気に病むだろうか。


全てはただそうなった。

そうなっただけの事なのだ。
そこに一切の意味も、感情も、価値も、影響も存在しない。

存在させる事は出来ても、やはりそれは本来存在しないものなのだから。


何かに意味を持たせているのは、この星でただ我々人間達だけだ。

もしかすると本来これに気づいてはいけないよう、遺伝子にプログラムされているのかもしれない。

これに気付くと死んでしまうのかもしれない。


意味がないと、本当に僅かな意味すら無いと気づいてしまったなら、生きられないのだ。

虫も昆虫も、もしかするとその行動が必要だとプログラムされているから生きているのかもしれない。

だとするなら木も、空も、宇宙も、そこに存在せよというプログラムがあるのかもしれない。

だからただ存在してしまっている。


それだけだ。

そう考えると、やはり全てはただ存在してしまっただけの事で意味は無い。

全てに何の意味も持たない。
生まれ、意味を持たせ、朽ちる。

なんの意味もないその過程に気づいてしまった場合、やはりそれは遺伝子的失敗だ。


時に自殺と言う行為がある。
これは生物の中でも人間特有のものだと言う。


そう、普通であれば生き物は生きる事と繁栄することのみをプログラムされている。
死なないようプログラムされているのだ。

自ら死ぬ等、完全に遺伝子的失敗作としか考えられないではないか。


仕事に失敗した。
失恋した。
取り返しのつかない事をした。
だから死ぬ。

それはあくまで小さな世界、中くらいの世界で生きれられなくなった結果、更にその外の世界で生き恥は晒したくないと言う驕りだ。


自殺は遺伝子的に気づいてはいけない事に気づいてしまった生物の失敗作。

だが所詮これも大きな世界を見ている、周りとは違うんだぞと言う自己顕示欲でしかないのだろうか。


雄一はそれを証明する。

遺伝子的失敗。


暗いトンネルに耳を劈く甲高い汽笛音と生暖かい風圧に押され、雄一の目に最後の明かりが飛び込んだ。



世界に気付いた証明を

世界に気付いた証明を

  • 小説
  • 掌編
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-07-17

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