歯科医のサディスト

浅野浩二

木枯らしが吹く寒い師走のある日の事である。
(正確に言うと2004年12月3日の事である)
東京都庁のすぐ近くにあるビルの一室で、広告主に頼まれてホームページ製作の仕事を終えた男が足を机の上に乗せ、読みかけの週刊モーニングをパラパラッとめくっている。男の名はザッパー浅野。ここの広告代理店の社長である。広告主から依頼を受け、ホームページ製作をする事を仕事としている。社員も数人いる。活字離れが蔓延している現在の日本で、今時珍しい大変な読書家で、あらゆるジャンルの本を読みこなす。また、自ら小説も書き、自分のホームページに発表している。特に好きなジャンルがあるわけではなく、何でも書くが、幻想、異端的な感覚が作品の基調に流れている。また氏は故、渋沢龍彦に次ぐサド文学研究の第一人者であり、サドファンのために「サドマニア」という、サド文学研究サイトを立ち上げている。また、インドをこよなく愛し、インド映画鑑賞と、インド料理は、氏にとって欠かせないものとなっている。
(今日はちょっと寒いな。鼻水が出てしょうがない)
男はそんな事を考えながら、ティッシュペーパーで鼻をはさんで、チーンと勢いよく鼻をかんだ。すると、口の中に堅い小さな異物がカチリと触れるのを感じた。どの歯の詰め物がとれたのかと、あわてて舌で歯を点検してみると、それは一ヶ月前に治療を受けて治したばかりの歯だった。とたんに怒りがきた。
「何てことだ。一ヶ月前に治したばかりの詰め物がとれるとは!」
男は財布から歯科医院の診察券を取り出すと、その歯科医院にいそいで電話をかけた。出たのは治療を受けた院長だった。ザッパー氏は荒っぽい口調でどなるように言った。
「一ヶ月前に治療を受けた歯のつめものが、もう取れてしまいました。しかも鼻をかんだ程度の軽い衝動で、ですよ。すぐ治してほしいと思いますが、今日、お伺いしてもよろしいでしょうか」
すると院長はオロオロした口調で答えた。ペコペコ頭を下げている姿が電話超しにイメージされた。
「いや、誠に申し訳ない。どうぞ今日いらして下さい」
ザッパー氏は返事もせず、電話をガチャリと切った。
「まったくなんて歯医者だ。あのブタ院長。会ったらうんと文句を言ってやろう」
そう思いながら、ザッパー氏は立ち上がってダウンジャケットを着た。
「おう。悠理。俺は今から歯医者に行ってくる。取れた詰め物を入れ直すだけだから時間はたいしてかからないだろう。今日の晩は久しぶりにインド料理を食いに行こうぜ。俺が車で連れてってやる」
パソコンで黙々とタイピングしていた女社員の悠理は、俯いたまま小声でボソッと呟いた。
「インド料理はカレーからもうイヤ。私はタイ料理を食べタイわ。それにあなたの運転は下手だからイヤ」
瞬時にザッパー氏の額に青筋が立ち、むっとこの女社員を怒りに満ちた目でにらみつけた。が、女社員は俯いたまま顔を上げようとしない。ザッパー氏は戸を開けて、怒りを込めてバンと戸を閉め、木枯らしの吹く師走の街へと出て行った。
「まったくあのアマ。インドを侮辱しやがって・・・。帰ったら仕置きとして百タタキの刑だ」
そんな事を小声で呟きながら、ザッパー氏は歯科医院へと向かった。歯科医院は事務所からすぐ近くの都心の高層ビルの十五階だった。


この歯科医院は、院長の腕がよくないという評判があるが、なぜか治療を受ける人は絶えず、つぶれずに経営が成り立っているのである。という噂を交友関係の広いザッパー氏は聞いていた。
戸を開けると来院者は一人もいなかった。ザッパー氏が大声で人を呼ぶと、いつものボンクラそうな男の院長がペコペコ頭を下げながら出てきた。ザッパー氏はいい加減腹を立てていたので、治療椅子に座ると院長に怒鳴りつけた。
「ちゃんとした治療をして下さい。一ヶ月前、入れてもらったばかりなのにもう取れちゃったんですよ。しかも、食事をしている時ではなく、鼻をかんで、その時の衝動でポロリと、とれたんです。こんないい加減な治療をして、本当にあなたは歯科医師なんですか。歯科医師免許証を見せてください」
言われて、小太りの院長はオロオロした様子で免許証を見せた。
「フン。免許だけはちゃんと持っているんですね。でもどうせ、大学でも、ろくに勉強も実習もやらないで、遊んでばっかりいたんでしょうね。よくこんな歯科医院に来る人がいますね」
と、あてつけがましく言った。院長は気が小さい人間らしく、オロオロしながらペコペコ頭を下げた。
「すまん。許してくれ。君の言う通りだ」
「そうだろうと思いましたよ。ともかく、今度はちゃんとした治療をして下さい。鼻をかんだ程度の衝動でとれないような、ちゃんとした治療を・・・」
ザッパー氏は吐き捨てるように言った。院長はどうしたものかと、手を揉んでいたが、申し訳なさそうな口調で切り出した。
「あ、あの。今、私の友達なのですが女医が一人、来ているのですが、今日の治療はこの先生に代わってもらうという事にしてはいかがでしょうか」
「腕は確かなんですか」
「ええ。その点は保証します」
「じゃあ、その先生でかまいません。早く治療をして下さい」
