辺境の物語 第五巻 シュロスの異邦人(後)

かおるこ

  1. 登場人物 これまでのあらすじ
  2. CZ46の正体
  3. ロムスタンでの出来事
  4. 処刑台のニセ王女
  5. ナナミ復活

 辺境の物語 第五巻 シュロスの異邦人(後)です。フェルとソフィー、CZ46の三人はワープしたのですが、それぞれ別の場所に着きました。シュロスの城砦に着いたフェルはミユウたちの理解を得て未来から来た客として歓迎されます。ソフィーもまた王女様やホノカの助けを借りて、フェルとの再会を目指します。CZ46は依然として行方不明です。ここで、北方に位置するグリア共和国が南下してくるという情報がもたらされ・・・

登場人物 これまでのあらすじ

 登場人物

 バロンギア帝国 シュロス月光軍団
 ユウコ 副隊長 リサ  副隊長 文官  ミキ  ユウコの部下
 スミレ 東部州都軍務部  ミユウ スミレの部下
 ササラ 図書館勤務  アヤ  元ローズ騎士団文官

 ルーラント公国 カッセル守備隊
 アリス 隊長    カエデ 副隊長
 フレア 新司令官  ロッティー 城砦監督
 ホノカ、アカリ、リーナ、レイチェル、マーゴット、アヤネ 隊員
 マリア ルーラント公国第七王女  アンナ 王女様の世話係
 レモン メイド
 ナナミ 前司令官(故人)

 グリア共和国 女神戦隊
 アンジェリカ 隊長   リビエラ 参謀
 アレクサ  副将     アスカ  参謀補佐官
 パルティア カスミ、ナーニャ 隊員

 フェル 城砦、レンガの研究者
 ソフィー 警備員 


 CZ46

 
 これまでのあらすじ
 第一巻から第三巻 カッセルとシュロス~上・中・下
 国境を隔てて向かい合うバロンギア帝国とルーラント公国。バロンギア帝国のシュロス月光軍団とルーラント公国のカッセル守備隊が一戦を交え、守備隊が勝利を収める。守備隊は前隊長に置き去りにされたが、レイチェルがその変身能力を使って勝利した。守備隊のナナミはカッセルに帰ると前隊長を投獄した。その一方で捕虜にした月光軍団のユウコは丁重に扱う。シュロスに戻った月光軍団は王宮からやってきたローズ騎士団に叱責され、部隊長のミキは監獄に入れられる。帰還したユウコや州都軍務部のスミレも騎士団に屈する。ローズ騎士団はカッセル守備隊に戦いを挑むが奇襲攻撃でいったんは降伏する。しかし、ユウコとミキに自爆攻撃をさせて攻勢に転じる。ここでナナミが助けに来るが、ローズ騎士団副団長に殺害される。騎士団の副団長は死んだナナミの足が機械仕掛けになっていることを見つける。これを剣を突き刺したが稲妻が発射されて感電する。騎士団はなおも帝国の皇帝旗を持ち出すが、守備隊に従軍していたマリアお嬢様が、実はルーラント公国の王女であったと明かし、ローズ騎士団を打倒した。

 第四巻 シュロスの異邦人~前
 城砦やレンガを研究しているフェルは古いレンガに金属の歯車が食い込んでいるのを見つける。その部品は自分の物だというCZ46が現れる。CZ46は外見はごく普通の女性だが実はロボットだった。フェルは警備員のナツキ、CZ46とともに部品を探すため500年前の世界にワープした。
 フェルはバロンギア帝国シュロスの城砦に到着する。初めは偵察員ではないかと怪しまれたが、ミユウやササラはフェルの話を信じて協力してくれる。フェルはスマートフォンでミユウとササラの写真を撮ったり、パソコンを見せたりする。フェルがナナミという女性を探していると話すと、ナナミは隣国ルーラント公国カッセル守備隊の前司令官だと判明した。しかし、ナナミはすでに亡くなっていた。
 一方、ルーラント公国カッセルの城砦にワープしたソフィーは、新司令官に捕まりそうになるが、マリア王女様に救われる。その王女様は皇位継承権を剥奪されて追放されたダメ王女だった。ソフィーもナナミの身体の一部

が金属になっていたことや、すでに亡くなっていたことを知る。
 フェルとソフィーはシュロスの城砦で再会する。
 そしてついにCZ46の正体が明らかになる。CZ46はどこにワープしたのか?
 そこへグリア共和国が進撃してくるという情報が入り、月光軍団と守備隊はこれを迎え撃つために・・・

CZ46の正体

 昨夜の光景をソフィーは一生忘れまいと思った。
 水平線から月が昇ってきた。これまでに見たこともない巨大で白く輝いた満月だった。都会で暮らしていると、ビルの灯りやネオンの看板にかき消されて月明りなど意識したことがない。
 だが、ここでは違った。

 カッセルを離れ、フェルがいるシュロスの城砦まで行くことになった。シュロスから迎えに来たのはミキという兵士で、カッセル守備隊からはカエデが同行してくれた。
 とは言え、本当に連れて行ってもらえるのか心配だった。見知らぬ土地で兵士と行動を共にするのは不安でいっぱいだ。敵が襲ってはこないだろうか、あるいは、山の中で馬車から降ろされたりしたらどうしよう。最悪の場合は死を覚悟しなければならないと思った。馬車で行くというので駅馬車のような物を想像していたが、用意されたのは荷車としか見えなかった。もちろん座席はなく、ソフィーは荷台に乗せられたのだった。車輪は木製で、地面は舗装されていないのだからガタピシ揺れまくった。それでも耐えられたのは暴走族のレディース時代に培った根性のお陰だ。こんなところでバイクの後ろにしがみついていた経験が役に立つとは思わなかった。
 果てしなく続く赤土の台地を馬車で走り続け、陽が落ちると今夜は荷台で寝ると言われた。幌は掛かっていたものの野宿に等しい。食事はパンと燻製肉、それに塩漬けキャベツだけだった。
 泣きたい気持ちを抑えながら食べていると、昇ってくる月が見えたのだった。
 月明りのなんと明るいこと・・・月が高くなるにつれ、辺り一面、真っ白に照らされた。
 ソフィーが見惚れていると、
「そんなに月が珍しいの、あなたの住む世界でも見えるんでしょう」
 ミキが尋ねた。
「こんなにきれいで大きくて明るい月は初めて。私の住んでいる周辺は、町の灯りや街灯で照らされていて月の光には気が付かないから」
「夜は暗いのが普通だ」
「私の世界は、一晩中、電気が点いているので部屋の中だって明るいんです」
「電気? 誰が、その電気なる物を作っているのだ」
「エジソンっていう偉い人」
「その人を連れて来てくれないか、城砦を明るくしてもらいたい」
 ソフィーのポシェットにはスマートフォンが入っている。スマホの簡易ライトばらば、この周囲を目が眩むくらいに明るく照らせるだろう。
 しかし、それは思いとどまった。
 この月光に勝る明かりはない。

 一夜が明けた。
 藁の詰まった布団にも慣れて良く眠ることができた。二人の兵士、ミキとカエデは一晩中、交代で見張ってくれた。
 守備隊の副隊長カエデに敵国に行くのは心配ないのかと訊いたところ、少し前の戦いで共通の敵に対し協力して戦ったという。しかも、自分自身は戦闘には参加していないので、敵国に行ったとしても争いごとにはならないと言った。そして馬車に揺られ、その日の夕方にフェルの待つシュロスの城砦に到着したのだった。

 久し振りに再会したソフィーを見てフェルは何か違和感を覚えた。
 ソフィーは道中をともにしてきたミキと一緒に入ってきたのだが、すでに月光軍団の隊員ではないかと思うほどだった。もともと警備員をするくらいだから女性として細い方ではない。それが僅か数日で、さらに逞しくなっているように見えたのだ。ソフィーはすでにこの世界の人間になり切っていた。女性の方が環境に対する順応力は勝っているのだろう。
 ところが、二人きりになったとたん、すがりついて泣き出した。たどり着いた場所はどこだか分からず、フェルが見当たらなくて心細かった。そのうえ、司令官に捕まりそうになり、助けてくれたメイドは王女様だった。ところが、実はダメ王女で、危うく奴隷として売り飛ばされそうになった。ここへ来るのは馬車の荷台に乗せられ野宿だった・・・
 整理するとだいたいそんな話だった。フェルはワープした時にしっかり手を繋がなかったことを謝った。それから、シュロスでの出来事を話したが、お互い、牢獄に押し込まれたと知って、あらためて無事だったことを喜んだ。
 しかし、翌日には再び取調べが待っていた。
 フェルとソフィーは別々の部屋で尋問を受け、二人の話が合致しているかどうか調べられることになった。ミユウはソフィーの取調べにも立ち会うから心配ないと言ってくれ、そのおかげで相互に矛盾はないと認められて釈放されたのだった。
 さっそくカッセルに保管されていたナナミの足首の調査が始まった。調査には兵舎の事務執務室を利用することにした。電源を採るため、窓際の陽光が射し込む場所にパソコンを据えソーラーパネルを取り付けた。
 フェルの目の前には問題の足首が置かれている。軽く手を合わせて冥福を祈り、それから調査に取り掛かった。
 脛の部分は蓋が開くようになっていて、中の構造がよく見えた。ICチップやコンデンサーが配置されているが、一見したところ、いずれも旧型であり、最新のものではないようだった。
「これは何だろう・・・」
 蓋の中には何かの電子装置が組み込まれていた。
「冷却装置みたいだが」
 動力を冷やすための装置のように思えたが、
「そこから光が、たとえば、稲妻のようなものが出るということは考えられませんか」
 月光軍団のミキが言った。
 戦いの最中、ナナミの足から稲妻が発射され仲間の兵士が犠牲になった。落雷に撃たれたと思ったのだが、ミキは足首から発射されるのを目撃したのだ。また、ナナミの足を剣で刺した者は腕が痺れたこともあったというのだ。
「なるほど、出力装置か」
 稲妻に見えたのは、実は電子ビーム砲のような武器だったのだろう。CZ46は戦闘用ロボット、あるいはロボット兵器として造られたのかもしれない。そうなると、CZ46がこれを手に入れて装着したらどうなるか想像に難くない。
 殺人兵器が誕生してしまうのだ。

 さらに電子装置に繋がる部分を調べていると、
「見つけた」
 マイクロチップだった。取り外そうとしたが狭くて指が入らない。見かねてソフィーが安全ピンを渡してくれた。尖ったピンの先で慎重にマイクロチップをずらして取り出すことができた。その様子をミユウやミキたちが、いったい何事かと不思議そうに見つめていた。
 チップをセットして読み取りを開始した。
「この小さい黒い物、マイクロチップというのですが、ここにいろいろなデータが書かれています。今からこれをパソコンで解析してみます」
 パソコンとはいったい何をするものか、ミキとカエデが同じような質問をした。
「パソコンというのはですね、ええと・・・」
 ミユウはすでにパソコンを見ているのでミキに教えようとしたが、
「ええと、話が難しくて、結局、分からなかった。なにしろ500年以上も先の機械だから」
 と照れ笑いをした。
「ここを見てください」
 画面には数字や記号、アルファベットがズラリと映し出されている。フェルはコードネームに着目した。
【computer zukunft46】
 英語とドイツ語が混在しているが、「未来のコンピューター46」という意味だ。略せばCZ46になる。
「この頭文字をとって、CZ46と名乗っていたわけでしたか。ナナミさんの身体の一部がCZ46から移植された証拠と言ってもいいでしょう」
「CZ46とかいう女性は、これを取り戻すために来たんでしたよね」
「この足に取り付けられた部品の持ち主はCZ46です。けれど、簡単に渡していいものか、そこは疑問です」
データを最後までスクロールしていったが、フェルには専門知識がないので残念ながら詳しいことは分からなかった。それでも、フェルはある疑問に当たった。幾つかの記号の配列が規則正しく並んでいるのだ。じっくり見ると、絡み合った螺旋状の模様が浮かび上がって見えた。
「もしかして、DNAかな、これは」
 専門外ではあるけれど、生命体DNAというものを聞いたことがある。研究者から聞かされたのは、化石の中の昆虫の血液を取り出して増殖する実験のことだった。血液にはさまざまなバクテリアが含まれているので実用化するには生命体DNAを作り出す必要がある。もっとも、他のバクテリアなども混在しているので増殖するのは難しいのだそうだ。フェルはが知っているのはその程度までの知識だった。
 これが組み込まれているとなると、CZ46とナナミが出会った場合には、予想もしえない事態が起きる可能性がある。実際には、ナナミはすでに亡くなっているのだから二人が出会うことはないのだが・・・
「フェルやソフィーさんと一緒に到着したCZ46というロボットのことは分かりました。では、それはどんな姿をしているんですか」
 ミユウが尋ねた。
「探しだしてあげたいけれど、外見が分からなくては捜索が難しいわ」
 これは迂闊だった。
 フェルとソフィーは直接会ってCZ46の姿形を見知っているが、この世界の人たちには詳しいことは伝えていなかった。
「CZ46は、みなさんと同じくらいの年齢の女性です。身長、顔かたち、髪とか見た目もだいたい一緒かな」
 フェルがその疑問に答えた。
「フェル、みんなにもCZ46の顔を見せてあげましょうよ。ワープする時に写真撮ったじゃん」
 ソフィーが写真を見せようと言った。百聞は一見に如かず、説明するより写真を見た方がCZ46の顔かたちが分かってもらえる。
 ソフィーはポシェットからスマートフォンを取り出したがバッテリーの残量が残り僅かだった。フェルはスマートフォンを受け取りソーラーパネルを装着した。これで充電開始だ。ソフィーはさっそく画面を操作して写真のギャラリーを表示させた。一枚目に表示されたのはツーショットの写真だ。
「ワープする直前に撮ったフェルとツーショットの写真」
 フェルとソフィーの並んでいる写真を見て、ミユウがムッとしたような顔を見せた。二人の仲が気になるのだ。
「それで・・・こいつがCZ46、ロボット女よ」
 ナツキが画面をスワイプしたとたん、
「こ、これ・・・」
「まさか」
「うっ」
 その場が凍り付いたようになった。ミユウとミキ、守備隊のカエデも、全員が固まったままスマートフォンの画面を食い入るように見つめている。
「どうかしましたか」
 フェルは訳が分からず当惑した。CZ46の写真を見せたことでミユウたちに何か悪いことを呼び起こしてしまったようだ。それとも、生命体DNAの影響が早くも表れたのだろうか。
「フェル・・・写真を見せたのがヤバかったみたい」
 ソフィーは様子が変なのでフェルの背中に隠れた。
「ううむ、この人・・・この人、ここに写っているのは」
 食い入るように画面を見ていたミキが唸った。
「これが、そのCZ46という機械仕掛けの人で間違いないんですか」
「ええ、そうです。CZ46です」
「これは」
 ミキがしげしげとスマホの画面を見つめた。
「この人は・・・カッセル守備隊の司令官ナナミさんです」
「なんですって」
 今度はフェルとソフィーがびっくりする番だった。
 月光軍団のミキは、写真に写っていたCZ46のことをカッセル守備隊のナナミだと言ったのだ。
 いったいどういうことなのだろうか。
「これはCZ46です・・・私たちはこのCZ46に頼まれてナナミさんという女性を探すためにこの世界に来たのです」
 一緒にワープして欲しいと言ったCZ46が、実はナナミ自身だったとは、いったいどうなっているのだ。
「つまり、CZ46とナナミさん、二人が同一人物だっていうことか、そうとなると・・・」
 フェルは天井を見上げて思案する。
「この写真を撮ったのは何時でしたか」
 ミユウが訊いた。
「ここに来る直前ですから、おそらく五日ほど前です」
「それはあり得ません。というのは、ナナミさんは、少なくとも二か月前には亡くなっていたのですから、写真に収まることはできません」
「待ってください・・・もし、ナナミさんが生きているとしたら」
 ミキが声を弾ませた。
「死んだのではなかった、ナナミさんは生きているんだわ」
「そうだわ、これがその証拠じゃない」
 ミユウたちはソフィーのスマートフォンのCZ46の写真を見て、カッセル守備隊のナナミだと思った。俄かに信じがたいことだが、それは間違いなくカッセル守備隊のナナミだったのだ。

 お互いの話が正しいとしてみよう・・・
 フェルはCZ46と初めて会った時からの会話を記憶の中から引きだした。
 自分はロボットだ、部品の一部を人間に移植され、その人間、ナナミは過去から連れてこられ、また戻された・・・
 なぜ、行ったり来たり、手間のかかる面倒なことをしたのか。それより現代の人間に移植して過去にワープさせた方が確実ではないか。
「もう一度、聞きますけど、この写真に写っているのは、カッセル守備隊のナナミさんで間違いないですね」
「ええ、間違いありません」
「だとすると、そこから考えられるのは、こういうことではないでしょうか」
 フェルは導き出される考えをまとめた。
「ロボットであるCZ46は、身体は機械、つまり金属の部品とかそれらを繋ぐ電気コードで造られています。その時点では骨組みに取り付けられた部品や電線が剥き出しになっています。その次に、ロボットを組み立てた後で外見を造ることになります。その場合、どのようにも造り変えることが可能です」
「顔とか肌を自由に細工できるということね」
「そうです。男性でも女性でも、あるいは若い人、老人にもできます。人間でなくてもイヌとかネコのような動物でも構いません。僕が想像するに、おそらくロボットの部品を人間の身体に移植した時に、その相手とそっくりな容姿にしたのではないでしょうか。その方が身体にもしっくりきます。それでCZ46とナナミさんとは瓜二つになったというわけです」
 確かにその方が移植手術はうまくいくだろう。
「だけど・・・」
 そこで浮かんだ考えは口にするのも恐ろしいものだった。
 順番が逆なのだとしたら・・・
 初めにナナミがいて、その姿に似せてCZ46を製作しようとたのではないか。
 ナナミは過去から連れてこられたのではなく、実験台にされるために、過去の世界のどこからか誘拐されたのだ。身寄りのない一人暮らしの女性であったり、姿を消しても怪しまれない人物が選びだされ、そして移植後に過去に放逐された。
 そうだとしたら、なんという悲惨な、なんという非人間的な行為だろうか。
 そしてもう一つ、重大なことを思いついた。
「この世界にCZ46が到着しているはずです。もしCZ46がみなさんの前に現れたら、それは亡くなったはずのナナミさんが現れたということなんです」
「ナナミさんに会えるのね」
 カッセル守備隊の副隊長カエデが嬉しそうに言った。
「会いたい、ナナミさんに会いたい」「やっぱり生きていたんだ」「良かった」
 カエデばかりではなく、月光軍団のミキやミユウもナナミに会えるかもしれないと喜んでいる。
「フェルがナナミさんを連れて来てくれたんだわ、そうでしょう」
 しかし、喜んでもいられない。CZ46の目的はナナミの腕と足首を取り返すことにあるのだ。
「みなさん、CZ46は見た目はナナミさんそっくりです。ですから、CZ46に会えば、ナナミさんが生き返ったと、良かったと思うかもしれません。しかし、外見は似ていても、その実態はCZ46です」
「というと?」
「CZ46はカッセル守備隊や月光軍団の方々のことを知りません。初めて出会った人が敵であるのか、それとも味方なのか判断ができないのです。近づく人は誰でも敵だと思ってしまうかもしれません」
「まさか、ナナミさんに限ってそんなことはないわ」
「助け合った仲だもの」
 カエデやミキは半信半疑である。
 フェルはナナミの足首、すなわち、CZ46の部品を指し示した。 
「CZ46はこの左足首と右手を探しています。部品を取り戻そうとしているのです。ここに足首があると知ったら奪いに来るでしょう。要注意です」
「要注意・・・」
「そうです。むしろ、みなさんにとってCZ46は危険人物だと言えるのです」

