ヨンロクサン

とむ

ヨンロクサン

疲れ切った体は国道で親指を立てていた女性に目が留まった。

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「やっと・・・見つかった・・・」

連休前の最終日、社内ルーターに負荷を掛けている社員(アブユーザー)を見つけ出すためにひとり、黒い画面を睨みつけていた。

オーバーフローのカウンターからARPテーブルをのぞき込み、MACアドレスを特定。とここまでは良かった。
MACアドレスの管理リストに該当アドレスがいないことが事の発端で、気づくと時計の針は23時を回っていた。

結局は社員全員のデスクを回るひとり人海戦術にたどり着き、一つの所属不明機を隠し持って空残業をしていた後輩(あまりよく知らない奴)を締め上げて今日の業務は終了した。
時計は23時半を回った頃。
慌てて急行飯能行きの車内に滑り込んだ。

俺はこうしてどうでもいい仕事に身を捩じらせるように打ち込んで毎日を消費していた。


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初夏の休日。梅雨が明けジリジリとアスファルトの照り返しが強くなり始めた頃。
埼玉県飯能市のさらに奥、秩父のキャンプ場を目指し、国道463号線を北上していた。

連日の終電帰りの中ボーっとした頭のままでハンドルを握ったその先に親指を立てて居る人影が目に入った。
思考停止した頭のままゆっくりと減速しその子の横に車を止めた。

「どこまでいくんですか?」

「なにも決めてないよ」

じゃあ途中までならと誘って彼女は助手席によじ登った。

「乗りにくい車でごめんね、ちょっと車高を高いんだよ」

「知ってるよ、この車ランドクルーザープラド95のロクマルフェイスカスタムでしょ、最近の定番だね」

彼女は車に対して造詣が深く、車内は車の話で少し盛り上がった。
自分が車関係の会社で社内SEから営業事務、カスタマーサポート、なにからなにまで押し付けられた仕事をしている事。をやけに皮肉めいて話した。
彼女はそれについて「なんでもできるから皆に頼られているんだよ。すごいじゃん」と言った。
これは乗せてもらっているから出る言葉ではなく、素直な彼女の言葉だと感じた。
彼女はこれから来る夏を前倒したようないでたちで、色の薄い短パンから伸びた素足にスポーツサンダル、袖が短めの白いTシャツにグレゴリーのザックを背負っていて、髪は色素の薄い茶色に一つ結びのポニーテイルに前髪は片耳だけに掛けていた。



「俺はこれからキャンプ場に行くけど、どうする?」



「ソロキャン?ならデュオキャンしようよ」



正直、困惑した。


最近始めた休日キャンプに見ず知らずの女性とご一緒するにはハードルが大きい。
ただ、やんわりと断る気もない。むしろ気が合いすぎるのでこのままもうすこしと思っていたところだった。

途中のスーパーヤオコーで、肉と肉と肉。酒と酒と酒を買い込み秩父のキャンプ場へ向かった。
道中ではなんでヒッチハイクをしていたのか、親指を立てるオールドスクールな方法でしていたのか聞いた。
ヒッチハイクの理由ははぐらかされたが、オールドスクールな理由は、ただそれがカッコいいと思っていたからのようだ。
「憎めないアホですね」と小さく感想を言ったら「アホで悪かったっすね」と肩をグーパンされた。

キャンプ場に到着し、すごすごとテントを立ててタープを張り焚き火の準備をした。
てっきりキャンプ用の道具を持っているかと思いきや、彼女の背負っていたグレゴリーの中身は生活用品と少ない着替えのみだった。
分からないながらも手伝う彼女はとても誠実で、なぜ破天荒なヒッチハイクをしていたのか、はぐらかされた理由を彼女を眺めながら頭の中でこねくり回していた。

焚き火を囲みながら肉を焼き、野菜が無ぇ無ぇなど二人で笑いながらまた肉を焼き、昼間の暑さを冷ますように酒をしこたま飲んだ。
程よく肉が終わりアルコールも終わりが見え始めた頃、焚き火を眺めながら彼女はポツポツと語りだした。



「私がヒッチハイクを始めたのは、北海道から高校卒業してすぐに18歳で上京してきて、最初は小さな建築会社の事務員として働いてきたがどうしても上司からのセクハラに嫌気が差し3年で辞めて、辞める時に『嫌なことからいつまでも逃げていたらなにもできないぞ』って脅されたけど、頑張って自分でどうにかしようと藻掻いたが根無し草になった初日が今日なんです」