ザッパー氏がイラついた口調で言うと、院長はスゴスゴと奥の部屋に入って行った。目の前には上下全部の歯が一列に並んだレントゲン写真がある。虫歯を治療して銀をかぶせた歯がたくさん見える。人間の病気にも色々ある。糖尿病や、高コレステロール血症、動脈硬化、など一度かかっても、病気の治療を自覚して、食事や運動を心がけ、服薬治療を受けることによって改善したり、治癒したりする病気は多い。というより、病気の多くは患者が自覚して治療に取り組めば、治る病気のほうが多いのである。しかし、歯だけは例外であり、一度虫歯になった歯はどんなに患者が自覚して手入れをしても改善するという事はない。加齢とともに人間の歯は傷んでいくのを逃れられない。歯というものは、人間の加齢を象徴的にあらわしている臓器である。レントゲンで、銀歯の多いのを見ると、
(ああ。オレも歳をとったな)
と、ザッパー氏は一人、人生の悲哀を感じながら、ため息混じりに呟いた。
(今回の治療は何回の治療で終わってくれるだろう。もしかすると、このまま永遠に通い続けなければならないのではないか)
そんな不安が頭を擦過した。
その時である。院長が入っていった部屋から女医が治療室に入って来た。そしてザッパー氏の傍らに来て、治療用のトレーや器具を手馴れた手つきで整えだした。ザッパー氏は女医を見るや、思わず、「うっ」と声を漏らし、下腹部がみるみる熱く、硬直していくのを感じた。女医はこの世のものとは思われない、歯科医師にしておくには勿体ないほどの美しい容貌であり、白衣の下にはセクシーなピンクのブラがチラついて見える。広告代理店の仕事もトラブルが続きがちであり、このところ、気分も落ち込みがちであり、何ヶ月も女と御無沙汰であった事が、官能をよけい刺激した。
(こ、こんな隠し玉があったとは・・・)
ザッパー氏は瞬時に腕の悪い院長という評判の歯科医院が、つぶれもせず、繁盛している理由を理解した。女医は美人ではあるが、茶色に染めた髪を掻き揚げ、冷たい怜悧な目で、見下すように、ザッパー氏を一瞥し、「ふふふ」と不気味な笑いを漏らした。厳粛な医療の仕事中にもかかわらず、腰までとどくロングヘアーは整えず、長く伸びた爪には真っ赤なマニキュアが派手に施されている。それはまるで白衣が無ければ、SMクラブの女王様のような感じだった。
「はじめまして。私、玲子というの。腕に自身はあるから安心してね。いつもは奥の部屋で本を読んでいるけど、あなたのような、聞き分けのない強情な患者が来た時だけ、院長とバトンタッチするのが私の仕事なの」
女医はザッパー氏に対する挨拶としてこんな事を言った。
「じゃあ、治療を始めるわよ」
そう言って、彼女は治療台に、いくつもついているスイッチの一つを押した。すると、ウィーンという音とともに治療椅子の肘掛の手首の辺りから、円筒状の丈夫な鉄製器具が出て来て、それはあっという間にザッパー氏の両手首を手枷として固定した。
「な、何をするんだ」
ザッパー氏は身動きのとれなくなった体を捩って、怒鳴るように激しく訴えた。
「ふふ。こうした方が治療しやすいのよ。特に、子供とか、あなたのようなダダッ子にはね」
それは正論である。治療者にしてみれば、治療中にイヤがったり、動いたりする患者は、やりにくいことこの上ない。しかし、それは患者、および常識的視点から見た場合、非常識極まりない。医療はサービス業であり、患者にとって、安全、快適な配慮を精一杯するのが常識である。特に歯科治療のように、患者に不安感を与えやすい場合はなおさらである。多くの歯科医院では、治療のはじめに、「痛かったら左手を上げてくださいね」と、優しく語りかけてくれるのが普通である。間違っても患者の手を拘束する歯科医院は、この世に存在しないだろう。
「じゃあ、治療を始めるわ。痛かったら、うんと泣き叫びなさい」
こんな事を言って、女医はザッパー氏の治療を始めた。口を開けさせると、
「ああ。ここね。つめものがとれた所って。ちょっと奥が虫歯になっているから削るわよ」
女医は削歯器(エアータービン)の先端をザッパー氏の虫歯のところにもって行き、削歯器のスイッチを入れた。ウィーンという、あの悪魔の音が鳴り始めた。
「ま、待て。ま、麻酔は?」
さすがに気の強いザッパー氏も、起こり始めた恐怖感から激しく問い質した。
「麻酔?ダイジョーブよ。この程度。それに私って歯を削る時、麻酔を使うのって嫌いなの」
女医はニヒルな笑いを浮かべてこう答えた。ザッパー氏は恐怖におののいた。
(サ、サドだ。昔、映画で見たことがある。この女はサドの歯医者だ)
「きょ、今日は治療はいい。思い出したが、今から、取引先との大切な打ち合わせがあるんだ。また今度、来る。だ、だから、ともかく手枷をはずしてくれ」
ザッパー氏は冷や汗を流しながら、だんだんつのっていく恐怖心から声を震わせて言った。が、女医は訴えを一笑に付し、
「ダイジョーブよ。せっかく今日来たんだから・・・そんなに時間はかからないわ」
そう言って削歯器で歯を削りだした。筆舌では表せぬ、狂せんほどの痛みが下顎神経から発され、脳髄はその痛みによって、破壊されんほどだった。それは人間に耐えられる痛みではなかった。悪魔も地獄の鬼もこんな責めは躊躇するだろう。
「うぎゃー。うがー。うががががー。うおおおおー。ぐあー」
ザッパー氏の悲鳴が治療室中に鳴り響いた。だが女医は治療を中断しようとはしない。痛みに悲鳴を上げている患者と、その治療を笑いながら続けている女医。それはまさに地獄図だった。しばしして、女医は治療の手を一時休めた。
「どう。ボクちゃん。痛かった?」
女医はニコニコ笑いながら聞いた。
「あ、当たり前だ。直ちに止めるんだ。こんな事。これは治療じゃなく拷問だ」
「あっ。ボクちゃんって、かなりガマン強い子なのね。まあ、でもいいわ。私としては、泣いちゃう子の方が好きなんだけどな」