ロムスタンでの出来事

 カッセル守備隊の新司令官フレアはロムスタン城砦へと出陣した。
 ソフィーという怪しげな女をシュロスの城砦へ追い出したと思ったら、今度はロムスタン城砦の攻略という難問が待ち構えていた。
 北方のグリア共和国の来襲に備えロムスタン城砦を押さえるのである。ロムスタンはルーラント公国の守りにとって大切な要衝だから、絶対に成功させなければとのことだった。隊長のアリスが陣頭指揮すればいいものを、部下のホノカによると、隊長は戦場の経験が少なくて堅牢な城砦を攻め落とすことなどできないと言うことだった。
「隊長は逃げてばかりだから、絶対無理、保証する」
「どうせ自分は安全な後方にいて、突撃しろとか言うだけよ」
「司令官のナナミさんだったら、難なく攻略しちゃうんだけど」
 またナナミか。ナナミの名が出るたびに新司令官のフレアは心中穏やかでない。カッセルに来てからというもの何かとナナミと比較されている。
 前司令官ナナミの評判は至って良いものがあった。だが、その話も怪しいところがある。ローズ騎士団との戦いでは敵陣に乗り込んで敵を助けるという無謀な作戦を敢行し、部下を窮地に晒した果てにナナミ自身が殺害された。一言で言ってしまえばその程度のことだ。
 その前のシュロス月光軍団との戦闘で、ナナミは敵陣に取り残されたが、逆転勝利して凱旋帰国したという。しかし、不思議なことに、どのような作戦を使ったのか誰も詳しく語ろうとしない。敵を皆殺しにしたとか、あるいは、かなり卑劣なことをしたのだろう。その証拠に不法侵入者のソフィーをシュロスに送り届けるのに、当時は後方部隊の輸送隊に属していたカエデが選ばれた。他の隊員では月光軍団と遺恨があり過ぎるのだ。
 フレアは隊長のアリスを問い質した。
「確かに、ロムスタン城砦は我が国の守りには欠かせません。けれど、それは王室のためではありませんか。つまりはあのダメ王女、ニセ王女の手柄になるだけです」
「あれでも王室の一員なのですから、もう少しおだててください」
「それなら、王女も出陣してもらいましょうか。おだてればその気になりますよ」
「いずれは王女様にロムスタン城砦に常駐していただくことになろうかと思います。国を治める苦労を身をもって体験するのは重要ではないかと思わないでもありません」
 アリスの言い方はどこか遠慮している。王女に取り入ってうまく立ち回ろうと計算しているのが見え見えだ。
「それじゃあ、王女へ出陣をお願いするのは隊長にお任せしますよ」
 そうは言ったものの、フレアにとって王女様が大きな功績を挙げられても困る。できることなら、カッセルから王女を追い出してロムスタン城砦に押し込めてしまいたいのである。そうすれば、王女様を適当に祭り上げておくことができるというものだ。
 王女の役割としては人質くらいしかないわ・・・

 その王女様はロムスタン城砦の攻略に乗り気だった。うまくいけば皇位継承権が復活するとか、王室が永久に続くなどと喜んでいた。ところが、隊長のアリスから、王女である自分も出陣するのだと言われて、とたんにあたふたし始めた。
「隊長でも司令官でもいいから、あなたたちが攻め込んで、ロムスタン城砦を乗っ取ってきてよ」
「乗っ取るだなんて、気楽に言いますけど、王女様のために戦争なんかしたくないのです」
「戦場に行くのは、インチキ司令官のフレアが決めたんでしょう。ますます悪いヤツだわ」
「皇位継承権を手放した王女様ですから、ちょっとはやる気を見せてくださらないと士気に関わります」
 皇位継承権を失ってお荷物になった王女様なのだから、この城砦攻めで存在価値を示してもらいたい。
「みんなの前で、いいところを見せようと、私なりに頑張ったんです。二回も戦場にも行ったじゃん。その後だって、メイドで働いたでしょう。そこへ、アイツが来て全部ばらしちゃったんだもの。苦労ばっかりでゼンゼン楽ができない」
 誰が見てもあなたは楽ばかりしてるじゃありませんかと、アリスは言いたくなった。王女様が嫌がってもすでに参陣は決定しているのだ。
「出陣は明後日ということで、準備をよろしくお願いいたします」
「ふあーい」
 王女様はまったくやる気のない返事を返した。
「いいですね、お菓子は三日分にしてください」

【長くなりましたので、このあとのシーンはあらすじで紹介します】
 こうしてカッセル守備隊はロムスタン城砦を攻略するべく出陣した。新司令官のフレアが部隊の指揮を執り、隊長のアリスはカッセルの城砦に残った。ロムスタン城砦に到着するとフレアは領主のロザムンデに対し、王女様を人質に差し出す替りにカッセル守備隊を入城させるように交渉した。領主のロザムンデは部下のエルファと協議し、守備隊を招き入れた方が得策だと考えた。守備隊は大歓迎を受けてロムスタン城砦に入った。マリア王女様は賓客扱いだと思い込んで大いに喜んだのだが・・・

 ロムスタン城砦のロザムンデはフレアの計略を受け入れ、ルーラント公国の王女とカッセル守備隊を入城させた。
 そんなこととは知らず、カッセル守備隊のホノカたちは大歓迎を受けて大喜びだった。焼き肉やワインが並んだ食堂でイケメンボーイに給仕されて、こことぞとばかりにワインを飲み、豪華な料理を食べまくった。
 イケメンボーイが新しいワインが運んできた。
「ワインをお持ちしました」
「イケメンさん、ワインこっち」
「でも、こんなに飲んだら、あとで会計の時に請求書を見てビックリとか」
「いえ、食べ放題、飲み放題コースなので追加料金はありません。しかも、城主からは、みなさんのような美しいお客様方はすべて無料にせよとのお達しでございます」
「ロムスタン最高」
 
 その頃、マリア王女様とお付きのアンナ、司令官のフレアは城内の貴賓室で歓迎の席を囲んでいた。
「今回は司令官として認めてあげるわ。で、どうやって私たちが入ることを認めさせたの。まさか、領主のロザムンデさんを騙したのではないでしょうね」
「ちょっとうまいことを思いつきましてね、王女様」
 フレアはワイングラスに手を伸ばした。このあたりで、ダメ王女様には本当のことを明かしてやることにした。
「私は正直に本当のことを話しただけです。ロムスタン城砦がルーラント公国にとって必要不可欠な拠点であることや、グリア共和国軍が大軍を出して南下してきたこと、それから、もちろん、王女様が皇位継承権を失ったダメ王女、ニセ王女であることもです」
「あんたは何でも言いふらしちゃうんだから」
「そこで、これだけでは領主は納得しないだろうと思いまして・・・王女様、あなたの出番です」
「ふむふむ、やっと私の実力が発揮される時がきましたね。皇位継承権はなくても、私は王女であることに変わりはありません。ルーラント公国を守れるのなら、私の名前を最大限に活用することも許してあげましょう」
「それはありがとうございます。おかげで安心しました。王女様を人質に差し出したことは間違いではなかったようです」
「ひ、人質って・・・何ですか、そんなこと聞いてないわ」
「それは極秘作戦ですから。敵を欺くには味方からというではありませんか」
「王女様を人質に差し出すなんて、そんな無礼なこと許されませんよ」
 お付きのアンナが抗議した。
「アンナさん、もう手遅れですよ。人質になったからこそ、隊員は雨露も凌げるし、食事も豪華、追加料金のいらない飲み放題付メニューになったのです。王女様だって、こうやって三ツ星の一流料理にあり付けているじゃないですか。それもこれも、私が上手に交渉した成果です」
「口先でうまいことを言っただけじゃない、そんなことだろうと思った。インチキ司令官」
「王女様には特等席をご用意してあるとのことです」
「そう・・・それはどうも、王女だから特別扱いは慣れています、特等席ってどこですか」
「監獄です」
「何と、酷い、監獄とは」
「人質の王女様は、今夜から牢屋で暮らしてください」
 戦わずして城砦を占領できたと思ったら、自分は人質にされ、挙句の果てに監獄行きだと宣告されてマリア王女様はしょぼんとして肩を落とした。
 特等席、またの名を牢獄とも言うが、マリア王女様の部屋は塔の最上階に作られていた。マリア王女様はアンナに手を引かれ、後ろからはレモンに押されながら螺旋階段を上がった。その前後には城砦の衛兵が王女様一行を挟んでいる。
「ゼイゼイ・・・息が切れた、めっちゃ疲れたよ、レモン」
「こっちはもっと疲れた、王女様の荷物を持たされているんですよ」
 階段の壁に寄りかかって喘いでいると、お付きのアンナがそっと耳打ちした。
「いいですか、ここは下手に出て城砦の主の心証を良くしてくださいね。ルーラント公国の行く末と部下の命が掛かっているんです」
 マリア王女様は二人に助けられながら、ようやく階段を上がり切った。最上階で待っていたのは城砦の領主ロザムンデだった。
「ようこそ、ルーラント公国第七王女様」
「ふあーい。あーあ、疲れた」
 いきなり不満タラタラを口にする王女様。これではアンナの忠告も役には立たなかった。
「この階段を毎日、行ったり来たりするのは嫌だわ。食事は運んでくれるんでしょうね。召使いのレモンに運ばせなさい」
「また、そんな勝手なことを」
 さっそくアンナにたしなめられた。
「分かってるって・・・祖国を守れるのなら人質も仕方ありません。部下の隊員のこともよろしくお願いいたします・・・」
 王女様にしてはまともなことが言えた。
「潔い決意にロザムンデは心から感服いたしました」
「部下と言っても、あの悪い司令官は別よ。アイツにはよろしくしないでいいから」
「こちらとしても、王女様ともあろう方を監禁するつもりはございません。人質ではなく大事なお客様としてお迎えいたします」
 ロザムンデは王女様を人質ではなく客人として丁重に迎えると言った。皇位継承権を剥奪されたことは司令官から聞かされていたが、それでも王女様に変わりはない。
「お客様ですか、それは嬉しいです。司令官とは違っていい人ね」
「王女様にはお食事もベッドも最上クラスのものをご用意しました」
「当然」
「何か御用がありましたら、この者を身の回りの世話係としてお使いください」
「エルファです、何なりとお申し付けください」
 世話係と紹介されたエルファが頭を下げた。
「あら、奴隷までくださるのですか、やったわ。これで奴隷が二人になった」
「奴隷ではありません。申し上げておきますがエルファはロムスタン城砦の参謀役でもありますので」
「なんだ、お目付け役か」

   〇 〇 〇

 バロンギア帝国の北方に位置するグリア共和国は一万の大軍を率いて南下を始めた。周囲の小国はその疾風怒涛の勢いに、戦うことを放棄して、進軍するグリア共和国軍を見送るだけだった。様々な物資の要求を押し付けられ、断ることはできずに食糧、衣服、薬、武器、そして兵士まで差し出した町もあった。
 そして、ついにバロンギア帝国の国境まで十数キロに迫り、ここに布陣したのだった。

 グリア共和国軍の女神戦隊は二百人の部隊で陣に加わった。女神戦隊は女性ばかりで構成された軍隊で全軍は五百人を超える。共和国軍の本隊からは遅れて出発したが、女神戦隊もようやく国境近くまで進軍してきた。すでに、副将のパルティアと参謀補佐官のアスカが先遣隊として乗り込んで、宿営地の準備作業をおこなっていた。ここまでの行程は厳しかったものの、先日はチュレスタで宿に泊まることを許された。この温泉街は風光明媚なだけあって、周辺の国々はチュレスタを侵略することは控えている。おかげで、パルティアやアスカは久し振りの休日を過ごすことができた。
 もっとも参謀補佐官のアスカは情報収集に駆け回っていたので、のんびりしていられなかった。偵察を続けるうちに、アスカは幾つかの耳寄りな情報を聞き込むことができた。中でも、あの不思議な女に逢ったのは大きな収穫だった。
 それは人間とは思えない能力を持った女だった。

 その日の午後、女神戦隊の本隊が到着して宿営地は一挙に賑やかになった。女神戦隊の隊長アンジェリカ、参謀のリビエラが本隊を率い、部隊長のサクラ、女神戦隊の精鋭七人を集めた「七姫」たちも集結していた。
 参謀のリビエラは部下のアスカを呼び寄せた。
「先発の任務、ご苦労さん、大変だったでしょう」
「共和国軍に恐れをなして戦闘らしいものはありませんでした。共和国の正規軍は行軍の速度が速くて付いていくのが必死でした」
「必死になるのを見たかったわ。いつもクールなアスカだものね」
 年下なのにアスカは落ち着いているしクールで冷静だ。参謀補佐官として頼りになる存在だった。女神戦隊隊長のアンジェリカは来年には退官することになっている。後任の隊長は誰が就任するのかまだ決まっていない。リビエラが参謀に留まれるかどうかは、次の隊長の考え次第だ。この戦争で大きな功績を挙げてアピールしておけば道も開かれるというものだ。
「チュレスタで聞き込んだのですが」
 アスカは偵察で得た情報を話した。
「つい最近、バロンギア帝国のローズ騎士団が大挙して乗り込んできたそうです。騎士団は王宮の親衛隊です。その騎士団はここからほど近いシュロスという辺境の城砦に行き、その後でルーラント公国の軍と戦ったというのです」
「ということは、バロンギアとルーラントが一戦を交えたというわけね」
「そうです・・・しかし、どうも腑に落ちない部分がありまして・・・」
 アスカが聞いた話はこうだった。
 ルーラント公国のカッセル守備隊はローズ騎士団に追い詰められて司令官が戦死した。それにもかかわらず、騎士団はなぜか慌てて逃げるようにして撤収していった。まるで負け戦の様相を呈していたそうだ。最終的に勝利を収めたのはシュロスの城砦を守る月光軍団だった。噂では、月光軍団と守備隊が結託して騎士団を追い返したのではないかということだった。
「月光軍団と守備隊とが連携して立ち向かってくる恐れもあります。この点をお考えに入れておいてください」
「ありがとう、さすがはアスカだわ」
「それだけではありません。チュレスタにほど近い所にロムスタン城砦があります。ここにカッセル守備隊が入城したというのです」
「ロムスタンか・・・あそこは交通の要衝だわ。ロムスタン城砦を占領されたとなると、こちらは背後を気を付けないといけなくなった」
「攻めたのではなく無血開城で、しかも、せいぜい数十人の小編成であったそうです・・・」
 そこでアスカは声を潜めて辺りを警戒した。
「ここまでは副将のノゾミさんにも話してあります。いずれ隊長にも報告されるでしょう。ですが、リビエラ様、他にも気になる情報を手に入れまして・・・」
 そう前置きしてアスカはとっておきの話を始めた。
「私はチュレスタの温泉街を見てから周囲の偵察に行こうと思い立ちました・・・」   
 ・・・女神戦隊の参謀補佐官アスカはチュレスタの町の外れまで足を伸ばした。静かな森の中に入り、あちこち歩き回っていると、鈍い光りを発する物体を発見した。堅い金属質で、時計の部品か、あるいは武器の一部のように見えた。それを拾って背嚢に押し込んだ。しばらく行くと壊れかかった小屋が見えた。中を覗くと小屋には先客がいた。女だったが、具合が悪そうで土間に横たわっていた。心配になって小屋に入ってみた。女の近くに寄ってみると、どうやら息はしているようだった。旅人が病に倒れたらしく、白い長袖シャツに紺のズボンという、この辺ではあまり見かけない服装である。アスカが声を掛けたが低く呻くだけだ。水を与えようと背嚢から水筒を引っ張り出した時、途中の道で拾った光る物体が転がり落ちた。
 突然、その女が手を伸ばした。
 その手は不気味に黒ずみ、人間の姿ではなかった・・・

「女はその金属の部品を腕にはめ込んだのです。すると、すっかり元気を取り戻したのでした。腕が金属で出来ている、からくり仕掛けの時計のような身体だったのですから驚きました。それから名前や、どこから来たのかと尋ねたところ、女はCZ46と名乗りました」
「CZ46・・・変わった名前ね、軍隊の認識番号みたい」
「そのようです。名前だけは答えたのですが、どこから来たのか、何をしているのかということは話しません。というよりは、肝心なことは自分でも分からないようでした。おそらく何かのショックで記憶を失ったのでしょう。それからCZ46は一枚の紙を見せました。私が見ると、そこには『バロムシュタット』と書いてありました」

