花瓶を愛す
官能です
夜の記憶を聞く。
私はただの器を好むのだ。
器でしか彩れない、そのドールという無常さに憧れるのだ。
その、陶器のように冷徹な、無口な美しさに私は虜になってしまった。
死んでしまうほどに冷たいその白くそして一度割れてしまえば、優しく差し伸べる愛する者の手でさえも傷つけてしまいかねないほどに孤高で孤独な美しさの塊に。
華美にも自分を飾る人よりも、
細やかに、白く潔白に描かれたその器でいる、その息を吞み込んでしまうほどの悍ましさに、
私は、胸の鼓動だけが耳の内側を独占し、
強引に二人だけへと意識を移してしまうほどにまで、
無口で自分の心の内を着飾る、その美しさを欲してしまっているのだった。
ただ、ただそのいくらでも替えの効くような花では決してない……むしろそれでなければいけない、一つとして無駄のない。その選花に、ただ私は彼女の静寂にも訴えるその瞳に応えるのだ……。
彼女の瞳は、私の好きな色だった。
それは、特定の色と言うよりは、私の好きな色がまるで水中に浮かぶガラス片の如く、煌びやかに色という色が、液体の光となって、形の保つことのできない泡沫に染まっては、
いつまでも形容し難い色へと変化を遂げる。
そういう思いであった。
その華やかにも、彼女の無口で無表情で、まるで真っ白で上塗りされたキャンバスのように、彼女のその感情は、ひっそりとその瞳を介してこちらをただ悲しくもなく、楽しくもなく……喜びもなく、怒りもなく、だがしかし何かしらの感情がそこには宿っていて。
私には、その瞳だけでも十分過ぎた。
きっと、彼女の……その花瓶の如く、無の仮面を被った人の瞳のそれ以上の姿を見てしまえば、きっと惑わされて耐えられなくなってしまうだろうから――
そう言えるくらいには、その瞳が魅力的過ぎた。
まるで、その瞳を介して得られる情報が、まるで彼女の中身を覗いているかのような扇情的な心持ちにさせた。
そう思ってしまうくらいに、彼女の瞳にはまるで自身の肌を撫でるかのような臨場的な情を孕んでいた――
その人に挿された花が語るのは、一体誰の心なのだろう。
しかし、その漠然としたシュールにも空間的に私の中身を見つめてくるような――まるでのぞき窓から見られているかのような感覚は、何とも麗しくも感じた。
可憐で、儚い。
そんな凛とした「生」を対象とした美しさとは違って。
真逆の無機質な、内側を捉え続けるような、「静」の侘しさに私は恋し、愛するのだ。
「貴方は誰なの?」
「私でよければ是非とも」
「貴方は選り好まないのね」
「いいえ、誘ったのは貴方でしょう」
「あら、物好きなのね」
「貴方こそ……こんな私を受け入れるのですか?」
「私ね、硝子なの」
「奇遇ですね、私も人の喧騒は苦手だ……」
「早朝が好き?」
「いいえ、深夜が」
彼女は、瞳で情を私の指々に撫でつける。
それを見るたびに彼女の中身を見れる。
嗚呼、なんて心地よいのだろうと、彼女の体温と一体になろうと、肌と肌を温める――
けれども彼女は答えない。
無口な人、貴方はまだそれまでに至ることをきっと……恐怖しているのだ。
ああ、涙さえも流さず、ただ私を見つめる。
ただ、美しいひと
されど貴方は孤独を強いる
「貴方、強がっているでしょう?」
「だって、深いところに沈んでしまえば……もう逃げられないじゃない」
「私は、貴方を自由にできるのに?」
「鎖がついてちゃ意味ないわ……私は望んでいるもの」
「私なら潤せる……それでも渇きを知ってしまうのかい?」
「ええ、乾いてしまうわ、貴方はまだ知らないもの」
何よりも、恥ずかしいものを見せながらまだ、そんなことを言う。
貝殻の箱庭に描かれた潮風に吹かれる寂しさすらも知らない朝の風景は、自然とその時間の終わりを告げる。
その人との時間が終わる。
嗚呼。終わらないでくれ……。
何もない、ただそれだけを求めているのに、こんなにも、欲しているのに、貴方はまだ瞳を閉じず私に、情を囁き、にこやかに微笑んでいるような情で見ている。
嗚呼、どうして――どうしてこんなにも寂しく、そして暖かいのか――
「私の永遠になってしまえばいいのに」
「貴方がそう思わなくなれば、きっと迎えに行くわ……」
花瓶を愛す
解釈は人それぞれですけど「官能」と一言でも言ってしまえば、そうにしか見えないと思うので、申し訳程度のリードを挟みます……。
人間には感情がありますから、当然感情の無いものにはなれないわけで、そういうものへの憧れがあるんでしょうね。
私は、慎ましやかな人が好きですよ。“どんな花でも収まる花瓶のような人”という理由ではなく“どんな花であれ自分のものにできてしまえるような人”という意味で……自分のものにできて、尚且つそれを目立たせることはなく自然と相手を持ち上げられる……けれどもそれが無ければ成り立たない。
そうです、ずるい人が好きなんですよ。