そう言った後、女医は再び歯を削りだした。
「うがー。うががががー。うおおおおおー」
一時休止の後、拷問が再び開始された。しばし、ザッパー氏の悲鳴を楽しみながら聞きつつ削歯していた女医は、再び二度目の小休止をした。
「どう。ボクちゃん。痛かったでしょう」
「あ、当たり前だ。き、貴様。いい加減にしろよ」
女医は考え深げに首をひねりながら、
「うーん。君。かわいくないなあ。普通の男の人だったら、泣き叫んで、ペコペコ頭を下げて許しを乞うんだけどなー」
と、独り言のように呟いた。
「じゃあ、もう一回いくわよ。止めてほしかったら、泣きながら、恭しく頭を下げ、『お許し下さい。玲子様』と言って、跪いて、私のヒールを舌できれいに舐めるの。そして、今後、私の奴隷になることを誓うの。そうしたら今日の治療はおしまいにしてあげるわ」
「お、お前、筋金入りのサド女だな」
「そうよ。男の人は私の治療を受けるとみんな泣いて、私に許しを乞うわ。でもだからといって、来なくなる人はいないわ。みんな私の治療を泣きながら喜んで受けるわ。男なんてみんなマゾなのね。というより、私が魅力的過ぎるのかしら」
オホホホホと彼女は高らかに笑った。ザッパー氏が黙って聞いていると彼女は調子に乗ってさらに話し続けた。
「ここは私の魅力で経営が成り立っている、マゾ男用の歯科医院よ。私がいる限り、お客がいなくなるってことは無いの。院長がここにクリニックを開業したけど、あの通り、腕は悪いし、ダメ男ちゃんだからサービスも悪く、患者は全然来ないでしょ。そこで歯科医師募集の広告を出して、私がここへ来たってわけ。私が来たおかげで大繁盛になったわ。でも患者の治療は基本的に院長がするの。私は一度、男を徹底的に治療してあげればいいの。一日のほとんどは奥の部屋で本を読んで過ごしているわ。男の人は、私に治療してもらえるんじゃないか、という期待で必ず来るし、私への付け届けといって、患者は多額のお金を院長に渡すの。だからあなたも無理な意地張ってないで、私の奴隷になっちゃいなさいよ。もちろん、院長もあの通り、ダメ男君だから私の治療を泣きながら喜んで受けてる、私の忠実な奴隷よ」
オホホホホと彼女は真珠婦人のような高貴な高笑いをした。彼女は再び、ザッパー氏に麻酔なしの地獄の歯科治療を開始した。虫歯になっていない所まで削り、むき出しになった歯神経にもろに刺激を加える。驚天動地の激痛からザッパー氏の野獣の咆哮が部屋中に響き渡ったのは以前と同じである。が、ザッパー氏は泣きもしないし、許しを乞う事もしない。玲子は、いじめがいを感じなくなったのか、削歯をやめ、エアータービンのスイッチを切った。
「ガマン強い子ね。私、治療で泣いちゃう男の子が好きなの。もう、今日の治療はこれで終わりにするわ。でも、あなたもいつかきっと私の治療を希望して来るようになるわ」
ふふふ、と笑って、器具台のスイッチをピッと押すと、ウィーンという音とともに、円筒状の手枷は治療椅子の肘掛けの中に収納されていった。ザッパー氏は何をする気力も出ないといった様子で、ガックリしている。女医はそんなザッパー氏を笑いながら見て、
「よくガマンしたわね。ボウヤ。それじゃあ今日の治療はこれでおしまいよ」
はい、これで口をゆすいで、と言って、女医は死人のように項垂れているザッパー氏にコップを渡した。
「ボク、この次の治療はいつがいい。来週の水曜日の夜七時があいているけど、それでいいかしら」
女医はほとんど一方的に予約を取ろうとした。
「え、ええ。それでいいです」
口をゆすいだ水を吐き捨てたザッパー氏は穏やかな口調で答えた。女医の表情が急に明るくなった。
「やっぱり、どんなに強がっていても、男の人は私の魅力からは逃げられないわ」
こんな事を嬉しそうに小声で呟いた。女医は受け付けに行って、診察券を取り出すと、嬉しそうな口調で予約ノートに、一人で呟きながら書き込んだ。
「えーと。ザッパー浅野。来週の水曜、夜七時予約・・・と」
そう言って予約ノートをパタリと閉じた。女医は診察券を、グッタリ項垂れているザッパー氏にウキウキした様子で手渡した。
「はい。ザッパー浅野さん。診察券。来週の水曜、夜七時よ」
ザッパー氏は項垂れたまま、診察券を受け取ったが、そのとき女医の顔がハッとにわかに真剣な表情に変わった。女医は項垂れているザッパー氏に恐る恐る声をかけた。
「あ、あなたの名前、ザッパー浅野というの」
「そうだ」
ザッパー氏は感情の入らない事務的な口調で答えた。女医は恐る恐るの口調で質問した。
「あ、あの。もしかしてウェブサイトで「サドマニア」を立ち上げている、あのザッパーさん?」
「そうだ。だからどうした」
ザッパー氏が淡々とした口調で答えると女医の表情はにわかに変わりだした。
「あ、あの。噂に聞いているけど、渋沢龍彦に次ぐ、日本でサド研究の第一人者なんですか?」
「そうだ」
「あ、あの。噂に聞いているんですけど、本家のマルキ・ド・サド侯爵以上のサディストの冷血漢で、実際に何度もサディスティックな犯罪を犯して、起訴されて、刑務所に何度も入れられたという噂を聞いた事がありますが、ほ、本当なんですか?」
「ああ。本当だ」
女医の顔が引き攣った。態度は一変し、畏れ敬うような口調になった。
「あ、あの。私、ウェブサイトの<サドマニア>の大ファンなんです。サドの作品はほとんど全部読んでいます」
「だろうな」