 手掛かりはこの紙切れだけらしい。バロムシュタットとは人名か、それとも地名かと考えていたが、もしかしたら、バロンギア帝国のシュロスの城砦ではないかと思った。バロンとシュロスを合わせればバロムシュタットになる。アスカは近くにシュロスという町があることを教えた。CZ46がシュロスへの道を教えてくれとせがまれたので南西の方角だと教えた。
 アスカが帰ろうとすると、CZ46は助けてくれたお礼がしたいと言った。どうやらこの辺りの人間ではなさそうだし、そもそも普通の身体でもない。敵ではあるまいと推測した。そこで、アスカは、ロムスタン城砦に潜入して様子を探ってきて欲しいと頼んだ。病人のふりをして助けを求めれば城内に入れてくれるだろう。たとえ敵に捕らえられたとしても、記憶喪失であれば余計なことは喋らないはずだ。もちろん、アスカは自分が女神戦隊であることは明かしていない。偵察役にはうってつけだ。
 CZ46は偵察を引き受け、明日またここで会おうと答えた。ロムスタン城砦まで往復するには一日では早すぎると思ったが、翌日、またその小屋に行くとCZ46に再び会った。CZ46はロムスタン城砦まで偵察に行ってきたと言うのだ。どうやら服を着替えたようで、黒いロングスカートを履き、すっぽりベールを被っていた。これなら城砦にいても怪しまれず偵察ができたであろう。
 そこで思いがけない情報を聞かされた・・・
「カッセル守備隊にはルーラント公国の何番目かの王女様が陣に加わっていたそうです。その王女様を先頭に押し立ててロムスタン城砦に入城したのでした」
「王女なら城に入れないわけにもいかないし、そんな方法を使って占領したのか」
「CZ46によると、守備隊の司令官が王女様を人質として差し出したのでした。司令官と王女様は仲が良くないようで、人質にする代わりに軍を入れることを認めさせたらしいのです」
「交渉道具にされるとは気の毒な王女ね」
「まったく同感です。さらに不可思議なのは、これらの情報をCZ46はたった一日で調べて戻って来たのです。馬でも往復二日はかかります。城砦に潜入して偵察することを考えると少なくとも三日は必要です。それを一日でやってのけたのですから、驚きました。鳥のように空を飛べない限り出来ないことです」
「そのCZ46とやらは人間ではないと言ったわね」
「ええ」
「その情報は信用していいの、適当なことを報告して金銭を要求されるんじゃない」
「いえ、私には金品の要求はありませんでした。話の内容は精度が高く、信用できると思います。私が教えなかったのに司令官や城砦の主、王女様の名前を調べ上げていました」
「CZ46はいまどこにいるの。もっと詳しく聞きたいわ」
「それが・・・消えてしまいました。おそらくシュロスの城砦に向かったことと思われます」
「分かった・・・この話、他の誰かに教えないように」
「ええ、もちろん」
「ありがとう、さすがはアスカだわ」

 女神戦隊の隊長アンジェリカはテントでサクラに脚を揉ませていた。
 馬車に揺られ数日かけて国境付近までたどり着いた。移動距離が長くて疲労が溜まっている。数年前はこれくらいの遠征は何でもなかったが、さすがに少し歳をとった感じがしてきた。
「サクラちゃん、来年、私が退職する話、聞いているでしょう」
「はい、長らくお疲れさまでした。私がこうしていられるのも隊長様のお陰です」
 アンジェリカが退官することで後継者を巡って憶測が飛び交っている。サクラは副将のパルティアに近しいグループだ。パルティアが昇格してくれれば自分も取り立てられるであろう。気に掛かるのは参謀の配下アスカの存在だ。後輩のアスカは参謀のリビエラに目をかけられている。出世争いに勝つため、アスカを押さえ込むためには是が非でもノゾミに隊長になってもらいたい。
 隊長のアンジェリカが起き上がって、その長く美しい脚をヒナコに絡めてきた。
「退職するのは事実なんだけど・・・その後で帝都に行くかもしれないのよ」
「はい」
 何を言おうとしているのか考えを巡らせる。
「帝都の軍務省。そこの参与として招かれたというわけ」
 サクラはこの情報に接するのは初耳だ。
「おめでとうございます。帝都に行き、しかも軍務省勤務とは・・・ご栄転ですね」
「まあ参与だから、あまり仕事はないかも。それでも、帝都に行けるのは楽しみだわ。そこで、相談なんだけど」
 サクラは肩を引き寄せられた。アンジェリカの整った顔が間近に迫る。
「帝都に行きたくない?」
「ええ、それはもう・・・」
「身の回りの世話をしてくれる若い人が欲しいの。つまり、補佐役なんだけど、やってくれないかしら。若手といったら・・・」
 若手というのは、サクラかアスカを指している。アンジェリカがサクラの背中を指で突いた。
「あなたに一緒に来て欲しいんだ」
「わ、私がですか・・・喜んでお供させていただきます」
「ただし、そのためには、この戦いで目立った戦功を挙げなさい。条件は、一人でも多く敵を倒すこと。そうしたら帝都に連れて行ってあげる」
「かしこまりました。必ずご命令を実行いたします」
 アンジェリカに付き従って帝都に行けるのであれば、誰が女神戦隊の隊長になろうとも関係はない。けれど、アスカは別だ。自分かアスカのどちらかが隊長のお供に選ばれる。ますますライバル意識が燃えてきた。あんなヤツには負けられない。

   〇 〇 〇

 シュロスの城砦の一室では・・・月光軍団のユウコが大きく深いため息をついた。
 未来から来たという二人、フェルナンド・キースとソフィーに見せられたのは紛れもなくナナミの姿だった。スマートフォンという機械でナナミを描いた絵画を見せてくれた。それは絵画ではなく写真というのだそうだが、あまりにも生き写しだった。しかし、手のひらほどの小さな機械に押し込められていたので、そこから出して欲しいと頼んだ。けれども、機械の中からは出してもらうことは叶わなかった。絵画のように紙に写し取ることもできるのだが、それはフェルの世界での話であって、ここでは電気がないから不可能だという。
 ユウコはフェルの持っていたスマートフォンを手にし、画面に映し出されたナナミを胸に押し当てた。
「ナナミさん・・・どこにいるの」

 シュロスの城砦は一気に慌ただしくなった。
 州都から伝令が駆け付け、グリア共和国軍は南下の速度を速め、ついに国境付近に宿営地を構えたというのだ。副隊長のユウコ、リサ、ミキ、東部州都のスミレ、それに、カッセル守備隊から来ていたカエデを交えて会議が持たれた。
 バロンギア帝国軍、東部州都の正規軍はすでに出陣しているとのことだ。シュロス月光軍団も遅れまいと出陣を決めた。さらに、カッセル守備隊のカエデも参戦を申し出た。カエデは、守備隊がロムスタン城砦に進軍しているはずだが、いったん撤収して合流させてもよいと語った。そこで、さっそくカエデがロムスタン城砦に派遣されることになった。
 シュロス月光軍団とカッセル守備隊の合同軍が結成された。合同軍の隊長には東部州都軍務部のスミレ、副隊長は月光軍団のユウコが務め、司令官にはカッセル守備隊のフレアが指名された。合同軍の本部はシュロスの城砦に置き、文官のリサ、元ローズ騎士団のアヤが残留する。ユウコは補充部隊ということで第一陣としての出陣は見送った。司令官のフレアは赴任したばかりで実力は未知数だが、ロムスタン城砦の城攻めを任せたくらいだから、それなりに戦略は心得ていると判断されたのだった。
 フェルとソフィーは否応なしに戦争の準備に巻き込まれた。二人は武器や食料、テント、医療品などを運ぶ手伝いをさせられた。倉庫から荷物を搬出してそれぞれの部隊に届け、馬車にも積み込んだ。食料は固く焼いたパン、干し肉、ソーセージ、キャベツの塩漬けなどだった。ソフィーは大きな荷物を運び、馬車の荷台に飛び乗って隙間なく詰め込んでいた。戦闘服に身を包み、額には鉢巻をして意欲満々だった。すでに立派な兵士になり切って荷台から工兵に檄を飛ばしている。
「お前ら、敵に舐められるんじゃないぞ」
「おうっ」
「あたしも戦場に行くからなっ、待ってろよ」
 思わずヤンキー言葉が飛びだした。ソフィーは警備員で鍛えているので、重たい荷物も難なく運んでいた。月光軍団のミキからは新兵に採用してあげようと言われるほどだった。
 フェルは出陣の様子を目の当たりにして驚くことばかりだった。文字通り、戦場みたいな大騒ぎだ。食料は急いで商人から買い集めたが、それだけでは足りないので州都にも手配したということだ。補充した食料は後続部隊が輸送することになった。いよいよ戦いの場に赴くのだ、生きて帰れるという保証はない。先の戦いでは月光軍団の隊長は戦死したと聞いている。誰もが恐怖や不安を抱えているだろうに、この時代は戦争が当たり前だと受け止められていた。
 一区切り作業を終えたときにフェルはミユウと二人きりになった。ミユウは休憩中にも部隊の編制任務から頭が離れないようだった。
「うん、人数が足りないところがあるなあ」
 編成表を書いた紙に目をやっていたが、
「フェルは戦争は初めてかしら」
 と言った。
「ええ、初めてです。たぶん人生の中でも、この一回だけだと思います」
「あのね、こんなこと、訊いてもいいかな・・・」
「どうぞ、何でも手伝いますよ。でも、力仕事はあまり期待しないでください」
「私が尋ねたいのは・・・フェルは、もしかしたら、この戦いの勝敗を知っているんじゃないの、ということなんだけど」
 やはり、普通の女の子だ。いくら辺境の兵士と言っても、どこにでもいる女の子だった。
 ミユウは戦争の結果が気になるのだ。歴史書や研究論文などには、歴史の歯車を動かし、その後に重大な影響を与えた出来事については記されている。しかし、この戦争はいってみれば局地的な武力衝突に過ぎないのであろう。フェルが目にした論文や歴史書などで読んだ記憶はなかった。人物もそうだ。王や貴族などの支配者、宗教家、思想家などは取り上げられるけれど、市井の名もない人々について書かれることはまれである。まして兵士の生死のことまで事細かに書かれるはずもない。
 だが、ミユウをはじめ、一人一人にとっては、自分が戦場から生きて帰れるか、それこそが一番の関心事なのだ。
 しかし、フェルにはミユウの不安を取り除くことはできない。
「未来から来た僕でも、この戦いの結果は知りません。僕が知っているのは、バロムシュタットという地名が500年先までも残っているということです」
「そうか・・・」
 フェルと出会ってから、ミユウは自分の中で何かが変わったような気がしてきた。
 戦争は怖くなかった、これまでは・・・しかし、戦場で死んだら、家族にも、友達にも、そしてフェルにも会えないかもしれない。
「この戦争は勝てると思います」
「うんうん、そうだ、きっと勝てる。勝って、また戻ってくるから、私」
 涙が零れそうになったのでフェルに背中を向けた。
「ミユウちゃん」
「・・・はい」
「無事で帰ってきてください」
「フェル・・・」

     〇 〇 〇

 守備隊の副隊長カエデは使者としてシュロスの城砦に向かった。
 堅固なロムスタン城砦を攻めるのは苦戦しているかと思ったのだが、すでにカッセル守備隊は城砦を占拠していたのだった。あの司令官、意外にヤルなと感心した。だが、それにしては、どうも様子が変だった。守備隊が武力で制圧したという雰囲気ではなかったのだ。ホノカやアカリは歩哨の任務に就いていたし、レイチェルたち三姉妹は泥んこで城壁の修繕作業をしていた。
 そして、王女様はというと、人質にされていたのだった。
 司令官のフレアは、王女様を人質に差し出して入城させてもらったのだと自慢げに語った。何のことはない、進駐できたのではなくマリア王女様を人質にする代わりに城砦に入れてもらったのであった。
 カエデはグリア共和国軍が侵攻してきたので、これに対抗するためシュロス月光軍団とカッセル守備隊の合同軍が結成されたことを告げた。
「私が合同軍の司令官だなんて。まだカッセルに来たばかりじゃない」
「ロムスタン城砦を無血開城させたのであれば、合同軍の司令官も務まるというものです。シュロス月光軍団も期待してますよ」
「それは王女様を利用、いえ、私のひらめきで立てた作戦が当たったんだけど」
 占領したといっても、王女と交換に兵を入れさせてもらったのである。それが手柄となって、却って裏目に出てしまった。しり込みする司令官に比べて、ホノカやリーナはやる気満々だった。城砦を占領したものの、戦うことなく入城したので力を発揮することができずモヤモヤしていた。そこへ出陣命令が来たのだから、今にも戦場に駆けださんばかりの気合をみせた。部下の手前、司令官としては籠城してはいられない雰囲気になり、フレアも出陣を決めざるを得なくなった。
「それじゃあ、用意が整い次第、出発します。そう、王女様も出陣してもらいますよ。とくに、運搬係は人手不足なのでね」
 こうしてマリア王女様は人質から解放されたものの、今度は荷物運びとして戦場に駆り出されることになった。
 王女様はずっと幽閉されていたわけではなく、アンナやレモンと一緒に皿洗いや食堂の掃除を手伝っていた。それゆえ、城砦の中での評判は上々で、子供たちもマリア王女様になついていたくらいだった。城主のロザムンデは城砦に留まるよう進言したが、司令官のフレアはそれを聞き入れず王女様も軍に加わることになった。そこで、ロザムンデは部下のエルファを合同軍に同行させることにした。
 カエデは司令官のフレアを遠ざけてからホノカたちを集めた。
「CZ46のことを覚えているでしょう」
「あの、ロボット女とかいうヤツね」
「そう、実は、CZ46はナナミさんそっくりなんだって」
「どういうこと?」
「フェルが持っていた写真という変わった機械があって、そこには人や風景がそっくりそのまま映し出されるわけ。そこにCZ46が写っていて、その姿形がナナミさんだったというわけ」
「ふむふむ、何だか分からない」
「つまり、こういうことよ、ナナミさんを見たらCZ46だと思うことね」

 それから二日後、カッセル守備隊は合同軍に参加するためロムスタン城砦から出陣した。
 王宮の守りの要衝ロムスタン城砦を離れるのは心残りだ。いよいよ出発という時、参謀のエルファが言った。
「王女様、心ばかりのプレゼントをご用意いたしました。城砦の城壁をご覧ください」
 マリア王女様が城砦を振り返った。
「おお、あの旗は!」
 王女様が見たのは、ロムスタン城砦に翻った何本ものルーラント公国の旗だった。

処刑台のニセ王女

 バロンギア帝国軍とグリア共和国軍の戦端はすでに切られていた。
 数の上では勝る帝国軍だったが、共和国軍は射程距離の長い大砲と新式の小銃で対抗した。無暗に突撃していたのではバロンギア帝国軍の損傷は増えるばかりとあって、進軍する速度は上がらず、ほぼ停滞していた。
 州都軍務部のスミレを隊長として戦場に到着したシュロス月光軍団は、カッセル守備隊の到着を待つ間、宿営地の後方に陣を張った。テント張りや食事のカマド作りに思いのほか人手と手間がかかっていた。順調にいけば守備隊は明朝には合流する見込みだが、スミレはシュロスに伝令を送り留守役のユウコにも出陣を促した。
 グリア共和国軍も同じことで、進めば進むほど本国からの輸送距離が長くなる。これでは物資や消耗する武器の補充が間に合わない。ことに小銃の弾丸は輸送が追いついていないので、無駄に撃つことはできなかった。
 両軍は一進一退を繰り返し、互いに睨み合っているだけになった。時折、局所的な攻撃を繰り出す状況が続いた。

    〇 〇 〇
  
 こちら、グリア共和国軍の女神戦隊は食料や武器の管理などの後方支援にあたっていた。さすがに女性ばかりの部隊に対して突撃命令が下りることはなかった。手柄次第では昇級を目論んでいる参謀のリビエラにはその点が不満である。
 シュロス月光軍団とカッセル守備隊が合同軍を結成したことは偵察により女神戦隊の陣営にもたらされていた。隊長のアンジェリカをはじめ、参謀のリビエラ、副将のノゾミたち幹部が作戦会議を開いていた。会議にはサクラやアスカも末席に控えていた。
「合同軍とは呆れるわね。自分たちだけでは戦えないって言っているようなものだわ」
「向こうは前線に出てきそうなの」
「いえ、まだそんな気配はありません・・・ロムスタン城砦に入城していた守備隊が予定より遅れているようです」
「所詮は寄せ集め集団。足並みが乱れているのなら、そこに付け込む隙があるかもしれない」
「ロムスタン城砦からの部隊には、ルーラント公国の王女が参陣しているという情報があります」
 副将のノゾミが言った。これは、送り込んだ偵察部隊によって得られていたことだった。
「せっかく出てきたのなら、引っ張り出してやりましょうよ、その王女とやらを」
 自ら前線にまで出陣してくるのだから、よほど戦争好きな王女だろう。それなら、その生意気な鼻っ柱をへし折ってみたい。
「王女を捕虜にできたら一挙に形勢が有利になるわ」
「誰か合同軍の陣営に潜入して、王女の身柄を確保してきなさい。成功したら望み通りの報酬を与える」
 隊長のアンジェリカが敵陣から王女を捕虜にせよと言った。だが、誰も顔を見合わせているばかりで、手を挙げる者はいない。敵陣に乗り込むなどと、そんな無謀な作戦が達成する可能性はゼロにも等しい。失敗すれば命を落とすだけだ。
「隊長・・・」
 参謀のリビエラが手を挙げた。
「王女を人質に出すのと引き換えに、攻撃を控え、休戦を持ち掛けるのはいかがでしょうか」
「そんなことができるなら、誰も苦労して戦争なんかしないわ」
「普通であれば・・・ですが、ここにいる補佐官のアスカが聞き込んだ情報では、カッセル守備隊の司令官と王女とは対立しているというのです。そこをうまく突けば人質として引き渡すと思います」
「アスカ、あんたはどこから仕入れたの、その話。面白いけど、ガセネタじゃないでしょうね」
 副将のノゾミがリビエラの話を疑った。
「アスカ、みんなに話してごらん」
 参謀のリビエラに促されてアスカが前列に進み出た。
「はい、実は、チュレスタの近郊で・・・」
 アスカは森の中で記憶喪失の女を助けたこと、そのCZ46という女がロムスタン城砦に潜り込んで調べた情報として、司令官と王女が不仲だったと話した。
 アンジェリカは半信半疑で首を傾げた。
「その話・・・事実であろうか、特にCZ46とかいう怪しげな女のこと」
「信じてよろしいかと思います。そうよね、アスカ」
 リビエラが念を押す。この話を信用してもらい、作戦が成功すれば、隊長に認められることは間違いない。それどころか、王女をグリア本国に連行できれば、さらに上層部の目に留まるだろう。部下のアスカの情報の真贋に自分の出世が掛かっている。ここが出世競争の分かれ目だ。
「はい、CZ46は正体不明なのですが、私に対して嘘をつく理由はありません。敵の司令官の名前を伏せておいたのですが、CZ46はフレアという司令官の名を調べてきました。間違いないかと思います」
 アスカも思わず言葉に力を込めた。
「なるほど、信憑性はありそうね・・・」
 アンジェリカが大きく頷いた。
 それを見てアスカが、
「しかも、不思議な能力を持っていまして、まるで空を飛んでいったかのように瞬間的に移動したのです」
 と、付け加えたのだが、これは不必要な情報だったようで、みな、一様に怪訝そうな表情をみせた。
 隊長のアンジェリカが幹部たちに意見を求めた。真っ先に口を開いたのは副将のノゾミだ。先遣隊として一緒に行動していたアスカが、いままで黙っていたことに腹が立った。が、そこは平静な顔をして、
「合同軍といっても、所詮は寄せ集めの部隊です。バロンギア帝国にとってはルーラント公国の王女など目障りな存在でしょう。使者だけでも送ってみてはどうですか」
 と、持ち上げた。
 部隊長のサクラはこんな作戦がうまくいくはずないとせせら笑った。ウソのような話を真に受けて、アスカが失点すれば出世争いで一歩先んじられるというものだ。
「それでは、本隊に進言してみましょう。合同軍に対して、王女を人質に差し出すよう書状を送りたいということで、いいわね」
 アンジェリカが立ち上がった。
「使者にはアスカを任命するわ」
     ・・・・・
 女神戦隊参謀補佐官のアスカは王女奪取の指示を受けて敵陣へと向かった。
 アスカが到着したのはカッセル守備隊が合流した翌日のことであった。連絡要員は二人いるが、随伴者はなく使者はアスカ一人だけだった。人質交渉に失敗したら、その場で斬り殺されることも覚悟した。
 攻撃の意思がないことを示す白旗を掲げて面会を求めた。見張り役の隊員に書状を渡すと暫く待つように言われた。
 合同軍の宿営地はバロンギア帝国軍の一番後方に置かれていた。女神戦隊と同じく物資の輸送などの補助的な任務を宛がわれているのだ。隊員が荷物を運びだし、離れた所に止まっている馬車に積んでいる。誰もがアスカには目もくれず黙々と運んでいた。そこへ、メイドが荷物を抱えてやってきた。他の兵士に比べれば小さな包みだが、メイドは馬車まで持って行かずに地面に置いた。というより、落とした。荷物に手を付いて、ハアハアと息をしている。女神戦隊でも戦場にメイドを連れてきているが、いざという時に備えて、多少の訓練は積んでいる。それと比べたらまったく役に立ちそうにないメイドだった。

