夜のケーキやさん

あおい はる

 うれしいことがあったから、きみはケーキを買う。いちごのショートケーキが、いちばんなんだよね、結局のところ、と言いながら、ケーキやさんの、レジの番人であるこぐまに、いちごのショートケーキをふたつ、注文する。こぐまのおとうさんが、ケーキをつくるひとである。わたしは、チーズケーキが好きだ。レアとベイクドならば、レア。けれども、狂おしいほどにベイクドの気分の日も、ある。それわかるかも、と、きみは真摯にうなずいて、でも、やっぱりいちごのショートケーキに勝てるケーキはいない、と言い切る。レジの番人で、ケーキをつめる係でもあるこぐまは、いつもにこにこしている。おとうさんは、いつも怒っているみたいなのに。レジと、厨房のあいだの窓越しに、みえる様子では。夜七時のケーキやさんは、ショーケースのなかも、一瞬で数えられるほどのケーキしか残っていなくて、でも、ここはどんな時間にきても、かならず、いちごのショートケーキがならんでいるから、きみのお気に入りであった。近くにある、博物館に、コイビトがねむっているため、ついでに寄る、というわけではないそうだ。きょうは、そのコイビトの指が、わずかに動いたのだ。左手、中指の先端、第一関節が、ひかえめに曲がったので、ケーキを買って帰ると決めた。動いたのは、じつに三か月ぶりだという。こぐまは、ケーキを箱につめ、レジをぱちぱち打ちながら、にこにこしている。おとうさんのくまは、横顔しかみえないけれど、やはり、どことなく不機嫌そうな面持ちで、けれど、なにかの作業に没頭している。ときどき、ケーキやさんを手伝っている、にんげんのおとこのひとは、不在である。接客に向いていないのでは、と思うほど愛想はないけれど、ケーキの扱い方がなんだか丁寧な、ひと。(トングではさむときの加減とか、三角形や、長方形など、大小さまざまな形のケーキを、箱に、うまいぐあいにならべていく調子とか)さっき、ここに来るまでのあいだに、自転車に乗りながらたばこを吸っているおじさんとすれちがって、うわっ、という感じだったのだけれど、そんなのはどうってことなかったみたいに、わたしと、きみは、夜のケーキやさんと、調和している。

夜のケーキやさん

夜のケーキやさん

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-09

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