海の森

 けむりがみえる。海の森が、もえているのだ。百舌(もず)が、なにかをあきらめたような微笑を浮かべ、ぼくは、なまえのわからない感情に苛まれながら、青い海の一部、深緑色だった小さな島からたちのぼる黒いけむりを、ぼんやりとながめている。いつだって、星は、とつぜん機嫌を損ねたように、こわれるし、百舌は、だいじなことを、ぼくには話さない。ぼくは、なんと呼んだらいいのか、そもそも、呼称があるのかも不明な、からだのなかにふいに芽生えては、暴れたり、凪いだり、沈んだり、弾けたり、熱くなったり、冷たくなったりする、総じて感情というものの、細分化されたそれらの扱いに、ひどく悩まされている。海の森がもえている様子は、海辺のホテルの窓からみている。ときどき、黒いけむりのすきまから、赤い火がみえる。ただ、森がもえつきるのを、傍観している。もえつきた森が還るのは、結局は、母なる海である。いずれはみんな、あすこに還るのだと、百舌は云う。ぼくの、はだかのからだにすりより、百舌は、尊いな、と呟く。実体のない母に、心酔している百舌は、ちょっときもちわるい。ふれあった、皮膚が、ざわざわとして、でも、その感覚も、一瞬を過ぎれば、たんなる快楽でしかない。ああ。

海の森

海の森

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-16

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