 『・・・合同軍に参陣しているルーラント公国王女をグリア共和国軍に差し出すことを求める。この提案を受け入れるならば、当方はいったん攻撃を休止する用意がある。ただし、これを拒否するときは、バロンギア帝国軍は一兵残らずこの世から抹殺されるであろう・・・』

「グリア共和国女神戦隊の使者に会おう・・・」
 スミレは書状を置いた。対応に当たったロムスタン城砦から派遣されたエルファによると使者は一人だという。
「使者は参謀補佐官だそうです」
「いい度胸だわ。では、こちらは私と司令官、エルファさんで会いましょう。三者が揃った方がいい・・・それと、合同軍の者はできるだけ顔を合わせないよう指示してください」
 書状に目を通したスミレは、この要求を利用して膠着状態の戦況を打開することができるかもしれないと考えた。
 さっそく、隊長のスミレ、司令官のフレア、それにエルファが女神戦隊の使者アスカと会った。エルファは作戦担当の肩書である。三人が待ち構えるテントに入ってきたアスカは緊張した面持ちで床几に座った。
「グリア共和国軍女神戦隊、参謀補佐官のアスカです」
「使者の方には、ご苦労様です」
 スミレが自分はバロンギア帝国軍、司令官はルーラント公国、作戦担当はロムスタン城砦の者だと紹介した。
「たった一人で乗り込んでくるとは立派な覚悟ですね。まだ若いようだが、お幾つですか」
「19歳になりました」
「その若さで命を落とすのは気の毒でなりません」
「うっ」
 ここは敵陣の真っ只中、テントの外には見張りがいて逃げられそうにない。覚悟はしてきたものの、この狭いテントで一斉に飛び掛かられたのでは斬り殺されるのは必至だ。
 アスカは腹をくくった、というか、虚勢を張るしかなかった。
「こちらの要望には応えられないというのですか」
「当然です。こんな理不尽な要求を出してくるとは。よろしい、あなたの首を斬って敵陣に送ってやるとしよう。ルーラントの王女様を引き渡さなれば、バロンギア帝国軍の兵を手に懸けるとは筋違いもいいところ。ルーラント公国の兵を殺すというのなら分かりますが」
 スミレの言葉にカッセル守備隊の司令官のフレアが慌てふためく。
「それこそ無理な要求よ。あんな王女のために犠牲になりたくないわ」
 フレアは第七王女が皇位継承権を失ったダメ王女であり、辺境に島流しにされてきたことを吹聴した。
「王女を差し出しましょう、それぐらいしか役に立たないんだから」
 合同軍の代表者はそれぞれが勝手な理屈を述べて意見が割れている。内輪もめである。
「では、こちらの要望を受け入れてくれるというのですね。それなら、提案があります。私はここに残っても構いません。身代わりで・・・」
 アスカの申し出にスミレがいきり立った。
「バカなことを、補佐官風情に王女様の身代わりなど務まるわけがない」
「す、すみません」
 スミレに怒鳴り付けられた。
 司令官の口ぶりから要求が聞き入れられそうな雰囲気だったので、つい調子に乗ってしまった。
「一人で乗り込んだのは認めるが、だからといって思い上がるんじゃない」
「失礼なことを言いました」
 殺されても仕方ないくらいの大失態をしでかしてしまい、アスカは頭を下げて謝った。
 スミレが席を立ち、
「王女様のことはカッセル守備隊から来ている司令官に任せる。言っておくが、バロンギア帝国軍を巻き添えにするようなことだけはやめてくれ」
 そう言って出て行ってしまった。
 カッセル守備隊の司令官フレアはホッと胸を撫でおろした。ルーラント公国の王女に関することとあって使者への返答を一任されたのだ。そうなると使者との交渉はトントンと進んだ。第七王女を差し出す代わりに、グリア共和国軍は一定期間、攻撃を中止するということであっさり決着した。
 アスカは王女様を蔑ろにする司令官のフレアの態度に驚いた。そして、CZ46がもたらした情報の正確さにも感心したのだった。

 使者との面会の席をたったスミレはミキ、ホノカ、それにミユウを呼び集めた。
「グリア共和国軍の女神戦隊が、王女様を人質にと言ってきた」
「それはまた、無理な要求ですね」
「ところが、守備隊の司令官は乗り気な様子だった」
「ありえる、あの司令官なら」
 ホノカはあきれ顔だ。
「ああ見えて、王女様は意外と修羅場には慣れています」
「というか、王女様にとっては毎日が修羅場だったりして」
「すぐに殺されることはないですよ、利用価値は高いのですから」
 ミキとホノカは他人事のように言い、まともに答えたのはミユウだった。
「ルーラント公国の王女様がこの陣営にいることを、どうやって知ったのでしょうか。敵の偵察能力は侮れません」
「情報が漏れたんだな、監視を厳しくしよう」
「ところで、私たちが集められたのは、何か理由があるのでは」
「もちろん、これは敵陣に潜入できるチャンスでもある」
 スミレの言葉にミキが頷く。
「了解です、突入する人選は任せてください」
 ミキはいち早くスミレの意図を察知した。
「万一のため、王女様には護衛を付ける。バロンギア帝国からはミユウだ」
「また、私ですか」
「栄誉ある護衛だ。しかも、メイドに扮してもらう」
「はいっ、それなら頑張ります」
 ミユウの他にはカッセル守備隊のレイチェルを王女の護衛に付けることになった。
「使者の顔だけは覚えておくように。準備を整えて、三日後に王女様を送り出すことにしよう。」
 三日後とは言うが、もっと早い方が良いのではないかとミユウは思った。
「明日にでも出発できませんか。フェルの話では、明後日、つまり二日後に日食が起きるというんです。奪還作戦に日食を利用できそうです」
「何だね、その日食と言うのは」
 ミユウはフェルから聞いた日食の現象を説明した。
 太陽と月と地球が一直線に並んだ時に月の影で太陽が隠れて、昼間なのに夜のように暗くなる・・・
「お前、いつからそんなに賢くなったんだ。そもそも、地球とは何のことなの」
「地球とは私たちが住んでいる星です。この世界は平らなように見えて、実は丸い形をしているんです」
「地球とか、球形だとか、士官学校ではそんなことは教えていないぞ」
「私は見たんですよ、宇宙からの地球の映像を」
「宇宙?」
「この空の、遥か彼方のことです。空の上から、私たちの住んでいる世界を見た人がいるんです」
「それで、どのように見えたんだね」
「地球は青かった」
 ミユウはパソコンで見た地球を青かったのを鮮明に覚えている。
「ありえない・・・この世界が青いとは」
 スミレに言われてしまった。
「ところで、その日食とやら、本当に期待しても良いのか。こちらの生死が掛かっているんだ」
「はい、太陽が消えて暗くなったときが勝負です」

 さっそく、マリア王女様が連れてこられた。脇にはメイドに扮したミユウとレイチェルが従い、さらには本職のお付きアンナが心配そうに付いてきた。
「ルーラント公国第七王女様です」
 紹介された王女様を見てアスカは驚いた、陣地で荷物を運んでいたメイドだったからだ。
「あなたは、先ほど荷物を運んでいたメイドではありませんか」
「そうよ、重かったから、三つだけでやめたわ、私には荷物運びなんていう仕事は向いてないんだもの。それなのに司令官のヤツがこき使うの」
 王女様にしてはかなりくだけた物言いだ。とは言え、荷物を運んだのは立派なことだと感心した。軍のために働く王女様なのである。
「ところで、この人は誰、新しい召使いかしら」
 居並ぶ幹部たちは答えに窮した。カッセル守備隊の司令官フレアは、王女を目の前にして、またしても人質ですとは言いずらくなった。バロンギア帝国のスミレも、他国の王女様の処遇とあっては恐れ多くてかしこまっている。そこでロムスタン城砦のエルファが説明役に立たされた。
「畏れながら、マリア王女様には・・・ですね、その、何と言いますか、グリア共和国軍に赴いていただくことになりました」
「ふうん、こっちが勝ったので、私が王女として統治するってことね」
「先ほど、王女様を人質に差し出せという不届き千万な要求が届きました。この人は、アスカさんは女神戦隊から来た使者です」
「人質なんて、もちろん断ったんでしょう」
「そのつもりだったのですが、守備隊の司令官が王女様を人質でも何でも差し出すと返答してしまったのです。なにしろ敵は、要求に応じないとバロンギア帝国の兵を皆殺しにすると脅してきました」
「また、司令官が意地悪したんだ」
 エルファの後ろに隠れるようにしてフレアが軽く頭を下げた。
「このままでは戦闘が激化して、バロンギア帝国の兵には犠牲者が増えることでしょう」
「いいじゃん、どうせ兵隊なんて幾らもいるんだから。どんどん殺してもらいましょう」
「殺せなどと、これはまたご無体なことを・・・王女様に人質になっていただき、戦いが休戦になれば、多くの兵が助かり、故郷に帰って家族と再会できるというものです」
「バロンギア帝国のことなんか私には関係がないもん」
「では、この交渉は打ち切りにさせていただいてよろしいのですね」
「当然じゃない、使者はとっとと帰ってよ」
「何とおっしゃる。これを聞いたら、バロンギア帝国の皇帝はグリア共和国と休戦し、たちまちルーラント公国へと攻め込むでしょう。残念ですが、公国はひとたまりもありません。このエルファが保証いたします。そんなことになったら、国民は王女様を恨みますよ。自分の命が惜しくて国民を見捨てたとか」
「それはヤバい、今だって私は、あれこれ言われちゃってるのに、これ以上、恨まれたらどうしましょう」
「王女様が人質になれば、祖国を救った英雄として崇められ、宮殿には銅像が立って、人々は毎日、像の前に額づくことでしょう」
「それならいいわ。頭を下げられるのは得意だから」
「では、グリア共和国に人質として行ってくださるのですね」
「しょうがないなぁ・・・アンナも一緒だよね」
「王女様、このたびはアンナさんではなく、この二人のメイドがお供いたします」
 スミレがメイドに仕立てたミユウとレイチェルを紹介した。
 ところが、何も知らない王女様は、
「この二人は・・・メイドじゃないわ」
 と言ってしまった。
 これでは作戦がバレてしまう。説明役のエルファは冷汗が出てきた。
 グリア共和国軍の使者アスカがこれを聞き逃すはずがない。戦場に送り込まれたメイドだから、剣の使い方ぐらいは心得ているだろう。もしかしたら兵士がメイドに成りすましている可能性もある。
「王女様、この二人はメイドではないんですか」
 アスカが王女様を追及した。
「そうよ、メイドじゃなくて、私の奴隷だもん」
 アスカもエルファも同時にこけた。
「奴隷なんだから、私の身代わりになって殺されなさい。褒美のお金を与えるわ」
「死んだら褒美はもらえません」
「それに、貧乏王女様だから、普段はメイドになって働いているんでしょ。しかも、サボってばっかり。給料は少ないし、お金なんかないくせに」
「痛い所を突かれたわ・・・それじゃあ、レモンちゃんを私の替え玉にしよう。あれなら殺されたってかまわない」
「マリア王女様、身代わりだなんて、どうして、そんな大事なことを使者の前で言ってしまうのですか」
 相変わらず秘密を漏らしてしまうマリア王女様であった。
「うっかりしてました」
「それに、死んだってかまわないとは・・・人の命を軽視するにもほどがあります」
「みんなの言う通りですよ、王女様。ここは、自分の身を投げ棄ってでも、ルーラント公国の人々を救う覚悟を決めてください」
 アンナが決断を促した。
「そんなこと言うんだったら、アンナも来なさいよ」
「王女様がお亡くなりになったことを宮殿に伝えるのが、アンナに与えられた使命かと存じます」
「それもそうね。誰にも知られずに死んだらつまらないもの」
 王女様はお付きのアンナに言い含められ、泣く泣くグリア共和国軍に引き渡されることを承諾したのだった。ホノカやミキは決意が変わらないように、王女様にしかできない役目だとか、これで庶民は救われたなどと盛んにもてはやした。
 交渉の結果、アスカは一足先に自軍に戻り、明日の早朝に王女様一行が出立することに決まった。
 ミユウはアスカの後ろ姿を見送った。
 この女が偵察要員としてロムスタン城砦に潜入していたのだろうか、まだ若いのに、なかなかヤリ手だわ・・・
 しかし、こちらにも作戦がある。そのためには、王女様には公開の場に出てもらわなくてはならない。危険は承知の上である。そうなるように仕向けるのがミユウの役目なのだ。
 勝負は明後日の昼過ぎだ。

    〇 〇 〇

 王女が来るまでは信じないと言われた。無理もないことだ。使者に立って交渉してきたアスカでさえ、本当に王女様が来るかどうか確信が持てていない。しかし、参謀のリビエラの前では、きっぱりと言い切ってみせた。
「必ず来ます・・・リビエラさんのためにも、必ず」
「王女が現れたら、私たちの勝ちね」
 リビエラにとっては部下のアスカが手柄を挙げてくれれば出世レースが有利になるだろう。だが、アスカがあまり目立ち過ぎても困る。王女を人質にできたことで隊長のアンジェリカに気に入られたら、上官の自分よりも脚光を浴びるかもしれない。おいしいところを奪い取って、部下の手柄を横取りすることも考えた。
 翌日の夕方、リビエラの妬みをさらにかき立てるように、ルーラント公国第七王女様を乗せた馬車が女神戦隊の宿営地に到着した。本当に王女がやってきたのだ。使者として面会したアスカが間違いなく王女であることを確認した。夜が迫ってきたので、王女一行を仮のテントに監禁して厳重な見張りを置いた。
 喜んだのは女神戦隊隊長のアンジェリカだった。アスカには気の毒だが、敵に首を刎ねられても仕方ないと思っていた。一人、手ぶらで帰ってきた時にも、うまく丸め込まれたぐらいにしか思っていなかった。それが、見事に役目を果たして大きな成果を挙げたのだ。さっそくアスカをテントに招き入れた。
 若いアスカは興奮を抑えきれないといった様子だった。敵国の王室の一員を捕虜にしたとあれば戦闘が始まって以来の最大の殊勲である。
「よくやったわね、アスカ」
「はいっ、死ぬ気で使者を務めて参りました。ダメだったら、この私が捕虜となってもと覚悟しましたです」
「その気迫よ・・・それに、アスカは頭が切れるのね。参謀補佐官ではもったいないくらい」
「これからも、補佐官としての職責を果たせるよう励みます」
「私は隊長を辞めたあと、帝都の軍務省に配属になるんだ。その時に、アスカを連れて行ってもいいわ」
「私を帝都に、ですか」
 アスカは突然の提案に驚きを隠せない。
「とりあえず、あの王女の取り調べは任せる。王女といえど、手加減はしないでね」