「あ、あの。私、ザッパーさんのファンで、ファンレターのメールも送ったことがあります」
「あ、そう。そいつは光栄だな」
女医はザッパー氏におもねる発言を一生懸命するが、ザッパー氏は面倒くさそうな事務的な口調であしらう返事をするだけである。女医の声は震えだした。
「あ、あの。きょ、今日は何か、失礼な事をしてしまったような気がして、申し訳ありませんでした。今日の治療費はお支払いいただかなくてもかまいません。あ、あの。来週からの治療も、お代は結構です。もちろん麻酔もうちますし、無痛治療というものもありますので、痛みが全く無い治療をさせていただきます」
「ああ。そう願いたいな。俺は痛い治療は大嫌いなんだ」
お、おつかれさまでした、と女医は卑屈そうに腰を折って頭を下げた。ザッパー氏はうつむいたまま、ゆらりと立ち上がると、サッと女医の背後に廻って両手を背中にねじ上げた。
「ああっ。な、何をするんですか?」
怯える女医の抵抗を無視して、ザッパー氏は白衣のボタンを上からはずしていくと、荒々しく女医の体から白衣をむしり取った。白衣の中は露出度の激しいセクシーなピンクのブラジャーとパンティーが均整のとれたプロポーションを美しく覆っている。恐怖のため体が小刻みにピクピク震えている。
「フン。素晴らしいプロポーションじゃないか。服も着ないで、ピンクのブラジャーとパンティーだけか。これで、男に悲鳴を上げさせながら、女王様のサド気分に浸っていたってわけか」
ザッパー氏は吐き捨てるように言って、ドンと女医を蹴とばした。女医はよろめいて、治療椅子に尻もちをつくように、乗っかる状態となった。女医は精神的に竦んでしまって、抵抗する気力を持てないといった様子である。ザッパー氏は女医の右手をムズと掴むと、デンタルユニットにある、スイッチを押した。ウィーンという音とともに、肘掛けから、例の鉄製の手枷が出てきて、それは女医の手首にカッチリと巻きついた。同様にして、ザッパー氏は女医の左手も肘掛けの中の手枷によって固定した。
「あっ。な、何をするんですか」
「今度はお前の番だよ。歯を削ってやるよ。お前の言うとおり、オレは本家のマルキ・ド・サド以上のサドだからな」
「や、やめて下さい。ザッパーさんは歯科医師免許証を持っていらっしゃるんですか?」
「そんなもん、あるわけないだろ」
「し、歯科医師法違反になりますよ」
「お前の治療も歯科医師法違反にならないのか」
女医は苦しげな表情で口を歪めた。ザッパー氏はエアータービンのスイッチを押した。キュイーンという、例の恐ろしい音が治療室に響き渡った。女医はピンクのブラジャーとパンティーだけという姿で、両手首を手枷によって固定されていて、身動きがとれない。
「それじゃあ、はじめるとするか。ほら。アーンと口を大きく開けるんだ」
そう言って、タービンを女医の口へ持って行った。
「や、やめて下さい。も、もし患者が来て、こんなところを見られたらどうするんですか」
「おっと。そうだったな」
と言って、ザッパー氏はエアータービンのスイッチを切って、「本日休診」の看板を表に出し、内鍵をロックした。治療椅子に固定されている女医の所に戻ってきたザッパー氏は床に投げ捨てられてある女医の白衣を取り上げて着た。
「ふふ。こうすれば、仮に誰かがやって来て見つかったとしても大丈夫だろう。どうだ。なかなか決まってるだろう。さしずめ、オレもお前と同様、あのヘボ院長に助っ人を頼まれてやって来た臨時の非常勤医というところだな」
ザッパー氏はそんなことを言いながら女医の口にイジェクター(唾液吸引器)をひっかけて、
「はい。アーンとお口を開けて」
と、子供に言い聞かせるように命じた。
「や、やめて下さい。私に虫歯はありません」
女医はあせって言った。
「それはどうか分からないぜ。年に一度は歯科医も自分の歯の健康診断をしておいた方がいいぜ。それに最近は歯科医師の虫歯が増えているって聞いたからな」
ザッパー氏は女医の口を開けさせると、歯科医らしくライトをつけ、ミラーと探針で歯をチェックしていった。
「さすが歯医者だな。きれいな歯をしている。だが、左下の奥から二番目にちょっとした黒点が見える。これは治療しておいた方がいいな」
そう言って、ザッパー氏はエアータービンのスイッチを押して、先端(タービンヘッド)をそこへもって行こうとした。
「ま、待って。お願い。麻酔をうって!!」
「オレが麻酔のうち方なんて知るわけないだろ」
「お、教えます。麻酔注射は素人でも簡単に出来ます。そ、そこにキシロカイン2%と書いてあるアンプルがありますね。それを手で折って、注射器で中の液を吸います。後は注射器を歯と歯の間の歯肉部に上方からゆっくり刺し、注射液を1.8mlほど入れます。それを二ヶ所やってくれれば大丈夫です」
「ゴチャゴチャうるさいなー。オレは素人で、麻酔の打ち方なんて知らねーよ。それにオレはお前と同様、歯を削るのに麻酔を使うのは嫌いなんだ」
ザッパー氏は女医のあせった早口の説明を無視して、黒ずみのある歯にエアータービンを持っていき、フットペダルを踏んだ。タービンヘッドの先端に取り付けられているバーが高速回転し、キュイーンという音が出た。
「こ、怖いわ。や、やめて。お願い」
女医は痙攣したようにピクピク口を震わせながら叫ぶように訴えたが、ザッパー氏はかまわずタービンの先端を歯に当てると女医の歯を削りだした。キュイーンという音とともに歯が削られだした。当然のことながら歯科医師でないザッパー氏は治療の痛みを可能な限り軽減させるエアータービンの使い方の要領を知らない。ガリガリガリという荒っぽい削歯の音が部屋に響き渡った。
