胡座

 その騒音は一瞬にして吸い込んでくれる。自動ドア一枚のバリア。機械だけが蠢いて、まるで人のほうが生きていないみたい。回転数、デジタル時計みたいに数字が一つずつ加算されていく。毎日、毎日、心臓が鳴っているのと同じように、銀玉が弾かれている。大当りすれば、回転数はまた零になる。
生きてるのとおんなじだ
結局どこかで仕切り直したように、そんな気分になって、いつ死ぬかもわからないのに、永遠が約束されているかのように、勘違いして蠢いてる。
焦燥感、生きることへの焦燥感、生きてることへの焦燥感。大当りすればそっと、胸を撫で下ろす、誰に何を言われることもなく、回転数がまた零になる。
 コミュニティ、人間よりも機械のほうがうるさいこの世界はとてつもなく平和で。隣に人の温かさを感じながら、機械と繋がっている。目的など実は初めから無くて、気づいていないけど達成されているぐらいが丁度いい。人はそれを依存と呼ぶ。何に置いても
一日に何回も出たり入ったり、呼吸がしづらくなればいつだって。ジュースを買ったり煙草を吸ったり何かを食べに行ったり。言葉を発しない分、酸素が足りなくなっている。欲しくなっている。人間だと気づかされる。水中に潜って、どこまで息を止められるか
そんなことでしか確認できない
 いつも疲れて帰る。人間が機械と長時間繋がっていると疲れる。何かをした、という疲労感を持って帰る。それはベッドの上で身体を抜け殻にしてくれる
何もいらない
何もいらないんだ
 禁断症状、を肯定させるために、世の中のありとあらゆるものをくだらなくさせる。行き着く先はいつも、人間はくだらないということ。結局は何かに依存しなければ生きていけない。使命感がなければすぐに崩れ落ちる。時間、食事、睡眠、そんなものだけでは潰される、人間はいつしか動物ではなくなった。
だから生きづらいんだよ
 目が死んでいるのがわかる、じぃっと図柄が揃うのを見つめている。待っている。第三者が必要、時として第一者には第三者が必要。自分だけでは解決できない何かを、求めている。
しかしその日、それは違った
地下一階のスロットコーナー、そこにトイレがあって、トイレの側の台にそれは座っていた。サンダルを脱ぎ捨て、胡座をかいた、灰色のパーカーに紫のジャージ、肩までの黒髪、その瞬間、彼女が叩く三連打の音だけが聞こえた、このうるさい世界で。
異様だった、この世界で彼女が胡座をかく姿が、全てが否定されたようだった、左の掌に銀のメダルをジャラジャラと均す、釈迦。
そこから動けなかった、物理的に言えばおよそ十秒、体感で言えば永遠。生身の人間が機械を撫でている、機械に愚痴をこぼしている。ただ機械と繋がることしかできない者にとって、それは屈辱だった。希望だった。彼女はまぎれもなく人間だった。人間としてそこにいた。そんなことが可能なのか?誰もが吸い込まれていくこの世の中に、胡座をかくことは可能なのか?彼女は明らかに外の世界の人間だった、それは外見や容姿からではなく、彼女の眼が死んでいなかったから。にも関わらず彼女はこの世界に共存している、できている。この世界に長くいる者にとってそれは考えられないことだった。彼女ももちろんこの世界に長くいるだろう、しかし、外の世界にも。
自動で開くこの世界のバリアは何も守っていなかった
 恐ろしかった、否定されることよりも可能性を突きつけられることのほうが。全てはそこで終わっていた、完結していた、言葉などいらなかった、このうるさい世界で初めから言葉などいらなかった。
大当りして、回転数が零になるだけ

 気づいたら真っ白な世界にいた。遠くで人の声が聞こえる。はっきりと。うっすらと記憶に残っている、慌てて覗き込む彼女の表情。
脳震とう、あのまま倒れこんで病院に運ばれたらしい。
看護婦さんに連れられた待合室
脱ぎ捨てられたサンダル、白いソファー、静かな世界に胡座をかいた綺麗な横顔
彼女は本当に釈迦なのか?
いいや、彼女は人間だ

胡座

胡座

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-01

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