 一方、人質にされた王女様は狭いテントに押し込められていた。メイドに扮したミユウとレイチェルも一緒だった。
 王女様を囮にした敵陣突入作戦なのだが、本当のことを教えるとマリア王女様がうっかり口を滑らせかねない。ミユウもレイチェルも「覚悟を決めてください」とか「死刑にされないよう、よくお願いするんですよ」などと慰めるくらいに止めておいた。
 さすがは王室の一員というか、あるいは諦めているのか、王女様は、
「あーあ、お菓子が食べたい。我慢できないよ」
 と、呑気なものだった。
 一夜が明けて、さっそく取調べが開始された。ミユウとレイチェルも同席を許された。尋問に当たったのは、使者として赴いた参謀補佐官のアスカだった。
「王女様に幾つかお尋ねします。正直に答えてください。まず、人質になった今の心境はいかがですか」
「決まってるでしょ、サイテーよ。それもこれも、新しい司令官が私に意地悪ばっかりするから。ナナミさんは優しくて、私を守ってくれたのに」
「ナナミさんというのは誰ですか」
「前の司令官です。でも、ナナミさんは、他の隊員を助けようとして戦場で犠牲になりました・・・」
 アスカは王女の証言を書き留めたた。ナナミという前任の司令官は王女からも慕われていたようである。それに比べて現在の司令官は王女様を人質に差し出すくらいだから相当に不仲である。
 それから王女様が身の上話を始めた・・・
 皇位継承権を失ったとか、母は正室のお妃ではないとか、知られたくないことを司令官に暴露された・・・それを聞いてアスカは同情してしまった。宿営地でメイドとして働いていた姿も忘れられない。わがままで勝手なことばかり言っているけど、それは高貴な人にはよくある言動だ。この王女様を捕虜として作戦に利用したり、まして処刑するのは気の毒になった。隊長にもそのように報告することにした。
「分かりました・・・捕虜として本国に送致することになるでしょう。しばらくは不自由な暮らしになりますが辛抱してください」
「ありがとう、アスカちゃん。連れてきた奴隷たちは適当に処分してもいいからね」
「いえ、王女様だけでも捕虜にできればいいんです。このメイドさんたちを殺したりはしません」
 アスカが物分かりがいいので予想外の展開になってきた。
 むしろ、公開の場に引きずり出してもらった方がいいんだけど・・・ミユウはわざと王女様をけしかける作戦を考えた。
 ミユウが仕向けるまでもなく、その時がやってきた。
 アスカの報告を聞いた隊長のアンジェリカは、部隊長のサクラをテントに呼びつけた。
「取り調べたアスカが王女を本国に送ってはどうかと言うのよ。それじゃ、つまらない。あなたたちで王女のヤツを痛め付けてやりなさい。鞭打ちでも拷問でも好きにやっていいわ」
「はいっ、お任せください」
「そうだ、王女を公衆の面前でイジメてやりなさい。辱めを与えるのよ。人をたくさん集めなさい、私も見物に行くから」
 サクラは小躍りして喜んだ。敵陣から王女を連行してきたアスカの評判が上がり面白くないところだった。そこへ手柄を横取りするいいチャンスが巡ってきた。これを逃す手はない。
 すでに噂を聞きつけた隊員が王女のテントの周囲に集まってきていた。中にはグリア共和国軍に降伏したあちこちの城砦の兵も混じっている。みな、王女の処刑を望んでいる。首を切り落としてグリア共和国軍の強さを見せつけるのだ。

 ルーラント公国第七王女マリア王女様は、集まった群衆の前に引き出された。のんきな王女様はにこやかに手を振って「声援」にこたえている。
「みんな、私を歓迎してる。私はここでも人気があるのね」
「いえ違います、死刑にせよと叫んでいるのです」
「誰を?」
「王女様に決まってるでしょ」
 死刑と聞いて固まった。
「ミユウちゃん、それはヤバいじゃん・・・さっきと話が違うんだけど」
 女神戦隊、七姫の一人、ナーニャがマリア王女様の腕を掴んだ。
「何をブツブツ言ってるの、ほら、三人とも処刑台に上がるのよ」
「いやん、助けて」
 抵抗も虚しく、というか、ほぼ無抵抗のまま、王女様は処刑台の上に乗せられたのだった。処刑台には太い柱が据え付けられていて、上からは輪になった縄がぶら下がっていた。
「ルーラント公国第七王女とやら、これからお前を処刑する。絞首刑がいいか、それともギロチンがお望みかな」
「どちらかというと、王女様はギロチンが好きでして、子供の頃からギロチンごっこをして遊んでいたそうです」
 ミユウがわざと火に油を注ぐように言う。
「これはごっこ遊びじゃない、本物だね」
 レイチェルも他人事みたいに楽しんでいる。死刑を宣告された当の王女様はそれどころではなくない。
「ヤバいったら、あなたたち、私の身代わりになりなさい」
「そういう役目は気が進まないんですけど」
「奴隷なんだから、無理にでも気が進むでしょ」
 死刑を目の前にしても真剣みのない態度に女神戦隊のサクラがキレた。
「このバカ王女」
 サクラが王女様の肩を小突いた。
「ひどい、私を殴った」
「もう一発お見舞いしてやろうか。ここに集まった群衆はそれを期待しているのよ、死刑を宣告されたルーラントの王女が泣き喚くのをね」
 処刑台の周りには人質となった王女様を一目見ようと二重三重の人垣ができていた。口々に、死刑だ、殺せと叫んでいる。ミユウは群衆の中にミキとホノカが紛れ込んでいるのを確認した。準備は整いつつある。時間が気になった。日の高さからして、そろそろ日食の時間が迫ってきているはずだ。

 参謀補佐官のアスカはこの展開に困惑した。隊長には本国に送致が相当すると具申したのに、それではすみそうにない状況だ。マリア王女様は、カッセル守備隊の司令官フレアに利用された、ナナミという前任の司令官だったらこんなことにはならなかったと嘆いていたのだ。
 しかも、これでは自分の手柄をサクラに横取りされてしまう。一人で敵陣に乗り込んで交渉に当たったのはアスカだというのに。その願いを砕くように、群衆を蹴散らしながら女神戦隊隊長アンジェリカが姿を現した。
「王女はどこ・・・?」
 処刑台の上には三人の娘が上がっていた。二人はメイド服だ。残る一人は白いフワフワした白いドレスを着ている。
 これが王女なのか?
「ふん、まだ子どもね。見るからに弱そうじゃない」
「女神戦隊隊長様の前だよ、頭を下げなさい」
 サクラはレイチェルの背後に隠れた王女様を引っ張り出した。
「いけません、手を放して」
 王女様が何を言おうと無視をする。サクラは王女様を乱暴に転がすと背中をギュッと押し付けた。
「お前が王女だなんて聞いて呆れるわ」
 女神戦隊の隊長アンジェリカが右足で王女の背中を踏んだ。グリア共和国の将官がルーラント公国第七王女を辱めたのだった。
「こんな弱虫はお前に任せる。サクラの好きなようにいたぶりなさい」
「さっきと約束が違うんですけど。アスカさんは本国に送ると約束したじゃない」
 ミユウがアンジェリカに食って掛かった。というよりは気が変わらないようにと、わざとけしかけたのだ。
「黙れ、メイドの分際で何を言うのか。アスカ如きに決められるものではない。生かすも殺すも、お前の運命はこの隊長が握っている」
 サクラは王女様の身体を調べていたが、これといった豪華な装飾品を身に付けてはいないようだった。所詮は弱小国のそれも第七番目の辺境に追放された王女だ。それでもドレスの袖から腕に巻いた時計が見えた。それを取り外そうとするとメイドのミユウが手を伸ばしてきた。
「引っ込め」
「あひっ」
 突き飛ばされた瞬間、ミユウは時計の文字盤をしっかりと確認した。サクラはその時計を隊長のアンジェリカに差し出した。アンジェリカは戦利品の時計を懐にしまうと王女に向かって言った。
「それでは処分を言い渡す。マリア王女、お前には進軍する我軍の先頭に立ってもらうことにしよう。盾になるのだ。それを見たら合同軍はさぞや困るだろう。攻撃したら、真っ先にお前に命中するわけだ。どうだ、粋な計らいであろう」
「合同軍を攻撃しないって言うから人質になったんですよ。それなのに、私を盾にするなど、そんな危ないことをしてはいけません」
「ここは戦場なの、どんな手を使っても勝てばいいんだから。この処刑台で盾になったときの訓練でもすることだな」
 アンジェリカはそう言って処刑台を降りた。
「決まったわ、ここで突撃の予行演習でもするとしようか」
 処分を任されたサクラは王女様を処刑台の柱の前に座らせた。
「ああん、ダメですよ、痛いっ、助けて」
「集まった人たちに、泣き顔でも見せるのね」
「誰か、助けて・・・助けて」
「残念でした。お前の足元をご覧」
 女神戦隊のナーニャが処刑台の床を示す。
「この床板は左右に開いて下に落ちる仕掛けになっているのよ。床下には茨の木がたっぷり敷き詰めてあるわけ。ストンと落ちて全身を茨に刺されるのがいい。突撃隊の先頭に立った時は、こんなものではすまないからね」

 ここがそのチャンスだ・・・
 ミユウがマリア王女様の側に駆け寄った。
「王女様、今から、私の言う通りにしてください」
「あなたが身代わりになってくれるというのね、ミユウちゃん、エラい」
「いえ、ここから逃げて助かる方法です」
 これが助かる手段だとは言ったものの、ミユウにも成功するかどうか、その確信は持てない。
「その方法とは、いいですか、私が言ったことを同じように繰り返すのです。そっくりそのまま、集まった群衆に聞こえるように大きな声で言ってください」
「それならできます」
「では、いきます・・・
『みなの者、聞くがいい。この私を殺せるものならやってみなさい』
 はい、王女」
「嫌よ、そんなこと言ったら殺されちゃう」
「これが作戦ですと言ったでしょ」
「はい・・・ええと、なんだっけ、聞くがいい、私を殺せるものならやってみなさい」
「その調子。次は・・・
『私はこの世を治める王女です。この私に不可能なことなどありません』」
「私はこの世を治める王女様です。だから、私にできないことはないこともないですけど、でも面倒なのサボってやらないだけです」
 それを聞いて群衆がどっと沸いた。腹を抱えて笑う者もいる。
「王女様、勝手に変えないでください。次、次、いきます。
『もしも私が死んだら、この世は暗闇に閉ざされるでしょう』」
「私が死んだら、この世は暗闇に閉ざされる・・・」
 マリア王女様が言うと、群衆は、それからどうなる、あんたが闇に落ちるんだなど騒ぎ出した。今にも石を投げつけようかという形勢だ。
 ミユウは少し不安になってきた。
「そろそろ日食が起きるはずなんだけど。フェルの話では、太陽が月に隠れて見えなくなって夜みたいになると言ってたのに、ゼンゼンお昼のままだわ。これはヤバい。どうしよう、このあとはどうするんだっけ」
 群衆はますます騒ぐ。消えるはずの太陽は燦燦と輝いている。フェルの話は本当なのだろうか。
 失敗したら・・・ミユウは焦って王女様への指示を忘れてしまった。
「ああん、フェル、フェルのことは疑ってないんだけど・・・でも」
 やはり日食などという現象は起きないのだ。太陽が隠れるて昼が夜になるなんてありえないことだ。
「王女様、ごめん、都合により急遽、予定を変更します」
『都合により、キューキョ、予定を変更します』
「そこは言わなくていいんです、ちょっとヤバいんだって」
「ヤバいんですか」
「この状況、超ヤバいですよ。この時間帯に太陽が月に隠れるって、フェルが言ってたんです。それで、すぐにまた明るくなるから、その隙に逃げようと思ったのですが。すいません、どうやら気のせいでした」
「気のせいだなんて」
「予定変更、というか、最初の予定通り、王女様、死刑になってもらっていいですか。だって、太陽は消えないんだもの」
「ふんふん、太陽がね・・・そう」
「王女様だけ死刑になってください。その隙に私は逃げます」
 図書係のササラが見せてくれたベストセラー「処刑台のニセ王女」が、まさに現実のものとなってきた。
 本に書いてあったのは、死刑になるのは王女様だけだったはずだ・・・

 その時、マリア王女様が右手を空に差し伸べた。
「お前たち、よく聞くがいい、これから奇跡を見せてあげよう」
「王女様?」
「空に輝く、あの太陽をご覧。太陽の光は世の中を照らし、作物に恵みをもたらす。しかし、太陽がなくなったらこの世は闇に閉ざされる」
 ミユウに指示されたのではなくマリア王女様自らが語りだした。
「この私は太陽よ。私が死んだら、あの空に輝く太陽が消えてしまうことと同じだわ。それでもいいの。私に指一本でも触れたら、あなたたちに永遠に朝は来ないでしょう」
 ザワ、ザワ・・・
「私には何でもできる。太陽も私の命令を聞くのよ。いいこと、今から、ちょっとだけ、あの太陽を隠してみせるわ」
 ザワ・・・冷たい風が吹いてきた。
 その時、王女様の宣告に合わせるかのように、太陽が欠けだし辺りが暗くなってきた。
 ついに日食が始まったのだ。
「フェルの言った通りだわ・・・これが、日食ね」
 ミユウは初めて見る現象にゾクゾクしてきた。
 太陽が隠れて涼しくなったきたということにも気が付いた。そして、だんだんと暗くなるにつれ、鳥が騒ぎだした。バサバサと飛び交い、ギャーギャーと叫ぶような鳴き声で飛び回った。騒いでいるのは鳥だけではない。群衆がざわめきだした。それにつれてグリア共和国軍女神戦隊も何事かと空を仰いだ。
「ああ、信用してたのよ、フェルのこと・・・」
 ミユウは一瞬でも疑ったことを反省した。フェルは何と凄いのだろう、日食の時間までピッタリ言い当てたのだ。
「ほらね、言った通りでしょう。私の力を存分に見せてあげたわ」
「ありがとうございます、王女様のおかげです」
 実は日食という自然現象なのだが、ここは王女様をおだてるしかない。自分たちの生死が掛かっているのだ。
「ところで、王女様、一度、予定変更したんですが、急遽、状況が変わりましたので、変更は取り下げて元通りに変更します」
「ややこしい、それで、今度はどうするの」
「逃げるんです」

    〇 〇 〇

 その頃、シュロスの城砦でも日食イベントが始まろうとしていた。
 昨日、前線から援軍を要請する伝令が到着した。それによると、戦況は苦戦しており応援部隊を送って欲しいということだ。さっそく留守部隊のユウコが部下を率いて輸送部隊と共に出陣することとなった。
 フェルはミユウのことが心配だった。ミユウは剣や槍で敵と戦うよりも偵察を得意としている。味方が苦戦しているというのなら、ミユウも戦闘に駆り出されるかもしれない。できることなら自分も前線に赴き、戦術のアドバイスをしてあげたい。後方での支援ならば可能なはすだという思いを持った。
 そこで、月光軍団のユウコに参陣させてもらいたいと申し出たのだが言下に却下された。民間人であり訓練を受けていない人間を戦場に連れて行くわけにはいかない。そもそも月光軍団とカッセル守備隊は共に女性だけの部隊だから、男であるフェルを自軍に加えることはできないと断られた。確かにその通りだった。さらには、未来から来たフェルが戦闘で命を落とすようなことってはならないという気遣いでもあった。

 いったんは諦めたフェルだったが、思いがけずチャンスが巡ってきた。
 シュロスの城砦には、前線部隊は苦戦しているのではないかとの噂が広がった。住民の動揺が収まらないのを見て、フェルはある計画を思い付いた。ユウコと文官のリサ、アヤたちに進言したところ、三人とも半信半疑だったが承諾してくれたのだった。
「昼が夜になると言われても・・・」
 誰もが疑うので、フェルは太陽、月、地球の図を指示した。
「この三つの天体が一直線に並んだ時に起こるのが日食という現象です。年に数回は見られるのですが、とくに皆既日食、つまり太陽が完全に隠れるのは、数十年に一回くらいのとても珍しいことなんです」
「その日食というのが、ここで起きるというのね・・・ところで、この、地球ってなんなの、太陽と月は分かるけど、こんなの空に出てないわ」
 元ローズ騎士団のアヤが言うとソフィーが突っ込む。
「あれ、地球を知らないんだ。アヤさんが立っている足元、これが地球よ」
「ありえない、この世界はどこまでも平らな大地じゃないの。丸くなんかないわ」
「地球が丸いのは子どもだって知ってるよ、そんなの常識」
「ソフィーさんの言ってることは本当なの」
 アヤがフェルに尋ねる。
「はい、その通りです。地球が丸い球体だというのは事実です」
「ふうん、さすがは未来の学者さんだわ」
「日食について詳しく言うと、太陽が月の影に入り、だんだん欠けだして、数分後には完全に隠れ夜のように暗くなります。これが皆既日食です。ご安心ください、その後はもと通りに明るくなります」
「時間まで分かるのですか」
「日食を目の当たりにしたら、城砦の人たちはきっと驚くでしょうね」
「この時代だと悪魔とか魔女の仕業だとか言い出しかねません。そこで、僕が申し上げた計画の出番です」
「日食をグリア共和国軍のたくらみということにするわけね」
「そうです、それを合同軍が追い払うというストーリー。これならシュロスの城砦の人たちも安心するでしょう」

 こうしてシュロスの城砦では、日食イベントが開かれることになった。
 太陽が隠れたのは敵のグリア共和国軍のやったこと、それを正義の魔法使いが打ち払うという見世物を演じることになったのである。問題は誰が正義のヒーローになるのかだった。ユウコやリサは城砦に顔を知られているので、いまさら魔法使いでしたとは言い出せない。そこで選ばれたのはソフィーだった。ソフィーはやる気満々、肌も露わなスケスケの衣装を着て、広場に造られた演台の上に立った。
 初めにシュロス月光軍団文官のリサが群衆を前に口上を述べた。
 グリア共和国軍の侵略に対し月光軍団とカッセル守備隊は勇敢に戦っている。敵は卑怯な手段を用いて、この世を暗黒の世界にしようとしている。しかし、こちらには正義のヒロインが降臨した・・・
 そこへ人込みをかき分け、魔法使いに扮したソフィーが登場した。颯爽と現れたソフィーは衣装もバッチリ似合っていた。なにしろレースクイーンだっただけに、スタイル抜群、登場しただけでその場の空気を支配してしまうほどだった。
 ソフィーは「美人すぎる魔法使いだ」「我らを救ってくれ」と群衆から口々に讃えられていい気分だ。
「ホッホッホ、私こそが魔法使いの女王様よ」
 ソフィーは空に向かって両手を伸ばし、
「悪魔どもよ、太陽を隠しても、この私が代わりに世界を照らすであろう。私はみなのために、シュロスの城砦のために祈りを捧げる」
 と、覚えたばかりのセリフを叫んだ。
「堂々としたもんですね」
「似合ってる、まさに正義の味方の魔法使いって感じ」
 群衆の後ろでフェルとアヤはソフィーの演技に感心して見入っていた。
 ところが、群衆の中にはソフィーの乗る台の側に近寄って、「ねえちゃん、エロいぞ」「美脚が美しい」「もっと脚を開け」などと言い出す者まで出てきた。身を乗り出してソフィーの衣装を引っ張ろうとする男もいる。
「やめて、ダメ、いやん、きゃぁん」
 とか言いながら、ソフィーは満更でもなさそうだ。フェルは困ったなと思いながらも、群衆に押されて近づくことができない。
「そろそろ時間だ」
 フェルは時計を見た。
 その時、辺りが暗くなりだした・・・日食が始まったのだ。
「ちょっと、あんたたち、言った通りでしょ、暗くなってきたじゃん」
 群衆がピタリと静かになった。
「ナントカ共和国が太陽を消そうとしてるの。それを私が食い止めるんだもん。ここが肝心なの、衣装を引っ張って邪魔しないでったら」
 今や太陽の半分以上が月の影に隠れようとしていた。シュロスの城砦の日食イベントのクライマックスだ。
 すでに太陽はその八割が欠けてきた。城砦の住民は、初めて見る現象にオロオロした。このまま太陽はなくなって、永遠に闇に閉ざされるのではないだろうかと不安になった。
 薄暗くなってシーンと静まり返えるシュロスの城砦。
 この時だとばかりソフィーは踊り始めた。腰を振り、フラダンスのような、ポールダンスのような、腰をクネクネ、脚を広げてテキトーなダンスを踊った。時間が経てば太陽は復活するのだから、踊ったり、呪文らしい言葉を唱えて、さも魔法を使ったと見せればいいだけのことだった。ところが、ソフィーはフェルの計画を無視して激しく踊りまくる。
「おお、いいぞ、ねえちゃん」「もっとやれ」「キャワイイ」「エローイ」
 群衆が盛んに囃し立てると、ソフィーは声援に応えようと、激しく腰を振りお尻を突き出す。ますますエロいダンスになってきた。
 今や主役は太陽でも月でもない、魔法使いのソフィーだった。
 そして、太陽が全て隠れる瞬間が訪れた。皆既日食となった瞬間、ソフィーはピタリと跪いて祈るような姿勢で動きを止めた。
 いったいどうなるのか、群衆は太陽でなくソフィーの姿を食い入るように見ている。
「今や敵の勢いは止まるところを知らない・・・しかし、我々は決して負けない」
「そうだっ」「頼むよ姉ちゃん」「あんたが見えない」
「さあ、私と一緒に祈りなさい」
 ソフィーが祈りを捧げたとたん、一条の光が差し込んだ。
「光よ、光、この者たちに恵みを与えよ」
 単に日食が終っただけのことだけなのだが、そうとは知らない人々は、まるでソフィーが魔法を使ったのだと思い込んだ。群衆はどよめき、ますます騒ぎ出し、一斉にソフィーの元に駆け寄った。
「太陽が戻った」「あんたこそ太陽だ」「我らの女王様」「最高だ」「触りたい」
 そこからはもうハチャメチャの大騒ぎになった。ソフィーは興奮した群衆から脚や胸を触りまくられ、髪を引っ張られ、抱きつかれた。
「お前ら、お触りはタダじゃないぞっ」
 予想外の大成功にユウコもアヤも大喜びだった。