「い、痛―い。や、やめてー。お願い。許してー」
女医は泣き叫びながら涙をポロポロ流しながら許しを求めた。、女医の口からは極度の交感神経の緊張によって、洪水のように唾液があふれ出ている。ザッパー氏はバキューム(唾液吸引器)を使って口の中の唾液を吸い取った。
「ふふ。他人の痛みには人一倍鈍感なくせに自分の痛みには人一倍弱いんだな。だがそうやって泣き叫んでくれるとオレも削り甲斐があるぜ。ふふふ。ひさしぶりにサディズムの血が煮えたぎってきたぜ」
そう言ってザッパー氏は女医の哀願など全く無視して歯を削り続けた。
「お、お願い。痛いわ。耐えられない。許して。ザッパーさん」
女医は洪水のように涙をあふれさせ続けながら訴え続けた。

しばししてザッパー氏はエアータービンの先端を女医の口から出して、エアータービンのスイッチを切った。
「ザ、ザッパー様。お慈悲をありがとうございます」
女医は涙に潤んだ目をザッパー氏に向けて涙を洪水のように流しながら何度もペコペコ頭を下げた。が、ザッパー氏は冷たい視線で黙ったまま再びエアータービンのスイッチを入れた。悪魔の旋律が再び部屋に響き渡った。
「ま、まだ、やるんですか」
「当然だろ」
「お、お許し下さい。私、もう耐えられません」
女医は発狂せんほどのあせった表情で、拷問者の憐れみを乞うた。
「ふふ。ダメだな。そうやって相手が泣き叫べば泣き叫ぶほどサディストの血は騒ぐんだ。そんな事、お前だってサディストなんだから十分わかっているだろう」
「お、お金を差し上げます。十分に。ですからもうお許し下さい」
女医は大粒の涙をポロポロ流して哀願した。
「ああ。金は当然もらうぜ。オレの会社、エース・コーポレーションもちょっと資金がなくて困っているんだ。だがその前にもう少し拷問を楽しませてもらうぜ。さすがにこの拷問はゲシュタポが反ナチ・レジスタンスのアジトを吐かせるために考案した方法だけあって効果は満点だな。オレもお前に吐かせたい事があるからな」
「な、何をお知りになりたいのでしょうか。何でも包み隠さず、お話いたします。ですから、どうか、もう歯を削るのはお許し下さい」
何でも話す、と言ってもまだ話しにくい事があるのをこの女は気づいていないな、間の抜けたヤツだ、と腹の中でせせら笑いながら、ザッパー氏は淡々と語った。
「お前もサドファンで、偉大な作家マルキ・ド・サドの作品は読んでいるだろう。ソドム百二十日も読んでいるだろう」
「・・・え、ええ」
女医は顔を赤らめて恥ずかしそうに肯いた。ザッパー氏はニヤリと笑って話を続けた。
「あの話の中では、囚われた奴隷達が山盛りの糞を食わされたり、ホモ乱交を命じられたり、目をえぐられる拷問をされたりと、常識では考えられない事を権力者である大統領、最高判事、大司教、公爵の四人のサディズムの快楽のために行われたな」
「・・・え、ええ」
女医はまた顔を赤らめて小声で答えた。ザッパー氏はここぞ、とばかり、薄ら笑いして語気を強めて言った。
「お前も相当なサドだ。しかも自分の欲求を本当に実行に移す。俺が聞きたいのは、お前が歯科治療で奴隷にしたマゾ男達に、その後どんな事をしていたか、という事だ。お前の性格からして歯科治療の責めだけではすむまい。さあ、言え」
「・・・そ、それは」
女医は口唇を噛んで答えるのを躊躇した。ザッパー氏はニヤリと笑った。
「そうか。答えたくないか。それなら答えさせるまでよ」
そう言ってエアータービンのスイッチを入れて、先端を女医の口の方にもっていった。
「や、やめて。お願い」
女医は総毛を逆立てて叫んだ。
「それならしゃべりな。お前が奴隷にした男達にどんな事をしたかを。正直に白状したらやめてやるぜ」
やめて、お願い、と叫ぶ女医の哀願を無視してザッパー氏は再び女医の歯を削り出した。キュイーンという音とともに女医の歯が削られていく。女医は、「許して。許して」と叫びながら涙をポロポロ流している。
「ああー。痛―い」
女医は泣きながら何度も叫んだ。
「ふふ。麻酔をうっても歯科治療は、痛くてイヤなものなんだ。歯医者は無神経にいつも削っているが、こうして逆に自分が削られる事によって、まあ、せいぜい患者の辛さをうんと味わうことだな」
「ザ、ザッパー様」
女医は憐れみを乞う瞳を拷問者に向けた。
「なんだ」
「お、お金を差し上げます。五十万円。ザッパー様の好きなタイ料理が百回召し上がれます。それに格闘技観戦も百回できます。で、ですから…どうか…もう…歯を削るのは…お許し下さい」
精魂尽きたといった様子で女医は、言い終わるとわっと泣き出した。
「フン。オレもなめられたもんだな。たかが五十万円か。まあ、拷問での商談は長ければ長いほど値が上がるからな。ゆっくり気長にいくとするぜ」
ザッパー氏が拷問を再開しようとエアータービンを女医の口に近づけていこうとした。
「ま、待って。言います。言いますから、どうか、もうおやめください」
女医が冷や汗を流しながら大声で叫ぶとザッパー氏はエアータービンのスイッチを切った。
「よし。言え。だが正直に言うんだぞ。もしもウソを言ったら、また今度治療に来た時に今日よりもっと地獄の拷問にかけるからな」
女医はペコペコ頭を下げて泣きながら告白をはじめた。