どうしようかと思った。正直困惑した。

こんなに良い子が、辛いを思いをしてそれでも報われずにいた毎日に。藻掻いても力が及ばなかった日々を考えると可哀そうでならなかった。



「そしたら偶然好きな車が通りかかったんです、はじめて親指を立てました。よかったです。出会えて。」


絞り出すように出した声に今まで過ごしてきた日々を滲みだしていた。


「ほんとうに有難うございます。今日の日は一生忘れません。絶対に」

近くを通る川のせせらぎと木々のざわめきだけが辺り一面に広がり月夜と小さくなった焚き火の明かりが彼女の横顔を照らしていて、より一層もの悲しさを際立てていた。


焚き火が燃え尽きて、辺りが暗くなったころ彼女は車の中で、僕はテントの中でそれぞれの一夜を過ごした。

翌朝、コーヒーミルの中にカルディで買ったとっておきの豆を入れあらびき目に粉を挽いていると、
彼女がのそりと高い車高の車から重い身体を引きずるように出てきた。どうやら二日酔いらしい。
そのまま川に倒れこむと、

「きっっっっっんもちぃ~~!!!」

と叫んだ。

まだ寝てる人もいるからさ、それにその濡れた服どうするんだい?え?夏だから良いって?

身体に張り付いた昨日の白いTシャツがその下にあるはずのキャミソールの存在が無い。
※あとで聞いた話だが、車の中が暑すぎて脱いでいたようだ。元来寝るときはなにも身に着けない部族の出身とのこと。北海道はすばらしいと思った。

視線に気づいた彼女はいそいそと車の中に戻り着替えて、すごすごと戻ってきた。


「コーヒーいいですね、一口飲んだら私にも分けてくださいよ」

敬語なのに図々しい、彼女は仲良くなると敬語になる一般的なセオリーとは真逆の人物だったようだ。
僕もその感想を述べたら


「逆に嫌われたくないから丁寧な敬語に変わるんですよ、私ってヘンですかね?」


変ですと言った。


「あなたは仲良くなるとズバズバいうタイプなんですね」


「僕は嫌われたくないから素直になんでも言うようになるんです、私ってヘンですかね?」


僕らは笑い合った。
早朝の朝に笑い合って川に入り一通りふざけ合い、お隣のファミリーキャンパーに白い目で見られたあと、テントサイトに戻ると焦げたホットサンドと、豆をひいたまま所在なさそうに横たわるコーヒーミルが居た。
仕方がないのでふたりで笑い合ってそのまま撤収作業に入った。

朝飯を抜いたので帰り際のマックでブランチを取り、彼女を乗せたコンビニ近くのポイントを通り過ぎ、お互い何も言わずひばりが丘の家に帰ってきてしまった。
なにも言わないがお互いわかっていて、家に入るなり昨晩入っていなかった風呂に二人で入った。


「川の水も良いけど熱いシャワーも良いですね」


自分はできるだけ(建前上)目を逸らし、床にあるいつか退治してやろうとしていた黒カビを睨みつけていた。
気を抜くと彼女の意外にも豊かなもののその先にある小さな隆起に吸い寄られそうになる自我に、必死でカビに対する怒りをぶつけて気を逸らしていた。

先に出た彼女がベランダに出てチョコミントのアイスクリームを涼しそうに頬張りながら、僕の煙草を交互にくちにしている。
僕もベランダに出て加えていた煙草をとり、一口深く、肺の奥まで行きわたらせるように吸い込んだ。
落合川から吹いた風がベランダと二人の間を通り抜け、煙草の煙をどこか遠くに運んで行った。

「煙草嫌いかと思って目の前で吸うの我慢していたんです」

「私も煙草なんか吸う女は嫌いかなと思ってずっと我慢していたんです」


食べ終わったアイスの棒を加える彼女と二本目のたばこをくわえる僕。
二人で今日の予定を話し合った。すでに昼飯時は過ぎているが、マックが胃の中に残っているので晩御飯を多めに作ろう。
またお酒しこたま飲もうか。まだ4連休は始まったばかりだし。
冷蔵庫からバドワイザーとほろ酔いを取り出し、ベランダで煙草に火をつけた彼女にほろ酔いを差し出した。
丁重にほろよいを断りバドワイザーを要求する彼女に、ある種のペット的な可愛さを抱き、可愛いと口に出した。


「私この見た目なので可愛いとかあまり(言われたこと)無くて・・・」

とりあえず夕方に買い出しに行く約束をし、エアコンをガンガンに掛けた部屋に戻り二人で裸のままベットに入った。


裸のままシーツにくるまれるのが好きらしい。どこまでも気が合う彼女に惹かれながらお互いの体温を感じた。

ヨンロクサン

ヨンロクサン

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-07-08

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