   〇 〇 〇

 ところ代わって、こちらはグリア共和国女神戦隊の陣地である。
 マリア王女様は文字通り「処刑台のニセ王女」になるところであった。日食作戦と王女様の機転で死刑を回避したミユウたちは騒ぎに乗じて脱出を試みた。しかし、処刑台の周囲は群衆が幾重にも取り囲んでいる。しかたなくミユウとレイチェルはマリア王女様を守るようにして肩を寄せ合っていた。一方、グリア共和国軍女神戦隊のサクラは押し寄せる群衆に裾を引っ張られて身動きが取れなくなっていた。
「王女様!」
 カッセル守備隊のホノカが群衆の一人の背中に飛び乗った。背中を踏み付け頭を蹴ってピョンピョンと進み処刑台の上に飛び上がった。
「助けに来ました」
 ホノカは王女様を抱きかかえた。月光軍団のミキも遅れてなるものかと台によじ登り、その勢いでサクラにパンチを喰らわせた。
「ホノカ、早く、王女様を逃がして」
 処刑を見物にきた群衆に取り囲まれているのでは、一人だけならともかく王女様を抱えて逃げることはできない。ホノカはとっさに王女様を頭上に担ぎ上げた。集まった人々の頭越しに投げつけようというのだ。それを見て、女神戦隊の隊員が弓を構えた。白いドレスの王女様は格好の的だ。
「撃てるものなら、撃ってみなさい」
 ビュッ
「キャハン」
 矢を放った瞬間、その隊員は群衆に足元を掬われた。矢は力なく飛んでいき、王女様のフワフワしたドレスを突き破った。
「撃たれたっ」
「すいません、王女様、本当に撃つとは思わなかったんです」
 狙いが外れたから良かったものの、危うく王女様は串刺しになるところだった。
「王女様、飛んでいけっ」
 ホノカが王女様を勢いよく投げた。王女様の身体が空中を舞う。その先にはリーナが手を広げて待っていた。
「うひゃあ」
 ドスン、リーナはしっかりマリア王女様をキャッチした。

 女神戦隊の七姫の隊員モカは必死で人込みをかき分け処刑台に駆け上がった。しかし、空を飛んだ王女様とは行き違いになっていた。ミキが背後から突き飛ばすとモカは勢い余って処刑台の柱に激突した。
 部下に任せてはいられない。副将のノゾミが小銃を構えた。だが、敵味方が入り混じっているのでは銃が撃てない。動き回っているうちにメイドに照準を定めた。王女に入れ知恵をしていたメイドだ。
 ビシッ
「うわ」
 ミユウを救ったのはカッセル守備隊のレイチェルだった。レイチェルは飛んできた弾丸を素手で掴み取ったのだ。すかさず掴んだ弾丸をノゾミに投げつける。
「ぎゃっ」
 弾丸がノゾミの額を掠めた。
「す、凄い、レイチェルちゃん」
「ミユウちゃん、逃げて、今よ」
 ミユウは群衆の隙間に飛び込んだ。
「逃げられた」
 まさかの大失態にサクラは焦った。いつの間にか合同軍の兵士が紛れ込んでいたのだ。新たに雇った兵と似たような戦闘服を着ていたので気が付かなかった。台の上にはメイドが一人いる。サクラはメイドを捕まえようとした。
「お前だけでも捕虜にしてやる」
 だが、メイドに足を払われ、そのはずみでモカとぶつかった。一足先に下に降りていたミキがこれを見逃すはすがない。
「逃げろ、レイチェル、床が落ちるぞ」
「ヤバい」
 レイチェルはとっさに丸太の柱に抱きついた。
「今だっ」
 バシッ
 ミキが床板を止めていた縄を切ると板が真っ二つに割れ、サクラは隙間から床下にストンと落ちた。
「あっ、うわはっ・・・・ギャアアア」
 床下には棘が待ち受けていた。尖った棘に引っ掛かったサクラは悲鳴を上げた。棘が腕に絡みつき、首にも巻き付いた。痛くて引っ張ろうとしたが、指に棘が突き刺さる。握った指から血が垂れた。そこへモカが転げ落ちてきた。
「おひっ、あひぃ」
 モカも棘に捕まった。
「ゲゲ、グヒェエ」
 サクラが苦し紛れに引っ張れば、モカの身体に棘が食い込む。二人は自分たちが仕組んだ棘地獄に捉えられ床下でのたうち回るしかなかった。

 ミユウは群がる人々の足の間を這って進み、やっとの思いで外へ出ることができた。
「あら、ミユウちゃん、そんなところで何をしてるの」
 先に脱出した王女様が呑気に言った。
「見れば分かるでしょ、地面を這って逃げてきたんです」
「私なんか、空を飛んで一番乗りよ」
「こっちは銃で撃たれて死ぬところだったんですから」
「レイチェルは? レイチェルはどこ」
 ミユウは逃げてきたが、一緒にいたレイチェルの姿が見えない。
「あんな所にいます」
 王女様が処刑台の上を指差した。処刑台に据え付けられた丸太の柱にてっぺんにレイチェルが掴まっていた。
「あれでは小銃の的になっちゃう」
「そうね、百発百中だわ。どうせ助からないんだから、放っておいて逃げましょう」
 仲間を見捨てる王女様だった。
 メリッ・・・バキ
 レイチェルの掴まっていた丸太が根元から折れ王女様の方へ降ってきた。
「どひゃー、逃げろ」
 
 参謀補佐官のアスカはなすすべもなく立ち尽くしていた。
 王女様処刑作戦はもろくも崩れ去った。アスカは王女様を本国に送致するよう進言したのだった。隊長に反対され、そして、隊長やサクラの発案で、この場で見せしめにすることになったのだ。だが、今はそんなことにこだわっている場合ではなかった。合同軍が突撃してきて王女様を連れて逃げていったのだ。敵兵を追撃するために精鋭部隊の数人が後を追って行ったのが見えた。
 アスカは参謀のリビエラを探して本陣に駆け出した。

 ミユウとレイチェルは王女様を守りながらその場を立ち去った。この先にはカッセル守備隊のアカリが荷車を用意して待っている。そこまでは全力で走らなければならなかった。王女様の足では遅れがちだったし、目立つドレスを着ているのでは標的になりやすい。
「王女様、早く・・・」
「はひい」
「誰か、来る」
 レイチェルが背後から足音が迫ってきたのに気付いた。一人か二人、人数は多くなさそうだ。だが、前に回り込まれたら王女様を庇いきれない。
「私が応戦しますから、先に逃げて」
 言い終わらないうちに敵が襲いかかってきた。精鋭部隊、七姫のナーニャがレイチェルに斬りかかった。
 ガキッ
「おうっ」
 斬りつけた方のナーニャがもんどりうってひっくり返った。レイチェルの身体は寸前で硬い鋼鉄状に変身しナーニャの剣をへし折ったのだ。
「こ、こいつ・・・いったい」
 ドス
 レイチェルはナーニャのお腹にパンチを叩き込み気絶させた。
「そうだ。ドレスを着替えさせよう、レイチェルはそっちを脱がせて」
 ミユウが王女様のドレスをはぎ取るように脱がす。レイチェルはナーニャの鎧と戦闘服を引き裂いた。
「この隊員に白いドレスを着せるの。敵は王女様だと間違えるよ」
「私、私は、どうするの、鎧は重くていやよ」
「王女様はこれを着てください」
 ミユウが取り出したのは変装用に持ってきたカボチャの衣装だった。オレンジ色の生地に緑でヘタが縁どられている。
「あら、可愛い、カボチャ」
「これを着れば王女様とは気づかれません。もし逃げ遅れたとしても、畑に隠れてください。自分はカボチャだと思うんです。いいですね、カボチャですよ、王女様」
「カボチャになるのね、面白そうだわ」
「こっちは必死なんです。カボチャ王女様」

 月光軍団のミキ、カッセル守備隊のホノカとリーナの三人は敵陣で暴れまくっていた。王女様を救出できたので、残る使命は敵軍にダメージを与えることだ。
「輸送隊の荷物を焼き払うぞ」
 ミキが弓に火箭をつがえて放つと輸送隊の馬車に命中し幌を突き破った。とたんに赤い炎が上がる。燃え盛る荷馬車を押して敵陣に突っ込めば、一挙にすべて焼き払うことができる。
「行くぞ」
 三人が馬車を押し出したその時、左手に豪華に装飾を施された貴賓車が目に入った。グリア共和国の旗が翻っているところをみると、隊長か司令官クラスが乗っているのだろう。
「逃げるなっ」
 リーナが荷馬車から手を放し貴賓車に向かって駆けだした。
「女神戦隊、隊長か! 出てこい」
 叫びながら大ぶりな石を投げつけると車輪に当たった。車輪が壊れ馬車が急停車した。
「うあっ」
 幌を突き破って転げ落ちてきたのは女神戦隊隊長のアンジェリカだった。
 リーナは敵兵から奪い取った槍を振り回した。しかし、細くて軽い槍は、リーナが振り回しただけでポキリと真ん中から折れてしまった。
 隊長に付き従っていた副将のノゾミは剣を抜いたものの、リーナの勢いに押されて斬り込むことができない。参謀のリビエラは馬車の陰に隠れる始末だった。これを見ていたアスカは決死の覚悟で剣を突き出しながらリーナに突進した。
 女神戦隊の参謀補佐官アスカはリーナに突撃した。
「きえぃ」
 バシッ
 しかし、アスカはリーナの槍に払われてあえなく弾き飛ばされた。穂先のない、槍の柄だけだったのにアスカの剣は撥ね付けられた。何という怪力だろう。ただの棒に負けたのだ。
 リーナが折れて尖った棒を頭上に振り上げた。ただの棒でも刺されたら命の保証はない。
 このまま隊長が危ない。アスカは隊長のアンジェリカを守るため身を投げ出した。
「邪魔だ、どきなさい、さもないと、お前から串刺しだ」
 ガギッ
 やられた。アスカは観念した。
 しかし、叩かれたはずだが痛みは感じなかった。
 何が起きたのだろうかとアスカが振り仰ぐと・・・
 一人の女性兵士が盾になって防いでくれていた。右手でアスカを抱き、左手でリーナの槍を受け止めていた。
 女性兵士ががベールを脱いで顔を向けた。
「あ、あなたは」
 アスカを助けてくれたのはCZ46だった。

「ナナミさん・・・ナナミさん!」
 驚いたのはカッセル守備隊のリーナである。女神戦隊の兵士を刺したところへ割って入ったのはカッセル守備隊の司令官のナナミだったのだ。
 ナナミが生き返った。
 ローズ騎士団の手によって命を落としたナナミが生きていたのだ。

「・・・ナナミ?」
 これはいったいどういうことだろうか。
 CZ46を見た合同軍の敵兵はナナミの姿を見てピタリと動きが止まった。CZ46を別の女だと思い込んでいるようだ。そのおかげでアスカは危ういところを命拾いをしたのだった。
 敵の口から出たナナミという名前・・・アスカはつい最近、その名を聞いた覚えがあった。
 CZ46立ち上がって敵に向かって手を広げた。その隙にアスカは隊長のマユコを抱えて別の馬車に乗り込んだ。馬車の幌を閉めたとき、アスカはナナミというのがカッセル守備隊の前任の司令官だったと思い出した。
 王女様の取り調べで聞かされたのだった。
『前の司令官のナナミさんは優しかった。それに引き換え、今の司令官は悪いヤツ・・・』
 CZ46という正体不明の女、それが、実はカッセル守備隊の前任の司令官ナナミだった。
 だが、前の司令官は死んだはずだ・・・そのナナミが生き返って、そして守備隊を裏切ったのだ。

 合同軍のミキとホノカが追い付いてきた。
「ナナミさん、ナナミさん」
 二人ともCZ46を見てナナミと叫んで立ち止まった。
 フェルから、CZ46というロボットはナナミと瓜二つであると聞かされていた。
 だが、目の前にいるのは、似ているどころか、死んだはずのカッセル守備隊司令官のナナミではないか。

 これはCZ46ではない、絶対にナナミさんだ。

「生きていたんですね、ナナミさん、ナナミさん」
 しかし、ナナミは守備隊のホノカやリーナを見ても表情一つ変えようとしない。自分たちのことを忘れてしまったのだろうか。
「ナナミさん・・・」
 ホノカの呼びかけを無視してナナミがクルリと背を向けて駆け出した。
「待って、ナナミさん」
 合同軍の三人は女神戦隊隊長を追いかけることを忘れて、その場に立ち尽くした。
 ローズ騎士団に殺されてしまったナナミ。
 それが生き返ったのだ。
 そして、あろうことか、カッセル守備隊の司令官ナナミは女神戦隊に味方して合同軍の前に立ちはだかったのだった。
 

ナナミ復活

「これからはダメ王女なんて呼ばせないわ」
 ルーラント公国第七王女マリア王女様は、隊長や司令官たち幹部隊員を前にしてそう宣言した。
「では、何とお呼びしましょうか」
「太陽の王女よ、決まってるでしょう」
 カッセル守備隊とシュロス月光軍団の合同軍は、日食騒ぎに乗じて輸送隊の食糧などを焼き払うという大成果をあげた。王女様は、それらの戦果は自分の力で成し遂げたと勝手に思い込んでいる。人質という危険な役目を果たしてもらったとあってホノカもミキも黙って聞いているしかない。
「私には何でもできる。そうでしょう、アンナ」
「はい、このたびの王女様の活躍には恐れ入りました。まさしくこの世を支配する素質のあることを知らしめたのでした」
「よろしい、これからルーラント公国とバロンギア帝国の合同軍は、私が指揮することにします」
「それでは合同軍の隊長スミレさんはさぞや心配することでしょう」
「そんなことない、全然オッケーよ」
「ところで、王女様、そのドレスはお気に召したのですか」
「召しました、だから着ているのよ。私にピッタリでしょう」
「確かに、カボチャはよくお似合いです。これからはニセとかダメではなく、カボチャ王女と呼ばせていただきます」
 マリア王女様は敵陣から脱出の際に着たカボチャの衣装が気に入って、陣営に戻ってからも着ていた。寝る時も起きてからも着替えずに、一日中、カボチャの衣装でグダグダと過ごしているのだった。
 合同軍の隊長スミレは、
「合同軍の偉大な大元帥であらせられるマリア王女様には、この度の大殊勲、まことに感服しております。慣れない軍事活動で、さぞやお疲れではないかと察します。それゆえ、今後のことは、引き続き、私どもにお任せいただけないでしょうか」
 と、丁重に進言した。
「邪魔されたら困る・・・いえ、王女様には安全な後方の陣地にて、我軍の勝利の知らせをお待ちいただきたく存じます」
「スミレさんんもそう言ってくれるのですから、王女様、あまり前に出しゃばらない方がいいかと」
「ふあーい。じゃあ、お菓子食べて寝てることにするわ」
「一同それで安心でございます」

 王女様の活躍よりも、合同軍にとってはカッセル守備隊のナナミを目撃したことの方が重大な話題になっていた。

 守備隊のリーナが女神戦隊の隊長を追い詰めて槍を振り上げたその時、割って入ったのは、こともあろうにカッセル守備隊の前司令官ナナミだった。実はそれはフェルと一緒にやってきたCZ46だったのだが、リーナの目にもミキもホノカにも、ナナミが生き返ったとしか思えなかった。
「あれは、ナナミさんだった。ゼッタイにナナミさんだ」
「CZ46とかいうロボットの容姿がそっくりだと聞いてはいたけど」
 グリア共和国軍に人質にされた王女様を奪還し、輸送隊の荷物を焼き払い、大きな損害を与えた。合同軍の突撃隊は一人の犠牲者も出さずに全員無事で撤収したのだが、その大成果よりもナナミが現れたことの方が衝撃的だった。
「ナナミさん、いや、CZ46とやらはグリア共和国軍の仲間なのではないだろうか」
 合同軍の隊長スミレが尋ねた。
「仲間というよりは、どちらの味方でもないような感じだった。あれからすぐに走り去っていったし、こちらを攻撃したわけでもなく、敵を援護しようともしなかった」
「フェルと一緒に未来から飛んできたとすれば、この戦いの構図までは分っていないだろうね。たまたま倒れた人間を庇っただけなのかもしれない」
「あの時、女神戦隊の隊員が身を投げ出したんだ・・・」
 リーナは、そのせいで敵の幹部を殺しそこなった。
 自分を犠牲にしてまで上官を守ろうとしたのは立派な覚悟だ。リーナはその隊員をどこかで見た記憶があった。王女様が処刑台に上がらされていた時、すぐ近くで警備に当たっていた女だったかもしれない。
 カッセル守備隊のシャルロッテことロッティーにとっても、ナナミが現れたという知らせは衝撃的だった。
 城砦監督にはなったものの、守備隊には新しい司令官のフレアが赴任してきた。またしてもその風下に付かねばならなくなっていた。ロムスタン城砦から引き続き出陣しているが、閑職に追いやられてすっかり影が薄い。
 ここで好機が訪れた。フレアは王女様を蔑ろにして敵に人質に差し出したのだが、その作戦が裏目に出て評判は地に落ちた。ナナミが生き返ったというのであれば、むしろその方が朗報である。ナナミを味方にすればフレアを押さえ込むことができるかもしれない。かつてはナナミをライバル視したのを棚に上げて、うまく立ち回ることを思案するロッティーであった。
  