「はい。正直に言います。ザッパー様の言う通り、私は奴隷にしたマゾ男達に、ソドム百二十日のように、ありとあらゆる事をしました。山盛りのウンチを食べさせたり、集団乱交ホモパーティーを命じたり、一人の男を他の男達に拷問させたりしました。私は手を下さず、安楽椅子に腰掛けて彼らの狂態を楽しんで見ていました。彼らは私を女王様と崇拝していますから、私がどんな事を命じても喜んで従うのです。たまに私の命令に従えない男がいると、その男は焼け火箸で烙印をされる罰を与えました。彼らはマゾで私に惚れきっているので、彼らを酷くいじめる事は、彼らもそれを喜ぶ以上、良い事だと思っていました。でも…ザッパー様に酷くいじめられて、始めて、逆の立場にされて、あんな事はすべきではなかったと今では後悔の念でいっぱいです。ですから、もう、お許し下さい。私は心の底から反省しています」
女医は言ってわっと泣き出した。
「よし。よく言ったな。では、お前は自分の犯してきた罪の罰を受けるんだ」
「あ、あの。どのような罰なんでしょうか」
「お前が今まで奴隷達にしてきた事を今度はお前が受けるんだ。山盛りの糞を食わされたり、お前だけ丸裸になって、男達のオモチャになるんだ。拒否したら焼け火箸で烙印だ。それと、これからお前はオレの奴隷となって、収入のうち、生活費に必要な最低限の分以外は全てオレに貢ぐんだ。そしてお前はオレの奴隷として、オレの命令にはどんなことでも従うんだ」
「そ、そんな…」
女医は困惑した表情をした。
「そうか。自分の犯してきた罪の罰は受けたくないか。じゃあ、素直に受けると言うまで気長に拷問を続けるだけだ」
ザッパー氏は再びエアータビンのスイッチを入れて、その先端を女医の口の方へもっていった。「ああっ」と叫んで女医の顔は真っ青になった。が、ザッパー氏はかまわず、無理矢理、口を開けさせて開口器を入れると再び歯を削り出した。
「ああー。痛―い」
女医は眉をしかめ、大粒の涙をポロポロ流しながら何度も叫びつづけた。
外は師走の木枯らしが瓢々と吹いているが、室内は暖房と換気が行き届いていて冬である事を感じさせない。もう日の入りが近づいてきたのだろう。カーテンの隙間から見える外は薄暗くなってきている。
(もう5時を過ぎたかな。今日は広告主に会いに行けなくなってしまったが、仕方がない。ともかく今日中にこの女に奴隷宣言をさせなくては…)
ザッパー氏はそんな事を歯を削りながらぽつねんと思った。
同じ所に何時間も痛み刺激を加えつづけると、慣れによって刺激の強さが徐々に軽減してくる。それは麻酔なしの削歯という、この上もない痛みにおいても僅かではあるが起こりうる。また、ザッパー氏も女医が強情で、なかなか根を上げないため、いささか根負けしてきて、ムキになって歯を削ろうという気が失せてきたためかもしれない。女医は悲鳴を上げなくなってきた。それに変わって女医の様子に変化が起こり始めた。
しかめられていた眉は開き、体の振るえは止まり、瞑目したまま体を治療椅子にまかせ、口を大きく開けている。あたかも素直な患者のように治療をまかせているといった感じである。さらに驚いたことに、頬はうっすらと紅潮し、睫毛がピクピク震えている。その震えは、恐怖のため、というより、快感の恍惚に浸っている震えのように見えた。
外はもうとっくに日が暮れて真っ暗である。ザッパー氏はあせった。
(早くこの女に奴隷になることを誓わせなければ…)
そう思って、ザッパー氏は気を入れなおして荒っぽく歯を削り出した。キュイーンというタービンの音とともに、カリカリカリ、という歯が削られていく音が室内に響き渡った。
その時である。女医は目尻から涙を流しながら恍惚に打ち震えているような口調で、ねだるように言った。
「ああっ。いいわっ。ザッパーさん。もっと激しく削って」
ザッパー氏は瞬時に女医の心境を察した。
(マゾだ。この女はマゾになってしまったのだ)
ザッパー氏はエアータービンのスイッチを切った。
見ると恍惚に打ち震えている女医のヘソの下のピンクのパンティーには淫水がしみだしている。女医は顔を火照らせながら、甘い口調で言った。
「ザッパーさん。私負けました。ザッパーさんの仰った通り、私、ザッパーさんの奴隷になって、ザッパーさんの言う事には全て従います。ですから…」
女医は恥ずかしそうに言葉を切ったが勇気を奮い起こしたかのように強い口調で、
「…ですから、どうか、歯を削りつづけて下さい。出来るだけ、うんと痛く」
多くの読者はこの時、ザッパー氏が有頂天になって喜んだと思うだろう。だがザッパー氏がとった行動はそれとは正反対だった。ザッパー氏はエアータービンを無造作に床に放り投げ、白衣を脱いで床に叩きつけた。
「ど、どうしたんですか。ザッパー様。お願いです。歯を削って下さい」
女医は激しく訴えたが、ザッパー氏は無言のまま相手にしようとしない。
「ど、どうして歯を削ってくれないんですか。私、ザッパー様に痛めつけられているうちにマゾの喜びを覚えてしまったんです。お願いです。どうか拷問をつづけて下さい」
女医は激しい口調で何度も訴えたが、ザッパー氏は床に放り投げたエアータービンを拾おうとはしなかった。女医がしつこく訴えつづけるのでザッパー氏は重い口を開いた。
「どうしてオレが拷問をやめたか分かるか」
女医はキョトンとした表情でしばし思考をめぐらしたが、答は見出せなかった。
「ど、どうしてですか。ぜひ教えて下さい」
