ふでしっぽのスノー
むかしむかし、とてもむかし。
小さな村にハルサという少年がいました。
ハルサは小さな時からとても絵を描くのが上手で、5さいになるころには目の前にあるものをまるで写真のようにえがくことができるようになっていました。
「ハルサの絵は人を幸せにするのよ」
お母さんはいつもハルサにそう言います。
最初は嬉しかったハルサですが、そのうちに絵を上手にかかないとお母さんを笑顔にできないかもしれないと思うようになり、絵を描くのがたのしくなくなってしまいました。
それでもハルサの絵はとてもすばらしいものでしたので、いつしか「ハルサの絵を家にかざると、たくさんのしあわせがやってくる、とうわさがささやかれるようになりました。
やがてハルサの絵を買いたい人たちが、朝から晩までハルサを訪ねてくるようになりました。
絵を買っていった村の人たちは、どんな幸せがやってくるのかとハルサの絵をながめながら楽しみにまっていました。
次の日も、その次の日も、村はいつもどおりの毎日が続き、そのうち村の人たちはハルサの絵をかざっても幸せになんかなれない、あいつはおれたちをだましたんだとさわぎだしました。
「あんなやつは村から出ていってもらおう」
やがて村の人たちはハルサのおうちに石をなげたり、犬のうんちをなげつけたりするようになりました。
ぼくはこの村にいてはいけない。ぼくの絵は人を幸せにするどころか不幸にしてしまう。
そう思ったハルサは村を出て行くことにしました。
その前に大好きな村の人たちの絵をかこう。
ハルサはその日いちにちで大好きな村のみんなの絵をかきました。
そして、お手紙もかきました。
この絵はぼくの最後の絵です。
みんなを不幸にしてごめんなさい。
もう二度と絵はかきません。
みんなのしあわせをいのります。
さよなら。
ハルサは夜のうちに大好きな村長さんのおうちにお手紙と絵をそっと置いて、村を出て行ってしまいました。
朝になって、散歩に出かけようと外に出た村長さんがハルサの絵を見つけました。そこには楽しそうにわらっている村のみんながいます。でもそこにハルサはいません。それはハルサの目にうつった大切なおもいでだからです。
「すばらしい絵ね。ねぇ、お父さん。ハルサの絵は幸せを呼ぶのではなくて、この絵を見るだけでもう幸せなのよ。だって絵の中のわたしたちは笑ってるわ。このみんなの笑顔こそが幸せなのよ。私たちは間違ってたわ」
村長さんのむすめさんがそう言い終わる前に、村長さんはもう走り出していました。
ハルサを追いかけに行ったのです。
いっぽうハルサは村から少しはなれたまっくらな森の中でまいごになっていました。
きっとぼくは絵をかいてしまったばつで、このもりでおおかみにでもたべられて死んでしまうのかもしれない。お父さん、お母さん、こわいよ。助けて。
ハルサはさけびました。
すると「ここでなにをしているんだい?」と声がきこえました。
ハルサがふりかえるといっぴきのしろいねこがくびをかしげてこちらをみています。
「ぼくはみんなを不幸にしたから、村にいてはいけないんだよ」
ハルサは泣きながらねこにそういいました。
「ふむふむ。ぼくはねこだから不幸というのがわからない。毎日ごはんを食べられて、かぞくやともだちがいて、あたたかいおうちがあるだけでしあわせさ。もしかしたら今日はごはんがみつからないかもしれないけど、そのときは明日はごはんが見つかればいいねってみんなではげましあうんだ。それだけで幸せさ」
ねこの話はハルサにはむずかしくてよくわかりませんでした。だからねこになんてへんじをしたらいいのかわかりません。
「こっちへおいで。ぼくがきみの村まであんないするよ」
そういうとねこはハルサの前をトコトコとあるきだしました。
「君の名前は?」
ハルサのしつもんに
「なまえはにんげんだけのものさ」とねこはこたえました。
「じゃあぼくがつけてあげる。きみはとてもキレイなしろいからだだから、スノーはどうかな?ゆきっていういみだよ」
「いいなまえだね。気に入ったよ」
ねこはうれしそうにゴロゴロとないています。
「おーい、ハルサ。どこだい?」
遠くからお父さんとお母さん、村長さんや村のみんなの声がきこえてきました。
「みんな心配してるよ。早くいきな」
ねこはハルサにやさしくいいます。
「スノー、ここにくればいつでもきみにあえるかい?」
「ここは人間のくるところじゃないよ。だからもうきてはいけない。でも、またいつか会えるよ。ぼくはかならず君に会いにいく。それまでまっててくれるかい?」
「わかった。ぜったいまた会おうね。みちをおしえてくれてありがとう」
ハルサはみんなの声がする方へ走り出しました。何度も何度もふりかえりましたが、ねこはずっと同じ場所でしっぽをふっていました。
そのしっぽは絵を描くときにつかうふでによくにています。
絵を描くのをやめちゃだめだよ。
スノーはきっとそういっているのだとハルサは思いました。
ハルサが村に帰って数年がたちました。
ハルサは今でも絵を描いています。
その絵はとなりの村の人も、山をこえたまちの人も、海をわたった外国の人もすばらしいといってくれるほどゆうめいになっていました。
ある日、朝早くに目がさめたハルサは、おひさまにあいさつをするために外に出ました。
そこにはとてもキレイなしろいからだのねこが1匹、ぴんとせなかをのばしてすわっていました。
「スノーなのかい?」
ハルサはねこにはなしかけましたが、ねこはニャーといったきり何も話しません。
でもハルサにはそのねこがスノーだとすぐわかりました。そのねこは、あの時と同じ、絵を描くときにつかうふでにそっくりなふさふさのしっぽをふっていたからです。
その日からハルサが絵をかくときは、スノーはかならずハルサのそばにいます。
毎日ごはんが食べられて、家族やともだちがいて、あたたかいおうちがある。それだけで幸せさ。
言葉が話せなくなったスノーの声は今でもハルサの心の中できこえています。いつまでも、いつまでも。
ふでしっぽのスノー