 グリア共和国女神戦隊の宿営地では合同軍の突撃隊によって輸送隊の荷物が焼かれる被害が出た。幸いなことに、傷んだ食料が含まれていので損害は軽微だった。しかし、女神戦隊隊長アンジェリカの怒りは収まらず、王女人質作戦が失敗した責任を参謀補佐官のアスカに押し付けた。
 アスカはが罰せられ、サクラやカスミから拷問を受けたのだった・・・
 アスカは服を脱がされ裸の背中を鞭で打たれた。
 バシッ
「ああう・・・ああ・・・許して・・・ください」
 床をのたうち回って許しを求めるアスカに、さらに酷い拷問が待っていた。
 サクラとモカはアスカの身体を棘の蔓で縛り上げた。
 処刑台の板の割れ目から落下し、自らが仕掛けた棘のワナに引っ掛かってしまった。戦闘服と鎧を着けていたものの、繋ぎ目に食い込んだ棘で血だらけになった。その恨みをアスカに向けたのだった。
「つはぎゃぁぁぁー」
 鞭で叩かれた傷口にギリギリと食い込む無数の鋭い棘のトゲ。アスカの裸の胸にも太ももにも、皮膚を破ってトゲが肉に突き刺さる。首に巻き付いた棘が喉元を締め付ける。何とかしようと苦し紛れに腕を突っ張った。
「あぎゃぁぁぁぁ、ひいっ、ひ、ひいぃぃぃぃっ」
 アスカの脚の間に棘が襲いかかった。頭の先まで激痛が走り、我慢できず絶叫して倒れた。
「くたばれ、アスカ」
 モカがアスカの背中を踏み付けたので棘がめり込んだ。
「ぐぎゃぁぁぁ・・・・ハァン」
 目の前が真っ赤になってアスカは気絶した。

 それから・・・女神戦隊のアスカは荒野を彷徨っていた。
 陽が落ちて薄暗くなり、どこへ向かっているのかさえ分からなくなった。大きな木の陰に身体を横たえた。背嚢から薄い布を取り出して身体を覆った。この布が今のアスカにとっては全財産だった。僅かな食料で飢えを凌いできたが、それも尽きかけてしまった。
 今夜はここで寝よう、いや、朝まで倒れるのだ。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 参謀補佐官のアスカに下された処分は宿営地からの追放だった。合同軍の将校クラスの首を取ってくれば赦してもらえるという条件は付いていたが・・・
 たった一人で、武器も持たず敵陣に行かねばならない。今や上司からも仲間からも見捨てられたアスカだった。
 いつの間にか夜が明けていた。疲れ果てて倒れ、死ぬように眠ったのだ。
 生きていて良かった。
 背後に誰かがいるのが分かった。だが身体はとっさに動かない。
「誰、ああ」
 そこにいたのはCZ46だった。
 距離が近い、近すぎる。寝ている隙を衝かれてしまった。これが敵だったら間違いなく殺されていただろう。
「あなたか・・・あの時は、助けてくれてありがとう」
 アスカは敵に殺されそうになった時に、CZ46が身を挺して防いでくれたことの礼を言った。
「アスカに助けられたことがあった。あの部品がなかったら、ワタシの身体は分解していただろう」
 CZ46はアスカが森の中で金属の部品を見つけたことへの恩返しをしたまでだという。
「ということは、あなたは人間ではないんだね」
「そうよ、ワタシの身体は金属製」
 CZ46が左足を叩くとカンカンと金属音がした。
「信じられない」
「この世界の住人ではなくて、未来から来たロボット」
「未来からって、どういうこと」
 CZ46は、自分は500年先の時代からこの世界にやってきたと言った。金属質の身体といい、未来から来たなどと、アスカにとっては初めて聞く話だった。しかも、疲労が溜まってきて頭がボンヤリしているので理解力が低下している。
「500年先ね、そこから、何の目的でここへ来たの?」
「だから言ったでしょ。部品を、身体を取り戻すため」
「あの部品、見つかって良かった」
「違う、あれはワープした衝撃で外れたの。探しているのは、この時代にあるもっと大きな部品なのよ」
「何のことか、私には分からない」
 ロボット、ワープ。アスカはCZ46の話が理解できない。それどころか、ますます混乱してきた。
「ある女を探しに来たの。バロムシュタット市、ここではシュロスという場所らしいけど、そこに行けば何か手掛かりが残されているはずだわ」
「シュロスでは秘密裏にからくり人形を製造しているとでも」
「そうじゃない、女を探しているの。ワタシの身体の一部が埋め込まれた女を」
「誰なの、その女は」
「ナナミという女よ」
「ナナミ・・・」
 その名前には聞き覚えがあった。カッセル守備隊の司令官だった女だ。
 アスカはナナミという名前を聞いて、今までバラバラだったものが繋がってくるのを感じた。しかし、それでもまだ核心の部分には釈然としないものがある。
「でも、それは変だわ。あの時、戦っていた敵が、たぶんカッセル守備隊だと思うけど、その隊員が、あなたを見てナナミと呼んだ。だとすると、あなたが探しているのは・・・自分自身だってことになる」
「ワタシがナナミに似せて造られたと言ったら?」
 誰かに似せて別の人を作り出すなどと、これまた想像を絶する話だ。
「その、ナナミという女はね・・・」
 すでにナナミは死んでいる、アスカはそう言おうとしてが思いとどまった。CZ46はナナミを探している。この世にはいないと知ったらがっかりするに違いない。
「アスカは知っているの? ナナミのことを」
「確か・・・カッセル守備隊にいると聞いたことがある」
 死んだことは伏せておいて、守備隊の隊員だと答えた。それを聞いてCZ46の表情が明るくなった。朝日に照らされたCZ46は、全身が金属で出来ているとは思えないほどの美人だ。
「知っているのなら話して、アスカ」
 アスカは頭をフル回転させてみた。ナナミはCZ46の部品を身体に嵌め込まれている。だが、ナナミは戦死した。つまり、CZ46は部品を探し、取り戻すことが出来なくなってしまったということになる。埋葬されている場所を掘り返せば見つかるだろうが、どこに埋まっているか探し出すことは困難だ。
 返答に窮した。
「ナナミさんはカッセル守備隊にいる・・・だけど、私たちグリア共和国軍は守備隊と月光軍団の合同軍と戦っているわけ。分かるでしょう、つまり敵同士ね。この間、やられそうになったのも、その合同軍の兵隊だった」
「敵でも何でもいいわ、ワタシには無関係。カッセル守備隊が陣を構えている場所に行ってみよう。本当は、アスカが教えてくれたバロムシュタットに行くはずだったけど・・・一緒に来た仲間を探したいし」
「仲間がいるのか。だけど、私は敵陣には行けない、敵に見つかったら殺される」
 アスカは、カッセル守備隊と月光軍団の合同軍の陣地はすぐ近くだと教えた
「アスカ、一緒に来てくれない?」
「ううむ、そうねえ」
 アスカは自軍に戻りたければ、合同軍の将校クラスを殺害してこいと命じられていた。CZ46とともに敵陣に侵入できれば敵を倒すことも不可能ではないと思った。
「いいわ、こっちも助けが必要なの」

   〇 〇 〇

 シュロスの城砦では合同軍への援軍部隊が編制された。
 部隊を率いるユウコは、不思議な機器を操作するのを見て、未来から来た人間は戦場でも何かの役に立ちそうだと考えた。こうして、フェルとソフィーは援軍部隊の一員に加えられることとなったのである。ソフィーはフェルが行くならと自分もと自ら志願した。戦いとなるとヤンキー魂が黙っていられない。日食騒ぎで大活躍したのでユウコもこれを認めた。ただし、二人とも民間人であることから宿営地の後方で待機させるという条件を付けた。
 フェルはパソコン、スマートフォン、ドローンをリュックに入れ、ソフィーは戦地へ赴くというにもかかわらず化粧品などを詰め込んでいた。
 出発は明日の早朝に迫っていた。
 生まれて初めて臨む「戦場」。これまでにもテレビやネットのニュースでは、破壊された街や爆発する車両、そして負傷した兵士、逃げ惑う人々の映像を見てきた。しかし、ここではカメラ越しの画面ではなく、現実に戦闘がおこなわれている場所に立つのだ。それも、フェルからみれば時代遅れの弓や剣を使う戦いだ。航空機による爆撃であるとか、遠距離ミサイルを撃ち込むのと違って、至近距離で一対一の殺し合いをする世界だった。
 フェルが戦場に行くのは、めったに経験できないことを見られるという学者としての研究心だけではなかった。
 ミユウはどうしているだろうか・・・
 出陣する前夜、泣いてフェルの肩に顔を埋めてきたのが忘れられない。ミユウは情報収集が任務だったから、おそらく偵察のために前線に向かっているだろう。フェルの暮らしている時代であれば、現地からのライブ映像が送られてくるのは当たり前だ。しかし、この時代には通信手段といえば前線と宿営地を結ぶのは伝令ぐらいである。それでは前線での戦いの最新の状況を、遠く離れた本陣では知ることができない。ミユウのためにも前線の情報を宿営地に伝え、作戦を立てやすいようにしてあげられないかと思った。
 スマートフォンを二台並べて思案した。
 電気がないこの世界で離れた場所を繋ごうとすれば、使えるのは赤外線通信だけだろう。スマホ同士ならば赤外線通信が可能なので、メッセージをデータ化して送ることができる。スマホとパソコンでも同じことだ。だが、それは至近距離でこそ可能な話で、1メートルも離れたら赤外線は届かなくなってしまう。
 限られた環境でのパソコンやスマホの通信方法などをソフィーに説明した。
「戦場では合同軍が戦っている。それも苦戦中だというんだ。その情報はたびたび伝令が知らせてきてはいるけれど、すでに何日も前の出来事だ。現在の戦況がどうなっているのかは全く分からない」
「スマホに頼ってる私たちにしたら、何と言うか、もどかしい感じがする。この瞬間の状況が知りたいんだものね」
「それが現代人の宿命っていうところだ。だから、なんとかして、戦場と本陣とで情報のやり取りができないかと思ったのだけど、離れていては赤外線通信もできない。二点をどうやって繋ぐか・・・」
 赤外線通信さえ使えないのであれば、スマートフォンは宝の持ち腐れ、ほとんど役に立たない。
「どうやったら、距離の離れた場所を結べるかというと・・・」
 やはり電気がなくては遠距離でのスマートフォン同士の連絡は諦めるしかないだろう。
 フェルの心配をよそにソフィーは、
「戦争といえば、やっぱりシューティングゲームでしょう。ゲームで相手を攻撃できるかも」
 と、ヤンキーらしいやる気を見せるのだった。

 ソフィーのところへユウコがCZ46の写真を見たいと言ってきた。ソフィーがスマホを見せると、ユウコは「ナナミさん」と言って涙ぐんだ。ソフィーはユウコと一緒に捕虜になったヒカルという隊員から、二人の関係を聞いていた。戦っている敵でありながらお互いに惹かれたのだった。捕虜になってからは、女同士で愛し合う仲になった。ヒカルの見ている前でもキスするほどだったという。ところが、ナナミは戦場で命を落とした。それも、ユウコを助けようとして目の前で殺されたのだ。
 そのナナミの写真を見てしまった。それは、ナナミと生き写しのCZ46の姿だったが、ユウコの目にはナナミ本人としか見えなかった。
 この時代、事物を再現する手段はペン画やフレスコ画に限られていた。写真が登場するのはずっと先のことだ。そんな時代の人が、鮮明なスマートフォンの写真を見てしまったのだ。ユウコが狂おしくなるのも当然であった。
   ・・・・・
 翌日、馬車に揺られて二人は合同軍の宿営地に向かった。石ころだらけの地面を木製の車輪で走り続ける。馬車の乗り心地は最悪だった。揺れたなどというものではない。フェルは荷台から落ちないよう木枠にしがみついていた。フェルに比べてソフィーはいたって元気だ。カッセルから来るときにも馬車に乗ったし、バイクに跨ったレディース経験が生きている。狭い荷台の上でヤンキー座りをして、うまくバランスを取っていた。
「いよいよ戦争だよ、突撃しちゃうぞ。ナントカ共和国でも何でもかかってこい」
「ソフィーさん、私たちは前線には行かない、後方で、おっと」
 車輪が石に乗り上げたとたん、フェルはソフィーの腕を掴んだ。
「こんなの怖くないって。信号ないんだから、もっとスピード出せ。白バイなんてぶっちぎれ」

 シュロスの城砦を出発した馬車は合同軍の宿営地を望む場所に到着した。ユウコはさっそく見張りの兵を本陣に派遣した。
 フェルは馬車を降りて大きく背伸びをした。二日間、板張りの床に座っていたので脚と腰が突っ張っている。ソフィーは疲れを知らず、運動部のノリで脚を伸ばしてストレッチしたり指をポキポキ鳴らしている。
「長旅、お疲れ様でした」
 ユウコが二人を労わった。
「ところで、男性であるフェルナンドさんを宿営地入れるわけにはいきません。その点はご理解ください。不便をお掛けしないように計らいます。さっそくここにテントを立てさせましょう。あるいはこの馬車で寝ていただいてもいいかと」
「できれば馬車よりもテントで寝たいところです」
「軍人ではないあなた方を戦場に連れてきて、申し訳ない気持ちです。陣地には行かず、宿営地にも入らず、この後方であれば危険は少ないかと思います。もちろん、護衛の兵は付けます」
「ミユウさんに会わせてくれますか。シュロスでお世話になったもので、元気にしてるかどうか気懸かりです」
「いいでしょう、使いの者が帰ってきたらここに来るように・・・」
 その時、ユウコがサッと身構えた。
「二人とも私の背後に隠れて」
 何事かとフェルは浮足立った。
 ここなら安全と言われていたのに、いきなり敵が襲来してきたのだろうか。フェルはソフィーの手を引いてユウコの背中に回った。

「・・・ナ、ナナミさん」
 盾になっていたユウコの身体の緊張がスッと解けていくのが伝わった。襲ってきたのは敵ではなかったようだ。
 しかし・・・
 背の高い草を分けて二人の前に現れたのはCZ46だった。
「CZ46、ロボット女」
 ソフィーが驚きの声をあげた。
「ナナミさん、ナナミさん」
 月光軍団のユウコはCZ46に向かってナナミと呼びかけた。
「ナナミさん、ナナミさん、会いたかった」
「あんた、誰」
「ナナミさん、私よ」
「誰だって訊いてるのよ、あんたのことなんか知らない」
「そんな」
 捕虜になっていた時は何度も抱き合い愛を確かめ合ったナナミ。自分を庇ってくれたナナミ。逢いたいと何度も願った。その願いが叶って目の前に現れてくれたのだ。
 それなのに、自分のことは知らないと、にべもない返事をされてしまった。
「ユウコさん、この人はCZ46といって、僕と一緒に未来からワープしてきたんです」
「ロボット女、こんなところに隠れていたのね」
「フェルと未来から・・・違うわ。カッセル守備隊のナナミさんよ、間違いないわ」
 冷静だったユウコが完全に取り乱している。
 ユウコはスマートフォンに保存しておいた写真を見た時に愛おしそうな素振りをしていた。それが、写真ではなくナナミに生き写しのCZ46が現れたのだから無理もない。
「フェル、この女、うるさいんだけど」
 CZ46はユウコを無視してフェルに向かって言った。
「バロムシュタットに行けば、何か手掛かりが分かるって言ってた。だけど、ナナミはカッセル守備隊の隊員なんだって。しかも、この辺りに出陣してきたそうじゃない。早く会わせてよ」
 フェルは返答に困った。
「それがですね、その、ナナミさんは・・・」
「どうなの、カッセル守備隊にいるんでしょ?」
「いえ、僕がこちらで聞いた範囲では、間違いなくナナミさんは、手と足にあなたの部品の一部を移植されていたようです」
「そうよ、だから、ナナミに会うために来たんじゃないの」
「それが、ナナミさんは戦争で・・・」
 ナナミはすでに戦死している。しかし、それを当事者ではないフェルの口から言って良いものだろうかとフェルは迷った。
 月光軍団のユウコが一歩近づいた。
「あれは夢だったんだわ。爆弾は爆発しなかったのよ。だって、ナナミさんは、今ここにいるじゃない」
 ローズ騎士団に殺されたことなど、あれは夢だったのだ。幻を見たのだ。ここにナナミがいること、ユウコにとっては、それだけが現実だ。
「ナナミさん、私と一緒に帰ろう・・・そうだわ、シュロスではなくて、カッセルの城砦でもいいのよ。ナナミさんといられるのなら、私はどこへでも行きます。月光軍団の副隊長も辞める。合同軍から外れてもいいわ」
「月光軍団の副隊長? この女、訳の分かんないこと言ってる。頭がおかしいんじゃないの。こんな女は放っておいて、フェル、行きましょう」
 CZ46がフェルの手を掴んだ。
「ロボちゃん、触るな」
 ソフィーが割って入った。CZ46、いや、ナナミとソフィーが睨み合う。
 ユウコはどうしてナナミに冷たくされるのか分からなかった。あれほど愛して愛されたのに、自分のことを知らないとまで言われてしまった。たぶん、ナナミは一時的に記憶を失っているだけなのだ。優しく抱きしめてあげれば思い出すに違いない。
「ナナミさん、カッセルに行こうね。私も一緒にカッセルで暮らす。ずっと、ずっと一緒よ、もう離れたくない」
 