「それはお前がマゾになってしまったからだ。いいか。わかるか。本当のサディストは最後の最後でマゾヒストを必要としていないんだ。サディストにとっては相手の本当の悲鳴だけが真の快感なんだ。お前がマゾヒストになってしまった以上、オレはもはや、お前から快楽を得る事は出来ない。もうお前は用なしだ。もうお前と会うこともないだろう」
そう言ってザッパー氏は受付にあずけたダウンジャケットを着ると、寂しげな顔をしている女医には一瞥も与えることなく、木枯らしの吹く師走の寒い街へと、歯科医院を出て行った。


「今日は最悪な日だな。胸クソ悪い」
ザッパー氏はニガ虫を噛み潰したような顔で、師走の街を事務所へと向かった。
事務所へ着くと女社員の悠理が、スナック菓子を食べながら民放の下品なお笑い番組を観て、クスクス笑っていた。このところ、クライアント(広告主)とのトラブルが多く、また、最近家主から「頭の硬い男」と言われ、いい加減、ストレスがたまっていた所に今日の「サディスト歯科医」である。この怒りの刷け口が、この女社員に向けられた。
「おい。テレビを消せ。オレは下品なお笑い番組が大嫌いだから、事務所では観るなと何度も言っただろうが」
怒鳴るような大声で言われて、女社員はあわててテレビを消した。ザッパー氏は自分のデスクにつくと、机の上の印度タバコをおもむろにくゆらせた後、じろりと女社員に冷たい視線を向けた。
「おい。悠理。ちょっとここへ来い」
社長のただならぬ様子を感じ取った女社員の悠理は立ち上がって、おずおずとザッパー氏の前に立った。ザッパー氏は女社員に一瞥も与えることなく、タバコをふかしながら虚空に目を向けている。それは丁度、教員室に呼びつけられた生徒が怯えながら、教師の言葉を待っている姿に似ていた。しばしの間、考え深げに煙草をくゆらせていた社長は思い立ったように、ついと手を伸ばしてタバコの火を灰皿で揉み消すと、重たい口を開いた。
「お前は今日、インドを侮辱したな」
女社員はうつむいたまま、黙って口を開こうとしない。
「わが社の定款の最初の三つを言え」
社長は怒りを込めてデスクをバンとたたいた。女社員は瞬時に恐怖に怯えた表情になり、定款のはじめの三つを棒読みのように唱えた。
「一つ。わが社、エース・コーポレーションはインドの文化、伝統、思想を最大限に尊重することを基本精神とする。一つ。わが社の社員は社長を神としてあがめ、絶対服従すること。一つ。神たる社長に異論を唱えた社員は、いかなる罰をも甘んじて受けなくてはならない」
「よーし。よく言えたな。お前は今日、オレが歯医者に行く時に何と言った。言ってみろ」
「は、はい。『インド料理はカレーからイヤだ』と申し上げました」
もう一つあるだろう、と促されて女社員は小声で答えた。
「は、はい。『社長の運転はヘタだからイヤだ』と申し上げました」
「そうだ。お前の言った事は我が社の基本精神にことごとく反している」
女社員はうつむいたまま黙っている。
「不況でクライアントからの依頼も減ってきている。経営規模を縮小しなくてはならない。お前はリストラだな」
女社員の顔が瞬時に真っ青になった。あわてて土下座して、床にこすりつけんほどペコペコ何度も頭を下げた。
「しゃ、社長。それだけは許してください。不況の今、再就職できる所はありません」
「じゃあ、オレが覚えろと言ったインドの歌を踊りながら歌え。うまかったら許してやる」
「は、はい」
悠理は踊りながら一生懸命歌った。
「ちゅなり ちゅなり らあがんじゅけ らあばぁぐせ あじゃな ちゅれめり じゅんぬでぃさなぁな ちゅれめり じゅんぬでぃさあなぁ てれぺ きゃっかるじゃぱにぺれへむ てれぺ きゃっかるじゃぱにぺれへむ・・・」
歌詞が続かなくなった。しかしこれは悠理にとって死活問題である。悠理は覚えている所を繰り返して歌った。アッサムティーをすすりながら聞いていた社長は、小声でポソリと呟いた。
「ダメだな。歌詞も覚えていないどころか間違ってるし、イントネーションもぜんぜんなっとらん。やっぱりリストラだな」
悠理は歌うのをやめて、バッと社長の足元に跪いた。
「ゆ、許してください。社長。リ、リストラだけは・・・」
顔を上げた悠理の目からは大粒の涙がハラハラとこぼれていた。
「これはオレの気に入ってるインドの歌で、しっかり覚えておけ、と言っただろう。しかたのないヤツだ。それじゃあ、インド最高の修行法であるハタヨーガのポーズをとれ。罰の中にも情けありだ。じゃあ、基本的なポーズであるチャトゥシュ・コーナ・アーサナ(四角のポーズ)をとってみろ」
言われて悠理は、「ええー」と言って顔を赤くした。四角のポーズとは、座ったまま、片足を上げ、片手を頭の後ろから前に回し、もう片方の手と組んで、上げた足を支えるポーズである。今のままの服でやったらスカートがめくれて、パンティーが見えてしまう。
「あ、あの。練習用のレオタードに着替えてきます」
そう言って踵を返そうとした悠理をザッパー氏は間髪を入れず引きとめた。
「ダメだ。そのままの格好でやるんだ」
「な、なぜですか」
「それは、お前の心が解脱できていないからだ。恥をかきたくない、というのも人間の煩悩であり、我執だ。アートマンとブラフマンが一致していれば、そんな心は起こらなくなるはずだ」
言われて悠理は、座り込んで、しかたなく四角のポーズをとろうとした。悠理はインド至上主義の社長からウパニシャッド哲学を極めるよう、ヨーガの道場に通うよう、命令されて通っていた。だかまだ初心者である。悠理が足を上げようとすると徐々にスカートがめくられていった。社長の視線がどうしても気になって、チラリと顔を上げると、予想通り、社長の視線は好奇に満ち満ちた様子で、めくられたスカートの中の女のそこの部分に固定されていた。