 CZ46を追ってきたアスカは、このやりとりを草むらに潜んで見ていた。
 合同軍の宿営地の近くまでたどり着いたようだ。CZ46は先に立って歩きアスカはやや遅れた付いていった。いつの間にか、敵陣の深くにまで潜入していた。ここまで敵に見つからなかったのは奇跡に近い。やはりCZ46は只者ではない。姿を探知されないような特殊な能力があるのだろうか。
 敵は三人だった。一人はシュロス月光軍団の副隊長と名乗った。とんでもない大物に遭遇したのだ。
 コイツを殺せば・・・復帰が叶う。
 話の様子では、月光軍団の副隊長は、CZ46のことをカッセル守備隊のナナミだと思い込んでいるようだ。死んだはずのナナミに再会できたと喜んでいるが、今でこそ合同軍などと同盟を組んでいるようだが、本来、守備隊とは敵同士のはずだ。どういうことかと不審に思った。他の二人はどうやら未来から来た人間らしい。CZ46の仲間だとしたら、これもロボットという可能性がある。CZ46だけではないことに驚かされた。しかも、男より女の方が威勢がいい。
 未来から来たとか、全身が機械のロボットとか・・・
 いったい、何が起こっているのだろう。アスカの知らない所で、不可解な事象が進行しているのだ。この状況を自軍に戻って女神戦隊に伝えなくてはならない。しかし、追放された身では何を言っても無駄である。何としても手柄が必要だった。
 それには、あの隊長を捕虜にする・・・刺し殺してもいいと決めた。CZ46がアスカの味方をしてくれれば人数的にも互角だ。乱れた呼吸を整え飛び出すタイミングを狙った。
 CZ46は男の手を掴んで、連れの女と睨み合っている。月光軍団の隊長はオロオロと取り乱している。
 絶好の機会だ。
 アスカは勢いよく駆け出すと、声を出さずにユウコに飛び掛かった。アスカに武器はない、剣を奪い取ろうとしがみつき絡み合って転がった。
「死ねっ」
「なにっ」
 疲れ切った肉体は思うように動かない。だが、ここで失敗したら、もう生きてはいられない。アスカは必死の思いでユウコを組み伏せた。
「やったわ」
 ユウコの上に跨り、腰の剣を奪おうと揉み合った。
 フェルの目の前で取っ組み合いの女性同士のケンカが始まった。いや、ケンカではない、戦いが始まったのだ。黙って見ているわけにはいかなくなった。フェルはCZ46の手を振りほどき、月光軍団のユウコを助けようと突進した。それを見てソフィーがCZ46を押しとどめた。
 この瞬間、フェルもソフィーも否応なしに戦闘に巻き込まれたのだった。
 フェルはユウコの上になっている女の肩を掴んだ。
「やめなさい」
 バシッ
「あうっ」
 フェルはあっけなく弾き飛ばされた。
「手を貸して、CZ46」
 アスカが叫んだ。
 CZ46はソフィーを突き飛ばし、倒れたフェルを靴で踏んづけた。
「ごめんね、フェル、ワタシは、この女の味方なの」
 
 援軍が到着したと聞きつけて宿営地からミキやホノカたちが駆け付けてきた。ミユウも一緒だ。
 ところが、到着したとたん、援軍は敵に不意を突かれてしまっていた。いつの間にか背後に回られていたのだ。援軍として派遣されたばかりのユウコが敵兵と組み合っていた。そして、信じられないことにカッセル守備隊のナナミがフェルを踏み付けていたのだった。
「どうなっているんですか、これは・・・」
 CZ46の姿はやはりナナミとしか思えなかった。
 敵は一人と判断した。ユウコを救出する方が先決だ。ミキとホノカが突進すると、敵の女はユウコを突き放してフェルに向かって駆けだした。
「あっ、フェルが」
 ミユウが悲鳴を上げる。ユウコは無事に確保した、しかし、フェルが敵の兵士に捕まってしまったのだ。
 その構図は理解しがたいものになった。ユウコに襲いかかった相手は女神戦隊の隊員である。フェルが女神戦隊に捕まり、その側にはナナミが二人を守るように立っている。
 誰の目にもカッセル守備隊の司令官ナナミだった。
 ナナミは裏切り者になったのである。

「ナ・・・ではなかった、確か、CZ46とかいうのでしたね」
 月光軍団のミキが問いかけた。捕まったフェルをどうやって助け出すか、とっさに考えを巡らせる。
「やっと、まともなのが現れたわね」
「CZ46、あなたはフェルと一緒に来たそうじゃない。つまり、仲間でしょ、だったら、フェルを解放して欲しい」
「お断り、フェルをカッセル守備隊の陣地まで連れて行くわ。私の身体を取り戻すためには、この人の協力が必要なの」
「それはダメッ、この人質は渡さない」
 アスカが叫んだ。
 フェルを人質として確保したものの、身動きが取れなくなってしまった。襲撃するタイミングを間違えたのだ。援軍に来た合同軍は五、六人、こちらは二人だ。しかも、頼りにしていたCZ46は我関せずといった感じで傍観者になっている。せっかく奪った人質だったが、CZ46に連れて行かれては困る。女神戦隊のアスカはここでも孤立無援の状況に追い込まれた。
月光軍団のミキは、フェルを捕らえた女が女王様の人質交渉に当たった使者だと気が付いた。ちらりと見ただけだったが間違いない。あの時はたった一人で交渉に乗り込んできたことに感心した。肩書は参謀補佐官だった。どこの部隊でも参謀は直接の戦闘行為には慣れていないものだ。大抵は後方に控えていて前線には出てこないのだが、敵陣に侵入するという暴挙に出てきたことに疑問に思った。よく見れば、鎧は最小限だし戦闘服は汚れ、しかも、帯剣すらしていなかった。
 これには何か裏がある。狙いを女神戦隊の女に替えた。
「あんたは確か王女様の交渉役だった・・・そうだ、アスカだ、アスカとかいったな。単騎で奇襲攻撃とは、随分、無茶なことをしでかしたものだ」
「私の勝手でしょ」
 ミキとホノカがじりじりと間合いを詰める。
「来ないで・・・CZ46、何とかしてよ、コイツらを殺して」
「どうやら込み入った事情があるみたいね。どっちみち、私には関係ないことだけど」
 CZ46が手を伸ばして制した。ミキとホノカは顔を見合わせて立ち止まった。その手には剣も小銃もないが、どうするつもりなのかと首を傾げた。
 ギュン
 バキッ
「うわっ」
 CZ46の指先から一筋の白い光線が発射された。
 光線はミユウの背後の木に当たって太い枝がバキリと折れた。CZ46の指先には小銃が仕込まれていたのだった。
「い、いまのは、なによ」
 初めて見る兵器にミユウは震えた。
「ふふ、レーザービーム。こんな最新兵器、あんたたちは見たこともないでしょう」
 CZ46が人差し指をソフィーに向けた。
「ヤバい、マジだわ」
 ホノカがナツキを庇って身構え、ミキはユウコをしっかり抱きかかえた。
「今度は脅しじゃないわ、皆殺しにしてやるさ」

「あ、あの、ちょっと待ってくれませんか」
 このピンチに捕虜になって拘束されているフェルが止めに入った。
「皆殺しなんて、そんな恐ろしいマネはしないでください。CZ46はナナミさんがどうしているのか、身体の部品がどこにあるのかを知りたいんですよね」
「そうよ、それさえ聞けばこいつらに用はないわ」
「この人たちは情報を持っているはすです。少なくともCZ46の敵ではないと思うんです。ですから、友好的に話し合いしましょうよ。とりあえず、撃つのはやめてくれませんか」
 男性にしては腰の引けたお願いだが、未来から来て戦争とは無縁の民間人とあっては致し方ない。
「殺してしまっては話が聞き出せません、そうでしょう、CZ46」
「いいわ・・・それなら、ナナミの居場所を教えなさい」
「それがですよ、気を悪くしないでください・・・何があっても驚かないように。というか、その前に、僕を解放してくれませんか。それがいいと思うんです。助けてくれたら本当のことを言います」
 おどおどした説得だったが、意外にも効果があったとみえて、CZ46はいったん指の先を下向きに逸らした。

「待ちなさい、私が言うわ・・・」
 フェルが本当のことを言い出せそうにないと見たのでミキが引き継いだ。
「CZ46、あなたが探しているナナミさんは・・・」
「ええ」
「カッセル守備隊のナナミさんは死んだわ」
「死んだ?」
 CZ46がグラリとよろめいた。
「ナナミさんはユウコさんを庇い、助けようとして命を落としたんです」
 ミキが、ナナミは爆弾を巻き付けられたユウコを助けようとして爆風に飛ばされ負傷し、その後、殺されたと語った。
「何ですって、それじゃ、その女のせいでナナミは死んだってことになるじゃない」
 CZ46がユウコを指差した。また光線が発射されるのではないかと全員が姿勢を低くした。
「こんな女の身代わりになるなんて、どうかしてるわ」
「ナナミさんは亡くなったけれど、手と足、つまり、CZ46の部品というものは大事に取ってあります」
「それ、本当なの、フェル」
「僕はこの目で見ました。シュロスの城砦で、とても大切に保管してあった。どこも壊れてなんかいない。すぐにでも取り付けられるはずです」
「じゃあ、取りに行く、その部品は自分のモノだから」
「そうしましょう・・・それがいいです。ついでに、この人に、僕の手を放すように頼んでもらえないでしょうか。さっきから、お願いしているじゃありませんか」
 フェルがアスカの手から逃れようと頼み込んだ。
「逃げないって約束しますよ。一緒に行ってもいいかなという心境なんです。それには、自由にしてもらわないと」
「アスカ、フェルを放してあげなさい」
 CZ46がアスカに向かって言った。
「いやっ、そんなことしたら、私は捕まる」
 アスカはフェルの服をしっかり掴んだ。これにはCZ46も困惑気味だ。
「捕まってもいいじゃない。月光軍団だとか守備隊とか、助けられたとか、あなた方の関係は何だか面倒なのよ」
 銃口が、いや、CZ46の指先が合同軍の五人に向けられた。ホノカは剣を抜き、ミユウとソフィーは頭を下げて姿勢を低くした。
「面倒なやつらは一遍にいなくなればいいんだわ」
 CZ46は何も持っていないが、指の先から繰り出されるレーザービームは稲妻のように突き刺さる。鎧を着ていても肉体を貫通して致命傷を与えることは確実だ。
 このままではミユウもユウコもみな殺されてしまう。これを防ぐことができるのは自分だけだ。フェルはCZ46の指先の前を塞ぐために、身体を押さえ付けているアスカを引きずった。
「逃げて・・・くだ、さひい」
「動かないでっ」
 懸命に前進するフェルと、何が何でも引き戻そうとするアスカの力比べになった。ここは男の力の見せ所だ。フェルはアスカを引っ張った。手を放して自分だけが逃げても、誰かはレーザービームの餌食にされる。その時はアスカも道連れだ。
「うへっ」
 しかし、最後はアスカの腕力が勝った。フェルは引きずられて転がってしまった。

 CZ46が腕を伸ばした。
「みんな死ね」
 ギュン ビキッ、ギュン、
 空気を切り裂いて閃光が走った。CZ46が放ったレーザービームがフェルの頭上を掠めてさく裂した。
「うっひゃあ」
 ガキンッ
「グウウウ」
 しかし・・・膝を付いて倒れたのはCZ46だった。
 CZ46の腕から発射されたビームが何かに当たって撥ね返えされたのだ。一方の手で胸を押さえ、もう片方の手を地面に置いた姿勢でCZ46が蹲っている。レーザービームは撃った本人のCZ46に命中したのだった。
 どこに当たって返ってきたのだろう・・・
 フェルが振り向くと、ミユウたちの前に黒い甲冑を着けた兵士が片膝を付いているのが目に入った。
「レイチェル」
 ホノカが叫んだ。
 あわやという時に助けに現れたのはカッセル守備隊のレイチェルだった。レイチェルは右肩でレーザービームを受け止め、CZ46に向かって反射させた。その反射ビームによってCZ46自身が倒れたのだ。
「な、なにが、起こったんだ」
 フェルは驚きを隠せない。この時代の鎧、鋼鉄の鎧くらいではレーザービームを跳ね返すことなど不可能だ。レーザー光線にも負けないとは何という強力な鎧なのだろう。その鎧でミユウやミキを守ったのだ。
「あわっ、何ぃ・・・ヤァバィ」
 すぐ近くにいたソフィーが驚くのも無理はない、レーザービームを跳ね返した兵士の肩口が異様に黒光りしているではないか。
 まるでアーマースーツのように・・・
 見ている前でさらに驚愕のシーンが始まった。
 肩、腕、指先が黒く光る鎧に変化していく。次第に広がり首筋まで黒い超合金のような姿になっていったのだ。変身しているのだ。
「変身だっ」
 ミキやホノカたちも同様に驚きは隠せなかった。
 戦いの中であの怪物に危ういところを助けられ守備隊のホノカ、怪物に襲われかかった月光軍団のミキ。その正体はうすうす分ってはいたものの、誰も口にするのが恐ろしくて黙っていたこと・・・
 それが、目の前で、現実となって繰り広げられている。

「アーマースーツ・・・」
 フェルはこれと同じような光景をSF映画で見たことがあった。

 しかし、レイチェルの変身は身体の一部分で止まった。首筋までは鋼鉄のように変身したが、顔にまで及ぶことはなかった。CZ46のレーザービーム光線という、未来に開発された新兵器には対応できなかったのだった。
「グフウ・・・ウグ」
 CZ46が身体を起こした。屈みこんだまま腕を伸ばし両手の指を合わせてレイチェルに向けた。
「よくも、やったわね、今度は手加減しないから」 
 レーザービームが命中しても死ななかった。それどころか、撥ね返されて自分が傷ついてしまった。思いがけない強敵が現れたものだ。
 だが、誰であっても負けない。
 CZ46がレイチェルを睨み付けた。

 その顔はCZ46ではなくナナミだった。

 カッセル守備隊の司令官であったナナミは、戦場で何度もレイチェルに助けられた。月光軍団に囲まれた時、ナナミはレイチェルを敵陣に潜入させて勝利した。ローズ騎士団との戦いではレイチェルはナナミの指示で爆弾を抱え仲間を救った。
 カッセル守備隊の同士であったナナミとレイチェル。
 それなのに、ここでは、ナナミ対レイチェルの戦いが繰り広げられているのだった。

 レイチェルは変身が止まっていた。
 もう一度、CZ46のレーザービーム攻撃を受けたら撥ね返せないかもしれない。それは合同軍の隊員の死を意味する。
「なんで、レイチェルとナナミさんが戦わなくちゃいけないのよ、アタシたちは守備隊の仲間でしょ」
 ホノカが叫んだ。ホノカでさえもCZ46とナナミを混同してしまっている。
 しかし、CZ46はその声が聞こえていないかのようにレイチェルを狙った。

「ナナミさん」
 ユウコにはナナミの顔が月光軍団に復讐をした時と同じように映った。髪がバサバサになり、唇が紅を引いたように赤く光った。あの時の美しくも凄惨な表情だった。
 ユウコは意を決してCZ46に近づいた。
「ナナミさん、撃たないでください。あなたはそんなことをする人ではないわ」
 ユウコがCZ46にゆっくりと語りかけた。
「あなたは私を爆弾から守ってくれた。もしナナミさんが助けに来てくれなかったら、私は死んでいたでしょう。私だけじゃない、ホノカさんもミユウちゃんも、みんな死んでいた。それを救ってくれたのは、ナナミさん、あなただった」
「助けた、このワタシが? 知らない、そんなこと知らない」
「いいえ、それだけじゃない、私がカッセルに捕虜にされた時、ナナミさんは私を大切に扱ってくれたわ。部屋を与えてくれて、ナナミさんと二人だけの部屋になった」
 ユウコは一歩、また一歩とCZ46に歩み寄っていく。
「いつも一緒だった・・・だって、だって」
 心の奥からの魂の叫び、涙を流しての訴えだった。
「く、来るな、これ以上近づいたら、撃つぞ」
「撃っちゃダメ。いいえ、ナナミさんには私を撃てない。だって、私たちはお互いに好きだったから。愛し合っていたから・・・今でも、あなたが好き」
「それはワタシではない。このワタシを好きだなんて。ロボットよ。機械よ・・・」
 ユウコは首を振った。
「ナナミさんが好きだった。何度も、キスしたじゃない。何度も抱き合ったじゃない」
 ユウコは二人の仲を告白した。

「ナナミさん・・・好きよ」

 ユウコが叫びが空気を震わせてCZ46の身体を包み込んだ。

 CZ46は目を閉じて直立不動の姿勢をとり、ピタリと動きが止まった。頭頂部から体側に沿ってライトが点滅していき右手の肘が光った。そこは部品をナナミに移植し仮の部品が取り付けられていたところだ。暫くして点滅は指先にまで達した。同じように左足もライトが灯った。
 沈黙は数秒続き、辺りは深閑として静まり返った。
 そして沈黙を破ったのはCZ46だった。
「・・・ユ、ユウコさん」
「ナナミさん」
 ユウコの愛の告白が、機械で造られたCZ46の心を動かしたのだ。

 ユウコがナナミに抱きついた。
 今度は絶対離さない。もう別れたくない。ナナミの背中に手を回してしっかりと抱擁した。
 フェルはアスカの手を振りほどいた。力は必要なかった。むしろ、アスカがフェルを解放して自ら手を放したのだ。
「・・・て、あなたは、逃げてください」
 アスカが「逃げて」と言ったのが聞こえた。
「フェル」
 ミユウが駆け寄りフェルの手を掴んだ。

 辺境の物語 第五巻 シュロスの異邦人(後) まだ、続きますが、いったんお休みいたします。

辺境の物語 第五巻 シュロスの異邦人(後)

 辺境の物語 第五巻 シュロスの異邦人(後)では、合同軍は日食騒動に乗じて王女様を救い出し、敵軍に損害を与える大成果を挙げました。女神戦隊のアスカは陣を追放になり、CZ46とともに合同軍の宿営地に潜入しました。ここで、CZ46と月光軍団のユウコが顔を合わせます。まさに宿命の再会でした。とりあえず、これまでの伏線が繋がったのではないかと思います。
 ここまで辺境の物語を書き続けてきましたが、いったん休載にさせていただきます。アイデアの枯渇というか、力不足というか、しばらく休んで脳力を補充してから、この続きを執筆いたします。ここまでお読みいただきありがとうございました。
 かおるこ
 

辺境の物語 第五巻 シュロスの異邦人(後)

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日 2021-07-06

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