「ああっ。社長。お願いです。見ないで下さい」
悠理は顔を真っ赤にして叫ぶように訴えたが、社長の視線は人形のように固まったまま動かない。しばしの間、都心の夜の事務所の中で苦しげなヨガのポーズをとっている女社員と、それを感情のまじらぬ目でじっと見ている社長という異様な状態が続いていたが、ヨガのまだ初心者である悠理はついに手の痛さに耐えられなくなり、「ああー」と叫んで、握り合っていた手を離し、ポーズを崩してペタリと床に手をついた。
「チッ。体の硬いヤツだ。修行がなってないから手が痛くなるんだ。一休みしたら、もう一度四角のポーズをとるんだ」
しびれた腕を揉んで、しばし休みをとった悠理が再び四角のポーズをとろうとすると、社長は急いでそれを止めた。
「待て。服がジャマだな。服を脱いで下着だけになるんだ」
「ど、どうしてですか」
悠理は顔を真っ赤にして聞いた。
「元々、ヨガは裸でやるものだ。それは運動のためだからではない。服というものは、本当の自分自身のものではない。本当の自分のもの、つまりアートマンとは裸の自分の体だけなのだ」
悠理の顔は一瞬にして真っ赤になったが、社長の言うことには逆らえない。悠理はゆっくり立ち上がると、ためらいがちな手つきでジャケットのボタンをはずし、ブラウスも脱いだ。豊満な胸を覆うブラジャーが顕になった。続いてスカートも脱いだ。ブラジャーとパンティーだけ、という姿になった悠理は下着を手で押さえながら、困惑した表情でピッタリ閉じた脚をモジモジさせて立っている。
「ほら。早く四角のポーズをとるんだ」
言われても彼女は恥ずかしさからなかなか動けない。痺れを切らせた社長は、「あっ」と叫ぶ彼女を無理矢理力づくで座らせ、四角のポーズをとらせて、手を握り合わさせた。
「ふふふ。いい事を思いついたぜ。ヨガのポーズがとれない者を強制的に訓練するいい方法があるぜ」
そう言って、社長は彼女にチャトゥシュコーナ・アーサナのポーズをとらせたまま、ロッカーから麻縄を持ってくると、悠理の握り合っている手首を、はずれないよう、しっかりと縄で結びつけた。そして縄尻を天井に取り付けられている滑車に通して固定した。
悠理はブラジャーパンティーだけ、という姿で苦しいヨガのポーズをとらされた上、手首を縛られ、その縄尻を天井に固定されているため、座ったまま、辛いヨガのポーズをとり続けなくてはならない。社長は椅子と長さ2メートルくらいの棒を悠理の前に持ってきて置くと、ドッカと椅子に腰掛け、惨めな姿の悠理を見下すように眺めた。ねっとりと白い光沢を浮かべた悠理の肌は目に沁みるように美しい。艶やかな首筋から肩にかけての透き通るような色の白さ。ブラジャーで覆われている二つの乳房は悩ましいばかりにふっくらと盛り上がって男の心をときめかす。スベスベした鳩尾、柔らかそうな腹部、それからパンティーに覆われた女の部分はねっとりと官能味を盛り上げ、それからつづく乳色に霞んだような太腿は男心をやるせないばかりにうずかせる。悠理は恥ずかしさから頬を赤くして、顔をそらしている。社長は持ってきた2メートルくらいの棒で悠理の臍や胸をツンツンと突きだした。
「な、何をするんです」
悠理はあわてて聞いた。
「これもタントラの修行のうちなのだ。我執がなければ、いかなる痛みも感じなくなるはずだ。お前は我執があるから痛みを感じるのだ」
そう言って社長は悠理の豊満な胸をブラジャーの上から棒の先でグリグリ捏ねまわしたり、腿や顎を突いたりした。突く強さはだんだん強くなっていく。さらに未熟な禅僧を警策で戒めるようにピシピシと全身を叩くようになった。
「い、痛―い。社長。も、もう許してください」
悠理はハラハラと涙を流しながら訴えた。ヨーガの苦しいポーズと、棒で叩かれる痛みから悠理の忍耐力は限界に来ていた。だが、叩く棒の強さは強くなっていく一方である。社長は、とっくに熱く硬直している男のそれをズボンの上からしごきながらサディズムの至上の快感を貪っていた。社長は心の中で呟いた。
(ふふふ。これが本当のサディズムなのだ。相手の本当の苦しみの涙こそがサディズムには必要なのだ)
社長は棒で叩くのをやめ、しばしの間、涙をハラハラ流しながら許しを乞うている女社員を王者のゆとりで眺めていたが、ふと思いついたように時計を見ると、もう十時を過ぎていた。社長はついと立ち上がると涙を流しながら憐れみを乞う瞳を向けている悠理に冷たい一瞥を与えた。
「今から歌舞伎町の映画館でインド映画のオールナイトがあるからオレは出かける。お前はあしたオレが帰るまでその格好のままそうしていろ」
悠理の顔は真っ青になった。
「お願いです。社長。私もう限界なんです。一晩中こんな格好でいたら体がおかしくなってしまいます。どうか縄を解いてください」
社長は女社員の必死の哀願などどこ吹く風と聞き流して、むりやり口を開けさせて、とびきり辛いカレー粉を口の中に放り込むとガムテープを口にしっかりと貼った。
社長はダウンジャケットを羽織ると再び木枯らしの吹く師走の街へと出かけていった。

歯科医のサディスト

歯科医のサディスト

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted